お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

隠れ蓑とは気に入らないな。

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「呼び出してごめんなさいね。状況証拠が集まったから来てもらったの。すぐに瑞沢さん達も来るはずよ」 
「…状況証拠…ですか」
「二階堂さん、あなたの無実はちゃんと晴らすわ。…大丈夫」

 生徒会室には副会長さんの他に数人の男子生徒が居た。全員エリカちゃんの上級生である2年だ。神経質そうなメガネ男子と質実剛健という言葉が似合いそうな厳つい顔した男子……この人達は…誰だ……?

「風紀委員長の奥先輩と副委員長の前野先輩」
 
 また加納慎悟が補足してくれた。手間かけてすまんな。
 この件は話が大きくなったようで生徒会だけでなく風紀委員会も介入することになっていたようだ。メガネ男子のほうが奥先輩と言う人らしい。彼は生徒会にあったパソコンで何かを操作していた。

「奥、すぐに映像を見れるようにしておけよ」
「言われなくともわかっている」

 生徒会長さんが声をかけると奥先輩はイラッとした様子で生徒会長さんを睨みつけていた。今のそんなに苛つくような言葉かな? ほら生徒会長さんもそれにムカッとしたようで顔を歪めているじゃないか。
 …2人は仲悪いの?
 
 それに映像というのはどういう意味だろうか。私が奥先輩の様子を眺めていると、生徒会室の扉が開かれた。
 開かれた扉の向こうに目をやると、小柄な1年の男子生徒が夢子ちゃんハーレム一行を引き連れてやって来た。彼らは私がここにいるとわかるとわかりやすく睨んできたが、私はそれから目をそらした。そして副会長さんに「どういうこと?」と問いかける視線を向けた。

「会長、副会長、連れてきました」
「ありがとう棚町君…そしたら、二階堂さんは私の隣に座ってくれるかしら」
「は、はい…失礼します…」

 副会長さんに促されるまま、座り心地の良さそうなソファに腰掛ける。わぁフワッフワしたソファだなこりゃ。
 彼らも対面のソファに座っていた。

「いきなり呼び出したのはこの間の話の続きよ。まずはこの映像を見てくださるかしら」

 彼らが座ったことを確認するなり、副会長さんは奥先輩が操作していたパソコンに注目するように私達に促した。
 映像は何処か、薄暗い倉庫のような場所を映していた。これは定点カメラなのだろうか。映像の斜め下に表示されているのは日付と時刻だ。それはクラスマッチがあった日の夕方前の時間帯を示していた。多分…女子バレーの決勝が行われている時間帯辺りかな?

 しばらく映像を見ていると、キョロキョロと辺りを見渡して中に入ってきた女子生徒の姿が映る。その人物は夢子ちゃんだった。 
 映像の中で夢子ちゃんは何かを探している仕草をしていたが…その直後、体育倉庫の扉が閉ざされた。
 慌てて扉を開こうとする夢子ちゃんだが開かないことで焦って、扉をこじ開けようとしている姿が映されていた。扉に内鍵があることを知らなかったからだろうか。閉ざされた体育館倉庫は暗い。視覚では確認できなかったのかもしれない。

 …しかし本当に閉じ込められていたのか。半分くらい虚言だと思ってたよ、ごめん。

「え、なにこれ!」
「以前倉庫に閉じ込める悪質ないじめが発生したので、内鍵の他に監視カメラを設置するようになったの。カメラは校舎の到るところに設置されているわ」
「え…?」

 それには私だけでなく夢子ちゃんも驚いた顔をしていた。そうだったのか知らなかった。今度カメラ探してみよ。

「それと同時刻の体育館内での映像で、二階堂が映っていた。バレーのコーチや顧問、その他生徒の目撃情報もあったので彼女にはこの犯行が不可能だ」

 見せられた別の映像には確かにエリカちゃんの姿をした私が居た。コーチに次々にボールを投げられてスパイクしろとビシバシしごかれていた時か。
 なるほど、こういう時に活用するのか。監視カメラ便利。自分の濡れ衣が晴らされたのでホッとしていたのだが、相手側はそうはならなかった。

