麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ

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運命の相手と言われても、困ります。

遠い日に誓った約束【?視点】

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 私の幼少期の記憶は、寝室の天井、苦い薬、窓から眺める空の記憶ばかり。
 乳児の頃から人一倍身体が弱く、当時は成人できないかもしれないと言われていたそうだ。

 外に出れば発作を起こすからいつも寝たきり。王族として生まれたが、身体の弱い3番目の王子ということで、貴族達からいない者のように扱われていた。
 両親や兄王子達の誕生日には頼んでもないのに勝手にプレゼントを贈って来る癖に、私には何も贈らない。存在を無視。そんなことが常であった。

 誤解しないで欲しいのは私の家族はいつだって私を愛してくれたし、心から心配してくれていた。腕のいい医師をつけてくれ、身体にいいものがあれば取り寄せてくれたし、忙しい執務の合間に顔を見せに来てくれた。
 私とは違って健康に生まれた2人の兄たちも習い事が終わるなりお見舞いにやってきて、今日あったこと習ったことを面白おかしく話して、私を楽しませようとしてくれた。

 家族や医師、自分の面倒を見てくれていた使用人たちは手を尽くしてくれた。私も早く元気になって兄たちのようにいろんなことを学びたいと考えていた。
 だけど病状は年々悪化の一途を辿った。そのせいで王都周辺で流行した流行り病にかかった私は一時危篤状態に陥ったのだ。

『ブロムステッド地方で、私の弟子が診療所を運営しているのですが、そこが空気の綺麗な静養地で……悪いことは言いません、殿下には空気の綺麗な静かな場所で心穏やかに過ごしていただき、お身体を治されたほうがよろしいかと思います』

 当時の主治医は、産業が発達するこの国の空気が良くないのだと言った。病気がちの私は同じ歳の子供よりもふた周りくらい身体が小さく、体重も幼児のように軽かった。顔色はいつも青白くて全身やせ細っていた。
 医師からこのままでは本当に成人する前に命を落とすかもしれないと言われた両親にとって苦汁の判断だったらしい。

 正直、家族から離れるのは嫌だった。
 だけどここで嫌だといえば彼らを困らせてしまうとわかったから物分かりのいい子どものふりをして、黙って頷いたのだ。



 両親や兄たちと別れて出向いたのは、ブロムステッド男爵領の診療施設。私はそこでしばらく厄介になった。
 ここには乳母と侍従とメイド達、護衛の騎士たちもついて来てくれたので一人ではなかったが、見知らぬ土地を訪れた当初は寂しくて毎晩涙で枕を濡らす日々を送っていた。

 だけど主治医の判断は間違っていなかったようだ。
 王都にいたときに比べて格段と発作の回数が減ったのだ。
 勇気を出して外へ出てみても発作が起きない。空気がおいしい。そんなことは生まれて初めてのような気がした。

 遠くへ行ってはいけませんよ、という乳母の言い付け通りに診療所近くを散策していた私は、あの子と出会った。

 私の髪よりも濃い金色の髪の毛をリボンで結ってまとめている、同じ歳くらいのとても可愛らしい女の子だった。
 それなのに彼女は沈んだ顔をしてベンチに一人座っているものだから、なんだか気になってしまった。

『ねぇ君、この辺に住んでいるの?』

 同年代の友達がいなかった私はここに来て同年代の子どもと出会えたことがうれしくて、気付けば彼女に話しかけていた。
 声をかけられたと気づいた彼女は顔を上げてこちらを見た。赤い紅茶の色に似た瞳がとても綺麗で、私はその目に囚われたように目が離せなくなった。

『えっと、僕、ステフって言うんだ。君は?』
『……レオーネよ。みんなはレオって呼ぶよ』

 返事を返してくれた彼女だったが、やっぱりどこか元気がない。
 そっとしてあげるのが1番だったのかもしれないが、彼女に興味が湧いた私は彼女の隣に腰掛けて何か悲しいことでもあったのかと尋ねた。
 
