41 / 55
続編・私の王子様は今日も麗しい
麗しの婚約者様は私のお義兄様を睨みつけている。
しおりを挟む「待たせたね、レオーネ」
その声とともに私は後ろから抱き寄せられた。
お腹に手が回り、広く逞しい胸元に背を預ける形になって慌てて離れようとしたが、相手が私を抱きしめる力を緩めなかったので途中であきらめた。
「フェルベーク、またレオーネにちょっかいを出しているのか」
彼の声は警戒でいっぱいだった。
「殿下、今はレオーネもフェルベークですよ」
それに対して気を悪くした風でもなく、オーギュスト様はニッコリ笑っていた。……これは楽しんでいるのか、それとも作り笑顔なのだろうか。
「そもそも僕はレオーネの兄ですよ? もうちょっと警戒を解いてくださってもいいではないですか」
「戸籍上のな」
「血縁上、再従兄ですよ?」
何がステフをこんなにも警戒させるのかは謎だ。私がいるときにふたりが顔を合わせるといつもこんな感じで、仲がいいのか悪いのかわからない。私の知らない何かがあるのかな。
「かわいい妹を構いたくなる兄心というものをご理解いただきたいですね」
「生憎私は末子なもんで、理解してやれないな」
仲が悪いのかなぁと心配していたけど、口論する内容がそもそもしょうもないことばかりなので、政敵とか個人的な恨みがある間柄というわけじゃなさそうだ。
「また口喧嘩しているのかい?」
「レオーネ嬢を見てご覧、困った様子で可哀相じゃないか。程ほどにしなさい、ステフ」
見かねて口を挟んできたのはステフのお兄様方だった。
私は臣下の礼をしようと思ったのだけど、ステフに拘束されたままで不格好な動きをお披露目した。それを見た王太子殿下が手を横に振って、礼は省略していいと言ってくれた。
「何かあったのかい? 近衛を動かしたみたいだが」
「怪しい使用人がレオーネを誘き寄せようとしていたので、追わせました」
王太子殿下の問い掛けにオーギュスト様が返すと、私の身体に絡み付くステフの腕の力が増した。ちょっと苦しい。
「……やっぱり離れるんじゃなかった。無事で良かった」
私の無事を喜んでくれるのはうれしいけど、もう少し腕の力を……目で訴えようと振り返る。すると身を屈めた彼の美麗なお顔がどんどん近づいてきて、私の唇を塞ごうとしていたので、その前に手の平で遮っておく。
私の手の平にキスをする形になったステフはムッと眉をひそめていた。不満そうにしてもダメです。
「殿下、人前です」
「……ステフって呼んで?」
私の手の平から口を離したステフは言うに事欠いておねだりしてきた。
ダメに決まっているでしょう、時と場合を選んでほしい。
「公式の場ではいけません。ほら、お兄様方が笑ってますよ」
「レオの意地悪」
むぎゅうと私を抱き込んで首にぐりぐりと顔を押し付けられる。
駄々っ子か。麗しの王子で有名なのにそんな子供っぽいことしてたら、貴族のお姫様達の夢が崩れちゃうよ。
端から見たら熱く抱きしめ合っているように見えるかもしれないけど、近くで見ていた彼らからしてみたらそうじゃないんだろう。
オーギュスト様だけでなく、王太子殿下、第二王子殿下の生暖かい視線が突き刺さってきて私が恥ずかしい。
彼らの視線には咎めるものはない。むしろ安心している雰囲気すらある。
「レオーネ嬢、この場を借りて君にお礼が言いたい」
「……?」
突然お礼を申し出てきた第二王子。
私に対してお礼とか……何かをした覚えがなくて怪訝な顔をしてしまった。
「10年以上も前のことだが……静養先から戻ってきた弟は見違えるほど健康になっていた。それはステファンの側に君がいてくれたおかげなんだ」
「あ、いえ……私もステファン殿下と過ごすのが楽しかったので……」
そもそも当時はステフが王子だとか知らなかったし、ブロムステッドでは私には同年代の友達がいなかった。年の頃が合う私たちがたまたま出会って意気投合しただけだ。私も彼に心を癒してもらったこともあるし、お互い様である。
健康になったのは当時の主治医の努力と本人の忍耐の賜物だと思うので、私のおかげではないと思う。
「好きな女の子と結婚の約束をしたからと健気に頑張るステフを見てたら、身分違いだとか、占いで結婚相手決めるんだよとか、そんなこと言えなくて……年頃になれば、他のレディに目移りするかと思ってたらそんなことないし、物凄い勢いで力を付けていってね……もしもの時を考えると心配だったんだ」
お兄様方の心配はごもっともだ。
ステフは一途すぎるところがあるので、他のご令嬢を宛がわれた場合うまくいくかを考えてみた場合ちょっと不安がある。
人によってはなんとかなったかもしれないけど……いや、うーん…
「だからこうして婚約に運べて、私達もステフの兄として嬉しく思うよ。二人とも、困ったことがあったらいつでも相談してくれ。できる限り尽力すると約束しよう」
「兄上達、お止めください。改めて言われると恥ずかしいではないですか」
照れ臭いのだろう。ステフが頬をほんのり赤らめて恥じらっている。
そんな姿すら美麗なのだ。眼福である。
「……もしもの話ですけど、レオーネが他の男性と結婚してたらとか考えなかったんですか?」
そこに切り込んできたのはオーギュスト様である。
余計な発言を投げてきた彼にはもれなくステフの鋭い眼光が送られた。それを目にした私はとばっちりを受けて「ヒェッ」と引き攣った声を漏らしてしまった。
ステフからおっそろしいお顔で睨まれたのに、オーギュスト様の神経はどうなっているんだろう。相変わらずへらへら笑っているではないか。
「レオーネは12になる前から縁談が持ちかけられていて、引く手あまただったって話じゃないですか。ご両親が婿選びに慎重な方々だったから運よくまだ独身でしたけど、これだけ美しくて17ならもう既に人妻だった可能性が……って怖いな」
オーギュスト様、なんでそこまで詳しいの、そんなこと話したことないよねと聞きたかったが、それよりもステフだ。視線で人を殺せるとは正にこのことであろう。
