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運命の相手と言われても、困ります。
ドレスが欲しいとか一言も言ってませんけど。
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先程まで怒っていたはずなのに、王子は美しいお顔を苦悩に歪め、今にも泣き出しそうだった。
彼の変化に私は困惑する。なんでそんな悲しそうにするんだろうって。
「──君は、自分が私の花嫁になるとは考えないのか」
搾り出すような声だった。かろうじて出されたその声には絶望すら感じ取れた。
私は自分の耳を疑った。
王子は今なんと言った?
私が、花嫁に?
いや、考える訳がないでしょうが。私だって身の程くらい弁えているんだよ。
「そのようなことは決して考えておりません」
私がきっぱり否定すると、王子の表情がビキリと氷にひびが入るみたいに固まった。
「最有力候補は伯爵家のお姫様だと、お世話してくれてるメイドさんに教えてもらいました。その方は殿下とお食事を一緒に摂ることもあるし、殿下から贈り物を贈られてるのはベラトリクス様だけなんだって」
特別な人がいるなら私のことは気にせずそちらを選べばいいのに。占いに縛られずとも自分の意志で結婚相手選んでいいんじゃない? 伯爵令嬢相手なら身分的にはさほど問題ないでしょ?
こういうことは最初からはっきりさせておいた方が後々面倒にならない。……できれば誠実な対応をお願いしたい。
「贈り物? なんの事だそれは」
真顔で聞き返された私は首を傾げた。王子は本気でわからないって顔をしている。えぇ…自分でプレゼントを贈ったことを忘れたの?
「ドレスを贈ったんですよね?」
他でもないベラトリクス様に。王子は貴族のお姫様であるその人のことを特別扱いをしており、親密な関係だと聞き及んでおりますが。
しばし沈思黙考していた王子はハッとした顔をした。思い出したんだろうか。
「あれはパーティの時に彼女が私にぶつかってきて、飲み物をこぼしてドレスを汚したから仕方なく! そもそも1年以上前の話だ!」
なんか力いっぱい弁解された。王子の言い分ではベラトリクス嬢の自損でドレスを汚したから弁償してあげたんだって。優しいね、やっぱり特別な相手だから?
さきほどまでの不機嫌顔が吹っ飛んで焦った顔をした王子は新鮮だ。この人の標準は睨み顔だからね。
「はぁ、そうなんですか」
私は気のない返事を返す他ない。
どういう事情があったにせよ、真実なんだから別にそこまで必死に否定しなくてもいいと思う。
「食事には他の者も同席している。決して2人きりではない。──君の席も準備しているのに君は一向に現れなかった……だから」
膝の上に置いた拳をぐっと握り締め、苦しそうな顔をした王子はぐっと唇を噛み締めると、思い立ったかのように席を立った。
そして私を見下ろすと、キッと睨みつけて来る。
「魔女殿が占いであげた条件に完全一致するのは君だけ。君は私の花嫁有力候補であることをゆめゆめ忘れるな」
そう言い残して王子はお茶会から離席した。
彼がいつになくお怒り顔で立ち去ったので、私は座ったまま固まっていたのだが、対面の席に座っていた王太后がくすくすと小さく笑うのに気づいて彼女へと視線を向けた。
「あらあらあの子がごめんなさいね、初めての感情に戸惑ってるみたいなの」
王太后様の瞳には孫が今まで抱えたことのない感情に揺れているように見えるらしい。
……憎しみとかそんな感じかな。私ってそんなに憎まれるようなことしたかな。占いに関しては私なにも悪くないでしょ。
◇◆◇
「レオーネ様、朝でございます」
シャッと部屋のカーテンが開かれ、部屋に差し込む光の眩しさに私はうめき声をあげる。
……あれ、今日はわざわざ起こしに来てくれたの? 目を擦りながら起きると、顔洗い用の温かいお湯を洗面器に移す一人の使用人の姿が目に入る。ありゃ、今日はお湯まで準備してくれて……ん? メイドさん、いつもの人と違う?
