お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

共に夢見た未来【小平依里視点】

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『私、東洋の魔女の再来になるんだ!』
『…東洋の魔女? なにそれ』

 笑と私はバレーのジュニアクラブで知り合った。その時から既に笑は将来の夢を掲げていた。
 彼女の将来の夢はオリンピックの選手となり、かつての東洋の魔女の名を冠する選手になることであった。
 私と笑は自然と馬が合った。練習以外の時間もお互いの家に遊びに行ったりして、ドンドン親しくなっていき…私は笑の影響を受けて、同じ夢を見るようになった。

 笑とは小学校は別々の校区だったけど、中学では同じ中学になり、同じバレー部に入部した。笑は本当にバレーが好きだった。どの部員よりも努力して、他の誰よりも上手になっていった。
 スパイカー希望の笑に対し、私はセッターを希望した。…本当は私もスパイカーをしたかったけれど、夢に燃える笑を見ていたら彼女をサポートしたくなったのだ。私が彼女にボールをトスして、笑が相手コートにアタックする。私の相棒は笑しかいないと思っていたから。
 笑との練習は楽しかった。多分笑がどんなにきつい練習も楽しそうにこなすからそれに感化されたのであろう。
 笑に負けたくなくて、私もバレーに没頭していった。

 高校に進学して、私達は強豪のバレー部に入部した。中学の時とは比べ物にならないくらい厳しく辛い日々を送っていたけれど、笑が一緒だったから耐えられた。
 笑が高1の秋にレギュラーに選ばれたときだって純粋に祝えたし、私も彼女に置いていかれないように、高2のインターハイ予選時には同じコートに立てるように頑張ろうって気合を入れていた矢先のことだった。


 あの運命の日、テレビの緊急特報で市内で通り魔事件が起きたとの速報が入ったのを私は目にした。情報が錯綜さくそうする中、被害者が女子高生と中年サラリーマンの2人という情報が入った。
 …そして被害者の名前が判明した時、私の世界はモノクロに変わってしまった。

【先ほどお伝えしました、通り魔刺傷事件の続報が入りました。心肺停止状態でありました、被害者の死亡が先程確認されました。被害者は市内の高校生・松戸 笑さん17歳、複数回刺された傷が原因による失血死であると…】


 笑に電話しても、メールしても、メッセージを送っても…反応はない。
 松戸家の家電にかけても誰も出ない。

 どうか同姓同名の別人であってほしいと願った。

 だけど、翌朝学校で緊急朝礼が行われ、笑の訃報を校長先生の口から聞かされた私は……あまりにもショックすぎて涙が一滴も出なかった。



■□■


 笑はまるで眠っているようだった。だけどその顔は青白く、生気は感じられない。

 棺の傍ではおばさんが泣いていた。おじさんは憔悴しょうすいした様子で葬儀に参列した客の応対に奔走している。笑の弟の渉は目を真っ赤にさせて、笑の遺影をぼうっと眺めていた。
 …笑が良く話題にしていた、大学生の従兄さんは…棺に横たわる笑の姿を見て男泣きをしていた。…笑はあの日、彼の忘れ物を届けに行くと寄り道して帰ったはずだ…だからあのバス停にいたのだ。
 この人が忘れ物をしなかったら、笑は殺されることはなかった?

 …なんで笑が。なんで笑が殺されなきゃならないのよ。
 笑、どうしてよ。約束したじゃない。一緒にインターハイに出場しようって。オリンピックの代表になろうって約束したじゃないの…!
 
