お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

衝突。後悔したくないのは私もママも同じ。

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 西園寺さんを見送った私は、そのままお迎えの車に乗り込んだ。家に帰ったら勉強すると決めていたのに、部屋の机にエリカの鉢植えを置いてそれをぼんやりと眺めていた。
 西園寺さんはいい人だ。エリカちゃんに対してなのか私に対してなのかは定かではないが、好意を持ってくれているのははっきりわかる。
 だけど、私にはそれを返せない。
 もしもお祖父さんや二階堂パパママが婚約者と決めた相手なら、私も努力して相手と添い遂げようとは思うけど……自分から恋愛関係に発展させるというのは…ためらいがある。
 このままじゃいけない気がする。慎悟にしても、西園寺さんにしても、このまま好意を受け取ったまま放置ではダメな気がする。慎悟は諦めないとは言っていたけど、やっぱりダメだと思うんだ。
 じゃあ、なんとかするには具体的にどうしたら良いのだろうか…
 

 考え込んでどのくらい時間が経過したであろう。コツコツ、と部屋の扉が叩かれる音がして、私は思考の淵から浮上した。

「えっちゃん? もう休んでいるの?」
「起きてる! 今日は早いんだね」

 二階堂ママだ。今日はいつもよりも帰りが早いんだなと思っていたのだが、そうじゃなかった。私が考え事していた時間が長かっただけのようだ。

「お夕飯が全く手つかずのままキッチンに残っていたから、どうしたのかしらと思って。体調が悪いわけじゃないのね?」
「う…うん…」
「そうだわ、あのカレーとても美味しかったわ。ごちそうさま」
「うん…」

 現在の時刻22時。私は学校から帰ってきて、それからずっとエリカの花を眺めてぼんやりしていたらしい。なんという時間の無駄遣いなのだろうか。幹先生から宿題を出されているのになんてことを…

「あら? 机にあるのは鉢植え? 誰か男の子に貰ったの?」

 ママは鉢植えの存在に気がついた。そりゃそうか。勉強机にどーんと置いてあったら気になるわな。

「…西園寺さんがわざわざ学校まで渡しに来てくれたの」
「あらあら! えっちゃんたら、慎悟君だけでなくて、西園寺君まで! 罪な女ねぇ」

 ママは私を冷やかしてきた。その発言で私の頭にカッと血がのぼった。
 …なにを言っているんだママは。私はあなたの娘の体を乗っ取った亡霊なのに、何故そんな呑気なことを言っていられるのか。

「…私は、誰かとどうこうなる気はないよ」
「…えっちゃん?」
「…前から思っていたけどさぁ…ママ、呑気すぎない? 私はエリカちゃんじゃないんだよ。私はあなたの娘の体を乗っ取った死人なんだよ。…他人の体でのうのうと恋愛なんか出来るわけ無いでしょ」

 私は今まで、二階堂夫妻に物申したことがなかった。他人だからというのもあったけど、そのうちお別れする相手だから当たり障りのないやり取りしかしなかったのだ。以前はそれで良かった。
 私がエリカちゃんに再憑依してしまって、私がエリカちゃんとして生きなくてはならなくなったことが判明した時、2人の反応は自分自身を責めることだけだった。流石にそれには戸惑った。二階堂夫妻の娘がいなくなったのだ。今後私が体を返す時はこの体の死を意味するのだ。
 2人はそれを理解していた。エリカちゃんとはもう会えないとわかっていた。

 …なのに何故私を責めないんだ。何故、何も言ってこないんだ。それが私は苦しいのだ。
 娘を喪って悲しいはずなのに、憑依した赤の他人の恋愛話にはしゃぐなんてどうかしているんじゃないのか。

「なんで私を責めないの? 娘の体に憑依した得体のしれない幽霊がいたら憎むでしょ普通」
「…えっちゃん」
「…責めてくれたほうが楽なのに…なんで娘じゃない人間の幸せを願えるの? …私は罪悪感でいっぱいなのに」

 私はエリカちゃんになってから色んなことを諦めた。生きているだけでも幸せだとは思うけど、笑として築き上げたものだけじゃなくて色々なものを失くした私は臆病になっていた。
 もう失いたくないからと思っていたけど、多分私は傷つきたくはないのだろう。 

「…わからないよ。私は松戸笑としての生き方しかわからない。私の人生はバレーボールだけだったのに…」

 前の私の人生はもっとシンプルだったのに、エリカちゃんに憑依してからは複雑過ぎて私の心がついていかない。

「…えっちゃん、なにかあったのね? 落ち着いて話をしましょう?」
「生きているだけで精一杯なの、慣れない習い事や勉強を頑張っているだけで大変なのに、私の気も知らないで恋愛に話を持ってこさせようとする。私はエリカちゃんじゃないの! それが苦しいんだよ!」

 本当なら私が転生の輪に入って、次の生へと向かっていたはずなのに。
 私はエリカちゃんじゃないのに、周りの人は当然のことながらエリカちゃんだと信じて疑わない。それは仕方がないのはわかっているのだ。
 友人たちは慎悟とくっつけようとするわ、丸山さんや加納ガールズは私をライバル視するわ、上杉は相変わらず変態だ。
 私は転生強制キャンセルさせられて、他人の体に再憑依して、今はバレーと習い事と勉強で忙しくて手一杯なのに……周りが喧しくてイライラするし、モヤモヤするし、もう訳わかんなくて嫌なんだよ!

「慎悟のことも西園寺さんのことも嫌いじゃないよ、いい人達だと思うよ。…だけど私は幸せになんてなれないの」

 それを言っても誰も理解してくれない。そりゃそうだ。私と同じく他人に憑依した人にお目にかかったことがないもの。
 どうせそれを言っても、死んだ笑に対して申し訳なく感じているのだろうって思われるだけだ。

「エリカちゃんが受け入れるはずの幸せを…私が手に入れるわけにはいかないじゃない」

 声が段々弱々しくなっていったので、最後あたりは私がなにを言っているのかが聞こえなかったかもしれない。
 私はなにを訴えているんだ。ママに当たっても仕方ないじゃないか。エリカちゃんを喪って一番辛いのはこの2人のはずなのに、私は自分のことばかり言って。自分のことしか考えていない。
 頭ではわかっているんだよ、そんなことを訴えてもなにも変わらないって。
 言いたいことを吐き出した私は脱力した。最近また情緒不安定になってきたな。以前とは少しだけ理由が違う気がしないでもないけど…これは一生私が抱えなければならない事情なのだろう。  
 10年20年経過したら私は楽になれているのであろうか。受け入れてその事実とともに……未来の私はなにをしているんだろう。バレーボール選手という夢が潰えてしまった私にはなにを目指せばいいんだ?
 私の頭でパパの会社を継げるかと言われたらわからない。そもそも経営に向いているかも、興味が湧くかもわからない。
 …怖い。…私は一体どうなるんだ?
 急に怖くなってきた私は身を縮こませた。
 
「…私はまた、同じ過ちを犯すところだったのかしら」

 ボソ、と呟かれたママの言葉に私は顔を上げた。いつもの二階堂ママの余裕はなく、彼女の顔は泣き出しそうに歪められていた。

「…全て、私の責任なのよ。だからあなたを責める理由はないの。あなたが自分を責める必要もないの」
「…ママ?」
「私は、エリカが物分りのいい子だと思いこんで、あの子に甘えていた。仕事に没頭してあの子の話を聞いてあげられなかった。何もしてあげられなかった。…私があの子を孤独にさせてしまっていた。私は母親失格なのよ。あの子がいなくなったのは私のせいなのよ」

 そんな話を、前にも聞いたことがある。身近にあるはずの親の存在が遠かったのがエリカちゃんの孤独を深めたのは理解できる。
 だが今はその話ではなくて、私がエリカちゃんを乗っ取っているのになんで責めないのかという話をしているの。

「娘を救ったことで沢山のものを失ったあなたを憎むなんてありえない。…それが娘の選択なら尚更」

 エリカちゃんの選択。
 どうしてママはそこまで悟ることが出来るの? 何故ありえないと言い切ることが出来るの?  

「…娘の代わりと言っては語弊があるけれど…娘を失ってしまった分、あなたには幸せになってほしいの。いなくなったエリカの分まで。あなたが幸せそうにしている姿を見ているだけで私の心が救われる気がするから。私の償いの意味もあるの」
「そんなの…」

 ママの言葉に私は二の句が告げなくなってしまった。
 エリカちゃんの分まで幸せに…って……

「それにね、今ここにいるのがえっちゃんじゃなくてエリカだったとしても…慎悟君や西園寺君が好意を向けてきたとは限らないのよ? …えっちゃんだからあの2人は好意を向けてくれているはずよ」

 …エリカちゃんと慎悟は微妙な間柄だって聞いたから、それはそうかも知れないけど…でもさ…
 
「もしもえっちゃんが本当にその気がないなら、無理して相手の想いに応える必要はないわ。…でも好きになったならためらわなくていいの。私はあなたを応援するから」
「……」

 話はこれで終わりみたいだ。ママは本気で私にエリカちゃんの分まで幸せになってほしいと考えているらしい。
 そう言われてもすぐに納得して気持ち切り替えることなんて無理なんだけどさ。
 私が考え込んでいると、ママは何かを思い出したかのように私にとあることを告げた。

「あぁそうだ、話は変わるけれど、今日松戸さんから連絡があったの。ひな祭りの日は学校をお休みして、朝からあっちの方にいってらっしゃい。何だったら前日の夜からあちらに泊まってもいいわ」
「…ひな祭り…?」

 3月3日…何かあったかな…?
 私はその日になにかあった気がしていたが、思い出せなかった。学校を休んでまで行う何か……

「もしも習い事がきついのだったら、習い事のペースを落としてもいい。無理させてしまってゴメンね」

 思い出そうとしていたらママに習い事の話をされて意識がそっちに戻った。
 たしかに大変だけど、今の時点で既にセーブしてもらっているのでこれ以上ペースを落としたら、身に付くものも付かないと思うのだ。
 私には部活があるので、習い事の回数を増やすことは難しい。だからといって減らすのはあまりよろしくないと思われる。

「え、いや、習い事は大丈夫。お茶は楽しいし、マナーの先生は優しいもの。英会話は…うん。やらなきゃ身につかないしこのまま頑張るよ」
「そう? …今まで私達はあまり話す機会がなかったものね。私も時間を作るようにするから、これから沢山お話をしましょう」

 お話…
 今まで何も話さなかったわけじゃないけど、お互い深い話をしたことがなかった。元が他人同士だから仕方がないか。
 でも今更何を話すのであろうか…
 ママは私の心の内を読み取ったのか、苦笑いしていた。

「私もあの人もえっちゃんも元は他人同士だものね、今からでも家族になれるはずよ。…私はもう後悔はしたくないのよ」

 二階堂ママも私と同じく後悔していて、それから抜け出せていないみたいだ。
 私は初めて二階堂ママと本音でぶつかりあった気がする。話してみないとわからない本音を知った私は、少しだけ心がすっとした気がした。

 この対話がきっかけとなって、二階堂夫妻と会話する時間が増えることとなったのである。

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