お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

私の世界の中心はバレーボール。バレーを取ったら何も残らなくなるのだ。

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 ズキッ
 突然、膝に鋭い痛みが走った。

「っ…」
「エリカ? どうしたの?」
「…いや、なんでも…」

 体育の体力テスト中、私は身体の異変を感じていた。先程走り幅跳びをしていたのだが、着地に問題はなかったはず。…もしかして成長痛かな? とその時の私は軽く考えていた。
 …しかし、短距離走後、更に膝の痛みが増した。あ、これはまずいかもと判断した私は、すぐさま体育教師に相談することにした。 
 歩くのも痛い。え、ガチで身長のびる前兆? と思っていたけど、教師はそうは思わなかったらしく「痛めたのか」と返してきた。

 …うそでしょ、来月末にインターハイ予選始まるのに。



膝蓋腱炎しつがいけんえんだね」
「…えっ?」
「ジャンパー膝って言ったらわかるかな? バレーボールの繰り返し跳ねる動作が原因で膝の腱が炎症起こしてるの。暫く安静にして、保冷する。収まったらストレッチから再開。下肢中心に筋トレをして強化したほうが良いね」

 病院で診断されるまで、私は気楽に構えていた。だけど下された診断結果に私の目の前は真っ白になった。膝蓋腱炎。なに…それ…
 その後、医師が言っていることを私は呆然と聞いていたが……場合によっては5月末の試合は厳しいかもと言われてしまった。 
 授業を抜けて病院に行っていた私は、学校に出戻ってすぐに職員室にいる女子バレー部の顧問を訪ねた。机で事務仕事をしていた顧問に声を掛け、事の次第を話す途中で私の声は震えてしまった。
 あぁ私は馬鹿だ。良かれと思って頑張ってきたことが、エリカちゃんの身体を酷使してしまうことになっていたなんて。

「膝蓋腱炎って診断されました……私、試合出られないかも……」

 私はいつの間にか俯いていた。
 誠心と戦えるチャンスなのに。依里と戦えたかもしれないのに。あと1ヶ月とちょっとなのに、目前で夢が潰えるのか。私は何をしているんだ。

「…症状はどうなんだ?」
「所見では…2段階手前だから、スポーツする分には問題ないけど…でも…同じ様に練習していたら、進行して…スポーツが出来なくなるだろうって」
「…二階堂、そんな湿気た面するな。…でもそうだな。今日お前は部活には参加するな」
「えっ…」
「授業が終わったらまっすぐ帰って、家でしっかり休養してろ。血迷っても運動するんじゃないぞ」

 多分顧問は私を気遣って言ったんだと思う。
 だけどその時の私には戦力外通告の言葉のように聞こえて、目の前が真っ暗になった。



 私はその日最後の授業を死んだ目で受けていた。ぶっちゃけ先生の話なんて全然頭に入ってこなかった。かろうじてノートは取っていたけど、全然意味分かんない。

 怪我。
 スポーツをしていると避けては通れないものだ。私だった頃にも怪我をしていたことがあるが、突き指とか打撲が精々。私は小学生の頃からバレーに触れていたから、きっとゆっくりじっくりと身体がバレー向きに出来上がったのだろう。 
 エリカちゃんの体に憑依して、私は焦っていた。バレーがしたくて仕方がなかった。気が急いて、エリカちゃんの身体への負担を考えずに酷使し続けていたのだろう。自分の体じゃないのに。
 馬鹿だ私は。本当に馬鹿だ。

 帰りのHRが終わって、ふらふら~と廊下に出ていく。いつもなら部活にまっしぐらなのに今日は部活が出来ない。
 バレーが出来ない…そんな私に何の価値があるというのか。…生きている意味が急に無くなった気がして、絶望しかない。 

「今日部活には行かないのか?」
「……聞かないで」

 部活に行かずに帰ろうとしている私を見て不思議に思ったのか、入門ゲート前で慎悟が声を掛けてきた。
 いつも私は放課後になると元気になるから、今の私の様子がおかしいと感じたのだろうか。
 
「それにその膝は? …そういえば笑さん、1・2時間目の体育の後、暫く抜けていたよな」

 慎悟は眉を顰めて、サポーターが装着された膝を見てきた。
 病院で消炎鎮痛剤とか湿布とかと一緒に専用のサポーターも貰ったので、それで関節を固定している。黒いサポーターだけど制服がスカートだと目立つよね。

「…怪我したの」
「は? …一体何して」
「…ジャンプのし過ぎで靭帯が炎症起こしてるから部活は今日出られないの」
「……頑張り過ぎなんじゃないか? …コイツエリカは元々全然運動しない人間だったから、体がついて行けなかったんじゃないのか」
「…わかってるよ……」

 言われなくてもわかってる。わかってるんだから口出ししないでよ。
 …もうちょっと筋肉量を増やすべきだった。まだまだ筋肉量が足りないのに、無茶なジャンプ練習ばかりしてきた。早くスパイカーになりたくて、低い身長をジャンプで補うために……

