上 下
7 / 10

第7話 いじめとか相手にしないから【中編】

しおりを挟む

【昼休みに屋上まで来い】 

「…………」

 そうは言っても、この学校の屋上って封鎖されてるんじゃなかったっけ?

 またもや下駄箱に如何にも怪しげな手紙が入れられていた。ここ最近は私物を持ち歩くか、鍵付きロッカーに仕舞うかして被害リスクを避けていたので平和だったのだが、嫌がらせの犯人の気は収まらないらしい。
 そもそも目的はなんだ。
 文句があるなら直接言えばいいのに、こうしてベタな嫌がらせをされても不満は解消されないぞ。

「君に喧嘩を売るだなんて、怖いもの知らずがいるんだね」
「……俺の背後に立つなサイコパス野郎」

 気配がなかったぞ。音なく忍び寄るのやめて。

「いじめに怯えて泣く顔もかわいいだろうけど、中身が君だからねぇ…」
「すみませんねぇ、恨むならあのワガママ令嬢を恨めよ」

 俺が好きで身体を乗っ取ったわけじゃねーから。
 エリカ嬢マニアのサイコパスは今日も元気そうである。そんなにあの令嬢のことが好きなら、裏で嫌がらせの手引きして、エリカ嬢を窮地に陥ってから弱るのを待つんじゃなくて、正攻法で攻めていけばよかったのに。押せ押せどんどんしておけばエリカ嬢気弱だからクラッとしたんじゃない? 知らんけど。

 中身が年上の男子高生だと知っているくせに諦めの悪いサイコパス上杉はじっとりした視線を送ってくる。
 もう季節は初夏。なのに寒気がするのはきっと俺の生存本能が逃げろと叫んでいるのだと思う。あと俺の純白の貞操かな。俺は魔法使いになるんだ、邪魔すんなよ。

「……精神破壊すれば、いけるかなぁ?」
「させねぇよ!? 潰れろサイコパス!」
「うっ!」

 気持ち悪いことを言っていたので、思いっきり金的して俺は逃げた。
 俺は悪くない、悪いのはみんなあいつだ。


■□■


 俺はもともとお勉強が嫌いだ。
 だけど二階堂エリカ嬢というセレブのお嬢様を庇って死に、憑依してしまい、彼女として生きなくてはならないと決まったときから、嫌いなものと真正面から向き合わなくてはならなくなった。
 だって俺一生独身貴族確定だもん。自分の食い扶持は自分で稼がなきゃ。流石にニートは無理だよ。俺のプライド的にも無理。だから今までになく頑張っている。

 ──だけどそのストレスはマッハ。
 いきなり成績が急上昇するわけじゃないし、苦痛がなくなるわけじゃない。
 慣れない環境、女になってしまったこと、その他諸々……それに加えて最近の嫌がらせ行為だ。
 俺の中でストレスはすごいことになっていた。

「開けろやー!!」

 呼び出しを受けた俺が屋上に出た瞬間ドアを閉ざされ、鍵をかけられた。鉄扉を蹴りつけると鈍い音が響くのみ。足にビリビリと反動が返ってきた。痛い。
 俺は膝を抱え込んでうずくまった。
 …罠である雰囲気はプンプンしていたんだよ。だけど首謀者と対峙できるなら文句を言ってやりたいと思っていたから……
 はぁぁ…と深い溜め息を吐き出す。

 もうなんやねん。俺が何したっちゅうねん。この学校アホばかりなんちゃう?
 思わず関西弁が口から漏れ出てしまう。本場の関西人に怒られてしまいそうだ。

 いつまでもここでうずくまってるわけにはいかない。次の授業で俺当たるし。

「もしもし、慎悟? オレオレ。いま屋上なんだけど閉じ込められたから迎えに来てー」

 困ったときには慎悟である。
 優等生な彼ならすぐに先生を引き連れてやってくるだろう。スマホ持ってきておいてよかった。

 そのあとすぐに救出された。
 開放していない屋上の鍵が何故開いたのかと先生が訝しんでいたが、そんなん俺も聞きたい。


「なんか心当たりはないのか」
「あるとしたら加納ガールズなんだけど、あいつら正々堂々といじめてくるから多分違うんだよねー」

 俺の返答に慎悟はなんだか渋い顔をしていた。俺との関係を疑われているのが不服なのだろうか……俺だって男との関係を疑わられて不服なんだからお互い様だぞ。

「ま、しゃーねーよ。外から見たらお前に一番近い位置にいる女が俺だからそんな目で見られるんだ……俺はいつでも隠れ蓑になってやるからな?」

 慎悟が三浦との恋を貫くつもりでも、世間の目は痛いからな。俺が壁になってやってもいいんだぞ。
 俺はスタタタッと階段を駆け下りた。ギリギリ昼休みの時間。人気の少なかった屋上につながる階段から3階に降りると、生徒の姿がちらほら。

「……ちょっと待て、隠れ蓑ってどういう意味だ」
「そのままの意味だぞ。ほらお前三浦と…」

 俺の後を追いかけてくるように慎悟も階段を降りてきた。そして俺を通せんぼするかのように前に立ち塞がった慎悟は困惑した様子で俺に言い聞かせてきた。

「だからそれはお前の勘違いで、俺と三浦はそういう踏み込んだ間柄じゃないと」
「俺にまで誤魔化さなくても大丈夫だって」

 この期に及んで否定してくるなって。俺は心配するなと親指を立てるとニカッと笑ってやった。
 
「俺達友達だろ?」

 慎悟は呆然としていた。
 …決まったぜ……気取れる俺、めっちゃかっこいい。
 慎悟との横をすり抜けるようにして階段を降りる。5時間目で当たる問題を慎悟に答え合わせしてもらいたい。
 踊り場をぐるっと通過して、一番上の12段めに足をかけた俺は先程と同じように軽快なステップで駆け下りようと足を踏み出した。
 だけど。

 ──ドンッ
 背中に伝わった衝撃に体のバランスを崩した。下にあるのは階段、そして階下。
 えっ、慎悟が押した!? どつくにしては強すぎないか!? 場所! 場所を考えてくれよ!

 このままでの地面に身体を叩きつけられてしまう。
 俺は胸の前で腕をクロスすると、宙に浮いた身体に勢いをつけて回転した。ぐるんと視界が回る。そのまま俺は地面目がけて体制を整える。

 ──スタッ
 …見事な回転ひねりだ……自分の技ながら惚れ惚れする……

「おい、お前、無事か!?」

 俺は自分の見事な着地に満足していたのだが、階段の上では慎悟が血相を変えていた。

「無事無事ー、だけど階段降りてる時に人の背中押すなよなー慎悟ー」
「は? …俺は何もしてないけど……」

 急いで階段を降りてきた慎悟は眉をひそめて訝しんでいる。
 じゃあ誰だ、英学院七不思議か? 幽霊が俺を押した?
 すれ違った生徒の誰か? 慎悟が見ていないだけで誰かが俺の背中を押したの?
 ……それとも、慎悟が嘘をついている……? これは一番考えたくない可能性だな。
 頭にいろんな可能性が思い浮かんだが、考えるのが面倒になった。

「……あー。なら、俺が足を滑らせたことにしていいや」
「はぁ? …体調悪くしてるんじゃないか? さっきあんなことがあったから…」
「だいじょーぶ。だから次の授業で当たる部分答え合わせさせて」

 あっさり諦めると慎悟が変な顔をしていたので、俺は慎悟の背中にドムスと頭突きをして先を急がせたのである。
 
 俺と慎悟にとっては友情のスキンシップ。あまりしつこいと頭をペーンと叩かれるが、友達同士のほのぼのとしたやり取りのつもりだ。

 なのだが、外から見たら、それはカップルがイチャコラしているように見えるのだと、俺はこの後知ることになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

