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勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。
The question is where we should go.
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“うちに来る?”って今、彼は言ったか?
雨宮さんにおねだりされた時は嫌がっていたのに、私はお家に招いてくれるのか。
「もしかしたらまだ通いの家政婦さんがいるかもしれないけど」
「家政婦!? 想像はしていたけどやっぱりお金持ちだねー」
親と離れて姉弟で住んでいるのは知っていたけど、マンションに通いの家政婦さんが居るのか! てっきり姉弟で分担して家事してるのかと思ってた。
図書室だと声を抑えなきゃいけないし、ファーストフード店は長居するのが申し訳ないし、プライベートスペースで勉強できるならそっちのほうがいいよね。私は深く考えずに彼の提案に乗ることにした。
そうと決まれば時間を無駄には出来ない。私達は机に広げた勉強道具を片付けて早々に図書室を出た。
いやぁ、お金持ちの息子(推定)である悠木君のお家にお邪魔できるとは夢にも思わなかった。
学校から徒歩で程近いそのマンションは私のバイト先のコンビニがテナントとして入っている立派な建物だ。マンション建物内に入るのは初めてだったのであちこちに目が奪われた。
「わぁ…内部ってこんな風になってるんだ!」
カード式のオートロックを通過すると出迎えたのはピカピカのエントランス。床は大理石っぽかった。壁に目を向けたら壁埋込み型のポスト。反対側を見たら私のバイト先であるコンビニにつながる通路があったり。エントランス隅のカウンターにはビシッとした制服を着たコンシェルジュが駐在していた。彼は悠木君の顔を見るなり「おかえりなさいませ」と優雅に一礼していた。…お出迎えしてくれるのか。
「お疲れさまです」
「悠木様、悠木さや香様宛の宅配物を宅配ボックスに収納しておりますのでご確認お願いします」
「また姉貴のやつ通販して…ありがとうございます」
名前まで把握しているのか、すごいな。不在荷物が宅配ボックスに入っていると伝言を受けた悠木君は慣れた様子でお礼を言っていた。
お家にお邪魔している部外者の私は頭低めに「ども、お疲れさまです」とペコペコしながら通過した。お兄さんはニコニコ見送ってくれたが、ものすごく場違い感を味わった。
エントランスを過ぎたら別世界に入った気分に襲われた。すぐにエレベーターが待ち構えていると思ったのに、プール付きジムや、透明ガラスの壁の向こうに広がるパーティスペースなどが軒を揃えていたのだ。
なに、これ…ここってマンション…だよね? あ、一階部分に入っているテナントみたいな…?
「俺は入ったこと無いけど、そこのパーティスペースにはバーカウンターみたいな設備もあって週末になると大人が集まってる」
悠木君が言うにはそこ全部マンションの人たちの共有スペースらしい…利用料金を払えば使えるんだってさ。すげぇな…最近のマンションって住むだけじゃないんだ…
共有施設のあるエリアを抜けるとようやくエレベーターがあった。
エレベーター側には観賞魚が泳ぐ大きな水槽があり、ガラス窓の向こうには見事な中庭が……維持費が高そうである。
この屋上には犬用のアスレチックランがあり、そこにはシャンプー室も完備されてるとかなんとか。エレベーターも犬猫同伴専用があるそうで、ここでは大型犬飼いのご家庭も少なくないとか。賃貸も分譲も高そうなマンションである……
「そういえば悠木君のご両親ってお仕事何してるのかな」
「親? 父親が航空機のパイロットで母親は元CA。今は花やらマナーやらなんやらを教える教室やってる」
「ワォ」
エリートじゃないですか。
「悠木君もパイロット目指してんの?」
「いや。憧れたりはしてないかな。親も自由にしていいって考えだし」
悠木君のお父さんはお仕事柄海外に飛び回ることが多いそうで、家にいる日もそう多く無いんだって。家族との時間をあまり持てないお父さんの姿を見て育ったから逆に憧れてないとか。