「……笑さん?」
「……」

 眼の前の慎悟が滲んで見える。おかしいな、視界が歪んできたぞ。
 慎悟が狼狽えているのが雰囲気でわかったけど、今の私はバレーと怪我のことで頭が一杯で相手を気遣うことが出来なかった。

「お、おい…」
「バレーのインターハイ予選出られないかもしれない…」

 私はバレーのことになると駄目になる。ついつい慎悟に弱音を吐いてしまった。気をつけると言った手前なのに、吐き出してしまったのだ。

「……怪我を放置して出場したら、今後ずっとバレーできなくなる。それどころか歩行障害が生まれるぞ」
「わかってるよ!」

 慎悟はこんな時でも冷静だ。他人事だから冷静に発言できるのであろう。
 だけど今はそんな冷静さが憎い。

「今年が最後のチャンスなの! 私はなんとしてでも誠心高校と対戦したいの、依里が3年である今年が最後のチャンスなの!」 

 こんなのスポーツをしている人にしかわからないだろう。私にとってそれがなによりも大切なことなのだ。
 八つ当たりでしかないことはわかっていた。だけど私にとってそれが全てなのだ。

「私からバレーを取ったら、なにも残らなくなるじゃないの…!」

 私にとってバレーが全て。それは今も昔も変わらない。バレーしか取り柄のない私からバレーが無くなったら私には何の価値もなくなる。
 生きている意味が無くなると同等なのだ。
 
「…そんな事は…ないだろう」
「いいよ…無理やり慰めようとしなくても。どうせ私は頭が悪いし、がさつだし、はしたないし、お嬢様っぽくもない野生児ですよ。私の取り柄がなくなったらミソッカスみたいなのしか残らないんだよどうせ…」

 慎悟が柄にもなく慰めようとする素振りを見せたので、私はそれを拒否した。気持ちの入っていない慰めの言葉なんていらない。反射的にぶつけちゃったけど、悔しくて吐き出しただけだし。
 私何してんだろ…慎悟にこんな事言っても仕方ないのに…
 
「…笑さんは、確かに成績は芳しくないし、行動が粗い部分があるけど…」
「とどめを刺すんじゃないよ」

 慰めると見せかけて貶された。
 なるほど、慎悟は背中から撃つタイプなのね。あー傷ついた。他人から改めて言われると傷つくわぁ! 決して慰めてほしくて言ったんじゃない。だけど、そこで貶されると文句を言いたくもなる。
 引き攣った顔で奴を見上げると、慎悟は私をまっすぐ見つめていた。

「うまくは言えないけど、あんたにはあんたの良さがあると思う。…人生バレーボールだけとか決めつけないで、もっと広い視野で周りを見てみろよ」
「…良さって何よ」
「……エリカは淑やかな奴だったけど…あんたのような社交性はなかった」

 何やら急にエリカちゃんとの対比を始めた慎悟。何故にエリカちゃんと比較するのかその意図がわからなくて、私は黙って慎悟の話を聞いた。

「…エリカは婚約者のために努力できる健気さはあった。だけど、自分のために何かに夢中になれる事はなかった…“自分”がなかった。笑さんと違って」
「……」
「あいつはいつも逃げてばかりだった。自分の殻に閉じこもっていた。だけど笑さんは苦難に立ち向かう勇気がある…俺はあんたをそう評価しているつもりだ」
「……あんた」

 慎悟のその言葉に、私の中に1つの仮定が生まれた。

「早く帰って膝を労ったらどうだ? 症状が治まれば出場できるかもしれないだろ?」
「う、うん…」
「じゃあな」

 慎悟は言いたいことを全て言い切ったようだ。アッサリ別れを告げるとゲートを通過して、学校の外へと出て行った。私はその後姿を見送りながらぼんやりと考えていた。

 …当初からエリカちゃんに冷たく当たっていたから、慎悟はエリカちゃんと仲が悪いんだと思っていた。
 だけど少なくとも慎悟は心配して、エリカちゃんを厳しく指摘していたのではないか? 慎悟はエリカちゃんのことをよく分かっている。元婚約者の宝生氏よりも二階堂パパママよりも詳しく把握しているように見える。

 …もしかしたら、彼はエリカちゃんのことが好きだったんじゃないか? 私はそう感じた。
 …だけど宝生氏がいたから身を引いたとか…

「あぁー…なるほどぉ」

 そうか、それならなんとなく納得できるぞ。慎悟が口やかましかった理由がよくわかった。それなら尚更早く身体を返してあげなきゃいけないな。
 それに慎悟の言うとおりだ。早く帰って家で安静にしていよう。まだ、出場ができないと決まったわけではない。
 
 いやーしかし、ついついまた吐き出しちゃったよ。慎悟は私専用のお悩み相談員になってしまっているな。悪いことした。
 …チョコレート菓子買って渡しておくか。

 …エリカちゃんに婚約者のいない今、チャンスだぞ慎悟。私が体を返した後、頑張れよ。

 私は車に乗り込むと運転手さんにコンビニに寄ってもらうようにお願いして、コンビニ限定季節のチョコレートをいくつか購入したのであった。

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