お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

美人は3日経っても飽きない。でもやっぱり自分が恋しい。

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 進級して数週間経過した。
 …新しいクラスにもやっぱり派閥が出来てしまった。私は安定の中立だけど、周りでは水面下で睨み合っている一般生とセレブ生達がいる。表立って対立しないだけマシなのか、それともぶつかってくれたほうがスッキリするのか…とりあえず巻き込まないでほしいなというのが本音だ。
 エリカちゃんと同じセレブ生である慎悟はセレブ生寄りかと思えば、一般生とも普通に喋ることもあってどっち付かず。…多分中立なのかな? そういう対立が面倒と考えているだけなのかも。

 ちなみに例の加納ガールズはものの見事にクラスが別れてしまった。それで始業式のクラス発表の場で私は、巻き毛達にカツアゲみたいな事をされた。慎悟と同じクラスなのが許せないから、自分とクラス交換しろって。勿論、ぴかりん達と同じクラスになれたから嫌だと拒否したよ。
 ここ最近周りが静かだったのだけど、油断してたら絡まれる。ほら…今みたいに…

「ちょっと二階堂さん? …あなた、お菓子を手ずから慎悟様に食べさせたって聞いたのだけど…」
「まさかとは思うけれど…嘘よね?」
「なんてはしたない人なの…」

 …そういえばそんな事をしたような気がする。彼女たちも何処で話を聞きつけたのだろうか。
 …はしたないって人聞きが悪いな。

「確かに…喧嘩を始めてたから、落ち着かせるために慎悟の口にチョコレート突っ込んだけど…」
「なんですって…?」
「はい、アーンですって…? 高度な手を…」
「いつか何かやらかすとは思っていたけど…油断も隙もない」

 …高度かな? 弟におやつを与えるみたいに食べさせただけなのに…ちょっと強引だったけど、それで慎悟が大人しくなったんだから良いでしょ。ケンカ勃発を止めただけなんだからそんな過剰反応せずとも。
 加納ガールズは三人三様の反応を示し、私を睨んできた。

「ごめんてば」
「ただでさえあなたは慎悟様に迷惑を掛けている立場なのよ。これ以上彼を困らせないで」
「…そのことは否めない。気をつける」
「口だけ反省するっていうのはよしてちょうだいね」

 慎悟に迷惑を掛けているということは自分もちょっと気にしていたけど、外から見てもそう見えるんだな。…私も気をつけないと。
 加納ガールズは私をキッと睨みつけると、踵を返して自分のクラスへと戻っていった。
 あー怖かった。私に下心があったわけじゃないけど、思い返したら食べさせる行為はちょっと接触過多だったな。気をつけよ。 

「あの」
「あ…」
「慎悟様をお呼びいただけますか?」

 加納ガールズが立ち去った後、教室に戻ろうとした私に声を掛けてきたのは丸山さんだった。丸山さんはその手に某夢の国のイラストが書かれた袋を掲げていた。夢の国に行ったのかな。いいな。

「慎悟ー! おーい!」

 私は教室の出入り口で大声を出して慎悟を呼んだ。慎悟はすぐに反応して顔を上げたが、私を見て眉をひそめていた。

「…大声出すなよ」
「だってそっち行くの面倒くさいんだもん」
「ガサツって自覚があるならもう少し淑やかにしたらどうだ」

 呼んだだけなのに文句言われた。どいつもこいつもガサツガサツと。私がガサツでなにかあんたに迷惑を掛けたかね?

「アーキコエナーイ。丸山さんがお呼びだよ」
「慎悟様!」

 慎悟が現れた途端、丸山さんの頬が紅潮した。わかりやすい。でも素直でいいと思う。恋する乙女はキラキラしてて可愛いね。
 慎悟はちょっと驚いた顔をして彼女を見ていた。彼女の存在に今気がついたらしい。

「丸山さん…」
「これ、お土産です。遠足に行った時に買いましたの」
「…ありがとう」

 遠足…夢の国に行ったの?
 そんなワクワクなイベントがこの学校にあったというの…!? 

「…遠足? そんなイベントがあったの?」

 いいな。遠足で夢の国とか羨ましいな。
 誠心高校の遠足とか、海で自引き網&カヌーという肉体酷使系なのに。遠足っていうか合宿だよね。早朝5時出発の日帰りだけど。控えめに言ってその遠足はキツかったよ! …どこの軍隊だって話だよね。

 私の疑問に答えるかのように慎悟が教えてくれたのは、英学院高等部では1年生だけ、入学してすぐに遠足があるということ。2・3年は遠足なしだ。
 但し2年生には修学旅行がある。冬に行くそうだけど、行き先は去年の2年がオーストラリアだったので、オーストラリア説が濃厚とか。毎年行き先が異なるみたい。

「へぇー…」
「よかったら二階堂様もこちらのお菓子を召し上がってくださいね」
「いやいや、慎悟にあげたものでしょ? コイツきっと独り占めしたいに違いないから私は遠慮しておくよ」
「人を卑しいみたいな言い方するなよ」

