20 / 55
運命の相手と言われても、困ります。
喉が渇いて仕方がないのです。お水をください。
しおりを挟む頭のふわふわが全身にまで及んで来ている。まっすぐ立っていようと思うんだけど、どうにも覚束なくて後ろに寄りかかると彼は両腕で私を支えてくれた。
「レオーネ? ……酒臭いな。そこの誰にかけられた」
綺麗な顔をした王子が私の顔を覗き込んできた。
彼の顔が近くて面白くなった私は、彼の唇を人差し指でつついて笑った。口紅がついてるよ。
王子は苦笑いを浮かべて手をそっと掴む。私を見つめながら指先にキスしてきた。
「──確か、ヘーゼルダイン嬢と親しいそこの青いドレスの娘だと思いますよ? レオーネの顔面目掛けてシャンパンをかけていました」
王子と貴族令嬢集団の間に入ってきた人物。その人は先日中庭でイジメられているところを庇ってくれたハンカチのフェルベークさんだ。
しまった、今日はハンカチ持ってきてないや。
いつか返そうと考えているんだけどその機会に恵まれずに借りっ放しなんだよなぁ。
「……見ていたのか」
「レオーネがイジメられているようだったので、助けに行こうとしたら殿下に先を越されました」
あら、また私のことを助けようとしてくれたの? 貴族なのに下々のものに優しいんだね、フェルベークさん。
「……かまうなフェルベーク」
しかし王子はそんな彼を警戒しているらしい。私をギュッと抱き込むと、恐いお顔でフェルベークさんを睨んでしまった。
私の勘だけど、この人は大丈夫だよ。そう教えてあげようと思って王子の腕をぽんぽんと叩いていると、「レオーネわかった、後で」とあしらわれてしまった。
「そんなひどいな。僕と彼女は親戚同士なんですよ? 殿下もご存知でしょう。やましい気持ちで近づいたのではありませんよ」
「さて、どうだか」
私の足が本格的にふらついて来たのを察した王子は、軽々と私をお姫様抱っこした。ふわりと体が浮いて、私は「わぁ」と声を漏らす。
わぁ。王子様にお姫様抱っこされちゃった!
「いやぁぁあ殿下ぁ!」
「嘘…!」
私を抱っこしたことで周りから女性の悲鳴が聞こえてきたけど、王子は知らんぷり。そのままホールを後にした。
まだまだパーティは始まったばかりなのに主役の王子が抜け出してもいいのだろうか。運ばれながら私は王子の顔をまじまじと見上げた。彼はお城の通路の先をまっすぐ見つめており、私の視線には気付かない。
季節の花々が咲く迷路のような広い庭にもあちこちライトが照らされていて、幻想的に映った。
今宵はお城のパーティということであちこちに警備の騎士が立っている。彼らは私たちの姿を見ると道を空けて譲ってきた。居住区域方面に向かっているので、私を部屋まで送ってから会場に戻るつもりなのかな。
せっかくドレスアップしてもらったのにパーティ途中で退場して色んな人にがっかりさせてしまいそう。今日のために衣類や宝飾品を準備してくれた王子もだけど、準備を手伝ってくれたヨランダさん達も内心がっかりするだろう。
無言のままの王子の様子が恐い。がっかりを通り越して私のこと怒っているのかな。ぴりぴりしている彼に声をかける勇気が出なくて、私はきゅっと唇を閉ざした。
◆◇◆
がちゃりと音を立てて開かれた部屋の中は寝具の側のサイドテーブルにランプ明かりが灯されているだけで薄暗かった。
王子は部屋を突っ切ると、ベッドに私を下ろした。
サイドテーブルに乗っていた水差しとグラスを手に取るなり水を注いで自分で飲んでた。
喉が乾いたのかなと彼をぼんやり見上げていると、空になったグラスに新たな水を注いで私に差し出してきた。
それを見て「毒味したのか」と悟る。
だめでしょう王子が毒味なんかしたら……
窺うような視線を送ると、私が水を拒否しているように見えたのか、王子は私の背中を支えてグラスの淵を私の口元に押し付けてきた。
傾けられたグラスから口の中に水が流れ込む。
あ、おいしい。
自分が思うよりも身体が水分を欲していたみたいだ。
グラス一杯分の水を飲み干すと、口端から零れた雫を指先でくいっと拭われた。
うーん、もう一杯水が飲みたいな。
「もっと」
王子が持つグラスに手を伸ばした。水をもっと飲みたかったのだが、彼によってグラスを遠ざけられた。
サイドテーブルに戻されたグラスの淵から残った水分がたらりと零れ落ちる。
「んっ…」
目の前が真っ暗になったと思ったら、唇を柔らかいもので塞がれた。
角度を変えて何度か唇を重ねた後に与えられたのは更に深いキスだった。侵入してきた熱い舌は、驚いて固まる私の口の中を好き勝手に舐め回した。お互いの唾液が混ざり合うくらい、舌を絡め合い吸われる。
口の端からは飲み込めなかった唾液が流れ落ちた。
「ふぁ、違う…みず」
ちゅっと音を立てて唇を離した私は訴えた。私は水を求めているのだって。だけど王子には伝わらなかったようだ。
私の腕を抑えつけて上から見下ろして来る王子はまた私を睨んでいた。さっきまでの王子様な雰囲気はどこに消えてしまったんだ。
なんでそんな怖い顔で私を睨むのか。私の存在がそんなにむかつくのか。それなら何故私にキスをするの。
睨んでくるかと思えば優しくなったり、気分屋過ぎる。
王子がなにを考えているのか、いまだによくわからないよ。
「睨まないでよ、こわい……」
全身がふわふわしてなんだか気が大きくなっていた私は、普段なら言えない文句を言った。
王子はそれに少し驚いた顔をしていたが、ぎゅっと苦しそうに眉をひそめていた。
目と目を近づけて、吐息が交わる距離になるとまたキスをされた。舌が潜り込んで口内を目茶苦茶に犯される。ざらざらした舌の表面で撫でられると身体が泡立つようだった。
「んむぅ……!」
胸元を押し返してやめてくれと訴えてみるが、王子のキスが余計に激しくなるだけだった。
