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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

私だって色々考えているんだ。エリカちゃんの代わりにどう生きるべきかとか。

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 二階堂本家は大きく、昔ながらの和風な作りをしている。昔から使っている家具を今でも愛用しているから、温かみのあるそれがどこか懐かしい雰囲気を醸し出していて…松戸の祖父母の実家を思い出せる。
 もう帰れないけど、松戸の祖父母の家に帰りたいな……

 二階堂本家に集まった大人達が周りで挨拶合戦をしている中、私はお正月風のご馳走の並ぶテーブル席の隅っこに正座して静かにお茶を飲んでいた。
 お祖父さんへの挨拶の時に気疲れしちゃったからパパママにちょっとだけ休ませてくれってお願いしたの…あとで挨拶周りには合流するよ、うん。

「明けましておめでとう、笑さん」
「…あ、慎悟。あけおめ」

 そんな私に声を掛けてきたのは慎悟である。慎悟は今年も二階堂本家に挨拶しに来ていたようだ。去年も1人でここに来ていたけど…毎年ここに来てるのかな。
 スーツ姿の慎悟はいつもの制服のブレザー姿と違って雰囲気が変わって見える。クリスマスパーティのドレススーツ姿もまた違う雰囲気だったから、側にいて落ち着かなかった覚えがある。
 …前は特に気にしなかったのに、こんなに慎悟に目が行くのは何故だろう。
 一昨年の6月あたりに初対面した慎悟だが、まだいとけなかったあの頃よりも身長伸びたし、顔も大人っぽくなって、まぁとにかく身長が伸びたよねぇ……

「…私だって予定では175cmになっていただろうに…」
「あんたまだ身長のこと諦めてないのか」

 私が慎悟の伸びた背に嫉妬していると、呆れた目を向けられた。
 諦めたなんて誰が言った? ここまで頑張って1センチって…なんなの? 身長に関して全く努力している様子のない慎悟はすくすく背が伸びているのに何故。対策を取りまくっているエリカちゃんの身体は変化が見られないのは何故なんだ…!
 身長が…欲しい…! 

 クッ…と私が悔しがっていると、慎悟が私の隣に座ってきた。慎悟は挨拶回りに行かないのであろうか。彼は意識が高いので率先して挨拶回り行きそうなのに…
 おせち特有の甘いものが食べたいのか? よそってやろうか?
 手を伸ばして取り皿と取り分け用の箸を手に取ると、慎悟が話しかけてきた。

「さっきは大変そうだったな。…でもあんたがインターハイで倒れた後、本当に大騒ぎになったんだ。…二階堂のご当主もお気になさっていたんだろう」

 私が倒れた後のことは又聞きだから、どんな事があったのは詳しく知らない。きっと色々大変だったのだろう。 
 大変だったのはエリカちゃんと私だけではない。救命処置をしてくれた顧問とコーチだけでなく、現場にいた慎悟もほうぼうに連絡したり、エリカちゃんの見舞いをしたり、彼女のサポートをしたりと色々お世話になっていたようだ。
 その節ではトラウマになりそうな死に方を見せてしまって申し訳なかった。ごめんね。死の淵の人間から遺言メッセンジャーに任命されて戸惑ったことであろう。
 常日頃からお世話になっている慎悟へのお礼として、今日は私がお世話をしてやろうと箸を構えた。 

「なに食べる?」
「…自分で取るからいいよ。俺はあんたの弟じゃないんだ。そういうのいい」
「なんだよー折角よそってあげようと思ったのにー」
  
 取り箸を奪われてしまった。慎悟は自分で自分が食べる分を盛ってしまったのだ……
 なんだよ、ちょっとくらい面倒見させてくれよ。たまには年下らしく甘えてくれてもいいじゃないのよ。…いつも自分に厳しいんだから、たまには私に甘えてくれてもいいのに。
 私が不満に思っていることに気づいてない慎悟は「笑さんは食べないのか?」と首を傾げていた。
 …二階堂家のおせちは気合入っていて、美味しいから食べるよ。これ誰が作ってるんだろう。お手伝いさん? それとも外部発注なのかな?
 私は取り箸を再度手にして重箱に近づけた。お雑煮食べたい気分だなぁ。お雑煮って頼んだら出てくるのかな。箸に取った昆布巻きを見て、私はふとお祖父さんとのお見合い話についてのやり取りを思い出した。
 …もしも慎悟だったら、あの時どんな回答したのだろうか? 慎悟は…お見合いをしたことあるのかな? 
 チラリと慎悟の顔を見て、私は伺いを立ててみた。