『弟が産まれたの』
『そうなんだ、それはおめでたいね』
『でもお母さんは寝たきりなの。さんごのひだちが良くないんだって』

 その説明で彼女のお母さんの具合が良くないと悟った私は返事に困った。

『お父さんはお仕事忙しいし、伯父様と伯母様もそう。ここで私がわがまま言ったらみんなが困った顔しちゃうからどうしようって考えていたの』

 彼女の心情が当時の自分には何となく理解できた。
 つまり、彼女は寂しいと感じているのだ。だけど周りも大変そうだから何も言い出せずにいるのだと。
 
 わがままを言い出せない空気感は何となくわかる。
 迷惑をかけてしまうかもしれない、困らせてしまうからと遠慮して、余計に自分が辛くなるんだ。

『君はお姉ちゃんになったんだね、僕は兄上しかしないから羨ましいな』
『お兄ちゃんがいるの? 私にもいるよ、従兄のお兄様だけど』

 彼女の憂い顔を見たくなくて、必死に何か話題を振っていた。日が暮れる頃に乳母が自分を迎えに来たのでその日はそこでお別れしたが、別れる前に自分は彼女に聞いた。

『明日も会える?』

 その日から私は彼女と毎日のように遊んだ。とは言っても自分の体調が万全じゃなかったため、最初のころは診療所の周辺を散策するか、おとなしく本を読んだりおしゃべりする程度だったけど。

 私にはブロムステッドの空気が身体に合っていたのだろう。発作が出る回数はどんどん減っていった。それでも時折現れる発作に苦しんでいると、涙目の彼女が薬と水を差し出して無理矢理飲ませてきた。

『お薬飲んだらホットチョコレートあげる!』

 何度飲んでも好きになれない苦い薬を渋る私になんとしてでも薬を飲ませようと、近くの屋台まで駆けていきホットチョコレートを自分のお小遣いで購入して持ってきてくれる優しい女の子。
 私が苦しむ姿を自分のことのように苦しそうにして、私が元気になると嬉しそうに笑顔を浮かべる可愛い彼女。大好きなレオーネ。
 彼女と一緒にいると自分が自分らしくいられる気がして、幸せだった。

 痩せていた身体に肉が付くようになってからは、重くて怠かった身体が軽くなっていく実感が湧いてきた。
 見た目よりもお転婆なところがある彼女は足が速かった。住んでいた町でも1番足が速いのだと自慢していたくらいに。
 ふたりで追いかけっこをすれば、体力のない私はいつも置いて行かれていた。私は彼女の速度に追いつきたくていつも必死にその背中を追いかけていた。

 それが徐々に体力がついて楽々走れるようになってからは彼女を追い越せるくらい足が速くなり、彼女が悔しがる顔を見るのが楽しくなった。女の子に負けていたのが実は悔しくてたまらなかったから勝てたのが嬉しかったのだ。

 前までは危ないからと遠ざけられていた昆虫に関心を持ったのもそのころだ。空気が澄んでいるブロムステッドには自然も多く、昆虫も数多く生息した。
 自分はそれらを観察するのが楽しかったけど、彼女は虫が大の苦手らしく、カブトムシが降ってきた時には絶叫して泣き叫んでいた。

 虫を怖がる彼女の肩から取って近くの木に移してあげると、涙目の彼女が「もういない?」と問い掛けて来た。その顔が可愛くて私は意地悪を言って「まだだよ」って言うんだ。
 しばらくしたら私が嘘をついていると気づいて、彼女は顔を真っ赤にして怒り出す。それすら可愛くてたまらなかった。


 彼女と過ごす日々は光輝いていた。
 子どもらしく笑って、駆け回って遊ぶ毎日が愛おしかった。
 こんな風にずっと彼女と毎日を過ごせたらいい、そう思っていたけど、別れの日はとうとうやってきてしまったのだ。

 お母さんの体調が良くなったから国へ帰らなくてはならないのだと彼女に言われたのだ。彼女は私と離れ離れになるのは嫌だと泣きじゃくっていた。
 私だって同じ気持ちだった。だけど私も彼女も子どもで、どうすることもできなかった。

 だから彼女に約束したんだ。
 上手に編みたかったけどがたがたになった花かんむりをそっと彼女の頭に載せると、彼女の小さな唇にそっと口づけを落とす。
 頬をポッと赤らめた彼女に誓った。

『待っていて、大人になったら君に求婚しに行くから』

 プロポーズの約束をすると、彼女は嬉しそうに笑った。
 戯れの約束ではない。子どもだったとしても私は本気だったんだ。

 君にふさわしい男になって、必ず君を迎えに行くよ、レオ。

 身分を理由に結ばれないなんて言われぬよう、自分には武器が必要だ。
 たとえ自分の身分を捨てることになったとしても、彼女に不自由させないよう手に職を付けなくては。
 身体を鍛えて、たくさん勉強して、自分の味方を作るんだ。自分に恥じない男になってみせる。

 彼女に誓った約束を果たすために。
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