89 / 328
さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。
地獄の釜が開く時。
しおりを挟む再び真っ暗な世界にやってきた私だが、今回降り立ったのは花畑ではなかった。
今度は山だ。
何で山よ。こういう時って花畑と三途の川がセオリーでしょうが。
明かりというのは上空の星の光だけ。やたら道が険しいし、歩いても歩いてもたどり着かない…こっちに三途の川あるのかな?
1人だけの世界。誰もいない。
それをいいことにブチブチ文句を言いながらずっと歩いていると、川に差し掛かった。大きな川だ。向こう岸に繋がる橋があったのでそこを通過して、とある場所に辿り付いた。古風だけど立派な建物だ。何も考えずにその建物に入ると、ものすごいごっついオッサンに足止め食らった。
「すまんな、今は地獄の釜が開いているから裁判も休みなんだ」
「えっ地獄の釜?」
え、なにそれ。…ここって地獄なの?
「現世で言うお盆だ。この期間は全ての亡者が現世に帰っていくから、裁判と呵責が休みになるんだ。あんたも現世に帰る気がなければ、お盆が終わるまでここの手前の賽の河原で時間を潰しといてくれや」
「なんと」
どうやらあの世には現世の企業のようにお盆休みがあるらしい。
…このオッサンよく見たら頭に角が生えてる。これが鬼か。だけどトラ柄のパンツはいてないし、普通に着物姿なんだけど。…がっかりした。オッサンにはがっかりしたよ。
言われるがまま賽の河原に行ったけど、やっぱり人っ子一人いない。今何日? お盆が終わるまであと何日掛かるの?
ていうか私は親より先に死んだからここで石積まなきゃいけないのか? これってどんだけ積まなきゃいけないの? …鬼も休みなんでしょ? これ余裕で積み上げられるんじゃない?
これってさ、何で石積むのかいまいちよくわかんないんだけど、天上まで積み上がったら、お釈迦様が糸を垂らしてくれるから、それに登って極楽へと旅立てるの? …あ、それだと芥川龍之介の蜘蛛の糸が混じってるかも。色々と混じってるね。
暇だし、石を積んでみるか。小さいと崩れるからなるべく大きな石を見つけて積んでいく。石積みなんかよりもバレーがしたいんだけど、バレーボールないし、今自分1人だし。
何もすることがなくて暇で退屈だった。なので私は暇つぶしがてらに立派な塔を作った。
作ったけど道は開けなかった。蜘蛛の糸が降りてくることもなかった。
ヒュッ…パシャン、パシャンパシャンパシャンパシャン…ポチャン…
「……なんだこれ…」
塔を作った後はまた暇になった。暇なので賽の河原の水辺で水切りして遊んでいたら、背後から誰かの呆然とした声が聞こえてきた。
振り返るとそこには鬼がいた。あの立派な建物の門番らしき鬼とは違う鬼だ。
「あ、鬼だ」
「…何だ姉ちゃん新入りか? こんな塔を作ったのはお前か…それにしてはでかい子どもだな」
私は確かに背が高いが、鬼が言いたいのは年齢の意味ででかいと言っているらしい。…お盆の帰省から戻ってきた子どもたちが賽の河原にいるけど、確かに私はここではすごく年上すぎる気がする。賽の河原にいるのって幼い子供だけなのかな。
「お盆は裁判を行っていないからここで待ってろと言われたんですけど」
「あぁ、裁判待ちの亡者か。名前は?」
「松戸笑です」
私の名前を聞いた鬼は手帳みたいな冊子を開くと、ページをめくって何かを捜していた。
「んー松戸…松戸…あぁ。あんたはあっちだ。閻魔大王の元に直行してくれ。話は通ってあるから」
直行?
