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第3話 女の子らしくとか、お断りだから。

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「笑也君、もうちょっと…ちょっとでいいから女の子としての自覚をもってくれないかな?」

 パパさんに苦言を呈された俺は相当ひどい顔をしていたらしい。パパさんの顔が引き攣っていたもん。
 俺は男の中の男だ。女の子になりたいと思ったことがない年頃の元気な男子高生だ。そんな人間に女らしくしろって人格否定もいいところだぞ。

「じゃあパパさんも明日からスカートとヒールの靴履いて仕事しましょ? そしたら俺も頑張りますんで」

 俺の言葉にパパさんはぎょっとして、サッと目をそらした。
 自分が出来ないことを人にすすめるのはよくないと思うな。
 
 だいたい俺は毎日に心削れていっているんだ。パパさんも娘の荒れた姿を見たくないんだろうけど、こっちだって胸中ハリケーンなんだからな。


■□■


「まあぁ! とても良くお似合いですわ。まじょまじょ☆ミラクルのアンジェラの衣装!」
「アンジェラ…」

 絶賛ぼっちな俺に珍しく声を掛けてくる女子がいたと思えば、文化祭のコスプレ喫茶の衣装を任せてくださいと言われた。
 嫌な予感がしつつも、断りきれなかった俺は渡された衣装を見て、思考を放棄した。

 あーぁ、文化祭とかマジクソ。
 いくらエリカちゃんが美少女でも中の人が自分ってだけで冷静になるし、普通に気持ち悪いわ。背筋がゾゾッとする。鏡に映る美少女を見てもどんどん心が凍り冷え固まっていく心持ちである。
 慎悟のクラスとかハンドメイド品販売だったっけ? いいなぁ俺もそっちが良かった。俺こう見えて前衛的な芸術センスの持ち主なんよ?

 慎悟のクラスにタスケテ…タスケテ…とヘルプを求めようとすると、その前に慎悟の周りに侍る加納ガールズに追い払われた。女子怖い。
 女狐とか傷物とかとんでもない罵倒してくるし……英学院のお嬢様ってだけで庶民から見たら高嶺の花なのに、実物があれだとイメージ崩壊しちゃうよ全く。
 
 憑依して半年経つけど、未だに俺は成仏する気配がない。そもそもエリカちゃんがどこにいるのかさえわからない。誰か助けてと毎日念仏のように唱えている日々だ。
 時が過ぎたらこの状況にも慣れるさと慎悟が言っていたが、所詮他人事である。性別違うんだから慣れるわけ無いでしょうが、馬鹿じゃないの? 
 体の作りからして違う、周りからの扱いも違う……別人に憑依しただけですごいストレスなのに本当にやばいのよ!?
 
 俺だって与えられた時間をのびのび過ごしたいって気持ちはあるけど、限度があるでしょうよ!! せめてエリカちゃんが男なら! もしくは俺が同じ女なら話は別だったろうね!!



「というわけなんだよ! こんな情けない姿をユキ兄ちゃんには知られたくなかったと言うかー! オエッ」

 感情が高ぶって嗚咽を漏らしてしまった。いや、嘔吐反射かな?
 文化祭一般公開日に、我が弟が従兄のユキ兄ちゃんを連れてきてしまった。彼は俺の憑依に気づいてしまったらしく、エリカちゃんの姿をした俺を見るなり「俺が忘れ物届けさせたせいだ、ゴメンね」と涙を流していた。
 実の兄のように慕っていたユキ兄ちゃんのそんな姿を見て俺は……今までのストレスを吐き出して一緒に涙していた。
 俺の心の叫びにユキ兄ちゃんの涙は止まったようだ。興奮して涙と鼻水を垂らす俺の顔をハンカチで拭ってくれた。

「泣き方汚いぞ、お前」
「うるせー! 慎悟も女の子に憑依してみろよ! 辛いんだぞ! 俺は女の子の人生を奪ってまで生きたくないのに!」

 人の泣き方にケチつける慎悟に言い返すと、手渡された箱ティッシュを抱えて鼻を噛んだ。

「それにしてもその体の持ち主はどこにいるんだろうね」
「さぁ、知らね。この体の奥底で眠ってるのかなと思っていたけど、全然なんともないし。俺もよくわかんない」

 彼女に会えたら、とっとと身体返して俺はドロンするつもりですけどね! いつまでこんな苦行を味わないといけないんだ!  
 あの事件に俺が巻き込まれた原因がユキ兄ちゃんの忘れ物を大学まで届けに来たからで、悪いのは自分なのだと自分を責めるユキ兄ちゃんを宥めて、この後行われる招待試合観戦に案内した。
 レギュラー出場する俺の元気な姿を見せるために…!