「二階堂さんじゃないなら一体誰が!?」
「…礒川いそかわ鞠絵まりえさんよ。本人の自供も確認しました。…何故そんな事をされたか、理由はわかるわね?」

 副会長さんの言葉に反応したのは夢子ちゃんだけじゃない。夢子ハーレムの内の一人、うさぎの瞳のように綺麗な形をした一重の瞳を持つ速水という男子生徒も驚いた様子でぎょっとしていた。

「そう。速水君、貴方の婚約者である鞠絵さんが瑞沢さんを呼び出して閉じ込めた。その時他の人を使ってこう伝言をさせたそうよ…『二階堂エリカが呼んでいる』って」
「はぁ!?」

 え。何でエリカちゃんの名前を使って呼び出ししたの? 鞠絵ってこの間トイレで友達と一緒に夢子ちゃん囲んで叱責していた人よね? 
 えぇぇーなにそれ、卑怯だな…

 私は開いた口が塞がらなかった。斜め後ろにいる加納慎悟が「エリカ、口」と注意してくるまで開きっぱなしで固まっていた。

「ひ、ひどい! 真っ暗な倉庫に閉じ込められてヒメ怖かったのよ! 何でそんな…」

 夢子ちゃんには二重のショックだったらしいが、直接文句をぶつけられたことがあるのだから相当恨まれているだろうし…ありえないこともないんじゃないだろうか。
 …なんていうか今回のことはどっちもどっちというか。別にいじめを擁護するつもりはないんだけどさ…難しいね。

「瑞沢さん、貴女も彼女たちに随分酷いことをしてきているのよ。鞠絵さんを庇うわけじゃないけど、ここで貴女がどうこう言える立場でもないの」
「なんで! ヒメはただお友達と仲良くしているだけなのに、どうしてよ!」

 副会長さんの諭すような言葉に対して夢子ちゃんは駄々をこねるように喚いた。
 エリカちゃんと同じ16歳のはずなのに、どうもこの子は言動が幼いな。16歳になったらもうちょっと落ち着いた言動をするかと思うんだけど…
 
「瑞沢さん、貴女と彼らのしていることは友達の距離を超えているの。現に二階堂さんと宝生君は婚約破棄をしたでしょう」

 確かに彼らの距離は友達のそれではない。彼らの間の空気感は親密そのもの、それは私の目から見てもわかる。彼女の存在がエリカちゃんと宝生氏の婚約破棄の原因となったのは明らかな事実だし。

「仲良くするなとは言わないわ。だけど彼らの婚約はおままごとじゃないのよ。何万何千という社員を抱えた会社のための婚約だったの」
「し、知らないもん、だって倫也君は二階堂エリカが嫌いだっていうからヒメは」

 婚約って結婚の前段階の約束事だから、破棄となると彼氏彼女が別れるよりも内容が重いと思うんだ。
 私は庶民だから詳しいことはよくわからないけど、息子が婚約を一方的に破棄したことで宝生家はその責任を負うべく、色々なものを失ってしまった。二階堂の後ろ盾を失くしてしまったことだし…好き嫌いで済む問題じゃないだろう。
 親がどれだけ苦しんでいるか知っているのかなこの坊っちゃんは。

「嫌いとかそういう事じゃないの。そういう簡単な問題じゃないのよ……実際に行動に移した宝生君が一番悪いのだけどね」

 その言葉に宝生氏がムッとした表情をしていたが、それを気にとめる様子もなくフゥ…と副会長さんは疲れた様子でため息を吐いた。
 私は話を聞いているだけでドッと疲れてきた。なんでエリカちゃんばかりこんな目に遭わなきゃならないんだ。
 あれか? もともとのエリカちゃんが大人しいからスケープゴートにしたって訳?