 何言ってるんだよ。こっちは空気を読んであげてるの。それにあんた甘い物好きなのだから、自分の食い扶持が減ったら悲しいでしょうが。笑さんは気を遣ってあげたのよ?
 だけどその気遣いが慎悟に伝わらなかったようだ。悲しいな。

「…あの、ご迷惑でなければ…今日の帰りお茶いたしませんか?」
「今日?」

 丸山さんはもじもじしながら慎悟に放課後デートのお誘いをしていた。
 それに対して慎悟は首を傾げて不思議そうな顔をしている。…おい、わかるだろ! ここまでわかりやすく好意を向けられているのだから、これがデートのお誘いだってわかるだろ!? 
 おっと、私がここに居たままじゃ邪魔だなきっと。
 私は気配を消しながらスーッと後ろに下がっていたのだが、丸山さんがこっちに目を向けてきた。

「二階堂様も宜しければ一緒に」
「えっ」
「カフェテリアでの新作ケーキが評判なのですって。…美味しいものは皆で食べたほうが楽しいでしょう?」

 カフェテリアというのは多分私が把握している食堂のことを言っているのだろう。確かに英の食堂メニューは幅広く、オシャレなものも取り揃えているものね。スイーツとかは外部発注みたいだけど。
 平日はカフェ部門だけ放課後まで空いているんだ。私は部活があるから放課後に食堂へ行ったことないけど。

「…お気持ちは嬉しいけど、私は部活があるから遠慮しておくね?」

 それに、若い二人の間に入るってのは野暮ってものである。私は「それじゃ」と手を上げて2人から離れた。
 2人でのデートを楽しんでいらっしゃい。…あれ、慎悟ってエリカちゃんのことを好きなんじゃなかったっけ? …まぁいいか。


■□■


 久々に松戸家じっかを訪ねると、私はまっすぐ自分の部屋に向かった。
 お母さんがこまめに掃除をしてくれているからか、綺麗な状態で保管されている。私は壁にかけられたままの誠心高校バレー部のユニフォームを手にとって、体に当ててみたが、エリカちゃんの身体には大きすぎた。
 分かっていたけどやっぱり寂しい。

 以前の私は身長と同じく足も大きく、ヒールがある靴や女性物の可愛い靴が入手できなかったり、似合わなかったりで諦めていた。だいぶ昔よりも大きなサイズが増えたとは言われるけど、デザインが可愛くないんだよ…。
 エリカちゃんに憑依したばかりの頃は可愛い服を着て、ヒールの靴を履いてはしゃいでいた時期もあったけど、今はそうでもない。
 エリカちゃんは可愛い。毎日見ても飽きないし、「美人は三日で飽きる」は嘘だなと体感している。 
 …だけど私は自分の顔や体が恋しくて仕方がなかった。不定期に情緒不安定になることが多かった私だけど…今回のは多分、もうすぐ自分の命日になるからだと思う。

 もうすぐ命日だから思ったことがある。
 私は一度、エリカちゃんの足取りを追ってみたいと考えていた。そしたら、彼女の気持ちが少しでも理解できるのではないかと。自分の体を他人に差し出す選択をした彼女の事がどうにも引っかかっていた。
 エリカちゃんが婚約破棄を叩きつけられたあの日…英学院から、あの運命のバス停まで…エリカちゃんが歩いたであろう道を辿ってみたい。
 エリカちゃんはどんな子だったのだろう。人伝に聞いたエリカちゃん像は知っているけど、私は実際の彼女を知らない。
 繊細で、臆病な女の子だったのだろうというのは察することは出来た。私とは生まれも育ちも異なる、見た目も性格も正反対のエリカちゃんと私は相容れない存在なのかもしれない。彼女の全てを理解することは難しいのかもしれない。

 だけど私は、あの世の花畑で悲しそうに涙を零していた彼女の泣き顔が気になって仕方がないのだ。
 …もしも出会い方が違えば、私とエリカちゃんは…

「笑ー? ペロの散歩に行ってきてー」
「…はーい」

 お母さんに散歩を頼まれたので下に降りると、ペロがリードをくわえて玄関で待機していた。私はペロの首輪にリードを繋げると、玄関のドアを開けて散歩へと出かけていった。

 ペロと公園でボール遊びしながら、思い出したことがある。
 エリカちゃんを窮地に追いやって、漁夫の利を得ようとした上杉。同じく、婚約者を瑞沢姫乃に奪われて、二階堂エリカの名の元に嫌がらせをした礒川鞠絵。
 それぞれの目的のために裏で動いていた人間たち。…その他にも同じ様に何らかの目的を果たすためにエリカちゃんの名を騙って悪事を働いた人間がいたんじゃないかって。ここ最近自分のことでバタバタしていたからその事を頭の隅に追いやっていたが……まだわからないことが多いな。

「ペロー! 取ってこーい!」

 シタタタタ、と地面を蹴って駆けていくペロを見守りながら、私は久々の松戸笑としての時間を過ごしたのであった。 
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