私は息も絶え絶えに王子のキスを受け止めるしか出来ない。足の間に王子の身体が入り込み、ドレスを踏み付けられているためますます動きを拘束されているのだ。
ちゅっと音を立てて唇を離された後に、彼は切ない声で言った。
「……君が私を忘れているからだろう」
忘れている?
なにを?
それを問う猶予すら与えられなかった。
苦しくて熱くて、心地好い。そんな不思議な感覚だった。溺れていくような気分。犯されている唇だけでなく、下腹部まで熱くなってきて切なくなってきた。
私の吐息が彼の熱い呼吸と混ざり合う。休む暇もなく唇を貪られた。
「も、っと」
「レオ……!」
物足りなくて彼の首を抱き寄せて、もっと唇をねだると、彼は私の口に噛み付いてきた。
お互いに息を荒げながら何度も口づけを交わす。時折首や耳にもキスを落とされた。首筋をきつく吸われ、熱い舌が皮膚を這う。鎖骨の形を確かめるようになぞられて私は体を震わせた。
露出している肩の形を手の平で撫でてきた。肩から腕を撫でさすり、ちゅっちゅとキスを落とされる。
移動した手はドレス越しに胸を包み込み、布地に覆われていない肌に彼の指の感触が伝わってくる。指が食い込み、柔らかく優しく揉まれると変な気分になって私は鼻にかかった声を漏らしていた。
「ん…」
「レオーネ……愛している」
熱に浮されたような彼が許しを乞うように私を呼んだ。
その顔が可愛くて私から彼にキスをする。
これは私の夢だろうか。
お酒に酔っているせいでこんな夢を見たのだろうか。
それにしては私を組み敷く彼の重みや熱がリアルだけど……
あちこちにキスが落とされる。私が身じろぎすると、宥めるように唇にキスが落とされた。
体を軽く抱き起こされたと思えば、ドレスの飾り紐に手をかけられる感触がする。──あぁ、脱がせてくれるのかな。眠るのにドレスは窮屈だものね……寝るなら寝間着に着替えないとね。
だけど私の意識はもう限界だった。
すとんと眠りの世界に落ちていったあとは、夢も見なかった。
朝目覚めると、頭を鈍器で殴られたような鈍い痛みで私はぐったりしていた。
「あ、頭が痛い……」
「二日酔いでしょう。パーティで不届きものからシャンパンをかけられたと聞き及んでおります。レオーネ様はお酒に弱い体質なのかもしれませんね。本日は午前中の習い事はお休みにしていいとのことです。ゆっくりお過ごし下さい」
朝、起こしに来てくれたヨランダさんが着替えを手伝ってくれた。重ね重ね申し訳ない。
……昨晩の記憶が曖昧なんだけど、私はいつの間にネグリジェに着替えたんだろう。
「本日はゆったりしたお召し物にしましょう」
彼女から手渡されたのは首元まで隠れるブラウスとゆったりしたスカートだ。私の体調が良くないから楽な服装を薦めてくれたのだ。彼女の気遣いに感謝しながら、着替えようとして私は全身が映る鏡に映る自分を見てぎょっとした。
シュミーズ姿の私の皮膚は首から胸元まで無数の赤い痣が浮かび上がっていたのだ。
「なにこれ!? 病気!?」
まさか毒蜘蛛の後遺症!?
私が青ざめていると、ヨランダさんが生暖かい視線を送ってきた。
「結婚前の、婚約もしていない相手、それも酩酊しているレディに手を出すなんて、殿下には今一度釘を刺しておかなくてはなりませんね」
彼女の言葉に私の頭の中にとある記憶が蘇った。
生々しい口づけの感触、熱い吐息──私は昨晩王子とキスをした。
一度や二度じゃなく何度も繰り返し。唇だけに及ばず、いろんなところにキスをされた。
あれは、夢ではなかったのだ。
79
お気に入りに追加
278
あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。

愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。
古堂すいう
恋愛
フルリス王国の公爵令嬢ロメリアは、幼馴染であり婚約者でもある騎士ガブリエルのことを深く愛していた。けれど、生来の我儘な性分もあって、真面目な彼とは喧嘩して、嫌われてしまうばかり。
「……今日から、王女殿下の騎士となる。しばらくは顔をあわせることもない」
彼から、そう告げられた途端、ロメリアは自らの前世を思い出す。
(なんてことなの……この世界は、前世で読んでいたお姫様と騎士の恋物語)
そして自分は、そんな2人の恋路を邪魔する悪役令嬢、ロメリア。
(……彼を愛しては駄目だったのに……もう、どうしようもないじゃないの)
悲嘆にくれ、屋敷に閉じこもるようになってしまったロメリア。そんなロメリアの元に、いつもは冷ややかな視線を向けるガブリエルが珍しく訪ねてきて──……!?

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。驚くべき姿で。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。

妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?
ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。
イケメン達を翻弄するも無自覚。
ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。
そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ…
剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。
御脱字、申し訳ございません。
1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる