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続編・私の王子様は今日も麗しい
のろけはお腹いっぱいです。
しおりを挟むその日私はフェルベーク公爵家にお邪魔していた。
貴婦人の所作を学ぶためだと言って、ミカエラ大叔母様からお茶に誘われたのだ。
でも多分それは単なる建前で、息抜きとして誘ってくれたのだと私は理解している。
彼らはとても親切で本当に良くしてくれていて、感謝している。
最近はどうなの? とミカエラ大叔母様に優しく尋ねられた私は、当たり障りのない話題だけを振っていたのだが、話しているうちについついこの間の超失礼な男性の件を愚痴ってしまっていた。
「……あまりにも失礼な人だったので、殿下のご友人ではありませんよねって言い返してしまいました。…怒りのあまり扇子を折り曲げてしまいそうでした」
あの時ステフが戻ってこなかったら、どうなっていたことか…とぼやくと、目の前の席に座る老貴婦人はフフフと懐かしそうに目を細めて笑っていた。
「あぁ、私もあなたくらいの年の頃、似たようなことを言われたわ。お気持ちはよくわかりますよ」
「えっ、貴族出身のミカエラ大叔母様がですか!?」
出身が男爵家とは言え、建国時代から王家を支えてきた由緒正しきブロムステッド家の娘でも横からあれこれ言われちゃうものなの?
「男爵位の娘と次期公爵の縁組みだもの、面白くないと思う人たちからの妨害もありました」
彼と身分の釣り合う娘は他にもいましたからね、とミカエラ大叔母様は思い出話をしてくれた。
「あの人が全力で守ってくれたからなんとかなったけれど、結婚するまではいろいろと大変でしたわ」
16歳になった歳にミカエラ大叔母様は社交界デビューを果たした。
初々しいデビューの舞台に立った娘達の中で一際美しかった彼女は注目の的だったという話はいろんなところで聞かされたので想像に難くない。
彼女の父親……ここでは私のひいお祖父さんにエスコートされて王宮の広間に足を踏み入れたミカエラ大叔母様はたくさんの視線に晒されたのだという。
お披露目を兼ねたデビュタントダンスを終えた直後からいろんな男性からダンスの誘いを受けたそうだ。
ただ、箱入り娘だったミカエラ大叔母様は、身内以外の男性とこんなにも接する機会がなくて怖かったそうだ。あちこちからいろんな男性に声を掛けられては挨拶を返す。正直誰が誰だか覚えきれなかったとか。
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「あの時はとにかく怖くて……私は萎縮して拒絶もできなかったわ。無理矢理連れ出されそうになったのを見かねたあの人が追い払ってくれたの」
それを止めたのが身分違いの結婚をした今の旦那さんである、若かりし頃のフェルベーク前公爵だ。
彼は公爵位の子息という権力を盾にして、ミカエラ大叔母様に近づく有象無象をちぎっては投げ……てはいないけど、次々に追い払ってくれたのだそうだ。
「……だけどその後ずっと私にぴったりくっついて離れないものだから、結局デビューの晩はお父様とあの人としか踊れなかったわ」
フェルベーク前公爵はミカエラ大叔母様を独り占めして、ちゃっかりダンスしたのだとか。
貴族令嬢にとって、一生に一度のデビューなのにね。前公爵は出会ったばかりの初期から独占欲を露にしてたんだ……と他人事のような感想を抱いた。
その後、ミカエラ大叔母様宛の縁談が殺到したらしい。厳選に厳選を重ね、身分が釣り合う家柄の男性との縁談が持ち上がったけど、それがことごとく破談になる。
何事かと思えば、外部から圧力があったのだそう。
何を隠そう、フェルベーク前公爵の仕業だ。
そんな事なんか知らないミカエラ大叔母様宛にフェルベーク公爵家から縁談の申し込みが舞い込んできた。当然、屋敷中の人間が大騒ぎ。
しかし、玉の輿だと話に乗るほどブロムステッド家には野心がなかった。
身分が違いすぎるからと手紙で丁重にお断りの返事をしたが、相手はどうしてもと言い募る。
「お手紙じゃ理解していただけないから、直接顔合わせして、私の口から身分が違いすぎて恐れ多いと断ったけど、あの人は諦めなかったわ」
以降、ミカエラ大叔母様へ愛を囁く手紙が毎日届くようになった。それに加え、花束やプレゼント持参でマメに会いに来るようになる。
会う回数を重ねて会話も増えると、ふたりきりのデートに誘われるようになったそうだ。
「公爵家の権力を使えば男爵位の娘なんて簡単に手に入るのに、彼は心に訴えようと必死に愛を乞うてきたわ」
フェルベーク前公爵はどこまでも誠実にミカエラ大叔母様へ愛を捧げたと言う。
そりゃあそうだろう。そうでもしなければ、彼女の心は手に入らなかったに違いない。それがわかってたから頑張ったんだろうなぁ……
「他にも私へ求婚して来る男性はたくさんいたけど……私が心揺れたのはあの人だけだった」
そう言って頬を赤く染めたミカエラ大叔母様の姿は恋を知ったばかりの少女のように可愛らしかった。
の、のろけられちゃったよ……