別に父子仲が悪いわけじゃないけど、悠木君はお父さんが側にいなくて寂しい幼少期を過ごしていたそう。お母さんとお姉さんが側にいたけど、お父さんはやっぱり特別な存在なんだろう。
長いこと離れ離れはお仕事とは言え、辛いものがあるな。
「じゃあ将来何を目指してるの?」
1階に到着したエレベーターに乗り込んだタイミングで問いかけた。私の将来の夢は話したことがあるのに悠木君のは聞いたことがなかったから。
「国内に限らず海外とも関わる仕事がしてみたいけど、俺そこまで英語得意じゃないからな」
「大丈夫だよ、悠木君は飲み込みが早いから勉強法すらマスターすればできるって」
具体的にこんな仕事がしたいというのは定まっていないみたいだけど、漠然とした目標はあるみたいだ。私が「頑張ろう!」と拳を握って激励すると、彼はくすぐったそうに笑っていた。
カードで解錠する仕組みの玄関ドアが開かれ、室内からいい匂いが漂ってきた。コンソメの香りとなんかデミグラスっぽい芳醇ないい匂いが…お夕飯の作りおきかな。
「あ。家政婦さん帰った後っぽいな」
慣れた風に靴を脱いで家に入った悠木君の後を追うように私は「お邪魔します」と呼びかけて室内へ足を踏み入れた。初めて入るお家という物珍しさもあってキョロキョロしていると、悠木君がとある扉の前でピタリと立ち止まったのでつられて足を止めた。
ガチャリと開けられたその先に秘密の花園が…。男兄弟がいない私は男子の部屋というものに少し興味があった。
「そこのテーブルに適当に座ってて。飲みもんとってくる」
「お構いなく」
適当に学校のかばんを置いた悠木君は部屋を引き返していった。飲み物を持ってきてくれるらしい。
悠木君のお部屋のカーテンは濃い緑。タブレットが無造作に放置されたセミダブルサイズのベッド、ノートパソコンのある勉強机、本棚にクローゼット。変わったものは特に無い。
部屋をぐるりと見渡して、今更ながらに緊張してしまった。うわぁー悠木君の部屋ってこんななんだー。ちゃんとすっきりと片付いてる。ソワソワしながら、丸いテーブル前に座り込む。無駄にドキドキしている胸を抑えて、先程まで使用していたテキスト類と、お姉ちゃん作の秘伝の書コピーを取り出す。
「おまたせ」
悠木君がペットボトルのお茶を持って部屋に戻って来るなり、私はそれを差し出した。それを目にした悠木君は不思議そうな顔をしてコピー束を見下ろしていた。
「これは特進科でトップを維持してきたお姉ちゃんの秘伝の書だよ。悠木君にコピーを授けよう」
「いいのか?」
なに、特進科3人娘もこれで成績維持しているのだ。渡すのが悠木君なら姉も許してくれるはずだ。
「悠木君にバイトさせちゃって責任感じてるから、このくらいはさせて。私からお姉ちゃんに言っておくよ」
「バイトしたのは俺の意志だから、お前が責任感じる必要はないんだけどな。…でもありがとな」
これを活用して成績向上に役立ててくれたらそれだけで十分だから。悠木君は恐縮しつつも、「森宮の姉ちゃんにお礼言っておいて」と受け取ってくれた。
その際ちょんと指があたってしまったので、恥ずかしくなった私はぱっと手を離した。
「じゃあ、早速再開しようか。えーと仮定法の話だったよね…」
彼から目をそらしてパラパラとテキストを開いた。悠木君も黙って自分のノートやテキストを開いている。部屋ではカチコチとアナログ時計の秒針の音が聞こえるだけ。
……家にお邪魔しておいてなんだけど、男子の家に上がり込んで2人きりってかなりまずい状況なんじゃないかって。
いや、悠木君がそういう邪なことを考えるわけがないんだけどね? だって悠木君には桐生さんが居るし? 私みたいなバイト人間なんかに悠木君が変な気を起こすわけもないと言うか……
エアコンが効いているはずなのに私はじっとり汗をかいていた。
きっと意識してるのは私だけなのだ。私だけが一人焦ってるだけ。なのにまた悠木君の視線が自分に向いている気がして、私は顔をあげられなかった。
今は私の顔を見ないでほしい。顔が赤くなって間抜けに見えているはずだから。
「…森宮」
悠木君に呼ばれて私はビクッとした。つられて視線を上に向けると、ぱっちり視線が合う。あぁほらやっぱり。
またあの悠木君だ。砂浜で二人で花火をした時の悠木君と同じ表情で私を見ている。
──私はそれが怖かった。
だけどどこか期待している自分もいて、自分の中に芽生えた感情にどうしたらいいかわからなくなるのだ。
