お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

始まる謎のトリオデート。…私要らなくね?

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 インターハイ予選が終わって、6月が数日経過すると梅雨に入った。
 …うん、1年くらいエリカちゃんの中にいるけど、この時期辺りから長い髪でいるのが辛くなるね。一番きつくなるのは夏本番に入る来月の7月からだろう。
 いくらエリカちゃんの髪が綺麗でも梅雨でベタベタなるし、頭皮が特に暑い。それとずっと同じ髪型にしているとよくないっていうから、たまにおさげにしたりしている…。でも邪魔。

 あぁーやっぱり切りたい。私長く伸ばしたことないのよ。こうも長いと邪魔だ。それに短いほうが乾くの早いし楽だし。切りたい…切ればこの髪なら良いカツラになると思うよ…エリカちゃんは悲しむかな?
 でもジャンプした時、ポニーテールにした髪が跳ねて妨げになってるんだよ…

「今日はおさげにしているんだね。可愛いね二階堂さん」
「何だ。また髪を触りに来たのか。触らせないぞ変態め」

 廊下を歩いていたら上杉が声を掛けてきたので、私は素早く後ずさり、相手の次の行動に警戒した。
 そうそう、あとコイツね。隙あらば髪に触ってくるから地味にストレスなの。
 上杉は眉を八の字にして苦笑いしていたけど、そんな顔しても私には通用しないからね。触ろうとするならば、黄金の右手アタックが火を噴くぜ!

「上杉またお前か。エリカに付き纏うのはやめろって言っているだろうが」
「…お守り役は目敏いね」

 私が上杉と対峙しているのを見兼ねた慎悟が割って入って庇ってくれたけど、奴がそれで反省するような人間ではないのは分かりきっていることだ。
 上杉は慎悟の割り込みに苛ついたのか、皮肉げな笑みを浮かべて慎悟を揶揄っている。喧嘩売る気満々じゃないの。
 私は慎悟の背中に隠されていたが、こう何度も慎悟に面倒をかけるのは心苦しい。なので彼の腕を引っぱって声をかけた。

「もう行こう。こいつは相手するだけ無駄だから。こいつドMサイコパスなんだよ」
「……」
「ひどいなぁ二階堂さん。僕の扱い雑すぎない?」

 上杉がなんか苦情言ってくるけど無視、無視だ。まだまだ言い足りない様子の慎悟の腕を力任せに引っ張ると、上杉から離れさせた。


「はぁ…あいつどんだけエリカちゃんのこと好きなの?」

 やっとのことで上杉を撒くと、私はため息をつく。あいつと会話すると生気が吸い取られていく気がする。何故だろうか。

「…去年の今頃はこんな行動一切しなかったんだけどな」

 私がエリカちゃんに憑依する前のことは、詳しく知らないけど、慎悟もその辺が不思議みたい。彼は不可解そうに首を傾げていた。
 その時はまだ婚約者の宝生氏の存在があったから表立ってアタックできなかったのかな?

「あーぁ、髪切りたい…」
「え」

 髪を短くしたらきっとストレスが減ると思うんだよね……上杉だって触ってこないに違いない。

「髪が長いなぁって慎悟も思うでしょ? エリカちゃんならショートカットでも可愛いって…」

 同意を求めようと慎悟の顔を見上げると、慎悟は思いっきり顔を顰めていた。
 私はてっきり、いつものように小馬鹿にした顔で「好きにしたら?」と素っ気なく返してくると思ったのに。びっくりしちゃって、つい途中で言葉が止まってしまったよ。

「…馬鹿なことを考えるな」
「…は?」
「髪は、女の命だろ?」

 ……女の命って。
 あながち間違っちゃいないけど、言い方が古臭い気がするのは私だけでしょうか。
 はーん。なるほど…慎悟は髪の長いエリカちゃんがお好みなのね?
 私は半笑いで生暖かい視線を送ってやった。慎悟はその視線を受けて、困惑した様子を見せている。
 …大丈夫、髪は切ってもまた伸びる。
 ショートカットにしても、きっと伸びるよ。
 別にヤケになっているんじゃなくて、日常生活でも邪魔に感じているから、切りたいんだよ。エリカちゃんがここに戻った時、上杉にセクハラされる可能性があるから、防衛の意味でも、髪を短くするのも手なのではないか? 髪が短い女の人なんて至るところにいるんだからそんな大げさに考えなくても大丈夫。
 8割は私のワガママだ。エリカちゃんには悪いけど…バレーの妨げになるから切りたいんだ。

 よぉし、そうと決まれば。
 二階堂パパママに許可貰って、インターハイ前までには髪を切りに行こうっと!




 さて、6月といえば特にめぼしいイベントがない。留学希望の生徒が選抜試験を受けるとかそういうのしかない。
 あとは夏休みを待つだけだなと、その日も休み時間に牛乳を飲んでいた。だがしかし、油断している私の目の前に紙の束が置かれたことでその平穏な時間は終わりを告げた。紙の束を置いたのは幹さんだ。
 私はストローを咥えたまま、呆然と彼女を見上げるが、何故か彼女はとてもやる気に満ちた顔をしていた。

「今からテスト勉強を始めたらきっと挽回できるはずですよ!」
「…まだ1ヶ月前よ?」
「二階堂様、中間テストの結果をお忘れですか?」

 幹さんの指摘に私はギクッとした。
 自分の命日とか、インターハイ予選とかでいっぱいいっぱいだったので中間テストのことはあまり考えてなかったけど……うん…赤点がないだけマシと思いな! って感じの結果でした。はい。
 その時も幹さんお手製のプリントを頂いて解いたけど…うん……馬鹿でごめんねぇぇぇ…

 そもそも私はいつもギリギリに焦るタイプだったので、こんな1ヶ月前から勉強するという習慣がないのだ。
 幹さんだけでなく、ぴかりんや阿南さんまで「勉強したほうが良い」と圧力をかけてくる。
 やめて、勉強いやだ。私はバレーをするの! 

「二階堂様、呼ばれてますよ」
「え?」

 三人に圧力を掛けられていると、クラスメイトが声を掛けてきた。
 呼ばれてるって誰に? と思ったけど、教室の出入り口にいた女の子を見て更に疑問に思った。

「…丸山さん? どうしたの?」

 なぜ私を呼び出すんだ? もしかして丸山さんまで加納ガールズと同じく牽制を…?
 私は身構えていたのだが、彼女から差し出された紙切れを見て拍子抜けした。特別招待券と書かれたそれは一体…

「こちら、私のお父様のお仕事関係の方にいただきましたの。宜しければ私と一緒に行かれませんこと?」
「……私と? …丸山さんが?」
「はい」

 なんで? 言っちゃ悪いけど全然仲良くないし、接点ないし、利害もないよね多分。
 私が困惑していることには気づいているようだが、彼女は頬を赤らめてもじもじしている。

「その…慎悟様も誘って、3人で行きませんか?」

 あぁ慎悟も…… 
 …ごめん、余計に意味がわからないんですけど。


■□■
 

 うん、よくわからないけど私は慎悟と丸山さんと3人で動物園と植物園に行くことになった。
 どうせ断るだろうなと思いながら、慎悟をダメ元で誘ってみたら、あっちも予定がないからとあっさりOKしてきた。…なんで私が慎悟を誘っているのかが謎。

 丸山さんから動物園と植物園の無料入場券を譲られたのだが……慎悟とデートしたいだけなら私要らなくない? 自分で誘えばいいじゃないの。
 それとも私はお目付け役なの? 年若い2人がランデブーしないように、間に私を置くわけ?

 セレブよくわかんないわぁ……


 まぁそれはそうとして。
 部活が休みである日曜日の今日、私は久々の動植物園へ向かう。ワクワクしていた私は、2人に折角の機会なので電車で移動しようと提案してみた。
 だってデートでしょ? 移動もデートのうちじゃないの。余計な人間が間に入ってるけどその辺は無視してくれ。話しかけたら応答する人形だと思ってくれればいい。
 なので、皆で駅に待ち合わせしてみた。駅まで皆は家の車で来ていた。慎悟は車で移動した方が早いのに…と文句言ってきたけど、電車に乗って移動も醍醐味なんだよ! と奴の文句は切り捨てておいた。
 駅の案内表を見上げ、券売機で人数分の切符を買うと2人に渡した。私は率先して行き先の電車まで誘導する。

「えーっと、この電車に乗って、途中で乗り換えだね」
「…二階堂様…電車にお詳しいですね。切符を買う時も躊躇いなく購入されてましたし…」
「えっ」

 私は庶民だ。電車は乗り慣れてる。
 いつものように切符を購入して、電車の乗り換えとかを指示していると、丸山さんが不思議そうにしていた。
 私がテキパキ仕切っていたのが不自然に映ったらしい。

 …だよね。エリカちゃんは車移動だし、電車の乗り換えとかに詳しそうには見えないよね…乗ったことは流石にあるだろうけど、そう機会は多くなさそう…

「あ、えっと…後学のためにたまに電車に乗ってるの」
「まぁそうでしたの?」
「庶民の暮らしを理解するために必要なことだものね」
「はぁ…?」

 セレブ生っぽく返してみたけど、失敗したらしい。きょとんとする丸山さんだけでなく、傍観していた慎悟がアホを見る目を向けてくる。
 ちょっと高飛車な返しすぎた。悪かったよ。
 私は誤魔化すように咳払いすると、電車に乗り込んだのだった。

 電車で行くことに文句を言っていた慎悟だが、席に着いてみれば電車の車窓から見える風景に夢中になっていた。クールを装っているが笑さんは見抜いているぞ。…小生意気なこいつにも少年の心が残っていたのか。
 対面式の座席に座ったのだけど、私は丸山さんの隣。窓際は2人に譲った。丸山さんは慎悟に積極的に話しかけている。
 ……この調子なら丸山さんが慎悟を誘って2人きりで…ってのも可能だったろうに。あ、もしかして丸山さんのお父さんが2人きりを許してくれなかったのかな?

 私は事前に動植物園のことを調べておいた。こっちの動植物園は初めて行くので、前情報を知っておいたほうが安心だと思ったのだ。動物園なんて小学生の時に親と行ったきりで本当に久々だ。楽しみ。

 私は今日作戦を立てていた。うまいこと2人っきりにしてあげようと思うのだ。
 そうするとなると、どうしたら2人に気遣われずに消えることが出来るか……それは全て私の手腕にかかっているのだ…!
 お節介というな。これは善意だ。私は邪魔にならないように、影となって動植物園に潜むのだ。
 なんか忍者っぽくって楽しみと1人でニヤニヤしていると、視線を感じたのでそっちに顔を向けた。

 …私は慎悟から疑いの眼差しで見られていたのである。

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