「本日からレオーネ様付きとなりました、ヨランダと申します」
深々と頭を下げたその女性は、だいぶ年季の入っていそうな使用人だった。挨拶もそこそこに朝食を持ってきてくれたヨランダさんはきびきびと働きはじめた。
見た目からできる女の空気を漂わせていたが、多分お城勤めが長い古株じゃないかな。使用人の中でも位が高いと思われる……
テーブルに並べられた朝食を見て、私は少し違和感を覚えた。なんか、いつもよりも胃に重たそうな量だなって。
いつもはガリガリに固い黒パンなのに今日はふかふかの白パンだし、ジャムとバターも付いている。飲み物は紅茶のみだったのに、オレンジジュースと牛乳もついてきた。いつもはスクランブルエッグとベーコンの切れ端と付け合わせの茹でた野菜だけだったのに、今日は具入りのオムレツ、ソーセージ、新鮮野菜のサラダにスープ、デザートの果物まで出てきた。
もったいない精神で完食したけどやっぱり量が多かった。今度は量を減らしてもらおう。
着替えの準備をするためにクローゼットに向かうと、これまたヨランダさんが素早く手伝ってくれた。人に手伝ってもらいながら着替えるというのは伯父の家で経験したことあるけど、普段は自分でやっているので変な気分になる。
「あの、いつもの人は? お休みか何かで?」
いつものメイドさんは体調崩したとかで休みかな? なんとなく尋ねたのだが、ヨランダさんの口からは「あの者は殿下の不興を買って解雇されました」と淡々とした返事があった。
「そう、なんですか?」
私はそれに唖然とするしかない。王子の不興を買ったって、一体なにをしたのあの人……
ヨランダさんはため息を吐いて嘆かわしいとばかりに首を横に振っていた。
「レオーネ様を食堂に案内せず、あまつさえ使用人用の食事をお出ししていたことが判明しました」
えっ、前の食事も充分おいしかったけど。なにか問題あるかな?
それが王子の怒りを買ったの? メイドが客人に失礼をしたら王家の評判にかかわるからとか?
「加えて、レオーネ様のお世話を怠っていると複数の使用人・教師からの報告がありました」
そうなの?
でも私、自分の身支度は自分でできるけど……あの人、ご飯は持ってきてくれたから、それだけで十分だったというか。
「他にも殿下の不利になるような虚言を吐き、レオーネ様付きの使用人にも関わらず、殿下と他の花嫁候補者を引き合わせるような真似をしておりました。ヘーゼルダイン伯爵に繋がっていたとの情報もあります」
余罪が他にもあったのね。そういう人に見えなかったけど、人は見た目によらないから仕方ないね。
「……ところでその伯爵と繋がっていたら、何かまずいんですか?」
この国の貴族のことはよくわからないが、そのヘーゼルダイン伯爵という人は危ない人なのだろうか。
ヨランダさんは私をまじまじみて、苦笑いを浮かべると首を横に振った。
「いずれ、わかることかと思います」
意味深だ。
王家の政敵とかだろうか。
家臣といえど味方ってわけじゃないものね。お互い水面下でバチバチしているのかな。
よくわからないけど、私はここでは外国人だ。これ以上の追及はしないでおこう。
身支度を整えた私はいつも通り授業を受ける準備を始めたのである。
午前の授業をすべて終え、軽めの昼食と息抜きの休憩時間をいただき、さぁ午後の授業の準備を……と思ったら、ヨランダさんがそれを止めてきた。
「レオーネ様、本日は午後より衣装屋が参りますので、午後の授業はお休みになります」
「えっ」
衣装屋?
何のことですか? と聞く暇もなく、ヨランダさんに引き入れられた衣装屋のお針子さんやデザイナーさんがぞろぞろ入ってきて、部屋を占拠した。
「これは一体どういう事ですか! 服なら充分に……!」
訴える声は無視され、私は着せ替え人形よろしく持ってきたドレスを交互に着せられた。
「まぁまぁ、こちらのドレスも似合いますね」
「こんな逸材を隠してしておくなんて、ステファン殿下もお人が悪い」
「磨き方によっては広告塔になりますね」
ついでとばかりに顔に何かを塗りたくられ、髪を派手に盛られる。試着のはずが、ドレスアップされてしまった。
庶民には到底手の届かない高級ドレスは今の流行デザインなのだろう。全身を映す鏡に映るのは平凡な町娘ではなく、まるで貴族の姫様だった。
あ、なんかこうして見ると、肖像画のミカエラ大叔母様の若い頃に似てるかも……
目を回している間に採寸とデザイン合わせが完了したらしい。私をまじまじと観察しながら、クロッキー帳になにかを熱心に書きなぐっていたデザイナーさんが「では、新作は出来上がり次第お持ちしますね」と意気揚々に言った。
……新作?
今着せているドレスのこと?
私が視線で説明を求めると、ヨランダさんは頭を下げてこう言った。
「こちら全てステファン王子殿下からの贈り物でございます」
「ヒェェ! 要りません! 返品! 返品してください!」
私の全身から血の気が引いた。
なんで? ドレスが足りないとか、私にもドレス買ってくれとか一言も言ったことないよね!?