悠木君の手が私の頬に伸びる。
どくん、どくんと鼓動が鳴り響く。逃げなきゃと訴える自分がいたけど、私は彼の熱い視線から目を反らせなくなっていた。
雨宮さんにおねだりされた時は嫌がっていたのに、私はお家に招いてくれるのか。
「もしかしたらまだ通いの家政婦さんがいるかもしれないけど」
「家政婦!? 想像はしていたけどやっぱりお金持ちだねー」
親と離れて姉弟で住んでいるのは知っていたけど、マンションに通いの家政婦さんが居るのか! てっきり姉弟で分担して家事してるのかと思ってた。
図書室だと声を抑えなきゃいけないし、ファーストフード店は長居するのが申し訳ないし、プライベートスペースで勉強できるならそっちのほうがいいよね。私は深く考えずに彼の提案に乗ることにした。
そうと決まれば時間を無駄には出来ない。私達は机に広げた勉強道具を片付けて早々に図書室を出た。
いやぁ、お金持ちの息子(推定)である悠木君のお家にお邪魔できるとは夢にも思わなかった。
学校から徒歩で程近いそのマンションは私のバイト先のコンビニがテナントとして入っている立派な建物だ。マンション建物内に入るのは初めてだったのであちこちに目が奪われた。
「わぁ…内部ってこんな風になってるんだ!」
カード式のオートロックを通過すると出迎えたのはピカピカのエントランス。床は大理石っぽかった。壁に目を向けたら壁埋込み型のポスト。反対側を見たら私のバイト先であるコンビニにつながる通路があったり。エントランス隅のカウンターにはビシッとした制服を着たコンシェルジュが駐在していた。彼は悠木君の顔を見るなり「おかえりなさいませ」と優雅に一礼していた。…お出迎えしてくれるのか。
「お疲れさまです」
「悠木様、悠木さや香様宛の宅配物を宅配ボックスに収納しておりますのでご確認お願いします」
「また姉貴のやつ通販して…ありがとうございます」
名前まで把握しているのか、すごいな。不在荷物が宅配ボックスに入っていると伝言を受けた悠木君は慣れた様子でお礼を言っていた。
お家にお邪魔している部外者の私は頭低めに「ども、お疲れさまです」とペコペコしながら通過した。お兄さんはニコニコ見送ってくれたが、ものすごく場違い感を味わった。
エントランスを過ぎたら別世界に入った気分に襲われた。すぐにエレベーターが待ち構えていると思ったのに、プール付きジムや、透明ガラスの壁の向こうに広がるパーティスペースなどが軒を揃えていたのだ。
なに、これ…ここってマンション…だよね? あ、一階部分に入っているテナントみたいな…?
「俺は入ったこと無いけど、そこのパーティスペースにはバーカウンターみたいな設備もあって週末になると大人が集まってる」
悠木君が言うにはそこ全部マンションの人たちの共有スペースらしい…利用料金を払えば使えるんだってさ。すげぇな…最近のマンションって住むだけじゃないんだ…
共有施設のあるエリアを抜けるとようやくエレベーターがあった。
エレベーター側には観賞魚が泳ぐ大きな水槽があり、ガラス窓の向こうには見事な中庭が……維持費が高そうである。
この屋上には犬用のアスレチックランがあり、そこにはシャンプー室も完備されてるとかなんとか。エレベーターも犬猫同伴専用があるそうで、ここでは大型犬飼いのご家庭も少なくないとか。賃貸も分譲も高そうなマンションである……
「そういえば悠木君のご両親ってお仕事何してるのかな」
「親? 父親が航空機のパイロットで母親は元CA。今は花やらマナーやらなんやらを教える教室やってる」
「ワォ」
エリートじゃないですか。
「悠木君もパイロット目指してんの?」
「いや。憧れたりはしてないかな。親も自由にしていいって考えだし」
悠木君のお父さんはお仕事柄海外に飛び回ることが多いそうで、家にいる日もそう多く無いんだって。家族との時間をあまり持てないお父さんの姿を見て育ったから逆に憧れてないとか。
別に父子仲が悪いわけじゃないけど、悠木君はお父さんが側にいなくて寂しい幼少期を過ごしていたそう。お母さんとお姉さんが側にいたけど、お父さんはやっぱり特別な存在なんだろう。
長いこと離れ離れはお仕事とは言え、辛いものがあるな。
「じゃあ将来何を目指してるの?」
1階に到着したエレベーターに乗り込んだタイミングで問いかけた。私の将来の夢は話したことがあるのに悠木君のは聞いたことがなかったから。