 

 おじさんとおばさんにお願いして、私は火葬場まで一緒に同行させてもらった。どうしても、最後まで笑を見送りたかったから。
 私はまだ心の整理がついていなかった。でもそれは笑の両親や弟も同様だ。

 つい1週間前までは笑は生きていたのに。私と一緒にバレーをしていたのに。インターハイ予選に向けて頑張っていたのに…笑は死んでしまったのだ。

 エレベーターの入口のような場所に笑が入った棺が納められ、ゆっくりと扉が締まった。火葬ボタンを押そうとするおじさんにしがみついて、おばさんは泣き叫んでいた。

「いやぁぁ! 笑を燃やさないでぇぇ!」

 その悲痛な声におじさんは泣きそうな顔をしていたが、唇をぐっと噛みしめると苦しそうな表情でボタンを押した。
 扉の向こうからゴォォ…という音が伝わってきた。…笑の遺体が炎にまかれて燃えているのだろう。
 おばさんは扉にすがりついて暫くの間、笑の名前を叫びながら泣いていた。
 その姿を見るのが辛くて、私はそっとその場を離れた。

 …笑はもういなくなってしまったのだと実感した。もう会えないのだと理解した時…私の瞳から涙が流れた。

 
■□■


「…あの、どうかしたの?」
「……!」
「…気分悪いの? ……笑にお線香あげに来た子だよね?」

 私が彼女と出会ったのは、笑の初盆だった。隣市にあるセレブ校、英学院の制服を着用した、髪が長く垂れ目気味のお淑やかそうな美少女は、松戸家の庭の隅でしゃがみ込んでいた。
 この8月の暑い時期に顔を青ざめさせて震えていたものだから、気になって声を掛けたけど、本人が大丈夫だというので引き下がった。
 だけど彼女の悲しそうな表情がどうにも引っかかって仕方がなかった。

 彼女と再会したのは、それから2ヶ月位後あたり。その日は土曜日で部活が終わった後に、笑の仏壇にお線香をあげようと松戸家に伺っていた。
 笑に大切な報告があったのだ。私は春の高校バレー予選大会のレギュラーになれたのだと。しかも笑が担当していたスパイカーとして。

 今までセッター志望だったのに、ここにきての急な方向転換に、周りから下衆な勘ぐりをされたが、これは私のためでもある。
 私は笑以外の人間にトスを上げたくないのだ。それに…笑の分まで夢を叶えたいのだ。私が笑の夢を叶えると誓ったのだ。
 笑の仏壇にそれを報告、宣誓して私は今一度、自分の目標をしっかり固めた。

 おばさんと少しお話をして、お暇しようと玄関のドアを開けたら彼女がいた。
 …笑が死んだのは人を庇ったからだと聞いた。それが同じ高校生であるということも。
 もしかしてと思った私は彼女に問うた。

「……もしかして、笑が庇った相手だったりするのかな?」

 私は感情的になって彼女を責めた。
 頭では分かっているの。悪いのは犯人だけで、目の前の女の子は何も悪くないって。でもどこかにぶつけないと心がばらばらになりそうで、私の口は止まらず相手に八つ当たりをしていた。 

「違うよ依里! 私が勝手に庇ったんだから! エリカちゃんは悪くない!」
「え…?」

 …私、この子に名前を教えたっけ…? 私が勝手に庇ったって?
 なんで自分で自分を庇う発言してるのこの子。

「あ、いや、え、笑さんならそういうんじゃないかな…なんて……」
「……」
「えーと……それじゃあ…私は失礼します…ごきげんよう!」
 
 私が不審そうに見ているのに気づいたのか、彼女は慌ててなにか言い訳しながら走り去っていった。
 ……なんなのあれ。

 私はおばさんに彼女のことを尋ねてみたが、おばさんの様子がどうも怪しい。目がめっちゃ泳いでいる。
 笑の弟をとっ捕まえて問い詰めるもやっぱり何か隠している様子。「あんたの性癖を近所に吹聴するよ」ってちょっと脅したけど渉は吐かなかった。


