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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。
私は私なりに頑張っているのだが空回りしているのが現状。
しおりを挟む「…なにそれ、ウーパールーパー?」
「ハムスターだよ!」
文化祭の逃走ゲームで使用するクイズ用のカードを可愛くしようと思ってイラストを描いたら、ぴかりんにウーパールーパーって言われた。
「二階堂様…大丈夫ですわ、二階堂様にはバレーという特技がございますから…」
「阿南さん…つまり絵が下手だっていいたいの?」
大体ウーパールーパーとハムスターって両生類とげっ歯目類で全然違うんですけど。そこまで下手か私の絵は。…傷つくわ。
「でも、クイズのカードが賑やかになって、見てて楽しくなりますよ!」
幹さんがフォローしてくれた。優しい…ぴかりんも阿南さんもひどいよ。なんでそんな貶すのよ。
「まぁそうだけどさぁ……エリカ、この学校の創立者の誕生日とか答えられる人いないんじゃないの…?」
「いいじゃない。みんなの出すクイズ全部教養とか知識を試すものばかりだし、変わり種があったほうが面白いよ」
クラス内で意見が割れてしまったのだが、私達中立派は少ない人数ながらも着々と準備を進めていた。クラス委員長や慎悟が中心になって指揮を取ってくれているからそれでスムーズに事が進んでいるのだと思う。
今日の放課後はクイズを選出して、カードに清書していた。文化祭まであと5日。参加者に説明するためのチラシやマップも準備班が用意した。
逃走者用衣装の手直しの時は流石に準備不参加組にも参加させた。サイズが合わなくて困るのは彼らなんだ。…また文句を言ってくるかなと思ったけど、向こうは何も言ってこなかったので拍子抜けした。
ウーパールーパーと言われたハムスター…ちょっと凹んだけど、このカードは使用する。どうせ使うのは文化祭の時だけだし。次のカードはもっと可愛く描いてみせる…!
「…おい、恐ろしい形相のキツネを描くんじゃない」
「カエルだよ! どっからどう見ても可愛いカエルさんでしょ!?」
「…これが、カエル…?」
慎悟まで私の絵を貶してくる! 今度は両生類がキツネ属になったし! 真面目に描いているのになんでそんな事言うの?
私のイラストはクラスメイト達に不評だった。
■□■
「慎悟様、私のクラスはオークションをいたしますの。売上金は全額慈善団体へ寄付いたしますわ。もしも不要なものがございましたら是非ご提供を。オークションにも是非参加してくださいませね」
私が日課にしている牛乳を売店に買いに行った帰り道で、慎悟と丸山さんがお話しているところを見かけた。
へぇ、オークションなんてするんだ。いちいちセレブリティな…高いものが出てきそう。…上杉に貰った未開封のヘアオイル出品しちゃ駄目かな?
陰ながら丸山さんを応援している私は2人の邪魔にならぬよう、別ルートから教室に戻ろうと踵を返した。
「あっ二階堂さぁん!」
「……」
おい、瑞沢嬢。2人の邪魔になるから大声を出すんじゃない。瑞沢嬢のせいで2人が会話を中断してしまったじゃないの。
もーなんのために私が気配を消していたと思ってんのよ…
「あのねあのね二階堂さん、わたしのクラス、タピオカドリンク販売するのよ♪文化祭の日飲みに来てね!」
「…あー考えとく…」
タピオカドリンクねー。「約束よ♪」と言われたが、考えておくとしか言ってないからな。約束はしていない。
それにしても瑞沢嬢はすごいウキウキしているな。文化祭が楽しみなのだろうか? ちょっと気になったので「なにかいい事でもあったの?」と質問すると「今は秘密!」と返された。なんなの秘密。気になってしまうじゃないの。
瑞沢嬢は大袈裟に手を振って私に別れを告げるとどこかへと去っていった。
「懐かれたな」
「! びっくりした」
背後から声を掛けられた私は肩を震わせた。いつの間にか慎悟が後ろに来ていたらしい。丸山さんを伴った慎悟は、スキップしながら遠ざかる瑞沢嬢を見送っている。
「…懐かれたと言うか…あの子、生い立ちが複雑で…人間関係をきちんと構築できなかったからか情緒が幼いんだよね」
仲良くしているつもり無いけど、妙に慕われている自覚はある。…面と向かって叱った私になにかを感じたのかね。私は塩対応しかしてないんだよ?