私の必死のお断りは無視されて、部屋のクローゼットには流行のドレスが入れ替えられた。それに加えて私用にデザインしたオーダーメイドドレスを用意する口振りだったし。
やめてください、私には身に余り過ぎます。
彼の変化に私は困惑する。なんでそんな悲しそうにするんだろうって。
「──君は、自分が私の花嫁になるとは考えないのか」
搾り出すような声だった。かろうじて出されたその声には絶望すら感じ取れた。
私は自分の耳を疑った。
王子は今なんと言った?
私が、花嫁に?
いや、考える訳がないでしょうが。私だって身の程くらい弁えているんだよ。
「そのようなことは決して考えておりません」
私がきっぱり否定すると、王子の表情がビキリと氷にひびが入るみたいに固まった。
「最有力候補は伯爵家のお姫様だと、お世話してくれてるメイドさんに教えてもらいました。その方は殿下とお食事を一緒に摂ることもあるし、殿下から贈り物を贈られてるのはベラトリクス様だけなんだって」
特別な人がいるなら私のことは気にせずそちらを選べばいいのに。占いに縛られずとも自分の意志で結婚相手選んでいいんじゃない? 伯爵令嬢相手なら身分的にはさほど問題ないでしょ?
こういうことは最初からはっきりさせておいた方が後々面倒にならない。……できれば誠実な対応をお願いしたい。
「贈り物? なんの事だそれは」
真顔で聞き返された私は首を傾げた。王子は本気でわからないって顔をしている。えぇ…自分でプレゼントを贈ったことを忘れたの?
「ドレスを贈ったんですよね?」
他でもないベラトリクス様に。王子は貴族のお姫様であるその人のことを特別扱いをしており、親密な関係だと聞き及んでおりますが。
しばし沈思黙考していた王子はハッとした顔をした。思い出したんだろうか。
「あれはパーティの時に彼女が私にぶつかってきて、飲み物をこぼしてドレスを汚したから仕方なく! そもそも1年以上前の話だ!」
なんか力いっぱい弁解された。王子の言い分ではベラトリクス嬢の自損でドレスを汚したから弁償してあげたんだって。優しいね、やっぱり特別な相手だから?
さきほどまでの不機嫌顔が吹っ飛んで焦った顔をした王子は新鮮だ。この人の標準は睨み顔だからね。
「はぁ、そうなんですか」
私は気のない返事を返す他ない。
どういう事情があったにせよ、真実なんだから別にそこまで必死に否定しなくてもいいと思う。
「食事には他の者も同席している。決して2人きりではない。──君の席も準備しているのに君は一向に現れなかった……だから」
膝の上に置いた拳をぐっと握り締め、苦しそうな顔をした王子はぐっと唇を噛み締めると、思い立ったかのように席を立った。
そして私を見下ろすと、キッと睨みつけて来る。
「魔女殿が占いであげた条件に完全一致するのは君だけ。君は私の花嫁有力候補であることをゆめゆめ忘れるな」
そう言い残して王子はお茶会から離席した。
彼がいつになくお怒り顔で立ち去ったので、私は座ったまま固まっていたのだが、対面の席に座っていた王太后がくすくすと小さく笑うのに気づいて彼女へと視線を向けた。
「あらあらあの子がごめんなさいね、初めての感情に戸惑ってるみたいなの」
王太后様の瞳には孫が今まで抱えたことのない感情に揺れているように見えるらしい。
……憎しみとかそんな感じかな。私ってそんなに憎まれるようなことしたかな。占いに関しては私なにも悪くないでしょ。
◇◆◇
「レオーネ様、朝でございます」
シャッと部屋のカーテンが開かれ、部屋に差し込む光の眩しさに私はうめき声をあげる。
……あれ、今日はわざわざ起こしに来てくれたの? 目を擦りながら起きると、顔洗い用の温かいお湯を洗面器に移す一人の使用人の姿が目に入る。ありゃ、今日はお湯まで準備してくれて……ん? メイドさん、いつもの人と違う?