「国内に限らず海外とも関わる仕事がしてみたいけど、俺そこまで英語得意じゃないからな」
「大丈夫だよ、悠木君は飲み込みが早いから勉強法すらマスターすればできるって」
具体的にこんな仕事がしたいというのは定まっていないみたいだけど、漠然とした目標はあるみたいだ。私が「頑張ろう!」と拳を握って激励すると、彼はくすぐったそうに笑っていた。
カードで解錠する仕組みの玄関ドアが開かれ、室内からいい匂いが漂ってきた。コンソメの香りとなんかデミグラスっぽい芳醇ないい匂いが…お夕飯の作りおきかな。
「あ。家政婦さん帰った後っぽいな」
慣れた風に靴を脱いで家に入った悠木君の後を追うように私は「お邪魔します」と呼びかけて室内へ足を踏み入れた。初めて入るお家という物珍しさもあってキョロキョロしていると、悠木君がとある扉の前でピタリと立ち止まったのでつられて足を止めた。
ガチャリと開けられたその先に秘密の花園が…。男兄弟がいない私は男子の部屋というものに少し興味があった。
「そこのテーブルに適当に座ってて。飲みもんとってくる」
「お構いなく」
適当に学校のかばんを置いた悠木君は部屋を引き返していった。飲み物を持ってきてくれるらしい。
悠木君のお部屋のカーテンは濃い緑。タブレットが無造作に放置されたセミダブルサイズのベッド、ノートパソコンのある勉強机、本棚にクローゼット。変わったものは特に無い。
部屋をぐるりと見渡して、今更ながらに緊張してしまった。うわぁー悠木君の部屋ってこんななんだー。ちゃんとすっきりと片付いてる。ソワソワしながら、丸いテーブル前に座り込む。無駄にドキドキしている胸を抑えて、先程まで使用していたテキスト類と、お姉ちゃん作の秘伝の書コピーを取り出す。
「おまたせ」
悠木君がペットボトルのお茶を持って部屋に戻って来るなり、私はそれを差し出した。それを目にした悠木君は不思議そうな顔をしてコピー束を見下ろしていた。
「これは特進科でトップを維持してきたお姉ちゃんの秘伝の書だよ。悠木君にコピーを授けよう」
「いいのか?」
なに、特進科3人娘もこれで成績維持しているのだ。渡すのが悠木君なら姉も許してくれるはずだ。
「悠木君にバイトさせちゃって責任感じてるから、このくらいはさせて。私からお姉ちゃんに言っておくよ」
「バイトしたのは俺の意志だから、お前が責任感じる必要はないんだけどな。…でもありがとな」
これを活用して成績向上に役立ててくれたらそれだけで十分だから。悠木君は恐縮しつつも、「森宮の姉ちゃんにお礼言っておいて」と受け取ってくれた。
その際ちょんと指があたってしまったので、恥ずかしくなった私はぱっと手を離した。
「じゃあ、早速再開しようか。えーと仮定法の話だったよね…」
彼から目をそらしてパラパラとテキストを開いた。悠木君も黙って自分のノートやテキストを開いている。部屋ではカチコチとアナログ時計の秒針の音が聞こえるだけ。
……家にお邪魔しておいてなんだけど、男子の家に上がり込んで2人きりってかなりまずい状況なんじゃないかって。
いや、悠木君がそういう邪なことを考えるわけがないんだけどね? だって悠木君には桐生さんが居るし? 私みたいなバイト人間なんかに悠木君が変な気を起こすわけもないと言うか……
エアコンが効いているはずなのに私はじっとり汗をかいていた。
きっと意識してるのは私だけなのだ。私だけが一人焦ってるだけ。なのにまた悠木君の視線が自分に向いている気がして、私は顔をあげられなかった。
今は私の顔を見ないでほしい。顔が赤くなって間抜けに見えているはずだから。
「…森宮」
悠木君に呼ばれて私はビクッとした。つられて視線を上に向けると、ぱっちり視線が合う。あぁほらやっぱり。
またあの悠木君だ。砂浜で二人で花火をした時の悠木君と同じ表情で私を見ている。
──私はそれが怖かった。
だけどどこか期待している自分もいて、自分の中に芽生えた感情にどうしたらいいかわからなくなるのだ。
悠木君の手が私の頬に伸びる。
どくん、どくんと鼓動が鳴り響く。逃げなきゃと訴える自分がいたけど、私は彼の熱い視線から目を反らせなくなっていた。
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