瞳孔開いているよ。あかん。暗殺者の目をしている。それは王子様がしていい表情じゃないよ。
ステフに私の歴代の縁談話は禁物なんだよ。すぐに機嫌が悪くなっちゃうんだから!
私は慌てて自分からステフに抱き着いた。彼の意識はすぐに私に向かったので、「私ともう一度踊りませんか?」とお誘いした。
オーギュスト様とステフを一緒にしていたらダメだ。どうにもこのふたりが一緒にいると空気が悪くなる。今すぐに引き離そう!
私から甘えてもらったのがうれしいのか、ステフの表情がデレッと甘くなった。
当初は睨み顔ばかりだと思っていたけど、この人割と表情豊かだよね。
「そうしたいのは山々なんだけどね……レオーネには踊ってほしい御方がお一人いらっしゃるんだ」
「踊ってほしい御方…ですか?」
自分以外の男性(※身内を除く)とは踊ってほしくないとあからさまなステフが踊ってほしいと頼んで来る相手とは……?
不思議に思って彼を見上げていると、ステフの視線が斜め横にズレた。彼の視線をたどると、そこには一人の老紳士の姿。彼はヴァイスミュラー老公爵だ。近い将来、ステフの義父になる御方である。
なるほど、そういう訳かと合点した私は快諾した。
「是非にとのことだ。彼と踊って差し上げて」
「はい、わかりました」
私はステフから離れると、ヴァイスミュラー公爵にそっと近づいた。
老公はすっと私の前に手を出すと、懐かしいものを見つめるような瞳で私を見つめてきた。
「老いぼれ相手で申し訳ないが、一曲お相手願えますか? 美しいお嬢さん」
「よろこんで」
彼の手を取ってダンスフロアに入ると、音楽に合わせて動きはじめた。お年を召した方なのでそんなに派手な動きはなく、必要最小限の踊りだったけど、年の功なのかこちらを気遣かった踊りをしてくれたので楽に踊れた。
「近くで見れば見るほど、あの御方と鏡映しだ」
その言葉は何度も耳にした。
きっと彼もミカエラ大叔母様に似ていると言いたいのだろう。
「ここだけの話にしたいのだが……私も彼女に恋をしていた一人なんだ」
「そうだったんですね」
ミカエラ大叔母様すごいな。お若い頃は何人もの貴公子のハートを射止めたのだろう。末恐ろしい御方である。
「彼女がデビューした頃すでに私には妻がいたので、想いを伝えられなかった。妻にも失礼だからこの想いを封印し続けていたんだ」
口や態度には出せなかったけれど、密かにミカエラ様に憧れていたと言う老公は私を通じてミカエラ大叔母様の幻影を見ているようにも思えた。
「彼女に似た君と踊れるなんて夢のようだよ。……ありがとう」
「いいえ、お安い御用です」
誰かの代わりに見られるのは正直気分は良くない。
だけど彼の場合は話は別だ。
若い頃の思い出は特別なのだろう。それを押し殺して燻らせていた想いなら尚更に。
今晩、初恋の人に似た私と踊ったことでその想いが昇華されたのなら、私としてもいいことをしたなって気分になれるから。
そんな訳で、一緒にダンスしたからか、ミカエラ大叔母様に似ているからかは知らないけど、ヴァイスミュラー老公の後ろ盾も頂けることになったのである。
44
お気に入りに追加
279
あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。
古堂すいう
恋愛
フルリス王国の公爵令嬢ロメリアは、幼馴染であり婚約者でもある騎士ガブリエルのことを深く愛していた。けれど、生来の我儘な性分もあって、真面目な彼とは喧嘩して、嫌われてしまうばかり。
「……今日から、王女殿下の騎士となる。しばらくは顔をあわせることもない」
彼から、そう告げられた途端、ロメリアは自らの前世を思い出す。
(なんてことなの……この世界は、前世で読んでいたお姫様と騎士の恋物語)
そして自分は、そんな2人の恋路を邪魔する悪役令嬢、ロメリア。
(……彼を愛しては駄目だったのに……もう、どうしようもないじゃないの)
悲嘆にくれ、屋敷に閉じこもるようになってしまったロメリア。そんなロメリアの元に、いつもは冷ややかな視線を向けるガブリエルが珍しく訪ねてきて──……!?

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

殿下、今日こそ帰ります!
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
彼女はある日、別人になって異世界で生きている事に気づいた。しかも、エミリアなどという名前で、養女ながらも男爵家令嬢などという御身分だ。迷惑極まりない。自分には仕事がある。早く帰らなければならないと焦る中、よりにもよって第一王子に見初められてしまった。彼にはすでに正妃になる女性が定まっていたが、妾をご所望だという。別に自分でなくても良いだろうと思ったが、言動を面白がられて、どんどん気に入られてしまう。「殿下、今日こそ帰ります!」と意気込む転生令嬢と、「そうか。分かったから……可愛がらせろ?」と、彼女への溺愛が止まらない王子の恋のお話。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です

妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?
ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。
イケメン達を翻弄するも無自覚。
ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。
そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ…
剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。
御脱字、申し訳ございません。
1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる