上 下
53 / 79
勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。

日本で一番最速な新幹線の車両名をあげなさい。

しおりを挟む
 修学旅行の日がやってきた。行き先は予定通り大阪と奈良。3泊4日の旅となる。修学旅行初日は朝6時に駅に集合だったお陰で、バイトが出来なかった私は不完全燃焼な気持ちで集合場所である駅前広場に立っていた。

「これから新幹線で移動することになるが、指定席エリアの外に出ないように。一般のお客さんの迷惑にはならぬよう心がけること」

 点呼の後、引率の先生たちが注意事項を述べた。ただ、修学旅行で浮かれてヒソヒソおしゃべりしている人が多く、生徒たちが話を聞いているかは定かではない。
 新幹線車内ではクラスごと、グループごとに配置された席順のまま座る。窓際から人で賑わうホームには生徒の行列が見えた。特進科の生徒も今乗車しているところみたいだ。悠木君どこに居るかなと目で探していると、つんつんと肩を突かれた。

「ねね、美玖悪いんだけど通路側に移動してもらっていいかな?」

 友人の季衣にヒソヒソ声でお願いされ、私は一瞬なぜだ? と疑問に思ったが、対面の席に同じグループで友人が狙っている男子が座っていることに気づいて快く席を交換した。先生が決めた座席表通りに座っていただけだから席交換くらいならお安い御用である。
 もうひとりの友人であるゆうちゃんも狙っている男子の隣をキープしており、2人はやる気だ。

 私はひとり取り残された気分にさせられたが、仕方ない。……修学旅行中ずっとこんなボッチな気分にさせられるのは切ないけども。

『本日も新幹線をご利用いただき、誠にありがとうございます…』

 新幹線のアナウンスが車内に響くも、生徒たちのおしゃべりの声でかき消されてしまう。通路側の肘置きに行儀悪く肘を立てて手のひらに顎を乗せていた私は耳栓を持ってくるべきだったかと後悔する。目的地の大阪まで時間がかかるんだ。昼寝ならぬ朝寝すればよかった。
 新幹線が動き始め、初めて新幹線を乗るという生徒がはしゃぐ声が聞こえてくる。長い長い新幹線の旅が始まった。


 ……暇だ。
 最初の30分くらいは耐えられたけど、それ以上になると座ってるのも飽きてきた。本とか暇つぶしになるもの持ってくればよかった。

「美玖? どこいくの?」

 私が席を立つとお目当ての男子とおしゃべりしていたゆうちゃんに呼び止められた。『何よ、今更構っても遅いから!』とやさぐれたりはしない。孤独感は感じていたけども。

「散歩してくる」

 指定席範囲にデッキがあったからそこまで移動して暇つぶしでもしてこよう。

 普通科エリアを抜けて、隣の車両へ移る。こっちは特進科の生徒が座る指定席である。学校行事に冷めた眼差しを送る特進科の生徒たちであるが、修学旅行ともなるとはしゃいでしまうものらしい。それは普通科の生徒たちと何も変わらなそうである。
 この車両を抜けた先にデッキがある。そこまで歩いても大した時間つぶしにはならなそうだけど、あのまま座っているよりはマシだ。
 脇目もふらずにデッキ目指しててくてく歩いていると、座席側からニョッと顔を出してきた人物がいた。私は驚いてビクッと後ろに飛び退く。

「森宮、何してんの?」
「あっ森宮さんだ。なになに、俺に会いに来てくれたの?
「…大輔、そういう風にからかうのはよくないわ」

 何を隠そう三銃士…じゃない。特進科の仲良し三人組である。修学旅行でも同じグループらしく、本当に仲がいいなぁと感心してしまう。
 なんか桐生さんがまたピリついているけど、邪魔しやがってとか思われてそうで怖い。機嫌悪くなったのは私のせいじゃないよね?

「…私のグループ、合コン状態だから抜けてきた。友達ふたりともグループ内の気になる男子狙ってるんだ」
 
 居心地悪いからデッキで時間潰そうかなって思って、と付け加えると、悠木君は隣に座っていた眼鏡を押しのけて対面側にいる桐生礼奈の横へ追いやっていた。「痛い! なにすんの!?」と眼鏡が喚いているが、悠木君には聞こえていないようだ。

「ならここ座れよ、空いているから」
「無理やり空けたのでは…」

 空いていた、と言うには語弊が…と言おうとしたが、彼に手を引っ張られてストンと座席に腰を落としてしまった。3人の視線が一気に集まって妙に緊張する。

「合コン状態か。修学旅行だから仕方ないと言えば仕方ないけど、大変ね」

 対面の席に座っている桐生さんから労う風に言われた私は少々身構える。

「その調子じゃ、旅行中ずっと森宮さん一人で行動する感じなの?」

 首を傾げた彼女の長い髪が肩を流れる。仕草一つ一つが計算尽くされているな。つくづく私とは正反対な女である。

「まぁ、一人の方が楽かなと」

 これまでさんざん昼休み自由行動してきたので、今更な気もする。カップル成立間近な人たちの側で身を縮めて気を遣いながら行動するより、一人寂しくロンリーオンリー観光のほうがよっぽど楽しいと思うのだ。現に、合コン状態の彼らと同席している方が息苦しかったし。

「自由行動はどうなの? 余計なお世話かもしれないけど、地理もよくわからない繁華街を女子一人で出歩くのは危険だと思うの」
「うーん…」

 ナンパという危険もあるけど、犯罪に巻き込まれると言う可能性もある思う、と彼女から指摘された。私は言われてみればそうだなと思いつつも自分が巻き込まれる想像ができなくて曖昧な返事を返すのみだ。
 危険な場所に行くわけでもないし、大丈夫だろうと考えていたのだが隣に座っていた悠木君が「なら!」と食い気味に口を挟んできた。

「自由時間は俺と回ろう」
「え?」
「俺は誰かと約束してるわけじゃないし、一緒に回ろうぜ」
「で、でも」

 悠木君の申し出に私は申し訳なくなった。
 目の前にいる桐生さんだ。悠木君、彼女のことはいいのか。こんなイベントごとの時に友人を優先したりしていいのか君は。

「礼奈は大輔さえいたら大丈夫」
「え? 俺?」
「ちょっと夏生!」
「ぃてっ」

 悠木君が意味深なことを言うと、眼鏡が不思議そうな顔をした。桐生さんの頬に朱が差して照れ隠しのごとく悠木君のスネを蹴り飛ばしていた。
 …清純派美女が、正統派イケメンのスネを蹴った……作り上げられた桐生礼奈という仮面にヒビが入ったように見えたが、初めて年相応の彼女の素が見れた気がする。

「明日は宿泊するホテルのロビーかどこかで待ち合わせしようぜ。あと回りたい場所があるなら教えて」
「う、うん…」

 なんか自由時間は悠木君と観光することになっちゃった。いいのかな…と桐生さんを盗み見すると、彼女は赤くなった顔を両手で隠している。
 ……桐生さんは、眼鏡と悠木君を逆ハーレムさせて楽しんでいるはずなのに……これでいいのだろうか。私が悠木君と観光するとなると、桐生さんは残された眼鏡と2人きりになるんだけど……あとになって睨んできたりしないよね…?

「あべのハルカスと鶴橋商店街に行ってみたい」

 鶴橋に関してはお姉ちゃんが美味しい韓国料理の惣菜屋さんがあったと熱弁していたから私も食べたいだけなんだけどね。まさに色気より食い気である。
 悠木君に大阪で行きたい観光地を告げていると、外野の眼鏡が「はぁ!? あべのハルカス!?」と不満たらたらな反応を示してきた。
 なんだよ、展望台に登りたいと思っちゃいけないのか。じろりと眼鏡を睨むと、なぜか眼鏡は青ざめていた。

「展望台なんて高いだけだよ!? 上空から地上を見下ろして何が楽しいというの!? 高いところが好きなのは煙とバカだけなんだよ!?」
「眼鏡に馬鹿だと言われる筋合いはないよ。実力テストで私よりも点数を取れてから馬鹿にするんだね」
「いやそういう意味じゃなくてさ!」

 じゃあどういう意味なんだよ。あんたの発言は喧嘩売るような発言にしか聞こえないよ。

「ていうかさ…」

 スマホであべのハルカスの情報を調べてた悠木君が顔を上げて眼鏡を胡乱に睨むと、ため息交じりに言った。

「お前は誘ってないから来なくていいよ」
「そんなこと言っちゃう!? みんなで行こうよ! みんなで観光したほうが楽しいでしょう!?」

 どうやらロンリーオンリーな修学旅行は、悠木君の心遣いで回避されることになりそうである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

処理中です...