35 / 55
続編・私の王子様は今日も麗しい
私の貴族生活はまだ始まったばかりなのです。
しおりを挟むステフの友人が是非挨拶をさせてほしいと言うから良かったら会ってあげてと頼まれたので、彼の通う大学にお邪魔すると上流階級の学生達が集まるサロンに案内された。
この大学は、身分に関係なく国中の優秀な若者たちが集まる最高学府なのだそうだが、身分による区別は明確化されているようである。
大学内に女性の姿はあるものの、その数は少ない。そのせいか私は目立っていた。
それはそうだろう。王子殿下と一緒に歩いているのだもの。運命の花嫁選びの件は国民の知るところだろうし、みんな興味しんしんなのだろう。私はせめてステフが恥をかかぬよう振る舞うことにつとめた。
待ち合わせの席にはひとりの男性とその隣に同年代の女性が座っていた。彼らはステフと共にやってきた私の姿に気づくと席を立って礼をしてきた。
「待たせたかな、クレイブ」
「いいえ、僕たちが早く来すぎただけです」
王子殿下の友人はどんな人なのだろうと想像していたけど、その人は個人的に親近感が湧く純朴さがあった。
寄宿学校時代からの付き合いで特別親しいのだというクレイブさん。トーマス男爵家の三男だ。そして側にいる女性は婚約者のポリーナさん。彼女のお父上は外相の側近なのだそうだ。
ステフは平民であった私と親しくしていたので、いまさら身分違いの友情に疑問は抱かなかった。むしろそういうところは彼らしいなと思う。
彼は寄宿学校時代に人脈をあちこちに張り巡らせていたと言っていた。自分が信用できる人で固めて自分の立場を強固なものにさせたという。それには身分の高い人から平民まで幅広い人材を揃えたらしい。
お互いの利害が一致する人、信用するに値する人、心許せる人。
クレイブさんと話すステフの表情は柔らかい。おそらく彼にとって、目の前の友人は心許せる相手の一人なのだろうと私は感じていた。
クレイブさんも元は平民身分だった。数年前にお父様が叙爵した新興貴族なんだとか。王侯貴族身分の子息が通う寄宿学校では、クレイブさんのような下位の新興貴族は立場が弱くて、同じ貴族として扱ってもらえないのだという。
まるで使用人のように扱われ、他の貴族子息らに侮られてパシられることが多かった彼をステフが庇うことも多く、自然と親しくなったとか。
……きっとステフは黙って見ていられなかったんだろうなと勝手に予想する。
「レオーネ様のお姿は花嫁候補お披露目パーティでお見かけして……本当にお美しい方で驚きました。殿下の初恋の君のお話はかねがねお伺いしておりましたが、運命の花嫁として選出されるとはまさに運命ですね。婚約者内定本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
口に出されると恥ずかしいんだけど、真実だから私もなにも言うまい。いや、本当この国の人って王族が占いで結婚相手決めるのに疑問を何一つ抱かないんだね。
「ところで挙式はいつ頃のご予定で?」
「私としては明日にでも式を挙げたいけれど、いろいろ準備やしきたりがあるからね、当分先のことだよ」
結婚式の準備は着々と進んでいるけど、そこは王族の結婚式。準備にめちゃくちゃ時間がかかる。せめて来年には結婚したいとステフは言うけど、それが間に合うかどうか。
挙式用の衣装は注文済みだし、結婚指輪も製作中。後は細々した結婚式の段取りとか日程を予定とすり合わせて設定しないといけない。国内外の王侯貴族や国民にも周知されて、大々的に執り行われる予定なので、手抜きは一切できないそうだ。
「左様ですか。叙爵はその後になるのでしょうか?」
「ヴァイスミュラー公から徐々に公務を引き継いでいるから、もしかしたら前倒しで叙爵の方が先になるかもしれない」
現ヴァイスミュラー公はご高齢だ。病気をしているとかそういうわけじゃないけど、公爵領という広大な領地を運営しながら貴族の義務をこなすのが辛いお歳なので、段階的にステフに仕事を引き継いでいるのだ。
結婚に叙爵に、学業に事業に公務にと大忙しな彼の身体が心配になるが、彼は至って元気だ。過去の身体が弱かった彼を思い出すと不安になることもあるが、そこは私が気にしてあげなきゃいけないな。
挨拶を済ませていくつか会話をした後、男性陣で話が盛り上がりはじめた。そこに口を挟むほど政治に明るいわけじゃないので私は聞き役に回った。
「ところで殿下、先日ご相談に乗っていただいた件なのですが……」
「あぁ、王都に開く事業所のことかい?」
クレイブさんはステフと同じく個人事業をおこそうとしてるとかで、ここ最近何かとステフに相談に乗ってもらってるらしい。なにやら小難しい話を始めてしまい、難解な単語の数々を前にして相槌も打てなくなってしまった。起業の際に提出する書類とか税金とかそんな話をしている。
貴族の次男以下は悲しい話スペア扱いだ。手に職をつけるか、どこかに仕えるかなどして安定した進路を決めなくてはかなり悲惨らしい。だからクレイブさんは学生のうちから将来のために動いているのだという。まぁそれは家業がない平民も同じことだろうけど。
ステフのように公爵家へ養子に入って叙爵できるのは余程恵まれている立場じゃなきゃありえない。
もちろん彼が努力した結果を認めてもらえたから、ヴァイスミュラー公爵家への養子の話が持ちかけられたのだ。彼の実力なしでは叶わなかったことだ。きらびやかな王侯貴族の世界はなかなか厳しく現実的な面もあるのだ。
ステフがクレイブさんとちょっと事業設立時の参考になる本を借りるために大学構内の図書館に行ってくると言うので、私はそのままサロンで待機することになった。彼らはすぐに戻って来ると言っていたし、待つのは一人だけではない。ポリーナさんも一緒の席に座って待っている。
目の前には今日知り合ったばかりの同じ年頃のご令嬢。
令嬢の友達がまだ出来ていない私は少し人見知りしていた。これまでこの国の令嬢からは嫌みを飛ばされたり暴力を振るわれたりと散々な扱いを受けてきたので、私がなにか発言することでポリーナさんの気分を害してしまわないかと躊躇ってしまったのだ。
「レオーネ様のお母様のお話は知ってますわ、好きな人に嫁ぐために何もかも捨てた情熱的な人だとお伺いしています」
ご令嬢とどんな話したらいいのかなと迷っていると、対面の席に座っていたポリーナさんが話しかけてきたので私はビクッとした。突然お母さんの話題を持ちかけられたからだ。
いいように言えばドラマティックなお話だけど、みんなが好意的な反応をする訳じゃない。今でもお母さんのことをよく思っていない人がいるのを知っていた私は敏感に反応してしまった。
「…えぇ、まぁ」
私には返事を濁すことしかやり過ごす方法が思いつかない。
貴族からしてみたら貴い血を裏切った者の娘だからね。その辺しがらみがあるみたいなんだ。
だけど私の警戒とはうらはらに目の前のポリーナさんは両手を合わせてうっとりした表情で夢見心地だった。
「こんなにお美しい娘様がいらっしゃるとは思いませんでしたわ。それに幼い頃出会った初恋同士のお二人が運命の相手として選ばれるなんてなんて素敵なんでしょう」
私とステフの恋物語は乙女視点からするとうらやましいものみたいだ。
平民の娘が王子様に見初められる……って童話にありそうだものね。まさか自分がそんな体験するとは夢にまで見なかったけど。
「指につけられているのはお揃いの婚約指輪ですよね? プロポーズはもう受けられたのですか?」
「はい、婚約内定する前に、個人的にプロポーズして頂きました。指輪はその時に」
「いいですわねぇ、うらやましいですわ。私達は親同士が決めた幼馴染同士の婚約ですから……」
ポリーナさんは脱力するようにため息を吐いていた。
幼馴染で慣れ親しんだ間柄のため、気配りがされないと言いたいんだろうな。そういうのは人の性格によるから難しい問題だよね。
今回の対面の場に出向くまで地味に緊張していたけど、2人の私を見る目は好意的でほっとした。ステフの友達がみんな私に好意的とは限らないので悪意を向けられる可能性も考えていたのだ。
花嫁候補時代とか、パーティとかで知り合った貴族のお姫様達は攻撃的な人ばかりだったのでちょっと怖かったけど、全員が敵対心ばりばりってわけじゃないよね。
誰も彼もが悪意を向けて来るわけじゃないよね。
そう思っていた私だったが、そんなことなかったと思い直すのに時間はかからなかった。
「──君がステファン殿下の運命の花嫁に選ばれた平民上がりか」
それは不躾にも斜め横の1人掛けソファに断りもなく座ってきた人物の発言だ。
棘のある言い方に私は怪訝な視線を向ける。そこには見知らぬ男性が足を組んで座っていた。
見るからに高慢そうなその人はあからさまに品定めしてきた。嫌な目である。対面の席に座っているポリーナさんも男性を見て不快そうに顔をしかめていた。
他にも席があるのに、なぜここに座る。伺いもせずに失礼が過ぎないか。
あまりにも顔を凝視されるものだから、私は持っていた扇子で顔半分を隠した。マナーやしきたりを重視するはずの貴族の癖に無粋が過ぎる。
なんなの、この失礼な人。
21
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する
cyaru
恋愛
幼い頃から仲睦まじいと言われてきた侯爵令息クラウドと侯爵令嬢のセレティア。
18歳となりそろそろ婚約かと思われていたが、長引く隣国との戦争に少年兵士としてクラウドが徴兵されてしまった。
帰りを待ち続けるが、22歳になったある日クラウドの戦死が告げられた。
泣き崩れるセレティアだったが、ほどなくして戦争が終わる。敗戦したのである。
戦勝国の国王は好色王としても有名で王女を差し出せと通達があったが王女は逃げた所を衛兵に斬り殺されてしまう。仕方なく高位貴族の令嬢があてがわれる事になったが次々に純潔を婚約者や、急遽婚約者を立ててしまう他の貴族たち。選ばれてしまったセレティアは貢物として隣国へ送られた。
奴隷のような扱いを受けるのだろうと思っていたが、豪華な部屋に通され、好色王と言われた王には一途に愛する王妃がいた。
セレティアは武功を挙げた将兵に下賜されるために呼ばれたのだった。
そしてその将兵は‥‥。
※作品の都合上、うわぁと思うような残酷なシーンがございます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※頑張って更新します。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。
花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。
フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。
王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。
王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。
そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。
そして王宮の離れに連れて来られた。
そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。
私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い!
そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。
ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる