お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

阿南さんの意味深な言葉。心がざわつくのは何故だろう。

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「二階堂様はクリスマスパーティ前にネイルサロンやエステなどに行かれるご予定は?」
「…あー…爪を伸ばすのはバレーの邪魔になるから、簡単に塗るだけにしようかなとは思ってる」

 テスト前恒例の勉強会。その休憩中に私は牛乳を買いに向かっていた。相変わらず信用のない私のお目付け役でついてきた阿南さんからの問いに、私はネイルサロンは利用しないと答えた。
 以前から爪が割れないように爪強化目的で透明のマニキュアを塗ることはあったので、自分で塗れると思う。ドレスの色に合わせた色のマニキュアを既に購入済だ。
 ヘアメイクなどは当日業者さんが英学院まで出向くから、それを予約済である。夏にショートボブカットにしたが、冬になった今では肩よりも長くなったのでそこはプロにおまかせするつもりだ。

「…二階堂様、あの差し出がましいことかと存じますが…本当に加納様とパートナーにならずによろしいんですか?」
「…え?」

 急にどうしたの阿南さん。
 なんでいきなり慎悟の話なの? 私と慎悟の間で何かがあったことなんて話したことないのに。

「いやいや、ならないよ。そもそも慎悟は多方面からお誘い受けてるし、なにも私じゃなくても問題ないでしょ。私はダンスなんか踊らないし、食べる目的で参加するしさ」
「…そうですか…」
「あ、もしかして阿南さんは慎悟と踊りたいとか?」
「いえ、そうではなくて…」

 はぁ…とため息を吐いた阿南さん。どうしたんだろう。そんな様子を微塵も出さなかったけど、阿南さんも慎悟のことが好きとか…? 慎悟、魔性の男…

「違いますよ」
「…口に出てた?」
「顔に出ておりましたよ。…加納様がお労しいと思っただけです」
「えぇ?」

 慎悟とは色々あったとはいえ、私は彼からパーティに誘われていない。そもそも私がパーティで踊るという行為に苦手意識を抱いているので、誘われても断ってたと思う。だって…私には縁がないことだからね。
 自販機で目的の牛乳を購入して教室に引き返していると、突然目の前にヌゥッと人影が現れた。
 待ち伏せをしていたかのような登場の仕方。私も阿南さんも声を上げることはなかったが、ビクリと体を震わせて反射的に後ずさっていた。

「…エリカ…ちょっといいか…」
「……宝生氏、なにその湿っぽい顔…」

 相手はドヨンとした宝生氏であった。見るからにすっごい暗い。表情だけでなく醸し出す雰囲気がジメジメしている。…今回は何の用であろうか。

「…宝生様…失礼ですが、二階堂様と貴方様のご縁は切れて無くなったもの、今となって接触してくるのはケジメとしていかがなものかと思いますが」

 宝生氏が用事を言う前に阿南さんがずいっと割って入ってきた。去年の宝生氏とエリカちゃん婚約破棄騒動の流れから見てきた阿南さんは宝生氏の行動に思う所があるのかもしれない。
 庇ってくれるのは嬉しいけど、阿南さんに迷惑かけるつもりはない。私は彼女の肩を掴んで止めようとした。

「…悪い……姫乃のことだったから…相談できるのがエリカしかいないと思って…」
「それが勝手だと言っているのです。二階堂様はあなたの友人でも婚約者でもありませんのよ? 婚約破棄の原因になった女のことを相談とは…二階堂様をバカにしていますの?」

 いつも穏やかな阿南さんが怒っていらっしゃる…! レアだわ! 怒っている姿も上品…じゃなくて止めないと。

「宝生氏、聞いてあげるから30文字以内で説明して!」

 これでも一応譲歩しているつもりだ。手短に話しなさい。その相談にいいアドバイスが出来るかはさておいてな。阿南さんが不満そうな顔でこちらを見ているのはわかっていたが、こういう面倒事はさっさと終わらせてしまおう。
 宝生氏は私の言葉に怒ってくるかなと思ったけどそうでもなかった。変わらず沈んだ様子でボソボソ話し始めた。

「…姫乃に、避けられてる。文化祭が終わった後からずっと…」
「……つまり、私のせいだって言いたいの?」
「そうじゃない…だけど」

 文化祭といえば瑞沢父が登場して私と二階堂家に喧嘩を売ってきたから、それでゴチャゴチャと……

「…私が瑞沢嬢を拒絶したから、原因の宝生氏を避けているってことでしょ。…宝生氏もわかっていると思うけど」
「わかっている。あの件は完全に俺が後先を考えずに感情的になって起こした事だ」

 …私の姿形が松戸笑のままであれば、婚約破棄とは全くの無関係だから瑞沢嬢と仲良くすることは出来たけどさ……今の私は二階堂エリカなのよ。エリカちゃんとして、二階堂家の娘として生きなきゃいけないのよ。
 どんな理由があったにしても彼女と仲良くは出来ないの。周りからどんな目で見られるかわかるでしょう? これは二階堂家の沽券にも関わることなんだよ。

