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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

確かにそんなこと言ったけど、人には適材適所というものがあってだな。

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「二階堂さぁーん、放課後わたしとお茶しなーい?」
「しなーい」

 部活あるし。


 瑞沢姫乃は今日も瑞沢姫乃であった。
 セレブ3人衆を引き連れたまま、私にそんなお誘いをしてきた。どの面下げてお茶なんて誘ってくるんだこの女は。…エリカちゃんを馬鹿にしているのか?

「エリカ! お前、姫乃が折角誘ってやっているのに…!」
「私暇じゃないもん」

 あれだけ瑞沢嬢に近づくなと騒いでいた宝生氏は顔を真っ赤にさせて怒り出した。
 なんだよ、近づけば怒るのに、こっちが誘いを断っても怒るとか…私にどうしろと。茶をしばく程親しくもないのに、何だって言うんだ。
 宝生氏は私を睨みつけている。又聞きだけど、コイツがエリカちゃんを引っ叩いたことがあるという話を聞いたことがある。今そんな事してきたら反撃してやるわ。…この鍛えに鍛えた黄金の右手でアタックを仕掛けてやる。私は突き指しないように指のストレッチを始める。両手をグーパーグーパーと握ったり開いたりして関節をほぐしていた。

「倫也君、いいの。わたし頑張るから。二階堂さんに心許してもらえるまで頑張るから」
「姫乃……だけど」
「二階堂さんはとっても素敵な人なの。わたし、諦めない」

 宝生氏の攻撃に備えて準備運動をしていた私の目の前で何かが始まった。またこの人達、昼ドラ風味のなにかをしてるぞ。
 感動のシーンぽいけど、私には三文芝居にしか見えない。見ている時間が無駄なので、彼らの横を通り過ぎて先を行く。後ろでまた宝生氏が叫んでいるけど、雑音にしか聞こえない。
 部活行かなきゃ。


 毎日が学校の授業と部活の繰り返しだ。
 だけどこんな当たり前な日常が私にとっては非日常なので、私は毎日後悔しないように過ごしていた。
 死んだ身だけど、魂は今を生きていると思ってもいいよね?

 バレーは5月下旬からインターハイ予選が始まるけどそれまでは特に動きはない。ひたすら部活である。
 私は変わらずバレーに熱中していた。
 バレーさえあれば私はそれでいい。
 バレーが無くなったら私が私じゃなくなる。そのくらい、バレーは私の一部なのだ。


「二階堂様、これ学期末試験の出題予想をまとめたものです」
「ウッ! み、幹さん、お気持ちだけでいいよ…」
 
 忘れてた。2月末にテストがあるんだったよ…
 学年トップクラスの幹さんが厚意でテスト予想問題を作って来てくれたが、私はやんわり遠慮した。
 これ作るのに時間かかったろう。…幹さんは特待生なのだから自分の勉強を優先したほうが良い。アホな私は勉強しても大した成績にならないし。
 
「駄目です。二階堂様は私に言ってくれたでしょう? ここで諦めたらもったいないって。大丈夫! 私も力になります!」
「いや、あの…」
「2月入ってから部活はお休みになりますよね? 放課後は教室で勉強会をしましょう!」
「……」

 やだ、幹さんたら強引。
 自分が送った言葉がまさかブーメランとして返ってくるとは。
 勉強したくないと言える空気ではなく、やる気に満ちた幹さんによって、勉強会スケジュールを立てられてしまった。

 自分より年下の子に勉強教わるとか…今更だが、情けないな自分…




「わ、私牛乳買ってくるね?」
「逃げんじゃないよ」
「……」

 なぜ信じてくれないんだ。ぴかりんひどいよ。私は肩を落として、フラフラと教室を出ていった。
 2月に入るとテスト週間になり、部活は全面休止。生徒たちはテストモードに入った。特に学業面で特待生となった一般生の本気度はすごい。順位落としたら特待生じゃなくなるからね。
 なのにアホな私に教えながら勉強している幹さんの余裕すごい。知能指数が周りと違うんじゃないかなと私は疑っている。

「私はフランスから輸入させたショコラにしたの」
「被らなくて良かったわ。私はショコラコンテストに入賞したことのある日本人パティシエのものにしたわ」
「私はお料理教室で習ったガトーショコラにするのよ」

 自販機に向かう途中で見慣れた3人組を見つけた。なんの話してるんだろ。
 この3人もさり気なく成績上位なんだよね。…こんな所で呑気におしゃべりしてるが、勉強しなくていいのだろうか。

「あら、二階堂さん」
「二階堂さんは今年どうするの?」
「もう宝生様には渡せませんものね~」

 目立たないように通り過ぎようと思っていたけど、目ざとい能面が私を見つけて声を掛けてきた。小馬鹿にしたような嫌味な笑い声を上げて私を見てくる加納ガールズ。性格わっる。
 …うん、やっぱりこないだのあの…丸山さんだっけ? の方が性格が良さそうだな。

