麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ

文字の大きさ
上 下
7 / 55
運命の相手と言われても、困ります。

流石に運命にこだわりすぎじゃありませんかね。

しおりを挟む
「ステファン殿下はどちらに? 今すぐにお会いしてお話したいんですけど」

 がやがやと慌ただしく帰っていく衣装屋さん一行を見送った後、私はヨランダさんに王子と今すぐに会えるかを聞いた。すると彼女はできるメイドらしく素早く先触れをして、王子の元へ案内してくれた。
 こればっかりは黙っていられない。私にこんな豪華なドレスを与えたって仕方ないのに、なにを考えてるんだ、あの王子!
 怖いけど、今日はがつんと言ってやるんだ!

 息巻いて王子の執務室に突撃したのはいいけど、相手を見た瞬間その気合いは急激に萎えてしまった。

 一歩執務室へ足を踏み入れた瞬間、ギラリと睨みつけられたからだ。
 軽く目を見開いたかと思えば、彼の真っ白で滑らかそうな頬が紅色に色づいた。そして私を獲物か何かのように睨んで来るのだ。圧がすごい。私はすぐに回れ右をしたくなった。
 しかし──ここまで来たのだ。言わねばならぬ。

「あ、あの……この、ドレス…なんですけど……」
「……あぁ、よく似合っている。あの衣装屋には褒美をとらせないと」

 違う! そうじゃない! 私はお世辞を言ってもらうために突撃した訳じゃないんだ!
 
「そうじゃないんです……困ります。返品して頂きたいのです」
「──私の贈り物が気に入らないとでも?」

 王子の声が硬くなった。私は彼の目を直視できずに斜め下を見つめながら必死で言葉を紡ぐ。

「あの、あんなにたくさんのドレスを頂いても私には豪華すぎて、お城を出る時扱いに困ります」

 こんなドレス、貰っても市井じゃ浮くだけだよ。それをたくさん購入されても扱いに困る。処分するにも高額過ぎるし、後になってこの分の金を返せって言われても到底返せる額じゃない。
 今なら袖を通していない分は返品できると思う。オーダーメイドで作られるドレスの製作だって中断できるはずだし……

「城を出る、だと?」

 不機嫌に低くなった声。王子が醸し出す雰囲気に周りの空気が一気に重くなった。
 ちくちくと視線が突き刺さるのを感じていたが、彼の瞳を直視できなかった。だって間違いなく睨んでいるはずだもの。見てしまったら最後、私は恐怖で気絶してしまうかもしれない。

「……君は私の花嫁になる人だ。君がこの城から出るのは私が公爵位を叙爵したときだけ。新居にもちゃんと収納場所を作るつもりだから置き場所に困らないはずだ」
「こ、候補なだけです!」

 わかっているくせになんで念押しして来るの。お互いに好きで組み合わせられたわけじゃないのに。

「君がどんなに拒んでもこれは占いで決まった事だ──私から逃げられると思うな」

 ドォンと私の顔の横に手をつかれた。
 私は恐怖でヒョッ…と喉を鳴らす。扉を押さえて私の逃げ場を封じるような王子の行動に、頭が真っ白になった。

 私がドレスに文句を付けたように聞こえたのかな。文句は文句なんだけど、そこまで怒る?
 恐る恐る彼の表情を伺えば、彼は私をぎらぎらと睨みつけていた。

 ヒェ、こ、殺される……!

 じわりと涙がにじんできて視界が歪む。もう、なんなの。女の子に向ける顔じゃないよそれ……いちいち睨まないで欲しい。

「で、殿下は占いで未来を決められても平気なんですか!? 配偶者ですよ! 死ぬまで一緒にいる相手を不確かな占いに決められてもいいんですか!?」

 私はやけくそになって叫ぶ。一度彼とは本音でぶつかった方がいいのかもしれない。
 彼がなにを考えているかがわからない。このままだとお互い幸せになれない。
 私は処罰覚悟で彼に意見をぶつけてみた。

「レオーネ、君は私の運命の相手だ」

 途端にぐわっと彼の眼光は鋭くなった。私はそれに「終わった」と悟る。
 なぜ、そんなに運命に縛られているのか。この国の王族は大丈夫か。私には理解できない。

 ふわっと香って来るのはコロンか、それとも整髪料の匂いだろうか。
 顔が近づき、私の視界は彼でいっぱいになる。金色のまつげで少し隠れた翡翠色の瞳が光の加減で濃い緑に変わる。整いすぎて恐ろしい美しい顔は女の子たちの憧れのはずなのに、私はガクガクと震えていた。

「それなのに他の男の元へ嫁ぐ気か。私以外の男を選ぶと言うのか……!」

 ものすごくロマンチックなことを言われている気がするけど、私はうっとりする余裕もなく、緊張と恐怖で泣きそうだった。
 王子は私を射殺さんばかりに睨んで来るし、なんかじりじりと顔を近づけて来るし。すっと彼の手が私の顔へ伸びてきたので、衝撃に身構えて瞼をギュッと閉じた。
 てっきり叩かれるのかと思ったんだけど、むにっと下唇を指で撫でられた。

