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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

夢子被害者の会とか言っておきながら、ただお嬢様達が青春謳歌する会なのじゃないのか。

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 今日の私の昼食は塩サバ定食だ。牛乳を買いに行く暇がなかったので、食べ終わった後に売店で買ってこなければ。
 対する武隈嬢は何かのステーキ肉と小麦胚芽パンと山盛りサラダだ。体が細いからダイエットしているのかなと思ったけど、しっかりお肉食べてる。

「白いパンやお米も好きだけど、美容のために食べる量をセーブしているの」
「ふーん」
「家がファッションブランドを取り扱っているから、身だしなみには人一倍気を遣わないといけなくて」

 そういうものなのか。社長の娘は広告塔の役割でもあるのだろうか。この人スタイルいいし、雑誌モデルになれそうだ。
 お嬢様にも色々いるのね。好き勝手バレーしている私とは大違いである。…いや、ちょっとくらいは努力しているけどさ。

「…炭水化物ってセーブしすぎても体に良くないんじゃなかったっけ」
「完全に断っているわけじゃないから大丈夫よ」

 食事を開始して5分ほど経過したが、彼女は本題を切り出さない。まさか本当に話をしたいだけではないだろう。用事があるならそのうち切り出すかなと思って私は食事を進めた。
 私は初めてこの席で食事をした。他の席とは差別化されており、サンルームに位置するそこは如何にも特権階級が座りそうな席である。他にも何席かあるが、座っているのは如何にもセレブ生っぽい生徒たちだけ。先約制の個室もあるらしいよ。
 この学校にも慣れてきた私だけど、ここの席は落ち着かないなぁ…ソワソワするが、それを押し留めて座っている。

「…あの人達にも困ったものね。…悔しかったら加納君を唸らせるような物を贈ればいいのに…」
「…多分、私がなにかを贈った事自体が気に入らないんだと思うよ。ずっと彼女たちに目をつけられているから私」

 エリカちゃんに憑依した年の…夏休み後だったかな。私が宝生氏に絡まれた時、慎悟に助けてもらって、何度か接触したことでそこから目をつけられたんだ。
 彼らは小学生の時も同じ学校だったそうだ。小学校は英学院の姉妹校に通っていたと聞いたことがある。結構長い付き合いのようだ。…そう考えると小学校の頃から慎悟はハーレム野郎だったのか…つくづく生まれ育った環境が異なるな私達は…
 そうか、皆お互いが幼い頃から知っているのか……いいなぁ…

「二階堂さん? どうかした?」
「え、あ、いや…塩サバが美味しいなと…」

 慎悟は幼い頃から綺麗な顔立ちだったんだろうな、見てみたかったなと想像していると、目の前の武隈嬢に声を掛けられたので私は慌てて返事をした。
 それにしても…彼女は修学旅行の際に声を掛けてきた時はもうちょっとこちらを小馬鹿にしたような態度だったのに、今日は妙に好意的に見える。

「実は今日はね、あなたをとある会にお誘いしようと思って声を掛けたのよ」
「…とある会?」

 武隈嬢は私の方に顔を近づけ、囁き声で言った。

「夢子被害者の会に入らない?」
「…………はぁ?」
「あなた、元婚約者に捨てられてひどく傷つけられたじゃないの。あの女のことを憎んでいるでしょ?」
 
 何だその団体は。顔近づけてきたからなにか重大なことを言われると思ったのに…夢子被害者の会だぁ?
 めっちゃ構えていたのに拍子抜けしてしまったじゃないの。

「…色々思うところはあるけど、私個人はあの子に恨みはないの。折角のお誘いだけど遠慮しておくよ」
「…あなた、宝生さんのことをあんなに」
「……私は生まれ変わったの。宝生氏のことはもうなんとも思っていないの」

 元々どうでも良かったけどね。私が宝生氏にただならぬ思いを抱いたことは1度もないよ。
 瑞沢嬢がエリカちゃんにしたことは許さないけど、あの件はもう終わったことで、彼女はちゃんと反省してくれた。謝罪も私に対してだけど、ちゃんとしてくれた。
 私が瑞沢嬢のことを恨んでいるわけじゃないもの。

「…失恋には新しい恋と言うけど、本当のことなのね。……残念だわぁ、今のあなたなら大きな戦力になると思っていたのに」
「…なにを言っているのかよくわからないけど……その会は瑞沢さんに嫌がらせをする団体なの?」