 しかし渡すって何を? 誕生日プレゼントとか? 宝生氏は2月生まれなの?
 私が疑問の表情を浮かべているのがわかったのか、巻き毛が驚愕していた。

「あなた忘れたの!? もうすぐバレンタインじゃないの!」
「え? …あー…そうだったっけ?」

 バレンタイン。もうそんな時期が来たのか。そうかその話をしてたのね、3人娘は。
 …私は今まで誰かに渡した事が無いしなぁ。全然意識してなかった。…どっちかと言えば、もらう側だったし。女の子にチョコをもらった時に「今日バレンタインだっけ」と自覚するようなそんな感じだったし。

「ふん、まぁ良いですわ。あなたのことだから慎悟様に媚を売るんじゃないかと思いましたけど」
「そんな馬鹿な」

 巻き毛達は私のことを誤解してると思う。私をなんだと思っているのか。…いくら弁解しても彼女たちはわかってはくれない。なんでこうも敵対視してくるかね彼女らは。
 彼女達は私に興味をなくしたのか、バレンタインの日へ思いを馳せていた。慎悟が喜ぶ姿を想像して3人とも身悶えしていた。
 とっても不気味。

 …放置しておこう。あまりにも戻るのが遅くなるとぴかりんにチクリと言われるし。


 …バレンタインか。
 今更ユキ兄ちゃんに渡してもしょうがないしな。
 一瞬過ぎった考えを首を振って頭から振り払うと、目的の牛乳をゲットする為に自販機へと足を運んだのであった。

 バレンタインに近づくにつれ、女の子達が浮き足立つのが見て取れた。楽しそうで何よりである。
 ちょっと、ほんのちょっとだけ羨ましいと思ったのは秘密である。


■□■

 誠心高校でもバレンタインにお菓子送るってのはあちこちで見かけたけど、英学院でも同様だった。モテる男子は大量にもらっており、モテない男子は現実から目を逸らす。…辛いね。どんまい。

「こちらエクアドル産のカカオを使用しており、中にはプラリネクリームが入ってます。ショコラコンテストで入賞したパティシエの作品ですの」
「私はパリから空輸して取り寄せましたわ。シンプルなチョコレートですが、その味は絶品です。チョコレート本来の良さを感じていただけるはずですわ。きっと慎悟様のお眼鏡にかなうかと」

 ただこっちでは、チョコレートの説明をしながら渡しているセレブ生がいた。うん、何を隠そう加納ガールズの内、巻き毛と能面なんだけどねね。
 押し付けがましく感じるんだけど、それは所謂アピールなわけ? 私の想いは大きいのって伝えたいのかな?
 
「わ、私は手作りなんですけど…気持ちはしっかり込めましたわ!」

 ロリ巨乳は頬を赤く染めて、手作り感満載のラッピングを慎悟に差し出していた。
 うんうん、ああいう風にしてたら普通に可愛いんだけどね。なんで私には喧嘩売ってくるのかな彼女たち。

 しかし登校時間に下駄箱で待ち伏せして本命に渡すとはご苦労なことである。私は彼らから目を逸らすと、自分の教室に向かおうとした。
 だけど私の目の前に奴が現れて足止めを食らってしまう。奴はニッコリと爽やかな笑みを浮かべて、私の前に立ちはだかったのだ。

「二階堂さん、おはよう」
「……オハヨーゴザイマス」
「はいこれ。今日バレンタインだからあげる」
「はぁ…?」

 あげる? 男の上杉から女のエリカちゃん宛に? 私は相手を警戒するように見上げた。
 だがあいつはあの人の良さそうな笑みを浮かべており「欧米では男から送るイベントだから別に構わないでしょ?」と何の恥ずかしげもなく言ってきた。

「…私、あんたがしたことを許したなんて言ってないんだけど」
「そうだよね。ごめんね?」
「謝っても許さないけどね?」

 こいつはどんな神経してるの? まさか本気でサイコパス…だから罪悪感をあまり感じないとか……
 それを考えるとゾッとした。

「要らない!」

 私は上杉から逃げるように、横を通り過ぎようとしたら、さらり…とポニーテールにしている髪を指で梳かれる感触がした。 
 振り返ると、上杉がエリカちゃんの長い髪を触っていた。

「変態! セクハラで訴えるぞ!」

 ゾゾッとした私は髪を抱えて庇った。
 上杉は困ったような笑みを浮かべていたが、そんな反応されてもこっちが困るわ!
 
「ゴミが付いていただけだよ」
「口で言え! いちいち触るな!」

 思いっきり上杉を睨みつけておくと、私は教室に駆け込んだ。教室に入った瞬間、私は思いっきり息を吐いた。
 …こっわ…! 
 上杉からのプレゼント? 受け取るわけ無いでしょ。何が入っているかわかんないし。

 想定していなかった贈り物(受取拒否済み)に、朝からブルーな気分になったのである。
 
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