まぁそれで彼らが順調に婚約できたかと言えばそんなことは無い。
外野から身の程知らずと罵られて、引き裂かれそうになったりしたそうだ。それこそ貴族流の陰湿な嫌がらせもあったとか。
苦難を乗り越えて行くうちに、ふたりの愛は深まって行ったのだという。
「高位貴族の元へ養女に入って身分を釣り合わせた後に私たちは一緒になったの」
あ、そこは私と同じなんだね。
だから私を貴族の養女にするという話が出たとき、フェルベーク公爵家が立候補してくれたのか。
「レオーネ、美貌は武器です。これは貴族でも平民でも等しく通用することです」
共通点を見つけて親近感を抱いていたけれど、ミカエラ大叔母様の表情が真顔に変わった。空気感が変わったことに気づいて私は背筋をピッと伸ばした。
「あなたの美貌を妬んで心ないことを言って来る者や、あなたの元の身分についてとやかく物申して来る者も出てくるでしょう」
私は良くも悪くも目立っている。目障りだと思っている人は見えないだけで他にも存在することであろう。
これから更に悪意を持って近づいて来る人が出てくるはずだ。
「その時は遠慮なくステファン殿下を頼りなさい。彼はあなたの旦那様になる殿方です。どんなささいなことでも相談し、話し合いをするのです。──そして胸を張るのです。あなたは選ばれた運命の花嫁なのですからね」
うん……まぁ、今も十分頼っているし、相談もしているけどね……? とは思ったけど、教訓を述べるミカエラ大叔母様の声が妙に真に迫っていた為、口を挟む隙がなかった。
「私の時は我慢してあの人に話さなかったことがあって、それで仲がこじれたことがあるから……不貞を疑われて、屋敷に閉じ込められて大変だったわ」
嘆くように呟かれた言葉に私は察した。王太后様が言っていた例の監禁事件のことかと。
その事件(?)には原因があって、前公爵の過去の女性関係の問題が結婚後に浮上したのだそうだ。だけどふたりが出会う前の過去のことを責めるわけにも行くまい。しかも昔の恋人だという女性から隠し子がいると仄めかされてひとりで悩んでいたのだとか。
誰にも相談できず、我慢してたらそれを誤解されたという流れだ。
この結婚は間違いだったのだろうかと、一時は離縁の可能性も考えたそうだ。
──実際には隠し子というのは真っ赤な嘘だった。
昔の恋人とされていた人はフェルベーク前公爵の結婚相手になりたかっただけの全く無関係の赤の他人。その人は未亡人で、金品と引き換えに貴族男性達と身体の関係を結ぶことで有名だった。
その人は、夫が生きていた頃の生活を取り戻したかったそうだ。それには裕福な貴族男性と再婚する必要がある。貴族として生きてきた彼女にはきらびやかな世界こそが全てだった。
だから積極的に高位貴族であるフェルベーク前公爵に言い寄って来ていたらしいけど、残念ながら全く相手にされなかった。
願い虚しく、狙っていた男性はデビューしたばかりのうら若き男爵令嬢に求婚し、紆余曲折の後に結婚。
その人は幸せに愛されている花嫁を見て、憎しみを募らせた。
ミカエラ大叔母様のことが妬ましかったのだという。自分がいるはずだった居場所を奪い返そうと幸せな家庭をぶち壊して、2人を離婚させようとしたとかなんとかで。
……なんというか、自分勝手な人である。
元恋人でもなんでもない、相手にされていなかった人間が何故割って入れると思えたのか。不思議だ。
その後──全ての元凶を知ったフェルベーク前公爵は、ミカエラ大叔母様を疑ったことを恥じた。彼女の愛を疑った自分を責め、最大限の謝罪をした。そして溺れるほどの愛を妻に捧げたという。
諸悪の根源に関しては、ご丁寧に再婚手続きをしてあげたそうだ。結局その人はどっかの子持ち男やもめの後妻に入ったとかなんとかで。
お望み通り再婚はできたけど……うん、何とも言えない。
「過去にいたであろうお相手にまで嫉妬している自分の心の狭さが信じられなくて、真面目に悩んでいたのに……あの人ったら私が妬いてくれているのがうれしいって喜んでいたのよ? 私は本当に悩んで我慢していたのに!」
だいぶ昔のことだろうが、ミカエラ大叔母様は未だにそこが引っ掛かっているみたいだ。
醜い嫉妬心を押さえ込もうと本気で悩んでいたのに、それを相手に喜ばれたらどういう反応したらいいのかわからないって所だろうか。
なんかまたさりげなくのろけられてるなぁと私が遠い目をしていると、ミカエラ大叔母様の後ろにひとりの老紳士の姿があることに気づいた。
「何の話していたんだい? 可愛い奥さん」
ソファに座る彼女の背後からそっと抱きしめると、頭頂部に口づけを送るフェルベーク前公爵。なるほど、若い頃からそうして愛情表現を欠かさなかったんですね。
「私達の馴れ初め話をしていましたのよ」
過去を思い出してムカムカしているのか、ミカエラ大叔母様は旦那さんに対してツンツンした態度だった。
だけど前公爵はそんな奥さんも可愛いとばかりにデレデレしている。大きな孫がいる老夫婦だけど、本当に仲睦まじいな。
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