 もしかしてクリスマスパーティの時に瑞沢嬢のドレスをビリビリにしたのってそこの会員がやらかしたの?
 私が疑惑の目で見ていることに気づいたのか、武隈嬢はとんでもないと言いたげに首をふるふると横に振っていた。

「違うわ。私達の会は被害者たちが集まって情報共有するだけよ」
「そうなんだ」

 情報共有してどうするんだろうか。相変わらず彼女はセレブ3人衆とキャッキャしているけど…未だに他の男子にも色目を使っているのだろうか? 瑞沢嬢は甘え上手だし、男ウケが良いからなぁ。無意識の内に引き寄せられている男子がいるのかもしれないな。

「さっきは櫻木さん達の手前、強がったけれど…私本当はすっごく腹が立っているの。…この私を踏みにじるような真似をしたあの売女は、私達だけでなく、沢山の女子生徒の不興を買っているのよ」

 …だから売女なんて呼び方しちゃダメだって。
 婚約者のいる男性を誑し込む瑞沢嬢も悪いけどさ…影でコソコソ活動するよりも、出来るなら瑞沢の父親に苦情を言う方が良いんじゃないかな。製造責任みたいな意味で。

「瑞沢嬢の父親に直接文句言ったほうが良いんじゃない? 婚約者の立場である武隈さんにはその資格があるでしょう」
「…あなたが、瑞沢姫乃の父親に苦情を言った噂は耳にしたのよ。聞いた感じでは暖簾に腕押し状態のようだし、それをしても無駄だと思うのよね」

 それは文化祭の時の事か。誰かが噂を流したのか…またスパイか? …確かに瑞沢父はこっちの言い分に全く耳を貸さず、あまつさえ此方をバカにする態度を取ってきたけどさ。

「…とにかく、私はその会には加わらないよ」
「残念だわ、あなたがいたらとても楽しくなりそうなのに」

 おい、私は場を盛り上げるピエロ役じゃないんだぞ。
 武隈嬢は残念そうにため息をつくと、頬に手を当てて首を横に振っていた。

「春休みには被害者の会の皆様で別荘へお泊りする予定なのに…緑豊かな軽井沢の別荘なのよ。夏には海近くのペンションに宿泊して…」
「楽しそうなイベントで私を釣ろうとしているみたいだけど、私には部活があるからどっちにしろ参加はしないよ」

 被害者の会と言いながら、別荘にお泊まり会って…なにを目的にしているのかよくわからない会だな。
 とりあえず彼女の目的はその会への勧誘だけのようだ。それをキッパリお断りしたら、いつでも途中参加可能ですわよと返された。
 だから入らないって。

「楽しい時間だったわ。ランチにお付き合いしてくれてありがとう二階堂さん」
「あー、いえどういたしまして…」

 自分が誘ったからと一等席の利用費は彼女が負担してくれた。その辺りしっかりしているんだね。

「じゃあ私は売店に行くからここで」
「二階堂さん、よろしければエリカさんとお呼びしてもいいかしら?」

 食事を終えた後に売店へ行く予定だったので食堂の出入り口で別れようとした私を呼び止めた武隈嬢は、私のことをエリカと呼んでいいかと尋ねてきた。
 何故だ? 親しくしようとも私は被害者の会には入ってやらないよ。面倒くさい。
 そしてその名は私の本名ではないから名前呼びで絆されることは絶対にないよ。それでもいいなら…

「…構わないけど」
「では、あなたも私のことを伊澄と呼んでちょうだい」

 ニッコリと笑った彼女の顔が柔らかい印象に変わった。元々美人だけど、無邪気に笑うと可愛い印象に変わるんだなこの人。
 私が武隈嬢の笑顔に見惚れていると、彼女がこちらに手を伸ばし、私の顎を指ですくってきた。

「…私、もっとあなたと仲良くなりたいわ」

 ザッと周囲の生徒たちの視線が私達に集まった気配がした。食堂前の通路は生徒たちが出入りする場所だもの。そりゃ人もたくさん行き交ってますよ。そんな所で何故そんな発言をするのか。
 …もしかしなくても、これはとっても誤解を招くような発言じゃないのかな?
 彼女は…私に顔を近づけてきて、耳元でささやいた。

「エリカさん、私は諦めなくてよ」

 確かに二階堂エリカとしては、瑞沢姫乃に婚約者を奪われて婚約破棄した立場なので、被害者の会に入っていてもおかしくないだろうけど、それは私じゃないからなぁ。
 諦めないと言われても、私は入らないよ。興味もないし、そんな暇ないの。

 武隈嬢は色気の無駄遣いをして艶やかに笑うと踵を返して去っていった。
 彼女が運営している夢子被害者の会だが、活動内容を聞いていても、被害者同士で傷をなめ合う…というかただお嬢様方で青春を謳歌する集まりみたいだから放置しておいて大丈夫かな。

 
 瑞沢嬢といえば……バレンタインの昨日、下駄箱に入っていた不格好なプレゼントは多分瑞沢嬢が作ったものなんだろうな。
 箱の中身は去年と同じくいびつな形をしたチョコレートが入っていた。だけどやっぱり味は見た目に限らず美味しかった。


■□■


 元々厳重だった英学院の正門はガードが更に厳しくなった。警備員の数を増員して、訪問者に対する身分証明を求めるようになったんだって。前まで検査と名簿に記名だけだったのにね。
 一昨年の公判前に、私を訪ねてやって来た加害者家族の侵入を許してしまったことがあったから、警備員さんたちは大目玉食らって大変だったみたいだよ。
 でも彼らはそれが仕事だもの。仕方ないか。相手が刃物を持っていたら刺傷事件になっていたもしれないもんね。

 今はテスト前だから、授業が終われば大体の生徒はすぐに下校している。私も、特待生の幹さんの負担を考えて、テスト直前の勉強会はお休みにしている。
 家に帰ったら幹先生のお手製プリントを家で解いて自習する予定だ。英学院の外にある駐車場にお迎えの車が来ているので、この入門ゲートを通過しないといけない。
 だが、そこが騒ぎになっているので通れそうにないのだ。

「困ります! 保護者ではない方の入場はお断りしております」
「失礼ね! ここにはアタシが産んだ娘がいるのよっ…姫乃っ! いるんでしょ出てきなさい!」

 たまーにああして乱入しようとする人間がいるけど久々に見たな。…姫乃…。んー…もしかしなくても、あの人瑞沢嬢の母親かな?
 多分若い頃はひと目おかれる美人だったんだろうけど……年に釣り合わない化粧の仕方のせいで、想定される年齢よりも老けてみえる…多分不摂生しているんだろうな。顔色も悪いし。
 服装は綺麗にしているけど、年の割には若々しい服を着ていて、これまた悪目立ちしているように見える。

 彼女は生徒たちを見渡して、目的の【娘】を捜していた。私も瑞沢嬢の姿がこの中にないか目で探す。
 瑞沢嬢のクラスは私のクラスよりも終わるのが早かったみたいだけど…すれ違いで帰っていると良い。あのおばさんヤバそうだし、遭遇しないほうがいいと思う。
 …ヤバそうと言うか確実にヤバイかな。
 
「姫乃ーっ!」

 瑞沢嬢の母親(仮)の声が正門に響き渡る。その声はやけにヒステリックで、生徒たちは怯えた表情で遠巻きに眺めている。あのおばさん変な薬とか使用していないよね?
 娘をネグレクトした上に金で売り飛ばした母親が今更になって、娘の学校に乗り込んでくるって……大体お金のことだよね。散々虐待し倒して、今更愛しているから会いに来るってことはないでしょ…
 警備員のお兄さん・おじさんたちに取り押さえられているけど、おばさんはやかましく暴れている。その中のひとりが警察を呼べと守衛室に叫んでいた。

「……ママ…?」
「姫乃…!」

 いくらひどい親でも瑞沢嬢にとっては母親なのか、無視はできないらしい。瑞沢嬢は怖がるどころか、むしろ笑顔を浮かべて母親のもとに近づいていた。

「ママ、どうしたの? ヒメに会いに来たの?」

 私は瑞沢嬢の生い立ちを聞かされたことがある。
 その時思った。そんな母親は縁を切って正解だと。見返す勢いで幸せになればいいのだと。…なのに彼女は、自分を虐待してきた母親でも会いに来てくれたのが嬉しいみたいだ。

「あぁ姫乃! やっと会えたわ…いい加減に離してよ! 私はこの子の母親なのよ!」

 瑞沢嬢の母親は警備員さんの拘束を乱暴に振りほどくと、瑞沢嬢の肩を掴んだ。
 生徒が母親と認めたのであれば、警備員さん達も止めることが出来ないらしく、苦虫を噛み潰した表情をしていた。
 
「…ねぇ姫乃。ママ今ちょっと困っているのよ。あんたいい暮らししてるんでしょ? お金貸してくれない?」

 喜んでいた瑞沢嬢の表情が抜け落ちたのは一瞬の出来事であった。
 
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