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続編・私の王子様は今日も麗しい
淑女の花園は男子禁制でございます。
しおりを挟む婚約お披露目パーティの最中、あからさまな呼び出し方で私をおびき寄せようとしたあの使用人を尾行した近衛騎士から報告があったと知らされたのは翌朝のことだった。
夜通し取り調べを行っていたそうで、報告が朝になったのだという。
例の使用人がどこに行くのか、誰と接触するのか泳がせていたら休憩室に向かったらしい。入った先で一言二言やり取りがあったと思ったら、絹を裂くような悲鳴が扉を突き抜けて来たので、近衛騎士が数名飛び込んだ。
──室内では、お仕着せを引き裂かれてソファに押し倒されたメイドと、あまり評判の良くない貴族男性が上にのしかかっていたそうだ。
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彼らの話から第三者が関わっているのはわかったので、それが誰か、その話は真実なのかを現在調査中とのことだった。
なんだか気味悪い終わり方をしたパーティだったが、周りのお陰で害されずに済んだ。
ベラトリクス嬢達のようなあからさまな野心家以外にも、私の存在が目障りであわよくば消し去ってしまおうと考えている人物があの会場のどこかにいるのだ。
脅威は去ったと平和ぼけしていた自分を恥じて、これまで以上に警戒しなくてはと学ばされた出来事であった。
◇◆◇
──淑女の花園会。
それは妙齢の令嬢のみが参加できるお茶会だ。
主催は王太子妃殿下で、場所は離宮の中庭である。
この時ばかりは招待された女性だけが集まり、使用人も女性のみ。完全に女性の園が形成されるのだ。
ちなみに主催の王太子妃殿下は遅れていらっしゃるそうで、不在だ。
社交に慣れるためにそこへ参加した私は会場内に視線を巡らせた。席に座った令嬢らの顔を覚えるためだ。
あ、あの人はベラトリクス嬢の取り巻きだ。パーティでお酒をかけられたことがある。
全体を見ていると、他の令嬢達もこちらに視線をちらちらと送ってきているのがわかった。その視線はさまざまで、好奇や興味の視線のほかに侮蔑や嫉妬のようなものも含まれていた。
そもそも全員に歓迎されるとは思っていないのでそういう視線を浴びることになるのは想定内である。
彼女たちはお隣りの令嬢とひそひそと何かを話している。扇子で口元を隠しているが、視線をこちらにむけているので間違いなく私のことについて話しているのだ。
「よくぞこの高貴なる花園会に参加できますわね」
「親の顔が見てみたいですわ。恥知らずな方ですこと」
隠す気もないのだろう。ちょいちょい誰に言ったかわかるような嫌味が聞こえて来る。ひそひそくすくすと笑うその顔は意地の悪さが滲み出ており、せっかく綺麗に着飾っているのに台無しになってしまっている。
ほんと、そういうところは市井の女の子達と同じだね。
悲しいとか腹が立つとか通りすぎて、謎の懐かしさを覚えた私はふふふと笑った。
そんな私の反応をみた周りの令嬢は怪訝な表情をしていた。私が不気味に見えてしまったのかな。
「──レオーネ様、楽しんでいらして? 平民はこういうお茶会などしないと聞きますから、作法に手間取っているのではありませんこと?」
そこにようやく私に直接話しかけてきたレディがいた。彼女のお兄さんと同じ赤毛は太陽の光の中で燃えているように見えた。
彼女は眉間にくしゃりとしわを寄せて、こちらを哀れんでいるような、嘲笑するような複雑な表情を浮かべるとふふんと鼻で笑った。
「お気遣いありがとうございます。このようなお席に招かれて少々緊張しているようですわ」
当たり障りのない返事をして、相手の非礼を流してあげた。
誰も彼も平民平民と……馬鹿の一つ覚えみたいに同じことばかり言って。他に悪口はないのかな。
内心呆れていたのだが、周りは私が萎縮していると受け取ったらしい。「まぁ……」と感嘆の声を漏らす人や、馬鹿にするようにくすくす笑う声があちこちから飛んできた。
どうせ私がどう返しても好きに解釈して笑い者にするんでしょ。知ってた。
「わたくしがはじめてステファン殿下とお会いしたのはこちらでのお茶会でしたわ。同年代の子供達を集めたお茶会で、数多くいる貴族の娘の中で唯一お声がけしていただいたのはわたくしでしたの」
恍惚の表情で思い出を語り出したのは赤毛の彼女……名前はモートン候爵家のマージョリー嬢だったかな。何やら自慢しているようだが、それってステフの握手を拒んだというあれでしょ。なに思い出を美化してんのかな。ステフは傷ついたってのに。
周りの令嬢達が羨ましがって鼻高々なところ悪いが、そんな自慢されてもステフの婚約者なのは私なのは変わらないし、なんならステフの初めての友達は私だと言い返せるからね。
だけどそこで言い返したりはしない、私と彼の思い出に水を差されたくないからだ。
「今飲まれているお茶の名前はご存知?」
「え……? いえ」
まだ一口も飲んでないし、お茶の銘柄は勉強中なのでよくわからない。こちとら安物のお茶で育ってきたんだ。仕方がないだろう。
「まぁ、マージョリー様ったら」
「こんなことも知らないのね、育ちが知れますわ」
「所詮は平民なのよ。ステファン殿下もお可哀そうに。占いで決められた花嫁だなんて」
クスクス、と笑う令嬢たち。笑ってない令嬢たちは私の出方を静かに伺っている様子である。
──私に恥をかかせようとしているんだな。
お茶を嗜好品として飲む習慣がなかったので、お茶はみんなお茶でしょ、という感覚なのだ。
恥ずかしいとかそれ以前に、価値観の違いをまざまざ見せつけられたような気分になる。
無知は恥かもしれない。だけどそれを反省してこれから学べばいいと思う。
生まれも育ちも違うのだから差があって当然なのにそうやって人を馬鹿にするほうが育ちを疑ってしまうよ。初対面も同然の相手に喧嘩を売って、何がしたいのだろう。
駄目だ。彼女たちと会話してもなんの実りも無さそうだ。ここは無難に過ごして、茶会が終わるのを待とう。
私は口を開かず沈黙を守った。そこで泣きも怒りもしない。私はこれから岩になる。何を言われても響かない岩なのだ。
「レオーネ様はハーブティーのほうがお好きだと伺いましたわ」
なのだが、私を擁護するような発言が飛んできたので、つい反応してしまった。
そんなことなんで貴族の令嬢が知ってるんだろうと思って発言者を探すと、少し離れた席に知人の姿。
ポリーナさん……?
ステフの親友であるクレイブさんの婚約者である彼女は遠くの席に座っている私にニッコリと微笑みかけてきた。
「ハーブにはそれぞれ違った効能があって、美容にも効果があるとか」
「……夜ぐっすり眠れるものをヨラ……侍女が用意してくれています」
彼女の助け舟を無下には出来ないので、その話に乗ると、ポリーナさんの声は大げさなくらい明るくなった。
「だからそんなにもお肌に透明感があるのかしら? あぁ。ステファン殿下に愛されているからですわね!」
彼女の発言に、その場にいた貴族令嬢らの反応は分かれていた。あからさまな嫉妬の視線を向ける人、羨ましそうに目を輝かせる人、そしてどっちにも属さず、ただ傍観してる人。
私はといえばポリーナさんの言葉選びに数秒固まって、その後ボッと顔から火を吹く勢いで赤面した。
「私の婚約者と違って、殿下はとても情熱的なお方ですものね! 羨ましいですわぁ」
「えっと、肌に関しては入浴後に施されるマッサージと美容品のおかげかと。周りの人達が気遣ってくれるので……ステフ、殿下にあ、愛されてるとかでは」
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「そうですかしら? 私はレオーネ様が羨ましいですけども。彼もあんな風に愛を囁いてくれないかしら!」
あの時のことを思い出したのか、ポリーナさんは可愛く膨れっ面になっていた。
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