上 下
44 / 55
続編・私の王子様は今日も麗しい

紅茶にはミルクを入れたい派なので、味とかあまり気にしていません。

しおりを挟む

 翌朝起きてすぐにもたらされた情報は、眠気をふっとばして愕然とさせるものだった。

「レオーネ様が受けとった香水には肌が荒れる成分が含まれておりました」

 ステフとヨランダさんの警戒心の強さのお陰で、使う前に異常が判明した。香水の中に工業用製品が含まれていて、肌に直接使えばたちまち肌がかぶれて、治ったあとも痕が残る有害な成分なのだという。
 なにそれ怖い。

「……人間不信になりそうです」

 仲良くしたいと言って近づきながら、私を確実に害するものを差し出して来たのか……そこまでするんだ、貴族令嬢って怖い。
 そして呑気に好意だと信じていた昨日までの自分を叱り飛ばしたくなった。ステフが機転を利かせてくれなかったら今頃私は大変なことになっていたはずだ。

「レオーネ、香水は誰から渡されたか覚えてる?」
「確か……ワイト子爵家のご令嬢だったかと。ポリーナ様とカトリーナ様に確認していただけたら確かです」

 お二方は他の令嬢が退場するまで会場内に残っていて、私に声を掛けに来てくれたから多分どちらかがそれを見て覚えていると思う。
 それをステフに言うと、彼は意外そうに目をぱっちりさせていた。

「ハーグリーブス家のカトリーナ嬢と親しくなったのか?」

 そっちか。
 まぁそうだよね。ついこの間まで花嫁候補としてお城に滞在していた人だもの。私とまともに会話したこともなかったのに、今になって関わりがあるとなると驚かれても仕方ない。

「…親しく、なったんですかね? 私がイジメられると所々話をそらして庇ってくれた場面もありました」

 カトリーナ様は不穏な動きをするモートン候爵家について、有力な情報を見返りもなく提供してくれたこともある。そのお陰で身構えてパーティに参加できたので、衝撃が和らいだ。

「カトリーナ嬢がレオーネの味方につくなら心強い。彼女は賢い女性だからな」
「私もそう思います」

 カトリーナ様も他の貴族令嬢と同じく高飛車な雰囲気はあるけど、話してみればわかる。彼女は頭のいい人だ。
 そして自分の利益になることを重視するきらいはあるけど、それは貴族らしいって意味で決して性悪ではないってことだ。
 自分の口で言っていたもん。借金で首が回らないモートン候爵家の令嬢に付くより、未来の公爵夫人である私に付いた方があとあと有利だからって。

 わかりやすく目的を教えてくれて逆に安心してしまったよ。
 私も100%彼女を信用しているわけじゃないけど、笑顔でおべっかを吐き捨てる令嬢よりもよほど信じられる。

 初めて参加したお茶会で劇物入りの香水か……
 次はどんな劇物をお見舞いされるんだろうか。想像がつかなくて怖い。
 想像してブルッと震えていると、ステフが「寒いか? 風邪かもしれないから暖かい格好をするといい」と心配してくれた。
 そうじゃないの、体はいたって健康です。


◇◆◇


 テーブルに並べられた茶器にケーキスタンド。各お皿に配置されたデザートはどれも可愛らしく、見ていると小腹が空いてきた。
 だけど私はまだ食べられない。毒が入っていないかの確認が終わっていないから。 
 もぐもぐもぐ、と実においしそうに咀嚼する女性を眺めていた私は思った。やっぱりこの人、食べ過ぎじゃないかって。

「美味しゅうございます」

 ぺかーっといい笑顔を浮かべた彼女はにこにこと私に感想を告げて来る。
 えぇと、あなたが今しているのは毒味だからね? 味の感想はいいの。美味しいのは見たらわかるから。

 以前、私の好物のお菓子にガラス片が仕込まれていて、それを食べた毒味担当の侍女は怪我を治すために一旦お城を離れた。
 こんな恐ろしい目に遭うなら、どんなに高いお給料をいただいても二度と御免だと思うだろうなぁと考えていたのだが、彼女は静養を終えて毒見役に復帰してきた。

 食べることに恐怖を抱いてもおかしくはないのに、彼女の勢いは止まらなかった。
 復帰したときは痩せてたのに、なんか……丸みを帯びてきたな。

「食べ過ぎですよ。ドレスが入らなくなりますよ」

 見かねたヨランダさんが注意するも、彼女は気にした様子もなかった。

「まさに幸せ太りですね!」
「意味が違うと思います」

 言葉の使い所が間違っているので私が指摘すると、毒味担当の侍女はにっこりとまん丸のお顔で笑ってきた。

「名ばかりの貧乏貴族出身のわたくしにとってこのお仕事は天職なのでございます」

 貴族にもいろんな家があるものね。
 貴族という身分を持っていながら、その辺の商家の平民よりも貧しい生活をしている人がいるってのは知っている。収入になるような産業もなく、事業もイマイチパッとせずで……貴族の中には労働するのはみっともないことだという昔からの偏った価値観を持っている人がいてそういう人が家族の中にいると、貧困から抜け出せないのだと聞いたことがある。

 特に貴族女性は働ける場所が決まっているので、尚更大変だろう。
 でも目の前の彼女にはそんな悲壮感はない。

「では、ここに3種類のお茶をお煎れしました。レオーネ様にはこれからお茶の産地と銘柄を当てていただきます」

 毒味済の紅茶がずらりと並んで、私は遠い目をした。
 紅茶なんてみんな同じじゃない。違いなんかわかるはずもない。私はミルクを入れて飲む派だから、紅茶そのものの味にはあまりこだわりがないんだ。

「日々勉強ですわ。レディの道は一日にしてならずです」

 私が内心で面倒臭いと思っているのが伝わったのか、毒味侍女が拳を握って応援してきた。
 彼女を見てふふ、と笑った後に、私は端から順にティーカップに手を掛けた。
 そのあと不正解を連発して、優雅なはずのティータイムは紅茶を飲むのを強制される地獄と変わったのであった。

 水色と香り、舌で転がしたときの苦み、口から鼻に伝わる風味で理解してくださいと言われたけど、全然わかんないや。

 水分でお腹いっぱいになって結局おやつは食べられなかった。
 余ったおやつは侍女さんたちが食べることになった。おのれ、謀ったな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru
恋愛
幼い頃から仲睦まじいと言われてきた侯爵令息クラウドと侯爵令嬢のセレティア。 18歳となりそろそろ婚約かと思われていたが、長引く隣国との戦争に少年兵士としてクラウドが徴兵されてしまった。 帰りを待ち続けるが、22歳になったある日クラウドの戦死が告げられた。 泣き崩れるセレティアだったが、ほどなくして戦争が終わる。敗戦したのである。 戦勝国の国王は好色王としても有名で王女を差し出せと通達があったが王女は逃げた所を衛兵に斬り殺されてしまう。仕方なく高位貴族の令嬢があてがわれる事になったが次々に純潔を婚約者や、急遽婚約者を立ててしまう他の貴族たち。選ばれてしまったセレティアは貢物として隣国へ送られた。 奴隷のような扱いを受けるのだろうと思っていたが、豪華な部屋に通され、好色王と言われた王には一途に愛する王妃がいた。 セレティアは武功を挙げた将兵に下賜されるために呼ばれたのだった。 そしてその将兵は‥‥。 ※作品の都合上、うわぁと思うような残酷なシーンがございます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※頑張って更新します。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

処理中です...