「本日からレオーネ様付きとなりました、ヨランダと申します」
深々と頭を下げたその女性は、だいぶ年季の入っていそうな使用人だった。挨拶もそこそこに朝食を持ってきてくれたヨランダさんはきびきびと働きはじめた。
見た目からできる女の空気を漂わせていたが、多分お城勤めが長い古株じゃないかな。使用人の中でも位が高いと思われる……
テーブルに並べられた朝食を見て、私は少し違和感を覚えた。なんか、いつもよりも胃に重たそうな量だなって。
いつもはガリガリに固い黒パンなのに今日はふかふかの白パンだし、ジャムとバターも付いている。飲み物は紅茶のみだったのに、オレンジジュースと牛乳もついてきた。いつもはスクランブルエッグとベーコンの切れ端と付け合わせの茹でた野菜だけだったのに、今日は具入りのオムレツ、ソーセージ、新鮮野菜のサラダにスープ、デザートの果物まで出てきた。
もったいない精神で完食したけどやっぱり量が多かった。今度は量を減らしてもらおう。
着替えの準備をするためにクローゼットに向かうと、これまたヨランダさんが素早く手伝ってくれた。人に手伝ってもらいながら着替えるというのは伯父の家で経験したことあるけど、普段は自分でやっているので変な気分になる。
「あの、いつもの人は? お休みか何かで?」
いつものメイドさんは体調崩したとかで休みかな? なんとなく尋ねたのだが、ヨランダさんの口からは「あの者は殿下の不興を買って解雇されました」と淡々とした返事があった。
「そう、なんですか?」
私はそれに唖然とするしかない。王子の不興を買ったって、一体なにをしたのあの人……
ヨランダさんはため息を吐いて嘆かわしいとばかりに首を横に振っていた。
「レオーネ様を食堂に案内せず、あまつさえ使用人用の食事をお出ししていたことが判明しました」
えっ、前の食事も充分おいしかったけど。なにか問題あるかな?
それが王子の怒りを買ったの? メイドが客人に失礼をしたら王家の評判にかかわるからとか?
「加えて、レオーネ様のお世話を怠っていると複数の使用人・教師からの報告がありました」
そうなの?
でも私、自分の身支度は自分でできるけど……あの人、ご飯は持ってきてくれたから、それだけで十分だったというか。
「他にも殿下の不利になるような虚言を吐き、レオーネ様付きの使用人にも関わらず、殿下と他の花嫁候補者を引き合わせるような真似をしておりました。ヘーゼルダイン伯爵に繋がっていたとの情報もあります」
余罪が他にもあったのね。そういう人に見えなかったけど、人は見た目によらないから仕方ないね。
「……ところでその伯爵と繋がっていたら、何かまずいんですか?」
この国の貴族のことはよくわからないが、そのヘーゼルダイン伯爵という人は危ない人なのだろうか。
ヨランダさんは私をまじまじみて、苦笑いを浮かべると首を横に振った。
「いずれ、わかることかと思います」
意味深だ。
王家の政敵とかだろうか。
家臣といえど味方ってわけじゃないものね。お互い水面下でバチバチしているのかな。
よくわからないけど、私はここでは外国人だ。これ以上の追及はしないでおこう。
身支度を整えた私はいつも通り授業を受ける準備を始めたのである。
午前の授業をすべて終え、軽めの昼食と息抜きの休憩時間をいただき、さぁ午後の授業の準備を……と思ったら、ヨランダさんがそれを止めてきた。
「レオーネ様、本日は午後より衣装屋が参りますので、午後の授業はお休みになります」
「えっ」
衣装屋?
何のことですか? と聞く暇もなく、ヨランダさんに引き入れられた衣装屋のお針子さんやデザイナーさんがぞろぞろ入ってきて、部屋を占拠した。
「これは一体どういう事ですか! 服なら充分に……!」
訴える声は無視され、私は着せ替え人形よろしく持ってきたドレスを交互に着せられた。
「まぁまぁ、こちらのドレスも似合いますね」
「こんな逸材を隠してしておくなんて、ステファン殿下もお人が悪い」
「磨き方によっては広告塔になりますね」
ついでとばかりに顔に何かを塗りたくられ、髪を派手に盛られる。試着のはずが、ドレスアップされてしまった。
庶民には到底手の届かない高級ドレスは今の流行デザインなのだろう。全身を映す鏡に映るのは平凡な町娘ではなく、まるで貴族の姫様だった。
あ、なんかこうして見ると、肖像画のミカエラ大叔母様の若い頃に似てるかも……
目を回している間に採寸とデザイン合わせが完了したらしい。私をまじまじと観察しながら、クロッキー帳になにかを熱心に書きなぐっていたデザイナーさんが「では、新作は出来上がり次第お持ちしますね」と意気揚々に言った。
……新作?
今着せているドレスのこと?
私が視線で説明を求めると、ヨランダさんは頭を下げてこう言った。
「こちら全てステファン王子殿下からの贈り物でございます」
「ヒェェ! 要りません! 返品! 返品してください!」
私の全身から血の気が引いた。
なんで? ドレスが足りないとか、私にもドレス買ってくれとか一言も言ったことないよね!?
私の必死のお断りは無視されて、部屋のクローゼットには流行のドレスが入れ替えられた。それに加えて私用にデザインしたオーダーメイドドレスを用意する口振りだったし。
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