「ねぇ慎悟、質問しても良い?」
「なんだ」
「…さっきのお祖父さんとの会話なんだけど…なにが正解なのかがわからない。セレブな受け答えがわかりません。模範解答を教えてください」

 さっきの流れを見ていたであろう慎悟に弱音を吐くと、彼はムスッとした顔をした。

「…西園寺の息子との見合いの話か? …俺は嫌なら嫌と答えていいと思うけどな」
「えぇ…慎悟あんた、いつも私に二階堂家の娘としてって説教してくるのにそれ言っちゃう?」
「好意を伝えてきた相手にそんな相談するのが悪い」

 それはすみませんでした。…お見合い話は断ったって言ったのに。西園寺さんは友達だって言ってるのに…そんな不機嫌になるなよ…
 あの調子じゃ断っても、受け入れてもお祖父さんは微妙な反応しそうだよね。また新たなお見合い話とか持ち出してきそうだし……わからんなぁ、セレブの思考回路が、セレブらしい回答がわからんなぁ…
 私はお祖父さんとのやり取りの事を思い出して悩んでいた。

「…あんたは…命令されたら結婚相手は誰でも良いのか」
「え…」
「…そう言ってただろ」

 その問いは油断していたら聞き逃しそうな声量で、私は一瞬聞き間違いかと思ったけど、横を見たら慎悟は此方をじっと見つめてきていた。
 …誰でも良いとは言っていないだろう。人聞きの悪い。
 
「そういうわけじゃないよ。上杉と結婚しろって言われたら、出家する勢いで逃げるよ。ショートカットヘア通り越して剃髪コースまっしぐらだよ」
「そうじゃなくて…西園寺の息子と婚約しろって言われたら大人しく従うのかって聞いているんだ。それは自分の気持ちを無視して従うという意味なのか?」

 そんな事言われても…私は慎悟の言葉に困惑してしまった。お嬢様ってそんなものなんじゃないの? 親の言うことに従った人生を歩むものなんでしょ?
 西園寺さんの件は顔を立てるためのお見合いなので断ってもいいと言われたから縁談を断ったけど……本来であれば、親が決めることだったんでしょう? エリカちゃんと宝生氏の婚約が親同士の会社の縁でつながっていたように。

「だって…エリカちゃんはそうだったじゃない。…私はエリカちゃんとして生きなきゃいけないの。そういうことでわがまま言えない立場なんだよ」

 慎悟だって言っていたじゃない。二階堂の利益にならない相手との交際が許されるわけがないって。慎悟もそっちの考えだと思っていた。
 私はエリカちゃんの身体で誰かと恋愛する気はない。なら二階堂パパママが選んだ相手と結婚するという道しかないじゃないの。女社長になって養子をもらうという可能性も考えたこともあるけど、多分一生独身というのは…立場的に難しいだろうし。
 私が考えて行き着いた答えを説明したのだが、慎悟はしかめっ面して鼻を鳴らしていた。

「…あんたらしくないな。あんたが今ここにいるのはエリカが自分勝手に事を起こしたのが原因なんだ。あんたは気にしなくていいと思うけど」

 また慎悟は冷たいことを言う。
 確かにそうだけど、結果的に私は彼女の身体を乗っ取って、彼女の人生を奪ってしまう形になったんだからそんな事言わなくても…!

「…それでも、この身体はエリカちゃんのものじゃないの…」
「さんざん好き勝手過ごしておいて今更じゃないか?」

 慎悟はどうせ私の気持ちはわからないって一蹴するだろうけどさ…他人の身体を使ってバレーをすることと、他人として結婚することは全く違うんだよ…複雑過ぎてうまく説明できない。
 全国探したら憑依仲間とかいないかな…いたらこの感情を共有できるのに。「わかる、辛いよねー」って。
 こう、こうさ…うまく消化できない、受け入れることの出来ない領域があるというかさ…

「身体を乗っ取った上に大好きなバレーをさせてもらっているから、そのお返しに私は二階堂の益になる生き方をしないといけないと考えているわけよ! だから婚約に関してはパパママの命令に従うよ」

 私は拳を握って頷いた。
 将来的に二階堂パパママの会社のお手伝いができるように勉強と習い事を一生懸命頑張ること、そしてバレーを心ゆくまで続けることを今年、そしてこれからの抱負とした。

「…俺はあんたの気持ちを聞いているんだけど?」

 わからんヤツだな! ちゃんと答えただろう!
 この際私の気持ちは例外さえなければ無視だ! 二階堂パパママの指示に従うんだよ! ただし上杉が相手の場合は出家する。
 それが答えじゃあかんのか!?
  
「会いたかったですわ! 慎悟お兄様!」
「……」
「明けましておめでとうございます! 一層素敵になってしまわれたから見違えてしまいましたわ!」

 私と睨み合いをしていた慎悟が幼女…いや少女に背後から抱きつかれていた。
 相手はエリカちゃんの従妹である二階堂美宇嬢だ。去年、香ばしい発言をしてお祖父さんに叱られていたが、あれから少しは成長したであろうか。
 慎悟とは8歳差の彼女はひと目で慎悟にフォーリンラブしていたのだが、当の慎悟はロリコンではないと跳ね除けて逃げ回っていた。慎悟は小学生女子が苦手説が浮上したんだったな。
 さて、9歳と17歳ならどうであろうか。慎悟を見ると彼は遠い目をしていた。どうやらあまり嬉しくはないようだ。
 …もしかしてこの場に彼女がいる事をウッカリ忘れていたのであろうか。一族なんだからいるに決まってるじゃないか。慎悟にしては抜けてるね。

「…慎悟が困ってるから離れてあげなよ」
「あなたの指図は受けないわ、オバサン」
「…オバサンでも何でもいいけど、慎悟ははしたない女の子が嫌いなんだよ? 恋人でもない相手に軽々しく抱きつく尻軽な女の子は好きじゃないと思うな?」

 慎悟を助けるつもりで言ってみたけど、美宇嬢は私が口出ししてくる事自体許せないのか、凄い形相で睨みつけてきた。…可愛いお顔が台無しだよ。
 まだ9歳なのにこんな表情出来るんだな。私が9歳の時……バレークラブで知り合った依里と一緒に東洋の魔女ごっこしてバレーに燃えてて、恋ってなにそれ美味しいの状態だったのに。…環境なのか、育ちなのか…
 これが恋は戦争ってやつなのかな。ここでは一方的に敵対心向けられて攻撃されているけど。

「私と慎悟お兄様の邪魔をしないで頂戴、オバサン」

 うわぁ、“オバサン”を強調して言ってきたぞ…去年と全く変わらないなこの子。邪魔だなんて失礼な。そっちからやって来たのに…

「ハイハイ。オバサンは退散してあげますよ」
「おい…」
「頑張れ」

 私がここにいてもできることはない。慎悟は女の子を侍らすのが得意だろうから…自力で頑張れ!
 私は縋るような目をしている慎悟に親指を立てて健闘を祈った。彼をその場に残して退室すると、挨拶合戦が行われている客間にいるであろう二階堂パパママを探すことにした。挨拶も任務のうち。休憩は終わりだ。

 なに、慎悟のことならいつもの事だ。女の子の相手をするのは朝飯前でしょ? 私は私のすべきことをしてくるから、慎悟は慎悟で頑張れ!
 私はお嬢様の仮面を被ると、挨拶を交わす大人たちの集まる客間へと足を踏み入れたのであった。
 
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