バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ

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勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。

お好み焼きはとにかく見守ることが大事です。

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 あべのハルカスの最寄り駅から私が行きたかった鶴橋まではそんなに遠くなかった。鶴橋商店街近辺は関西屈指のコリアンタウンである。そこに一歩足を踏み入れると異国に紛れ込んだかと錯覚してしまいそうになる。

「こっちこっち。お姉ちゃんが修学旅行で行った美味しかった惣菜屋さん」

 普通の商店街のような店が並ぶ中で韓国文化が融合されている感じの商店街はやっぱり日本じゃないみたいだ。ふと焼肉やキムチの香りが漂ってきた。韓国惣菜を取り扱ってるお店では量り売りの惣菜が並べられている。手作りのマッコリだったり、白菜キムチだけじゃなくていろんなキムチが勢揃いしていたりと目でも楽しめた。

「あっ多分ここ! 韓国風の海苔巻きが美味しいってお姉ちゃんが言ってたんだ!」

 私はそこでキンパとよばれる海苔巻きを購入した。一緒に来ていた悠木君たちも購入して、食べ歩きをしながら商店街内を見て回った。お姉ちゃんが言っていた通り海苔巻きは超美味しかった。中にキムチが入っていたけど、辛くないから食べやすかった。

 口直しのコーン茶を飲みながら私は思った。鶴橋エリアに入ると極端に目につくので気になっていたけど、この辺ベタベタするカップル多いな…。
 欧米人を見ているような気になるけど、ファッションからして恐らく韓国系の人なんだろう。お互いの腰に腕を回してぴったりくっついて歩くカップルを眺めていると私が恥ずかしくなった。
 海外留学に行ったらああいうカップルに何度も遭遇しちゃうのだろうか…今のうちに慣れないと息切れしてしまいそうである。いちゃつくカップルをじぃっと観察していると、悠木君にまた手を繋がれた。自然に繋がれたぞ……迷子防止だろうか。

「ホットクがある。あれも食べてみようぜ」

 ホットク屋のメニューを見るなり違う味を買ってはんぶんこしようと言われ、黒糖ピーナッツとカレーを分け合った。丸いホットケーキみたいなホットクはさっくりしていて美味しかった。韓国で定番のおやつらしい。
 おやつを食べるのに一旦離していた手は、再び移動を開始するとまた自然と繋がれた。共に行動する眼鏡と桐生さんから見られて恥ずかしい気持ちもあったけど、自分からその手をほどこうとは思わなかった。

「うぅーん、ふたりしてイチャイチャしてずるいなぁ。礼奈、俺と手ぇ繋ぐ?」
「えっ!?」

 眼鏡が桐生さんにお手々つなぎをお誘いすると、普段余裕の表情を維持している桐生さんの顔色がぱっと桃色に染まった。

「なーんてね! 冗談だよ!」

 眼鏡としては冗談だったらしい。なんちゃってーと話を終わらせると、私と悠木君の間に割り込むように肩を組んで来た。

「歩きにくいだろ」
「俺とも修学旅行の思い出作ろうよぉ夏生クゥン」
「耳元でささやくなよ、ゾワッてするだろ」

 悠木君に絡み始めた眼鏡を呆れ半分に見上げていると、視界の端で桐生さんがひとり立ち止まっているのが見えた。私が振り返ると彼女は胸元で両手を握りしめて俯いていた。…なんとなくしょんぼりしているように見えたのは目の錯覚かな。


■□■


「大阪に来たからにはお好み焼きでしょ!」

 鶴橋商店街を大方見回った後にそう言ったのは眼鏡だった。

「えぇ? さっき海苔巻食べてたじゃない…夕飯食べられなくなるわよ?」

 お好み焼き案に渋い顔をしていたのは桐生さん。まぁ彼女の言い分もわかるが、私は眼鏡と同じ気持ちだ。大阪に来たのに食べないのは勿体ないと思うのだ。

「じゃあ私とはんぶんこする? 男子は一枚くらい平気でしょ?」
「まぁな。鶴橋でそんな食べたわけでもないし、胃袋はまだ余裕」

 そんな感じで話はまとまり、私達はお好み焼き屋へ移動した。
 あまり乗り気ではなかった桐生さんも、実際お店の鉄板で焼かれたお好み焼きを見たら小腹がすいたようで、箸を止めることなく食べていた。私達が頼んだのはモダン焼きだ。パリパリに焼けた麺と濃いお好みソースがとても美味である。

「森宮さん、ちょっとちょうだいよ」

 ふざけたことを抜かすのはシーフード焼きを食べていた眼鏡である。私と桐生さんは同じものを食べているのになんで私にお願いするんだろうかと思いつつも、シーフードお好み焼きも美味しそうなので私は話に乗ってやることにした。

「ほい」

 ヘラでガッと自分の分を一口サイズカットしてそれをすっと鉄板上で横流しした私は、眼鏡のお好み焼きにヘラを突き刺して大きなイカが乗っている部分を奪ってやった。

「えぇ? あ~んってしてくれないのぉ?」

 ふざけたことを抜かす眼鏡の妄言は無視だ。自分で食べられるくせに何を言っているんだこの眼鏡。ふざけたことを言うヤツは半眼で睨んでおく。
 すると、眼鏡に横流ししたモダン焼きに斜めから箸が伸びてきた。キャッチされたそれがふわりと宙に浮く。それを目で追うと悠木君が大口開けて食べていた。 

「ちょっと夏生!? それ俺がもらったやつ!」

 もっしゃもっしゃと咀嚼する悠木君の口元にはソースとマヨネーズがついていた。彼は眼鏡をじろりと見てフンと鼻を鳴らしているではないか。

「ソース付いてるよ、悠木君はけっこう食いしん坊だね」

 備え付けの紙ナプキンを手にとって、対面の席に座る悠木君の口元を拭ってあげると、彼はゴクリと食べていたものを飲み込んで目を丸くして固まっていた。
 ──パシャリ
 横から聞こえたシャッター音とフラッシュに私はぎょっとする。横を見たらそこにはスマホカメラをこっちに向けている眼鏡。

「眼鏡! 今。写真撮った!?」
「いい写真が取れたよ」

 ニヤニヤ顔の眼鏡がこちらにスマホを見せてくる。私が悠木君の口を拭ってあげているシーンを撮影されたらしい。ちょっと、抜き打ちで撮影しないでよ!
 私が文句を言おうとしたら、「大輔、後で送って」と真顔の悠木君が転送をお願いしていた。私はてっきり悠木君は不快感を露わにすると思ったのに意外である。

「……大輔」

 そこにポツリと声を落としたのは蚊帳の外になっていた桐生さんである。

「ん? なに、礼奈もほしいの?」

 なんで桐生さんが悠木君の口を拭う私の写真を欲しがるというのか。呆れて眼鏡を見ていると、眼鏡の口に一口大のお好み焼きがズボッと突っ込まれていた。

「むごっ!?」
「……食べたかったんでしょう? 私が食べさせてあげるわ」

 彼女はにっこり笑っていた。

「う、うぐぐ…」
「私お腹いっぱいになっちゃったの。だから残り全部あげる」

 口にいっぱいモダン焼きを入れられた眼鏡はいらないいらないと首を横に振っている。しかし桐生さんは目が笑ってない笑みを浮かべて、次のモダン焼きを構えている。
 よくわからんけど、関わるのはよしておこう。
 私と悠木君は何も見なかったことにして黙々とお好み焼きを完食したのである。


 桐生さんに促されるまま1枚と4分の1ほどお好み焼きを食した眼鏡であったが、ケロリとしていた。彼はお店を出ると大阪の繁華街で楽しそうに色んなものへ目移りしてチョロチョロと動き回っていた。

「あっ! 見てよこれ!」

 眼鏡が歓声をあげたのは食品サンプル店だった。飲食店でよく見かける食品サンプルから、一般人向けのアイテムが販売されているお店だった。狭いお店にそこそこお客さんが入っており、それなりに混んでいた。
 私はどれどれと商品を一つ手にとって無言で元に戻した。意外と高いのでお土産には向かないなと判断したのである。

「森宮さんこれ付けてみてよ!」

 眼鏡に進められたのは、ベーコンエッグの形をしたバレッタである。
 私にこれをつけろと申すか……私は視線で拒絶した。悪いがこういうネタものはちょっと……拒絶に気づいていない眼鏡は私の髪にベーコンエッグのバレッタを当ててきた。

「意外と森宮さん、これ似合う」
「それ本気で言ってる?」

 あんたの審美眼はどうなっているんだ。
 女にそんな事言ったら喜ぶとでも思っているのか。

「ほらベーコンがリボンみたいになってて可愛い。買ってあげようか」
「いらない」

 それは本気で言っているのか、眼鏡よ。
 ベーコンが可愛いって……どこからどう見てもベーコンエッグじゃないか。髪の毛にベーコンエッグひっつけた女のどこが可愛いのか。100文字以内で答えなさい。

「──嫌がってるでしょ、大輔」

 やめてあげなさいよ、と止めたのは真顔の桐生さんだった。
 桐生さんはさっきから少し機嫌が悪く、それを察していた眼鏡は肩をすくめつつベーコンエッグのバレッタを棚に戻していた。

「どうした礼奈ぁ? お腹痛いのか?」
「別に」

 眼鏡が気遣う言葉にもツンケンしていて……私は一つの可能性を見出してはっとする。
 桐生さんは……もしかして欲しかったのかな…。ベーコンエッグのバレッタが。

「悠木君、これ私に似合うと思う?」

 少し不安になったので隣にいた悠木君に確認したら、彼は「欲しいなら…買ってやるけど」と返してきた。
 いらないよ。私が欲しいのはそんな言葉じゃないんだよ。
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