日本地獄に詳しいわけじゃないけど…直行ってことはなにか飛ばしていくってことだよね。まぁいいけどさ。
鬼に指示されたとおりに道を進んでいくと、最初に到着した建物よりも立派な建物にたどり着いた。門番らしき鬼に声をかけて、自分の名前を伝えるとアッサリ中に通されたので、私はそこに足を踏み入れた。
建物の中は不気味というか、奇抜と言うか…とにかく独特の雰囲気を醸し出している。あー怖いなぁ。今からなにが起きるんだろう……
「度重なる窃盗・詐欺行為に、児童や女人に対する邪淫、そして殺人行為…。幾度となくお縄につき、その度に反省の言葉を漏らしていたが、結局は同じ過ちを犯したそなたの性根は見事に腐りきっておる。人間界の罰ではその性根は改まることがなかった……よって、この地獄では厳しい沙汰を申し付ける」
「なっなんでだよ!? ちゃんと俺は服役して罪を償ったんだぞ!?」
「えぇい黙れい! 本当に罪を悔いた人間は二度と同じ過ちを犯さないものだ! …幾度となく罪を重ねたお主は決して反省しておらず、被害者に対する罪悪感も抱いておらぬ。悪質この上ない!」
今正に他の亡者の裁判中だったらしい。裁判官らしい人? 鬼? の野太い声が建物内に響き渡っていた。
今の私と同じ白い死人装束を身にまとった中年の男が何やら喚いている。両脇には屈強な鬼が立っていた。現世で見た裁判とはまた違った雰囲気である。
中央の壇上にいる地位の高そうな裁判官は弁解を聞き入れる様子もなく、厳しい表情で男を見下ろしていた。
「判決を言い渡す。そなたの罪状を鑑みて、大焦熱地獄の刑に処す!」
ぎゃー! いやだぁー! と鬼に引きずられながら連れて行かれる中年の男の人。涙とか鼻水垂れ流しにしながら連行されてるけど……え、なに大焦熱地獄ってなに。何されるの。
恐恐しながら、私は裁判席に座っている大男を見上げた。…あれが、閻魔大王……やっべこわい。私は何を言い渡されるんだ?
ぶっちゃけそのまま「はい、次の輪廻に入りましょうね」って感じで生まれ変わるのかと思ってた。それこそその人の生き様で次は虫とか犬とか人間と勝手に決められて転生するのかと思ってたよ…
私が引き攣った顔で固まっているなんて気づいていないようで、補佐をしているらしい鬼が閻魔大王にそっと声を掛けていた。
「閻魔大王、例の亡者がようやく辿り着いたようですよ」
「おお! …大分遅かったなぁ。ひと月前くらいに遣いを出したと思うが…」
「最初は失敗したそうですよ。カメラのフラッシュとか塩が何とかと言い訳していましたが…。それと到着がお盆休みと被ってしまったので、彼女には賽の河原で待機してもらっていたようです」
まさか合宿の肝試しのときのあの心霊写真ってあの世からのお迎えだったの? …本来は合宿中に召される運命だったのか…? 二宮さんのスマホカメラのフラッシュと清めの塩で、あの世からのお迎えを祓っていたというの? なにそれ、スマホで地獄の鬼を祓っちゃうのか。侮れないな。
閻魔大王は頷き、ゆっくりと私に目を向けた。いかつい顔をしており、現世で見た閻魔大王の絵のように顔は真っ赤。見た感じとても怖い人に見える。
しかし、先程冷酷に判決を下していた人物とは思えないほど、私を見るその目はとても優しかった。
「…あの、私はどうなるんですか?」
細かいことを考えるのが苦手な私は結論を尋ねた。なんか色々とよくわかんないし、単刀直入に教えて欲しい。
私の質問に対して、閻魔大王は気を悪くすることもなく、優しく微笑んだ。
「そなたのことは不在時に此方で調べ上げていたので、他の裁判を省略させてもらった。それと、魂を入れ替えるためとはいえ…苦しめるような形になってしまい申し訳なかった」
「え…」
その口ぶりだと、あの心臓の痛みはこの人の仕業だというの? 地獄の関係者はそんな事が出来るのか。まるで死神みたいだな。
そうか…ならエリカちゃんに身体をちゃんと返せたのか…良かった。
だが、また新たに疑問が湧いた。
私が今までしてきたことは全てお見通しなのだろうか。…私は現世では憑依霊扱いなのだろうか? 自分の意志ではなかったとはいえ、それが罪に加算されて、裁判に関わるのだろうか。
それを考えると、死んだ身だけど胃の辺りが重くなってきた。
「では改めて、本人確認のためにそなたの名を聞かせてもらおう」
「…松戸笑です」
「20XX年5月某日、バス停前で通り魔と遭遇、傍にいた女子学生を庇って刺殺され死亡。享年17…間違いないか?」
「…はい」
すごいな。何でも知っているんだな。これ本当のことかな。私が夢を見てるってことはないよね。頬の肉を抓ってみたけど、一応痛覚はあるみたい。
「本来、嘘をついたり、無益な殺生をした場合、最低でも等活地獄にて呵責を受けてもらうのだが…そなたの場合、情状酌量、遺族の手厚い供養を加算して、このまま輪廻の輪に入ってもらうこととする」
嘘はわかるけど、…無益な殺生? 私は殺された側なんだけどな?