 だけど、別人の身体、性別の異なる身体でのプレイがうまく行かずに、俺は情けない姿を晒してしまうことになる。

 悔しくて悔しくて、男としての矜持も、強豪校でレギュラー入りしていた自信も粉々になってしまい……俺はギャン泣きして周りをドン引きさせたのであった。


■□■


 裁判で証言するために出廷して、証言する際に俺を殺したあんちくしょうに向けて声を掛けてみたけど無反応だったので、ちょっとだけ罵倒したら裁判長に怒られた松戸笑也、享年17歳です。
 いいじゃんね、「後先考えないイキリ野郎」って言うくらい。

 女として生きるのに心削れている俺は毎日バレーに没頭していた。エリカちゃんに身体を返すその日までバレーを楽しむことにしたのだ。
 ていうかすることがそれしかないんだ。
 目下の目標はレギュラーになることだけど……エリカちゃん小さいし、骨格華奢だしで……不利なんだよなぁ……


「二階堂様」

 考え事をしていると、クラスメイトから「人が呼んでいる」と声を掛けられた。教室の外に出ると、そこにはどこに出しても恥ずかしくないTHEお嬢様がいた。
 彼女はどうも慎悟に気があるらしく、お嬢様学校に通っていたのにわざわざ英学院に入学してきたそうだ。バレンタインにもわざわざチョコを届けに来たくらいで。積極的なお嬢様である。

「丸山さん…? 俺に何か用?」

 そんな丸山嬢が俺に何の用だというのか。
 エリカちゃんも彼女とそこまで仲良くなかったそうなので、ちょっと身構えてしまう。
 エリカちゃんに憑依してしまった俺は、男の頃にはわからんかった女の黒い部分を見聞きしてしまって、女性不信になりかけなのだ。これ以上夢を崩さないでほしい。
 俺が警戒していると気付いたのか、丸山嬢は眉を八の字にさせて困った顔をして見せた。
 そんな顔されても困る。この学校の女子に限らず、女ってものはしたたかでずる賢い生き物なのだ。簡単には信じないからな!

「これを…お父様の取引先の方から頂きましたの。よかったら一緒にどうかなって」
「…動植物園のチケット…? 俺と丸山さんが?」

 なんで。そんな親しくない相手と行って楽しいものか?

「その…慎悟様も一緒に」

 丸山さんはそう言って頬を赤らめていた。
 あー。はいはい、なるほどね。

「それってトリプルデート? なんで俺が男とデートしなきゃいけないんだよ。つーか俺をダシにするんじゃなくて自分で誘ったら? そういうやり方卑怯だよ」

 このパターン体験したことあるぞ。
 どうせ俺と慎悟が親しそうだから俺を誘ってるんだろ。俺がいたら慎悟も誘いに乗ってくれると思ったんだんじゃね?
 かぁー、したたかだねぇ、やっぱり女は怖い。
 俺の反応を想定していなかったのか、丸山さんはキョトンとしていた。

「用がそれだけならもういい? それとも慎悟呼んでやろうか」
「えっ!?」
「おーい色男慎悟―。デートのお誘いだとよー」

 俺は教室の奥で友達としゃべっている慎悟を適当に呼びつけると、後は任せたとばかりに教室を出て行った。
 廊下を歩きながら俺は息を吐き出す。まるで水の中にいるように息苦しい。 
 はぁ、息が詰まる。
 エリカ嬢はここが息苦しいと感じていたみたいだが、俺にはその比じゃないぞ。

 …少しだけ、慎悟が羨ましい。
 俺には甘酸っぱい青春なんて味わえないんだろうな。
 女の子とデートとかしてみたかった……
 自分の人生に未練ばかりである。
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