お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

你是谁? 気に入ったと言われても複雑なのだけど。

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 夕飯はお茶屋かごはん屋で済まそうと友人たちと話し合いをした結果、ごはん屋さんで購入して外で食べようという話になった。店自体がこぢんまりとしてて、修学旅行生でひしめき合っていたので、それだったら外で食べたほうが、開放感があるだろう。

「あっおいしい!」
「そうですね。ちょっとだけ日本食を思い出します」

 幹さんには台湾の食事があまり合わないのか、こっちに来てから食が細くなってしまっているが、この魯肉飯は大丈夫みたいだ。
 こっち油がすごいもんな。私も台湾の烏龍茶を飲んで胃を休めているけど、日本人には油が多すぎるのかもしれない。

「いよいよ明日は自由行動だね」
「台湾のマッサージが楽しみですわ」

 ぴかりんは牛肉麺を購入していて、さっさと食事を終えると、お茶を飲みながら明日の自由行動の話を持ち出してきた。
 マッサージに行くのか。楽しそう、いいなぁ。

「……いいなぁ。私も一緒に行きたかったのに…」
「なにをおっしゃいます。二階堂様は加納様と一緒に回れるではありませんか」
「そ、そうだけど…」

 それも楽しみだけど、折角なら皆で回りたかったんだよ…

「エリカは加納君とどこに行くの?」
「えっと…問屋さんを見て回って、その後慎悟が行きたがっている淡水に行くつもり」
「まぁ! あらあらあら!」

 淡水という単語を出すと、阿南さんが嬉しそうに声を上げていた。

「え、なに…? どうしたの阿南さん」
「いえいえ…二階堂様、ぜひ淡水では漁人碼頭ユーレンマートウという港の真っ白な橋にお2人で!」
「え? …あぁ…うん」
「できれば夕暮れ時がよろしいかと思います」
「…うん」

 彼女はなんでこんなに楽しそうなんだろうか…
 いや阿南さんが楽しいのならいいけど……彼女たちはこの間から本当になんなのだろうか…


「また賀上様も速水様もあの女の側で侍っているそうですよ」
「…夢子さんでしょ? …だけど彼女は宝生様とねんごろのようだけどね」
武隈たけくま様、あちら…」
「…あら、失礼。こんばんは二階堂さん。こんなところにいるとは知らなくて」

 ベンチに座って九份の町並みを眺めている私達のもとに、瑞沢ハーレムの陰口を叩いている女子集団が歩いてやって来たと思えば、その中のひとりが私に絡んできた。
 宝生氏のことを失言だと思ったのなら、別に今は無関係の人間だし、私は婚約破棄にノータッチだから気にしてないよ。

 私に絡んできた人は、背がぴかりんと同じくらい高くて、真ん中分けの黒髪ロングヘア、顔立ちはキリッとしたキツネ顔で、プライドの高そうな雰囲気が滲み出ている気がする。モデル立ちをして私を見下ろしてくるけど…同じクラスになったことないな。この人誰だろ。
 彼女はフフッと鼻で笑うと、少々大げさな身振りで話し始めた。

「あなたを見ていると明日は我が身だと日々危機感を憶えているのよ。賀上さんったら、あんな売女のどこがいいのやら」

 …賀上といえば瑞沢嬢の取り巻きの1人か。メガネの賀上と…彼女は関係者なのかな。

「…口の聞き方に気をつけたら? そんな言い方しているあなたの品格が疑われると思うよ」

 確かに瑞沢嬢は褒められないことをしたけど、“売女”とか…洒落にならない。彼女の事情を知っている私はその発言を流すことが出来なかった。

「あら、庇ってあげるの? 婚約者を奪った女のことを」
「そういうわけじゃないけど」

 敵か、無害な相手か。私は相手を観察したが、どこからどうみても私…というか二階堂エリカを見下しているように見える。
 エリカちゃんがおとなしい子だったからなのか、それとも婚約者を略奪されたからなのか…
 
「私を見下して優越感に浸りに来たの? 憐れむなら勝手にすればいいよ。だけど今は修学旅行中だから、楽しんでいるところに水を差すのはやめてくれる?」
「…あらそれは失礼? …意外ね。人形のようだと思っていたけど結構口が回るのね。…噂通り、人が変わったみたい…面白いわ」

 もうこんなやり取りは何度もしたので今更になって私は動揺しない。彼女が誰かは存じ上げないが、私は堂々とした態度で振る舞った。

「お生憎様。婚約破棄をしたので、猫を被るのをやめたの。なにか文句でもある?」

 私が彼女をじろりと見上げると、何故か彼女の口元は弧を描いていた。 

「いいえ? ……礒川さんはあなたを敵に回すなんてまずいことをしたと思っただけ。全然悪くないわ。私今のあなたのほうが好きよ」
「……」

 好きと言われても嬉しくないんだけど。
 加納ガールズとはまた違った高飛車さだな。英学院に通い始めた時点での最初の印象は最悪だったけど、次第に色んな人がいることを知った。セレブ生も一般生も様々な人がいたが…こんな存在感のある人、今まで私は見落としていたのか…
 あとで阿南さんにこの人のこと聞いてみよう。…名前なんだっけ。賀上氏の婚約者ね。

 彼女は意味深な告白(?)を残して、取り巻きらしき女子生徒とどこかに消えていった。何だったの一体。

「…阿南さん、今の誰?」
「賀上様の婚約者の武隈たけくま伊澄いずみ様です。彼女のご実家はファッションブランドを幾つか経営なされています」
「そっか、ありがと」
 
 さすが阿南さん情報通である。
 セレブ生で賀上氏の婚約者。瑞沢嬢をあまり良く思っていないのは当然のことか……向こうが何らかのアクションをしてこない限りは放置するけど、念の為注意しておこう。

 なんとなく微妙な気分になったけど、自由時間が終わりを告げた。私達は再び台北の宿泊先までバスに揺られて戻っていったのである。
 今日は朝から観光で歩き回って疲れた。私は寝る準備をするとすぐに就寝したのであった。


■□■



「二階堂様、朝ですよ」

 翌朝、私は起床時間前に阿南さんに起こされた。

「……まだ6時だけど…」

 起床時間は6時半。7時半から朝食となっているのであと30分は眠れるのに起こされた。
 枕元のスマホで現在の時刻を確認した私はもぞもぞと布団に潜り込んだのだが、阿南さんはそれを許してくれなかった。掛け布団を引っ剥がして、半分夢の中の私を起こすと洗面所に連行していったのだ。
 ご丁寧にヘアバンドを装着され、洗顔を指示され、挙句の果てに歯磨き粉のついた歯ブラシまで準備された。寝ぼけ眼だった私を阿南さんは甲斐甲斐しくお世話してくれた。

 何故30分早く起床させられたのかと言うと、ヘアアレンジとメイクをするためだったらしい。
 だけどそこまで凝った事をするわけではなかった。ヘアオイルで髪を馴染ませると、片側の髪の毛を一房取って毛束をねじりながら交差させ、ミントグリーン色のリボンが付いたパッチン留めで固定された。

 わぉ、ちょっと手を加えただけなのにエリカちゃん可愛い。
 
「やはり似合いますわ。この髪飾りは初日に行った西町の雑貨屋で見つけたんですよ。二階堂様に差し上げますわ」
「そうなんだ…ありがとう」

 メイク道具も同じく台湾のコスメショップで購入したもので、軽くベビーパウダーファンデと薄いピンクの色つきリップを塗られた。
 今から朝食だけど…とボヤいたら「ちゃんと塗り直しなさいよ」とぴかりんにそのリップを押し付けられた。
 
 色々と言いたいことはあるが、多分善意のつもりなのだろう。…私と慎悟はデートに行くわけじゃないんだけどな。
 …みんなにハブられた私を哀れんだ慎悟が観光に付き合ってくれるだけだし…
 もやもやしたなにかを抱えながら、ホテルの食堂に向かうと食事を済ませた。今日は早い時間から問屋に向かう予定だ。
 私は早速慎悟を迎えに行こうと思ったのだけど、それを阻むようにして彼女らは現れた。

「…二階堂さん、随分色気づいちゃっていますわね?」
「まさかとは思うけど…慎悟様と一緒に観光しに行くのってあなたなの…?」
「…抜け駆けして…」

 そうだ、加納ガールズがいたんだ…彼女たちは般若の形相で私を睨めつけていた。
 …下手したら慎悟との観光は加納ガールズも合わさっての観光になるかもしれないなと私は遠い目をした。
 …その時だった。
 そんな私を守るかのように2つの影が加納ガールズに襲いかかったのである。

「なっなにをしますのっ!?」
「離して!」
「邪魔ですわ!」
「エリカ! 早く行きな! 加納君はホテルの外で待ってるから!」 
「ここは私達が止めます! 逃げてください!」

 ぴかりんが巻き毛とロリ巨乳、阿南さんが能面をホールドしている。加納ガールズは暴れているが、ぴかりんも阿南さんも絶対に逃さないとばかりにしっかりしがみついている。
 間違いなく部活をしている私の友人たちのほうが体力は上だ。加納ガールズは完全に抑え込まれている。

「離しなさいってばぁ!」
「あなた一般生のくせに生意気なのよ!」
「うるさい親の七光りが! 2人の邪魔はさせないよ!」
「私達がどれだけ裏で応援しているか知らないのでしょう! 私は絶対にこの計画を完遂させてみせます!」
「ふざけないでちょうだい!」

 食堂で行われるキャットファイトに食事中だった生徒達が注目している。これを放置してはおけないと思った私は慌てて5人を止めようとしたのだが、サッと幹さんに制止された。

「行ってください。後のことは私におまかせを」
「でも幹さん」
「二階堂様、頑張ってくださいね!」

 幹さん…
 頑張るったって今から観光に行くだけよ?

 さぁさぁといい笑顔の幹さんによって力強く背中を押されて私は食堂を追い出されると、後ろ髪引かれながらホテルのロビーを通り抜けた。
 ホテルの外に出るとそこにはぴかりんの言っていた通り慎悟が待っていた。私がやってきたと気づいた慎悟はスマホを見ていた顔をふっと上げた。

「遅かったな」
「加納ガールズに絡まれてた」
「…その呼び名どうにかならないか?」

 名前を覚えられないし、いつも3人セットで慎悟のハーレムをしているイメージだから変えられないと答えると、慎悟に微妙な顔をされた。
 気に食わないか? 仕方がないなあ。

「ファビュラス慎悟ガールズに改名しとく?」
「余計に悪化してるじゃないか、やめろ」
「んもー、ワガママだなぁー」
 
 呼び名なんてどうでもいいじゃん。私その呼び名に慣れてしまったし、加納ガールズの名字は最後まで覚えられない気がするし。…覚える気が無いともいうが。

「全く笑さんは…ほら、行くぞ」

 慎悟は諦めた様子でため息を吐くと、私に向かって手を差し出してきた。

「…なによその手」
「はぐれたら困るだろ」
「大丈夫でしょ」

 手を繋いてるところを学校の人に目撃されたらその方が面倒くさいじゃないの。
 私はその手を取らずに慎悟の横を通り過ぎたが、慎悟は自分から手を繋ぎに来た。

「ちょっと! 学校の人に見られたらどうすんの!」
「別に構わない」

 か、構わないってあんたねぇ! 何故そんな涼しい顔で言っちゃうのかな!?
 私が騒いでいたからか、ホテルを出てくる同級生にジロジロ見られていたので、私は慎悟の手を引っ張る様にして早歩きでその場から離れた。  

 慎悟の手を振り払おうと思えば振り払えた。
 だけど私には、その手を振り払うなんて真似は出来なかったのだ。
 
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