 ……どうにも引っかかる。

 なので直接本人の元に出向いてみることにした。11月に英学院の文化祭が開催されるとのことだったので、私はそこにお邪魔した。宛もなく校舎をぶらついていたのだが、英学院の校舎は流石名門私立なだけあって立派だった。
 大体いつもバレー予選大会の決勝で当たる英学院はスポーツ優秀な特待生を積極的に入れて、年々強くなっていっている。うちの監督も英学院バレー部の研究に余念がない。まったくもって油断ならない相手だ。…こんな恵まれた環境で私もバレーしてみたいなとちょっとだけ羨ましくなった。
 うろついていた私が最終的に辿り着いたのはこれまた立派な体育館。中では試合をしている気配がしたので、私はそっと中を覗き込んだ。


 彼女はコートの中で戦っていた。バレー選手にしては背の低い彼女はスパイカーとして必死に相手コートに向けてスパイクを仕掛けていた。
 だけどまだ攻撃の形が定まっていないのか、重心がぶれて決定打が打てていない。…肩の力が入り過ぎなんだきっと。
 まるで、やる気が空回りしているときの笑みたい…それにあの癖は……

 その考えがよぎった時、私はまさかという考えに行き着いた。
 そんなバカな、世の中にそんな漫画やドラマみたいな出来事が起きるはずがない。
 …でももしもそうなら。

 
 試合には勝ったけど、満足行くプレイが出来なかった彼女は落ち込んでいた。コーチっぽい人になにか指導されているところに私は割って入っていった。
 体育館内に侵入したことを注意されたけど、私はそれどころじゃないの。

 私ならわかる。ずっと笑と一緒に練習してきたんだもの。
 私がじっと彼女を見つめると、彼女は動揺した様子で、私の名を呼んだ。

「……依里」
「…もう試合終わったんですよね? ちょっとボールとコート貸してくれません?」
「えっ、ちょっ…」

 動揺している彼女を誘導して、私はコートに入るとトスを上げた。
 身長は笑より頭一つ分くらい小さな彼女。始めはうろたえていたが、トスを上げて叱咤すればそれに合わせてついていく。
 私は昔から笑と練習してきたの。
 だから笑の癖や性格はよく知っている。


 あぁやっぱり。

 この子は、笑だ。



「…うぅん、今さっきのフォームの癖は何処かの選手と同じ癖を思い出すな……あぁそうだ、そこの彼女と同じ高校だった……実に惜しい選手をなくしてしまったね。インターハイでの彼女の活躍を密かに楽しみにしていたのだが」

 このおじいさんはどっちかの高校のバレー部の監督かな? 彼女をまじまじと見つめながら、とある特徴について指摘してきた。
 彼の言う通り、笑は今年の1月に開催された春の高校バレー大会で目覚ましい活躍を見せて、大学や実業団の視察団に目をつけられていた。…先を期待された選手であった。
 そう、笑の夢は叶わない夢ではなくなっていたのだ。

 夢の東洋の魔女の再来になれる可能性があった。
 その夢は1人の狂人によって崩れ去ってしまったけれど…


「……はい、私のチームメイトでした」
「名前は確か…」
「…松戸笑」

 私が笑の名前を呼ぶと、彼女はギクッとしていた。

「そうだそうだ。松戸笑さんだ」

 私を伺うような視線で見上げてくる彼女。私の視界は涙で歪み始めたが、私は彼女から視線をそらさなかった。
 …間違いない。私の疑惑は確信に変わった。
 …なんでこんなところにいるのよあんた。なんで別人に憑依してるのよ。…ここにいるならなんで教えてくれないのよ。
 私はそんなに頼りない?
 何年友達やってると思ってんのよ。水臭いのよ。

 私はこの場で笑を問い詰めたかったけど、その他大勢の目があったのでそれは我慢して、彼女に連絡するように告げると、そのまま帰宅していった。


 彼女は私の親友の松戸笑だ。間違いない。

 笑はもう松戸笑の身体ではないから、味方として共に戦うことは厳しいだろう。だけど、対戦相手としてなら同じコート内でまた戦えるんじゃないだろうか。

 私はあきらめたくない。
 笑、私はあんたとまた戦いたい。
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