「瑞沢様のお父様の奥様は息子さんを亡くして…塞ぎ込まれているとは人づてにお聞きしておりましたが…お父様の火遊びで無責任に放置していた娘を今更引き取って…なんとなく察しはつきますわ」
いつも穏やかな丸山さんは珍しく眉間にシワを寄せて険しい顔をしていた。外部入学の丸山さんも、色々話を聞いているのだろう。下手したら私よりも詳しそうだ。
「殿方の甲斐性というのは、妻も子どもも何不自由なく面倒を見ることであり、それは愛人・愛人の子に対しても適用されます。…その義務を果たさない殿方に浮気する資格はございませんね」
なんと。
丸山さんが生々しい発言を始めた。なんだその正妻オーラは。まだ16だよね? その男の浮気についておおらかに受け止めるけど、義務を果たさない男は許さない的なその正妻オーラは何なの。…これがお嬢様の心得なの? …だからエリカちゃんも宝生氏の不貞を親に相談せずに静観していたのかな?
淡々とした声で男の甲斐性の在り方について語っていた丸山さんは一息ついて、最後にこう締めくくった。
「……そう考えるとあの方も被害者なのかもしれませんね」
もちろん二階堂様が一番の被害者だというのは変わらない事実ですけどね、と丸山さんが補足する。
大分昔の時代なら男の浮気について寛容であれみたいな風潮あったよ? でも今の時代は不貞に厳しくなったと思うのだけど…これが生まれの違いなのか…? …うちのお母さんなんか夜のクラブに行ったお父さんをシバいてたよ?
私は彼女に色々問いたかったが、ボロを出しそうなのでなにも聞かなかった。
瑞沢嬢も被害者の内の一人であるのは確かだ。…母親がもう少しまともならここまで拗れることはなかったと思うんだ。
「…瑞沢嬢の両親はまともじゃないけど…お祖父さんお祖母さんはまだマシそうなんだ。でも瑞沢嬢は習い事をさせようとしてくる2人を煙たがってるんだよね」
まともな年長者が、彼女の幸せになる道を示してくれたら一番いいけど、その本人がその手を取るのを渋っているからなぁ。
そもそもそれは私が口出すことじゃないし…
「…習い事を嫌がっているのはあんたもだよな」
「失礼な。私は前向きに検討してますとも。茶道と英会話とマナー作法を習い始めましたからね?」
やかましい慎悟。揚げ足を取るでない。勉強だって最近になって真面目に取り組むようになったんだ。やる気が無くなるようなこと言わないでくれ。
「…二階堂様、前はもっと多才でいらしたのに…やはりあんな事に遭われて…おいたわしい…」
「……ハハッ」
事件事故のせいで教養やマナーなどの記憶がすっ飛んだという無理やりな嘘を周りは未だに信じてくれている。中の人が違うんですと声を大にして叫びたいけど、これからは私がエリカちゃんになるからそんな言い訳はできない。
「そうだわ。今度私のお家でお茶とお花の特訓をいたしましょう。それにお琴も。触っていればそのうち思い出しますよ」
「…絶対無理…いや、大丈夫。本当に大丈夫。問題ないです。お気持ちだけありがとう…」
「ではピアノの鑑賞会にでも」
「絶対寝るから遠慮しておくね」
丸山さんはきっと厚意で言ってくれているのだろう。だがそれはそれで私は自分の首を絞める事になりそうだ…。段々追い詰められてきた私は、そのお誘いを丁重にお断りするとススス、と後退りして逃げた。
そんな本物のお嬢様の前で作法を披露したら悲惨なことになるよ。やめときます。私が花なんて生けたらただの生花虐待になるし、琴なんか不協和音奏でて終わるだけだよきっと。
お茶は…抹茶の味に慣れ始めたし、お茶菓子が美味しいから耐えられる。正座もコツを掴めばしびれなくなった。ただその習い事の度に着物を着せられているから、そのうち着付けを習うことになりそうな予感がしている。毎回着付けの人呼ぶのもお金かかるもんね…
マナーはチビチビ習得しているが、たまにボロが出ているので、マスターするのにまだ時間がかかりそうだ。外国語は……考えるな、感じろ状態だよね。ハートさえあれば伝わるよ! 英会話の先生とはハートで繋がっている気がしてる。
先程の丸山さんの話の通り、エリカちゃんは才女と呼ばれるものだった。当然のことながら成績はよく、マナー教養はもちろん芸事にも長けた3ヶ国語を操る容姿端麗のまさに現代の大和撫子。
その多才さには周りも一目置いていたようだ。…ただし超ボッチ体質だったのが玉に瑕だったようだけど。
バレーしか取り柄のない私とは大違いである。
今からエリカちゃんの実力に追いつけるかと言われたら無理じゃね? と諦め半分になってしまうのだが、やるしかないので、私は陰で挫けながらも頑張っている。
勉強の面では幹先生にかなりお世話になっている。報酬の代わりに二階堂グループの割引券をあげたけど、今度改めてなにか別のものを差し上げようと考えている。
その辛さをバレーで発散しているので今の所は耐えているけど、正直しんどい!
雲の上のお嬢様なんて優雅で贅沢なイメージが強すぎて、庶民には想像つかない存在だったけど、実際に体験すると、義務とか世間体とか色々雁字搦めになっていて大変である。
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