私が首を傾げているのに気づいたのか、閻魔大王が私の疑問に答えてくれた。
「害虫などを殺した場合も罪になるのだ」
「えっ!?」
なんと、知らなかった。
ていうかその2つは誰だって大体経験してるでしょうが。害虫とか殺さないと不衛生だし、軽い嘘なら吐いたことがある。
…まぁでも呵責を受けることなく、次の生に向かっていいと言うなら…良かった。本当に良かった。
胸を撫でおろした私がふと思ったのは、さっきの男性の罪状だ。
「…あの、質問していいですか? さっきの人はどんな罪でどんな地獄に落ちるんですか?」
私の質問に閻魔大王は目をパチパチさせていた。なんでそんな事聞くのかと不思議に思ったのだろう。深い意味はない。ちょっとした興味本位なんだ。
閻魔大王は少し考えて、返事を返してくれた。
「…大焦熱地獄は、殺人、邪淫、窃盗、飲酒、詐欺、邪見をしたもの…そして女人や幼児に対して……乱暴を働いたものが落ちる地獄だ」
「…乱暴」
「受刑者は串刺しにされて身体が焦げるまで炎であぶられる。そして再生すると今度はバラバラに切り刻まれて、再び炎で焼かれることになる。罪が重ければ重いほど炎の温度が上がってくる仕組みになっている」
…あ、聞かなきゃ良かった。胸糞悪い。地獄怖い。
私はゾクゾクと悪寒がする身体を縮こめた。
「それと、そなたには色々あって大変な所申し訳ないのだが、この輪廻の輪に入るのも順番になっていてな、先に判決が決まった者から転生してもらうことになっておるんだ。なのでしばらく地獄にて待機してもらうことになるのだが」
「あ、そうなんですか」
順番なのか。
病院や役所の待ち時間のようだな。ちょっと拍子抜けしてしまった。
「極楽行きであればそのまま待たずに旅立てるが…そなたはどうしたい? 輪廻転生か、極楽か」
私に選択肢を与えてくれると言うのか? 閻魔大王って意外と慈悲深い人なのかな?
…閻魔大王は私の今までの生き様を見てきたのだろう。なら聞かずとも分かっているはずだ。そんな質問は愚問ってものである。
「…私はまたバレーをしたいです。生まれ変わったら私は私じゃなくなる。私だった記憶はないだろうけど、私はまたきっとバレーを愛するはずです。迷うことはありません。転生します」
きっと私のバレー好きは魂に練り込まれている気がするんだ。私としての記憶がなくても私はきっとバレーを求める、そんな気がする。そして今度こそ、夢を叶えるんだ。
私の返事をもう既に分かっていたのか、閻魔大王はにっこり笑って頷いていた。
あの後、番号札みたいなのを渡された私は転生の手続きまで時間を持て余すことになった。
…しまった。また暇になってしまったじゃないか。
賽の河原でちびっこたちの手伝いでもしてこようかな。
1
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる