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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。
彼女とあいつの印象【加納慎悟視点】
しおりを挟む俺は縁戚である二階堂エリカが苦手だ。
俺たちが10歳の時、お互いの親戚同士が結婚したのがきっかけで縁戚となった。その繋がりで接触することが多くなったのだが、あいつはその頃から全く成長していない。
婚約者のために勉学や教養を身につける健気さも粘り強さもあるのに、婚約者に執着して、一向に交友関係を結ぼうとしなかった。
人によっては人間関係を結ぶのが苦手という事情があるだろう。だがしかし、俺達の立場でのそれはまずい。いろいろな妨げになる。後で困ったことになる可能性があるのだ。
あいつは将来宝生の家に嫁いで、宝生のカバーをしないといけない。それは仕事だけではなく、社交的な意味で。
それを避けていたら何が起きるか、想像つくだろう。気弱な態度を取って相手に舐められてしまえば、家の格まで貶められてしまうとわかっているはずだ。あいつは二階堂家の娘なのだから。
正直面倒くさかったが、自分の両親にも目をかけてあげなさいと言われていたので、目に余った部分をその都度あいつに指摘していた。…あいつは顔を歪めるだけで、俺の意見を聞き入れようともしなかったけど。
婚約者の宝生にも「友人を作れ」と言われていたが、あいつはいつも1人だった。宝生に鬱陶しがられるようになっても、あいつは宝生にだけ執着していた。
友人や信頼の置ける人間は絶対にいたほうが良い。寂しいなら尚更友人はいたほうが良い。利害関係がある間柄だとしてもなにか起きた時に何かしら有利になる存在だ。
…それを作らない場合、何かがあった時に不利になるのは圧倒的だというもの。それは英学院という学校だからという訳ではなく、どの学校でも、社会に出ても同様のことだと思う。
孤独なまま、ブレずに立っていられる強い人間は一握りしかいない。間違いなくあいつはそれじゃない。そういう強い性質ではない。
将来的に苦しむのはあいつだって何故わからないんだ。
俺はあいつを見る度にイライラしていた。人形のようで、自分の殻に閉じこもっているエリカが苦手だった。
高等部に入ってすぐのこと。あいつの周りが急速に変化していった。
外部生の瑞沢姫乃が宝生と親密になり、それを静観していたエリカだったが、何故かあいつが瑞沢を妬んで、嫌がらせするように手下に命じていると噂が学校中に流れたのだ。
普通に考えたらエリカみたいなボッチが、人に命令するような玉には見えないんだが、エリカという人間を知らない周りからしてみたら、すぐにそういう人間なのだと判断されていた。
異変を感じた俺はすぐにあいつに忠告をした。
だが、それでもあいつは変わろうとしなかった。何も悪いことはしていないから堂々としていると…
あそこで声を上げていたら、何かが変わっていたかもしれないのに。
…事態は俺が予測するよりも急速に悪化していったのだ。
エリカが宝生に婚約破棄を叩きつけられて失意のまま、校内から出てどこかへと姿を消したと話を聞いた数時間後、更に悪いニュースが入ってきた。
エリカが事件に巻き込まれたいうと一報を聞いた時、情報が錯綜して誤った情報が流れた。一時はエリカが殺害されたという噂が流れていたのだが、そうではなかった。
あいつは居合わせた人に庇われて無傷だった。…なのに意識を失い、昏睡状態だと言う。
エリカを庇って亡くなった相手のことはこっちが調べずともテレビや新聞、ネットで情報が流れてきた。
隣市に住む高校2年の女子。彼女はバレーの強豪校でインターハイ出場をかけて、予選を控えていたという。小学校の頃からバレーを習い、将来の夢はオリンピックの選手。バレーが大好きで、いつも熱心に練習していたという。
俺にとっては彼女は他人だ。
そんな大きな夢があるのに何故、見ず知らずのエリカを庇ったのだろうかと疑問には思ったのだが、ただそれまでだった。
…縁もゆかりもない相手に悲しいだなんて感情が湧くはずもなく。
ただ、その年の1月に撮影された、春高バレー大会の時の女子バレー部員集合写真で満面の笑みを浮かべるその人を見て、エリカがその地に降り立たなければ、彼女は死なずに済んだのかなと漠然と思った。
スポーツ推薦でバレー強豪校に入学した彼女はそこで、目覚ましい活躍を見せた。そんな彼女をバレー関連団体が目をつけていたという。彼女は随分優秀な選手だったようだ。
その事件の直後だけは、世間の人間は勿体無い人物を失くしたと残念がり、そして月日が経つにつれて、彼女のことを忘れ去っていった。
それが、現実だった。
あの凄惨な事件のあったバス停。
俺はそこに初めて降り立ったが、そこに捜していた彼女の姿はあった。供えられた花の前で座り込み、苦しそうに泣きじゃくっているその姿を見た時……俺は彼女への印象を変えた。
エリカの姿を借りた彼女の背中は頼りなかった。
自分に喰い付いてきたあの勢いはない。バレーに一途ないつもの様子は一切感じられない。いつも笑って、友人達に囲まれて楽しそうにしている彼女の面影はなかった。
その姿を見た俺は気づいた。彼女は強いのではない。周りにそれを見せないようにしていただけだ。1人で抱え込んで耐えてきただけだ。平気なわけがないじゃないか。
…なぜそんなわかりきった事を、俺は気づかなかったのだろうか。
…自分の立場にして考えたら…言えないだろう。
実の家族に言った所で、家族もまだ悲しみが癒えていないだろう。更に苦しめてしまう恐れがある。それを考えたらこの人の性格的に言えないだろう。
二階堂の両親は違う。友好関係ではあるが、あの人達と笑さんはあくまで他人でしかない。言えるはずがない。
カウンセラー…所詮他人だ。頭がおかしいと言われて終わるから言えない。
友人は? …その重さに耐えきれる人間がどれだけいるだろうか。言ったとして受け入れてもらえるかと考えると、とてもじゃないけど全ては言えない。
彼女は1年間ずっと抱え込んできたのだろう。誰にも明かせない領域の苦悩を抱えてきたのか。二階堂エリカとして全く知らない環境に身を投じて、他人として生きて、エリカに降りかかる悪意を跳ね除けて、エリカとして自分を殺した犯人と対峙して…平気そうに見えていたけど、そうじゃない。
彼女は戦っているのだ。今もあの事件の記憶に苦しんでいる。
何故、彼女が苦しまなくてはならないのだ。どうして俺は彼女の苦しみに気づけなかったんだ。
それ以上泣かないでくれ。笑さんに泣いている姿は似合わない。
俺は目の前で咽び泣いている彼女のその苦しみを分けてほしいと思った。
俺には彼女を救えないかもしれない。
俺に出来ることは話を聞くことだけ。だけど、そうすれば1人で抱えるよりは楽になれると思うんだ。
自分の意志よりも先に身体が動いていた。婚約者に執着した人形のような…苦手な女の姿をしているが、俺には別の人間にしか見えなかった。
1人で泣かないでほしい。俺がそばにいるから。
ただそれだけだった。
その身体は彼女の身体じゃないけれど、俺は彼女を背後からそっと抱きしめた。
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