 …気に入らないな。何の権利があってそんな事をしたんだろうね。

「…その礒川さんとやらはどこに?」
「え?」
「彼女からの謝罪を要求します。呼び出してもらえます? もちろんお家にも報告させていただきますけどいいですよね?」

 …もしかしたら露見していないだけであって、これまでもエリカちゃんは隠れ蓑にされてきたんじゃないだろうか。…エリカちゃんは孤立していた。だから表立って庇ってくれる人間がいなかったかもしれないから…考えられないこともない。
 私はイライラしながら礒川さんの居場所を尋ねた。副会長さんは私を落ち着かせようとオロオロしているけど、今回の一番の被害者は間違いなく私、そしてエリカちゃんである。

「いいからとっとと呼べよ。呼ばないならクラス片っ端から探すけど」

 私はまどろっこしいのが苦手なんだ。ストレートに来てもらわないと理解できない。一気に片付けてしまおうよ。
 また言い方がエリカちゃんらしからぬ柄の悪さになっちゃったけど仕方ないよね。 
 相手が先輩だってのは知ってるけど、私の感覚としては同い年の生徒会・風紀委員会役職付きの彼らに対して、私はタメ語でそう吐き捨てた。



「も、申し訳ありませんでした……」
「聞こえないんですけど。もうちょっとはっきりした声で謝罪できないわけ? 本当に申し訳ないと思ってるんですか?」

 どっちがいじめっ子だ? やかましいわ。
 こういう卑怯な手を使う人、ムカつくじゃない。なんの罪もない人間に自分の罪をなすりつけてさぁ…最低だよ。
 自分のしたことの後始末くらいちゃんとつけて欲しい。
 
「で、余罪は?」
「えっ…」
「これだけじゃないでしょ? 今まで私を隠れ蓑にして、…瑞沢さんに嫌がらせ行為をしたことがあるんでしょう?」

 プルプル震えて可哀想になるくらい青ざめた礒川鞠絵を前に私は余罪を追及した。
 まだまだなにかあるはずだ。この人が再犯とは限らないけどさ。
 
「し、してません! 今回が初めてです!」
「次回やったら絶対許さないけどな?」
「ヒッ!」

 ガッと眼圧を込めて礒川鞠絵を睨みつけると、相手は涙目になった。エリカちゃんの可愛い顔でも怖い顔できるんだね。これだけ脅かしておけば二度とエリカちゃんを利用しないだろう。全く虫も殺さなそうな見た目して…。
 とりあえずまたやったら更に釘刺せばいいし、今日はこのくらいにしておくか。

 私への疑いも晴れたので、後は当事者同士で話し合いしてくれと生徒会副会長さんに投げると私は生徒会室を退室していった。
 だってあれ以上私が居てもあまり意味がないでしょ? 私が夢子ちゃんを閉じ込めたわけじゃないんだから。

 それに彼らはどうせ私に冤罪を被せようとしたことを謝罪することはないでしょ。自分たちは悪くないって顔していたし。
 なら積極的に関わる必要はない。

「…エリカ、いいのかあれで」
「いいよもう」

 私と一緒に退室した加納慎悟が私に問いかけてきた。夢子ハーレムの謝罪は要求しないのかって意味だろう。
 もう疲れたし、心のこもっていない謝罪を貰っても嬉しくないから良いよ…まだもやもやしてるけどね。

「……なぁエリカ、お前は一体誰なんだ?」
「……え」
「…お前は、エリカなのか…?」

 加納慎悟の問いに私は目を大きく見開いた。私は歩いていた足を止めて、隣にいる加納慎悟に視線を向けた。
 彼は真面目な顔をして、私の心を見透かすように見つめてきた。まるでエリカちゃんの身体を通して私の姿が見えているかのように。

「……違うって言ったらどうする?」
「……」
「…なんてね。変なこと聞かないでよね」

 彼の真剣な瞳にドキッとして思わず「私は松戸笑だ」と正直に答えそうになったけど…私は笑って誤魔化した。

 …言ってどうするんだ?
 もう私は松戸笑わたしには戻れないのに。
 戻りたいけど戻れないのに松戸笑だと言って、どうにかなるのか?

 私は笑い飛ばしたつもりだった。
 だけど加納慎悟の表情は真顔のままであった。
 
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