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運命の相手と言われても、困ります。
辞退したいんですけど、強制ですかそうですか。
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王宮に拘束された私は散々泣き言を言っていたが、周りは淡々と私に淑女教育ならぬ花嫁修行を強制してきた。
あ、これ強制なんですか、候補者からの辞退とか認められない感じですかね。
ステファン王子はそれに関してただ静観している。
あの人、何考えているかわからない。魔女の決めた運命の相手を拒絶したら呪われるとかそんな迷信でもあるんだろうか。
彼の口からこの話を破棄するという発言は一度も出てこなかったのだ。
なんやかんやそんなわけで私はお城に滞在していた。
もちろんお互い未婚の男女だから間違いが起きないよう、居住空間は厳重に分けられているが、同じお城の敷地内にいる訳だから何度も王子と遭遇した。
まぁその度に穴が開くくらい睨まれているけどね。私は深々と頭を下げて彼の顔を見ないようにしている。怖いもん。
彼は公務だったり、大学に通ったり、個人的な用事にと毎日何かと忙しそうにしているようだ。
忙しい立場なのに、ダンスの特訓をしている場に現れてそこでも睨んで来るものだから、ダンスの先生の足を何度も踏んでしまった。挙げ句の果てに先生を引き倒してしまい、王子の前で失態を晒してしまったのだ。その時の王子の憤怒の表情は忘れられない。
次回からはなぜか女性の先生に変わった。前の先生は私の指導に音をあげてしまったんだとちょっとへこんだ。
また別の日に、女性の先生とレッスンしているときに再び現れた王子が「男性と踊れるようになった方がいい」と言い出して、私の手を取ったときは心臓が止まるかと思った。
ときめきとかではなく、足を踏んだらどうしようの方でね。
「足ではなく、私の顔を見るんだ」
顎を掴まれてくいっと上に持ち上げられた瞬間、翡翠色の瞳が私を射抜いた。透き通る美しい緑。その瞳に吸い込まれそうになり固まってると、王子の眉が怪訝にひそめられた。
また不興を買っちゃう! テンパった私は足をもつれさせて王子の胸元にどすんと体当たりした。
「ぎゃっ! すす、すみません!!!」
私は慌てて飛びのこうとしたが、腰を支えている王子の手に力がこもって離れられなかった。
「あ、あの?」
まるでチークダンスみたいな距離の近さに私は困惑する。あまりにも近すぎて王子の吐息や心臓の音まで聞こえてきそうだ。
身内以外の男の人と密着することはないのに、これは色々とまずいのではないだろうか。居心地が悪くて身じろぎすると、耳元で「離れるな」と命令されて私はビクッとする。
なんで? なんで? と私の頭の中には疑問が湧くが、それを気軽に尋ねられる相手ではない。彼が満足するまで私は拘束され、チークダンスもどきを踊らされた。
緊張と困惑と恐怖でぐちゃぐちゃだった。彼狙いのお嬢様たちにこれを見られたら、私殺されるんじゃないだろうかって。身の程知らずと罵倒される未来待ったなしである。
なんで一庶民な私が王子様と踊ってるんだろう。長い夢でも見ているんじゃないかな。大体の女の子が夢を見る場面なのに、私はうっとりする余裕もなく、早く時間が過ぎたらいいのにと念じていた。
これだけの美形な王子だ。王子に近づく目的でお城に就職する女性たちもいるくらい、彼はとにかく女性人気があった。そのため、王子の周りのお世話をする女性使用人は長年お城で勤務している落ち着いた年嵩の人が多いとか。いくら優秀でも、若い女性というだけでその職には就けないのだという。
たまに廊下で遭遇すると女性使用人たちに憧れの眼差しで見つめられている姿もよく見かける。それは外でも同様で、貴族女性から一般市民まで虜にしているんだろう。
そして私はいつも王子に睨まれるという流れである。
普通にしてくれたら夢に見るような素敵な王子様なのに、どうしてそんなに私を睨むのか。いまだに彼のことがよくわからないでいる。