明星一番! オトナ族との闘い。

百夜
青春
波乱万丈、神出鬼没! 言葉遊びで展開する新感覚のハイテンション学園アクションコメディです。 明星一番は高校3年生。偶然隣りの席にいた三咲と共に、次々と襲い掛かかってくるオトナ族との闘いを「言葉遊び」で制していくーーー。 だが、この学園には重大な秘密が隠されていた。 それが「中二病」・・・。 超絶推理を駆使して、彼らはその謎を解けるのか?

君を救える夢を見た

冠つらら
青春
高校生の瀬名類香は、クラスメイト達から距離を置き、孤高を貫いている。 そんな類香にも最近は悩みがあった。 クラスメイトの一人が、やけに積極的に話しかけてくる。 類香はなんとか避けようとするが、相手はどうにも手強い。 クラスで一番の天真爛漫女子、日比和乃。 彼女は、類香の想像を超える強敵だった。

あたしの彼女は愛想が悪い

ありきた
青春
マイペースな女子高生と無愛想な女子中学生の日常系百合ラブコメです。 カクヨム、ノベルアップ+、小説家になろうにも掲載しています。

二人の距離がゼロになるまで

ゆらり
青春
入学式、一目惚れした男の子と結ばれるまでの物語です

脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~

みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。 ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。 ※この作品は別サイトにも掲載しています。 ※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。

攻略対象の影薄い姉になったけど、モブってなにしたらいいの?

スズキアカネ
恋愛
転入生を見て思い出した。大好きだった乙女ゲームのモブ姉として私は転生してしまったのだと。だけどモブって何すりゃいいの? 特等席でイベント見れるチャンスだからまぁいいか!2度目のJKライフ、楽しまなきゃ損でしょ! (本編は全81話) ◇◆◇ 小説家になろう・カクヨム・個人サイトにも掲載しております。 文章の転載・転用などは禁止致しております。Do not repost.

私のなかの、なにか

ちがさき紗季
青春
中学三年生の二月のある朝、川奈莉子の両親は消えた。叔母の曜子に引き取られて、大切に育てられるが、心に刻まれた深い傷は癒えない。そればかりか両親失踪事件をあざ笑う同級生によって、ネットに残酷な書きこみが連鎖し、対人恐怖症になって引きこもる。 やがて自分のなかに芽生える〝なにか〟に気づく莉子。かつては気持ちを満たす幸せの象徴だったそれが、不穏な負の象徴に変化しているのを自覚する。同時に両親が大好きだったビートルズの名曲『Something』を聴くことすらできなくなる。 春が訪れる。曜子の勧めで、独自の教育方針の私立高校に入学。修と咲南に出会い、音楽を通じてどこかに生きているはずの両親に想いを届けようと考えはじめる。 大学一年の夏、莉子は修と再会する。特別な歌声と特異の音域を持つ莉子の才能に気づいていた修の熱心な説得により、ふたたび歌うようになる。その後、修はネットの音楽配信サービスに楽曲をアップロードする。間もなく、二人の世界が動きはじめた。 大手レコード会社の新人発掘プロデューサー澤と出会い、修とともにライブに出演する。しかし、両親の失踪以来、莉子のなかに巣食う不穏な〝なにか〟が膨張し、大勢の観客を前にしてパニックに陥り、倒れてしまう。それでも奮起し、ぎりぎりのメンタルで歌いつづけるものの、さらに難題がのしかかる。音楽フェスのオープニングアクトの出演が決定した。直後、おぼろげに悟る両親の死によって希望を失いつつあった莉子は、プレッシャーからついに心が折れ、プロデビューを辞退するも、曜子から耳を疑う内容の電話を受ける。それは、両親が生きている、という信じがたい話だった。 歌えなくなった莉子は、葛藤や混乱と闘いながら――。

処理中です...