「?」

 なんだ? なんで私の唇を触っているんだろう。
 恐る恐る薄目を開けると、さっきよりも王子の顔が近づいて、ぼやけて見えなく……

「──お取り込み中のところ失礼いたします。殿下。お食事の準備が整いました。お嬢様方は既にお待ちです」
「!」

 室内には私と王子しかいないと思い込んでいた。
 横から声をかけられた私は飛び上がって驚いた。慌ててしゃがんで王子の腕の檻から脱出すると、背後で「チッ」と舌打ちが聞こえた気がする。
 ……気のせいだよね、王子たるもの舌打ちなんてする訳がない。

「あっ、じゃあ私はこれにて」

 根本的解決には至らなかったが、今はここから逃げるのが先決だ。
 ドアノブを握って扉を開けようとすると、するりとお腹に手が回ってきて私は息を飲む。身体を引き寄せられて、とん、と王子の胸板に私の背中がくっついた。

「どこに行くつもりだレオーネ」

 吐息がかかる距離で耳元で低く囁かれて、今度は別の意味でゾクゾク震える。
 ちょっ……耳に直接はやめてほしい。

「レオーネの席は?」
「はい、用意してございます」

 固まっている私を逃がさないとばかりに、自然に腰を抱いてきた王子。
 今までになく体が密着して相手の身体の感触が服越しに伝わってきた。鍛えているであろう身体。彼の美麗な容姿とは正反対な逞しさを知ってしまった私はドキドキして、王子を意識してしまった。
 恭しく手を取られると、侍従さんの案内について行く形でそのまま食堂へエスコートされた。

 広い部屋に長机があり、そこに料理が並んであった。空席の2席以外はもう既に先客が着席していた。そこで私は初めて、王子の花嫁候補の面々と真っ正面から対面したのだ。
 豪華絢爛、きらびやかな花達は王子とともに入室した私の姿を見て、一斉に気色ばんだ。
 しかし、私の側には王子がいる。なのでここでは何かを言う訳じゃない。それでも鋭い針のような視線がぐさぐさ全身に突き刺さるのがわかった。

 席に着いているのは女性3人。候爵家から1名、伯爵家から2名。
 彼女らは占い結果のなんらかの条件が該当し、花嫁候補として選出されたらしい。明らかに私よりも妃に相応しいお姫様達に睨まれた私は胃がキュッと痛くなった。

 どうやらここには王様達はいないみたいだ。花嫁選出で選ばれた女性たちと王子だけの食事の席。私は場違い感を感じて今すぐに逃げたかったが、王子はご丁寧に席までエスコートしてくださった。

 使用人に椅子を引かれて席に着くと、私は腹をくくった。
 せめて、お母さんに厳しく躾られた通りに完璧に食事をして見せよう。そしてなるべく早くこの場を脱出するのだ。叶うならすぐさま走って逃げたいけどね。
 王子が席に着いたのを合図に使用人達が料理を運んで来る。前菜はトマトとチーズが生ハムに巻かれたものが置かれた。膝の上にナプキンをかけた私は小さくため息を吐き出す。
 この後もダラダラ料理が運ばれて来るんだろうなぁ。
 正直、こんなに量いらないんだけどな。ドレスが苦しくなるし。

 憂鬱な気分を引きずりながら、カトラリーへ手を伸ばしたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう
恋愛
フルリス王国の公爵令嬢ロメリアは、幼馴染であり婚約者でもある騎士ガブリエルのことを深く愛していた。けれど、生来の我儘な性分もあって、真面目な彼とは喧嘩して、嫌われてしまうばかり。 「……今日から、王女殿下の騎士となる。しばらくは顔をあわせることもない」 彼から、そう告げられた途端、ロメリアは自らの前世を思い出す。 (なんてことなの……この世界は、前世で読んでいたお姫様と騎士の恋物語) そして自分は、そんな2人の恋路を邪魔する悪役令嬢、ロメリア。 (……彼を愛しては駄目だったのに……もう、どうしようもないじゃないの) 悲嘆にくれ、屋敷に閉じこもるようになってしまったロメリア。そんなロメリアの元に、いつもは冷ややかな視線を向けるガブリエルが珍しく訪ねてきて──……!?

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?

ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。 イケメン達を翻弄するも無自覚。 ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。 そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ… 剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。 御脱字、申し訳ございません。 1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。 楽しんでいただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

【完結】気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~

Rohdea
恋愛
───私に嘘は通じない。 だから私は知っている。あなたは私のことなんて本当は愛していないのだと── 公爵家の令嬢という身分と魔力の強さによって、 幼い頃に自国の王子、イライアスの婚約者に選ばれていた公爵令嬢リリーベル。 二人は幼馴染としても仲良く過ごしていた。 しかし、リリーベル十歳の誕生日。 嘘を見抜ける力 “真実の瞳”という能力に目覚めたことで、 リリーベルを取り巻く環境は一変する。 リリーベルの目覚めた真実の瞳の能力は、巷で言われている能力と違っていて少々特殊だった。 そのことから更に気味が悪いと親に見放されたリリーベル。 唯一、味方となってくれたのは八歳年上の兄、トラヴィスだけだった。 そして、婚約者のイライアスとも段々と距離が出来てしまう…… そんな“真実の瞳”で視てしまった彼の心の中は─── ※『可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~』 こちらの作品のヒーローの妹が主人公となる話です。 めちゃくちゃチートを発揮しています……

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。驚くべき姿で。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 ※世界観は非常×2にゆるいです。   文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

処理中です...