彼は第3王子なので、王位継承の可能性は低い。いずれは公爵位を賜ると思われている。そのために花嫁候補の私は公爵夫人としての教養や知識をみっちり身につけさせられていた。
貴族夫人というのは何も毎日お茶飲んで優雅にのんびり過ごしている訳じゃない。
流行を取り入れて社交をするだけでなく、家の管理を任されるのだ。それにはお金の運用や、使用人の掌握なども含まれている。
男爵家で諸々の管理をする伯母を見たことがあるので何となく想像はつくが、それを私も学べと言われるとは思わなかった。平民の女性だって結婚したら家計を管理するけれどそれとは規模が違いすぎる。
お金の計算に関しては後々役に立つだろうし、いいんだけどさ……
専門の家庭教師の指導の元、帳簿の練習帳を書かされ、計算して、先生に出された課題について考えさせられたり、意見を求められたりと色々小難しいことが多いが、この知識があれば国に戻ったとき事務の仕事ができそうなので、私はそこそこ真面目に取り組んでいた。
ていうか一人取り残された寂しさとか、持て余した暇を紛らわせるために頑張ってるとも言う。真面目にやらないとまたあの王子に睨まれそうだしとは口には出せない。
ちなみにあの花嫁候補占いの後、続々と王子の第2、3の花嫁候補が誕生したらしい。誰が花嫁になるか確定していないのに私に色々学ばせる必要があるんだろうか。
あ、あれか、貴族のお姫様達はもうすでに花嫁修行を終わらせているのかな。知識が足りないのは私だけってオチか。
「お前は王子妃として不適格だ」と言ってくれたらいつでも出て行くので、私を解放してほしい。そう思う今日この頃である。
◇◆◇
「お夕飯をお持ちしました」
「ありがとうございます」
今日習った範囲を部屋でひとり復習していると、与えられた居室に一人のメイドさんがお夕飯を届けに来てくれた。
ワゴンに載せられた料理をテーブルに並べてくれたので、私はお母さんに厳しくしつけられた通りにお上品に食べた。今この部屋にはメイドさんと私のふたりだけとはいえ、ここはお城なのでマナーは弁えねば。
……実家や伯父夫妻の屋敷ならおしゃべりしながら食事をしたが、ここには楽しく会話する相手もいない。なんだか味気なくつまらない。
「……あの、私はいつまでここに拘束されるのでしょう」
私は心細くなって、配膳してくれているメイドさんに尋ねた。
「あなたは殿下の花嫁候補ですから」
淡々と返された言葉は、これまでにいろんな人に返された答えと同じだった。何の解決にもならない解答だ。
「どうせ殿下は貴族の姫様とご結婚するんでしょう? 私いなくても良くないですか?」
愚痴をメイドさんに対して吐き出す。
彼女に言っても現状が変わる訳じゃないのはわかっているけど、そこそこ不満を蓄積していたので愚痴の一つくらい吐き出させてほしい。
このメイドさんは仕事で仕方なく私の世話をしているだけだ。親しい訳でもない。親しみやすそうな雰囲気もないし、普段は必要最低限な会話しか交わさない。だから私の愚痴もスルーして何もなかった風に装ってくれるだろうと思っていた。
「……そうですね、有力候補は伯爵令嬢のベラトリクス様と言われております」
予想に反してメイドさんは返事をしてくれた。
しかも私の知らない情報を。
「ベラトリクス様とステファン殿下は大変仲睦まじい間柄で……今も食堂にて共にお食事をなさっておられます」
他にも候補がいるのは知っていたけど、有力候補が現れていたのは知らなかった。目から鱗である。そういうことは早く教えてほしかった。
「以前にも殿下は、ベラトリクス様のために新たなドレスを新調して差し上げたそうで、寵愛されている様子が伺えます」
「そうなんだ……」
それならそのうち私もお役御免となるんだろうか。できれば早めにお願いしたいところなんですけど……そんなこと私の口からじゃ言いにくいしなぁ。
ナイフとフォークで切り分けた白身魚の香草焼きを口に入れて咀嚼しながら、件の伯爵令嬢について考えた。どんな人だろう。
私が習い事で忙しくしているせいで他の候補者とはあまり会わないんだよね。
会ったところで会話できるとは思ってないけどさ。むしろ迫害される恐れもあるからあまり関わりたくない。
あ、これ強制なんですか、候補者からの辞退とか認められない感じですかね。
ステファン王子はそれに関してただ静観している。
あの人、何考えているかわからない。魔女の決めた運命の相手を拒絶したら呪われるとかそんな迷信でもあるんだろうか。
彼の口からこの話を破棄するという発言は一度も出てこなかったのだ。
なんやかんやそんなわけで私はお城に滞在していた。
もちろんお互い未婚の男女だから間違いが起きないよう、居住空間は厳重に分けられているが、同じお城の敷地内にいる訳だから何度も王子と遭遇した。
まぁその度に穴が開くくらい睨まれているけどね。私は深々と頭を下げて彼の顔を見ないようにしている。怖いもん。
彼は公務だったり、大学に通ったり、個人的な用事にと毎日何かと忙しそうにしているようだ。
忙しい立場なのに、ダンスの特訓をしている場に現れてそこでも睨んで来るものだから、ダンスの先生の足を何度も踏んでしまった。挙げ句の果てに先生を引き倒してしまい、王子の前で失態を晒してしまったのだ。その時の王子の憤怒の表情は忘れられない。
次回からはなぜか女性の先生に変わった。前の先生は私の指導に音をあげてしまったんだとちょっとへこんだ。
また別の日に、女性の先生とレッスンしているときに再び現れた王子が「男性と踊れるようになった方がいい」と言い出して、私の手を取ったときは心臓が止まるかと思った。
ときめきとかではなく、足を踏んだらどうしようの方でね。
「足ではなく、私の顔を見るんだ」
顎を掴まれてくいっと上に持ち上げられた瞬間、翡翠色の瞳が私を射抜いた。透き通る美しい緑。その瞳に吸い込まれそうになり固まってると、王子の眉が怪訝にひそめられた。
また不興を買っちゃう! テンパった私は足をもつれさせて王子の胸元にどすんと体当たりした。
「ぎゃっ! すす、すみません!!!」
私は慌てて飛びのこうとしたが、腰を支えている王子の手に力がこもって離れられなかった。
「あ、あの?」
まるでチークダンスみたいな距離の近さに私は困惑する。あまりにも近すぎて王子の吐息や心臓の音まで聞こえてきそうだ。
身内以外の男の人と密着することはないのに、これは色々とまずいのではないだろうか。居心地が悪くて身じろぎすると、耳元で「離れるな」と命令されて私はビクッとする。
なんで? なんで? と私の頭の中には疑問が湧くが、それを気軽に尋ねられる相手ではない。彼が満足するまで私は拘束され、チークダンスもどきを踊らされた。
緊張と困惑と恐怖でぐちゃぐちゃだった。彼狙いのお嬢様たちにこれを見られたら、私殺されるんじゃないだろうかって。身の程知らずと罵倒される未来待ったなしである。
なんで一庶民な私が王子様と踊ってるんだろう。長い夢でも見ているんじゃないかな。大体の女の子が夢を見る場面なのに、私はうっとりする余裕もなく、早く時間が過ぎたらいいのにと念じていた。
これだけの美形な王子だ。王子に近づく目的でお城に就職する女性たちもいるくらい、彼はとにかく女性人気があった。そのため、王子の周りのお世話をする女性使用人は長年お城で勤務している落ち着いた年嵩の人が多いとか。いくら優秀でも、若い女性というだけでその職には就けないのだという。
たまに廊下で遭遇すると女性使用人たちに憧れの眼差しで見つめられている姿もよく見かける。それは外でも同様で、貴族女性から一般市民まで虜にしているんだろう。
そして私はいつも王子に睨まれるという流れである。
普通にしてくれたら夢に見るような素敵な王子様なのに、どうしてそんなに私を睨むのか。いまだに彼のことがよくわからないでいる。
彼は第3王子なので、王位継承の可能性は低い。いずれは公爵位を賜ると思われている。そのために花嫁候補の私は公爵夫人としての教養や知識をみっちり身につけさせられていた。
貴族夫人というのは何も毎日お茶飲んで優雅にのんびり過ごしている訳じゃない。
流行を取り入れて社交をするだけでなく、家の管理を任されるのだ。それにはお金の運用や、使用人の掌握なども含まれている。
男爵家で諸々の管理をする伯母を見たことがあるので何となく想像はつくが、それを私も学べと言われるとは思わなかった。平民の女性だって結婚したら家計を管理するけれどそれとは規模が違いすぎる。
お金の計算に関しては後々役に立つだろうし、いいんだけどさ……
専門の家庭教師の指導の元、帳簿の練習帳を書かされ、計算して、先生に出された課題について考えさせられたり、意見を求められたりと色々小難しいことが多いが、この知識があれば国に戻ったとき事務の仕事ができそうなので、私はそこそこ真面目に取り組んでいた。
ていうか一人取り残された寂しさとか、持て余した暇を紛らわせるために頑張ってるとも言う。真面目にやらないとまたあの王子に睨まれそうだしとは口には出せない。
ちなみにあの花嫁候補占いの後、続々と王子の第2、3の花嫁候補が誕生したらしい。誰が花嫁になるか確定していないのに私に色々学ばせる必要があるんだろうか。
あ、あれか、貴族のお姫様達はもうすでに花嫁修行を終わらせているのかな。知識が足りないのは私だけってオチか。
「お前は王子妃として不適格だ」と言ってくれたらいつでも出て行くので、私を解放してほしい。そう思う今日この頃である。
◇◆◇
「お夕飯をお持ちしました」
「ありがとうございます」
今日習った範囲を部屋でひとり復習していると、与えられた居室に一人のメイドさんがお夕飯を届けに来てくれた。
ワゴンに載せられた料理をテーブルに並べてくれたので、私はお母さんに厳しくしつけられた通りにお上品に食べた。今この部屋にはメイドさんと私のふたりだけとはいえ、ここはお城なのでマナーは弁えねば。
……実家や伯父夫妻の屋敷ならおしゃべりしながら食事をしたが、ここには楽しく会話する相手もいない。なんだか味気なくつまらない。
「……あの、私はいつまでここに拘束されるのでしょう」
私は心細くなって、配膳してくれているメイドさんに尋ねた。
「あなたは殿下の花嫁候補ですから」
淡々と返された言葉は、これまでにいろんな人に返された答えと同じだった。何の解決にもならない解答だ。
「どうせ殿下は貴族の姫様とご結婚するんでしょう? 私いなくても良くないですか?」
愚痴をメイドさんに対して吐き出す。
彼女に言っても現状が変わる訳じゃないのはわかっているけど、そこそこ不満を蓄積していたので愚痴の一つくらい吐き出させてほしい。
このメイドさんは仕事で仕方なく私の世話をしているだけだ。親しい訳でもない。親しみやすそうな雰囲気もないし、普段は必要最低限な会話しか交わさない。だから私の愚痴もスルーして何もなかった風に装ってくれるだろうと思っていた。
「……そうですね、有力候補は伯爵令嬢のベラトリクス様と言われております」
予想に反してメイドさんは返事をしてくれた。
しかも私の知らない情報を。
「ベラトリクス様とステファン殿下は大変仲睦まじい間柄で……今も食堂にて共にお食事をなさっておられます」
他にも候補がいるのは知っていたけど、有力候補が現れていたのは知らなかった。目から鱗である。そういうことは早く教えてほしかった。
「以前にも殿下は、ベラトリクス様のために新たなドレスを新調して差し上げたそうで、寵愛されている様子が伺えます」
「そうなんだ……」
それならそのうち私もお役御免となるんだろうか。できれば早めにお願いしたいところなんですけど……そんなこと私の口からじゃ言いにくいしなぁ。
ナイフとフォークで切り分けた白身魚の香草焼きを口に入れて咀嚼しながら、件の伯爵令嬢について考えた。どんな人だろう。
私が習い事で忙しくしているせいで他の候補者とはあまり会わないんだよね。
会ったところで会話できるとは思ってないけどさ。むしろ迫害される恐れもあるからあまり関わりたくない。
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