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遊女・さくら【さくら視点】

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 予定通りだった。
 あの“ドラマ”と同じように、同じ行動を取り、同じセリフを言って“彼”と接触したはずだったのに。
 しっかり目も合った。彼は私を見つめていた。

 ──なのに、彼は他の女を見ていた。

 その女はライバル役にも満たない、ちょい役だったはず。“彼”に恋慕を抱くが、妹としか見られずに退場する役柄。
 あたしとは土俵が違うのだ。この世界のヒロインである“さくら”とは違う。
 ──それなのに何故、彼はその女を気にかけるのか。あたしの手をやんわり解いて、大門の外にいたその女を追いかけていった、あたしの運命の人。

 12歳で口減らしのために売られたあたしには女郎として生きる術しかなかった。
 水揚げの時思い出した。姉女郎の馴染みの客に抱かれながら、思い出したのだ。
 あたしはこの世界の…“前世”で観たドラマ、大正浪漫・夢さくらの主人公・遊女さくらであると。
 生きるためだとはいえ、客を取ることが嫌悪感でいっぱいだったけど、その内それに麻痺していった。……それでも私はこの世界から足を洗って外の世界へと旅立ちたかった。
 そのためには、彼があたしと出会って恋に落ちなければならない。彼があたしを身請けする必要があるのだ。
 それだけが心の支えだったのに。

 それなのにおかしい。
 あたしは何のためにここにいるのだ。何故こんな目に遭っているのか。

 あの女は……綺麗な着物を着ていた。肌も髪も綺麗に手入れされて、親に愛されたお金持ちの娘って感じで……
 運命の相手よりも、そっちを選んだ彼……
 結局薄汚れた女郎よりも、綺麗な令嬢のほうがいいってわけ…?

 ……そんなことない。だってあたしはヒロインなのよ? 主役なんだから。
 きっと接触を重ねたら、ドラマ通りに話が進行するはず。そうよ、きっとそう。
 もしもすでに、あの二人が恋仲だったとしても奪えばいいだけ。そんなのこの吉原では日常茶飯事だ。
 どんなに硬い男も女郎の手管にかかればあっという間に堕ちる。楽勝だ。

 正しい道に戻すだけだもの。それが正しい流れなの。

 あたしは早速紙と筆を取り、彼に恋文をしたためた。 
 会いたいと想いの丈を書き連ねれば、きっとあたしのことが気になるはずだ。

 だってあたしは、もう少し売られるのが早ければ太夫にだってなれたかもしれないと言われるくらいの器量良しなんだ。こんなにいい女に言い寄られてクラッとしない男はいないはずだ。
 あたしに夢中になることは目に見えている。それを想像するだけでワクワクしてきた。
 

 禿を使いに出してその手紙を出してもらった。

 だけど3日待てど、7日待てど、待ち人どころか、返事すら来ない。
 住所が違うのだろうか?
 彼が所属している軍施設名義で送ればいいだろうか。名前さえわかればきっと届くはずだ。
 もう一度、もう一度と何度も手紙を送っても返事は来ない。

 
 女郎としてお客に来てもらうために営業として文を送るのはいつものことだ。返事が来ないのも、客足が絶えるのも特段珍しいことじゃない。

 「可愛いね、好きだよ。また来るよ」と言っていた客が来ないことも腐るほどある。
 だけどいちいち傷つかない。女郎は単なる一晩限りの妻。客とは単なる恋愛ごっこをしている関係だ。
 多くを求めてはいけない。客に恋をしてはいけない。期待してはいけない。客の甘言に騙されてはいけない…それは見習い新造時代の頃から姉女郎に教わってきたことである。

 わかっている、わかっていたのだ。
 だけど彼は違うだろう。
 あたしの運命の人のはずなのに。
 …来ない。

 なぜ、うまくいかないの。


 …あの女のせいか。
 宮園亜希子。女学校に通う裕福な商家のお嬢様。あたしとは正反対のあの女。
 あたしから、彼を奪うって言うなら、あたしと“同じ目”に遭ってもらわなきゃ採算が合わないわね。
 それでも彼があの小娘を選ぶって言うなら、喜んで手を引いてあげてもいいけど…? どうなることかしらね。
 あたしがふふふ、と声を漏らして笑っていると、禿が「姉さん、なにかいいことでも?」と尋ねてきた。
 
「それは…どうかね」

 悪巧みして笑っていると知られてはまずい。あたしは優しい姉女郎で通じているのだから。
 目の前にある鏡台に映るは、花も恥じらう美貌のかんばせ。その小さな唇からおねだりをすれば、男は鼻を伸ばして何でも言うことを聞いてくれる。
 
 絶対にあたしのもとに落としてやる。あの逞しい体に抱かれるのはこのあたしだ…!


 ──そういえば、あのドラマにはもうひとり重要人物がいたはずだ。あの宮園亜希子の家に下宿する貧乏学生……さくらに横恋慕する当て馬・吹雪だ。
 作中、彼は本屋で購入した本を犬に奪われて、それを取り返そうと追っているうちに吉原に入ってくるのだ。そこでさくらと出会うはずなのに……
 接触していてもいいはずなのに。何故彼は目の前に現れないのだろう?

 何故主人公であるあたしじゃなくて、あの女のそばにいたのであろうか?
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