「…思いっきりぶつかって話し合ったら?」

 私には何もしてあげられない。宝生氏が自力でなんとかするしかないって。
 宝生氏は表情を曇らせていた。また瑞沢嬢に避けられるのが怖いのだろうか。…後ろから抱きついて捕まえたら、多分立ち止まってくれるよ。慎悟がそうだったから。

「前にも言ったでしょ。瑞沢嬢の父親は曲者だって。あんたがしっかりしないでどうするの。婚約破棄してまで選んだ好きな子なんでしょ? 自分で守ったらどうなのさ」

 今どき女も強くないと生きづらいけど、瑞沢嬢は生まれの複雑からか情緒が幼く、脆い。そしてどこか危うい雰囲気を持つ。
 こうして男性に愛されているけど、同世代の女友達はおらず、孤立している。それは彼女が起こした行動、そしてその父親の指示が原因だ。彼女自身が父親と母親の呪縛から逃れて強くなれたら一番いいけど…それから抜けだすのは容易ではない。今のままじゃ難しいと思うんだよね。

「……頑張ってみる…」
「頑張れ」

 彼氏イナイ歴18年の私のアドバイスだから大したことは言えてないと思うけどね。とりあえず頑張ってみなよ。
 トボトボと去っていく宝生氏を見送っていると、隣にいた阿南さんが不満げに呟いた。

「…お人好しすぎます…二階堂様は」
「そうかな? 投げやりなことしか言ってないと思うけど」

 阿南さんは表情を少し険しくさせていた。私の心配をしてくれているんだろうな。
 …確かに宝生氏に助言をしてやる義理はないんだけどね。だけど文化祭の日、私が瑞沢嬢を泣かせたのは事実だから…ちょっとだけ罪悪感があったんだ。その罪滅ぼしの気持ちもあったりする…

「そんなお人好しじゃ痛い目にあうだけなのですからね?」
「あはは…それは身にしみてるから…」

 なんせ私は人を庇って死んだ人間だからね。
 私が苦笑いして誤魔化していると、阿南さんはこちらをじっと見て、難しい表情をしていた。

「…加納様はまだ婚約者がお決まりになっておりません」
「うん? そうだね?」

 急にどうしたの。なんか今日は妙な事を言ってくるね阿南さん。

「…周りに沢山…年の頃がちょうどいい、家柄のよろしい令嬢がいらっしゃるのですよ? 婚約者が決まるのは時間の問題です。…二階堂様はそれを見ているだけでよろしいのですか?」

 よろしいのですかと聞かれましても。慎悟がモテるのは前からじゃない。婚約者に到っては私には口出しする権限はないよ。二階堂とはただの縁戚という間柄だし。

「……それは慎悟と慎悟の家族が決めることだし、私には口出す権利はないよ?」
「……」

 ハァァ、とまたため息吐かれた。
 なんなのよ。今日の阿南さん、なんかおかしいよ。
 …私は確かに慎悟に告白されたけど…それはそれで……私はそういう風には見れないと断ったもの。ていうか結婚とか婚約とかそんな事考えられるわけがないでしょ。重すぎるってば!
 エリカちゃんの身体で誰かと恋をして愛し愛されるというのが想像付かないし、絶対無理だ。無理。

「もうこの話は終わり! 行こう!」
「……はい」

 阿南さんの話を無理やり終わらせて、私は早歩きで歩き始めた。まだまだ言い足りなさそうな顔をしていた阿南さんもそれ以上は何も言ってこなかった。

 二人で無言で歩き続けて、1年の教室があるフロアに辿り着くと、教室前の廊下で会話をしている彼らの姿が目に入ってきた。 

「当日は私と一番に踊ってくださいね♪」
「違うわ、私とです!」
「特注のドレスを手配してますの。慎悟様とのクリスマスパーティ、楽しみですわ」

 私の目から見てもわかる、恋い慕う瞳をした彼女たちの視線は一人の少年に向かっていた。
 粒ぞろいの美少女たちが美少年に群がるハーレムな姿を私は見慣れていた。今や風景の一部として馴染んでいる気がする。それは見慣れた風景、去年の今頃もこんな感じで彼女たちは彼にクリスマスパーティのお誘いをしていた。
 去年の私は、自分が殺された事件の裁判のことで頭が一杯だった。加害者の家族が押しかけてきたせいもあって心に余裕がなかった。それもあって彼らにも関心がなかった。
 今年だって、私はダンスパーティなんて柄じゃないからって食べること目的の参加を楽しみにしていたのだ。私が慎悟のパートナーを気にすることはないはずなのだ。だって私は彼を振ったのだもの。
 私はエリカちゃんの身体で色恋する気はないから。私には口出しする権利などないのだから。

 ……なのに何故だろう。

 それが面白くないと思っちゃうのは何故なんだろう?
 
 
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