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普通科の彼女と特進科の彼。

学問に近道なし

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 生徒たちのやる気に温度差のあった文化祭も終わり、時期は12月に差し掛かろうとしていた。
 12月──つまり期末テスト前だ。普段どおりの授業に戻り、特進科の生徒らがピリついているのがこちらまで伝わってきた。0時間目から夕課外までみっちり勉強する彼らの目は本気だった。
 私達普通科生徒らは八つ当たりされぬよう、距離を置いて学校生活を送っていた。

「あ」
「悠木君だ、やっほ」

 今日もがっつり稼ぐぞぉと気合い入れて教室を飛び出した私は廊下で悠木君と遭遇した。財布とスマホを片手に持った彼は私の姿を確認すると、ヨッと手を上げてきた。

「どこいくの?」
「売店。お前はこれからバイト?」
「今日はファーストフード店のバイトだよ」
「相変わらずどこで働いているか固定されていないんだな」

 悠木君は呆れたような声を漏らしていたが、色んな場所で働くのも悪くないよ。色んな経験ができるもの。
 悠木君は夕課外前の燃料補給のために売店に買い物に行くところだったらしい。普通科と違って特進科はまだまだ授業がある。

「今日もガッツリ稼いでくるよ! 悠木君も勉強頑張ってね、ばいばーい」
「おう、気をつけて行けよ」

 彼に別れを告げて昇降口に向かおうと踵を返す。そこから足を動かすだけなのだが、私は目の前に立つ人物の顔を見て足を止め、驚きにぐっと空気を飲み込んでしまった。

「森宮さん、もう帰るの?」

 ……桐生、礼奈である。
 学校イチの美女、高嶺の花と名高い彼女に声をかけられた私はビビっていた。ちょっとやそっとじゃくじけない強いメンタルを持っていると自負していたつもりだが、どうにも彼女を前にするとそれが萎えてしまうようなのだ。

「ヒィ」

 意図せず私の口から引きつった声が漏れる。なんなの、そんな親しげに声をかけてきて…どんな腹積もりがあるんだ!!
 桐生礼奈はそんな私をみて目を丸くして不思議そうな顔をしているが、そんな顔に騙されないんだからな…!
 怖っ…悠木君と話していたから牽制掛けようとしているんだ……

「ごめん、バイト遅れるからお先に…」
「えっ、テスト前なのに?」
「失礼しまーす!」

 桐生さんに引き止められる前に私は駆け出す。【廊下を走るな】って誰かに叱り飛ばされたけど、私はすぐさま彼女から距離を置きたかった。
 だってあの人怖いんだもん。


 □■□


 期末テスト前なのにバイトするのか…とは先生方にぶちぶち文句言われたが、私は成績で返事して差し上げた。
 やるからにはしっかりやる。それがモットーである。
 今回も普通科1位に輝いた私は、掲示板に張り出された順位表を見てうむ。と納得して頷くと教室に戻ろうとした。

「…普通科の分際で」
「普通科で1位になったって仕方ないのにね…」

 プス、クスクスとわざとらしく嘲笑する声が耳に入ってきたので、足を止めて私がそちらに視線を向けると、相手もこちらを蔑むような目で見てきていた。
 …誰だろう。特進科の1年というのはわかるが……知り合いではないな。男子女子の集団が固まっていた。

「こっち見てるよ、聞こえちゃったんじゃない?」

 ヒソヒソしているつもりらしいが、全然内緒話になっていないよ。私の反応を楽しもうとわざと聞こえるように言っているな。
 別に特進科の人を挑発したりした覚えはないんだけどなぁ。反感買われちゃったか。

 このあとどうするか。何もなかったように立ち去るか、それとも…

「おい、普通科の森宮の成績は俺らには関係ないだろ。なんでそうやって聞こえよがしにするんだよ」

 私が対処法を考えていると、ぬっと目の前に背中が割り込んできた。見上げると見覚えのある後頭部。

「ゆ、悠木」
「森宮に八つ当たりでもしてんの? お前らさ、普通科の奴らを見下しているところあるけど、そんな事してなんになると思ってんの?」

 人を見下して悦に浸っても成績は上がんないんだぞ。と悠木君はド正論を言ってしまった。
 地雷を踏み抜いてしまったのか、相手の男子は顔を真っ赤にしていた。

「はぁ!? うっせーし! つうかなんでそんな女庇うんだよ、色気ねーのに! 女に不自由しなさすぎて好み変わったのか?」

 何故そうなる。
 何故私の色気を否定するのか。あんたに私の色気の何がわかるというのか。

「いや、色気と成績カンケーないでしょうが」

 思わず私は突っ込んだ。
 解せぬぅ…とにかくどんな理由を付けても私を下に見たいの? 私悪口言われ損じゃない…面倒くさいなぁ。

「そんなことない! 森宮は十分魅力的だ!」
「悠木君も何いってんの」

 ほら、あんたが人のことディスるから悠木君も私のフォローで斜め上の方向に飛んでいってるじゃないか。
 今さっきまで普通科がどうのって言っていたくせに、なんで私の色気についての話題に移行したのよ。

「いいから、悠木君」

 とりあえず私の弁護をしようとしてくれている悠木君の肩をたたいて彼を落ち着けると、相手の集団の前に出てやった。私がじろっと彼らを見渡すと、なんだか気圧されたように後ずさっている。
 私が悪口言われて黙っているようなおとなしい人間に見えたのかね。だが安心するといい。ここは進学校らしい戦い方をしようではないか。

「冬休み明けの1月にまた、1学年全体の実力テストがあるんだって」

 私の言葉に彼らだけでなく、周りで事の次第を見守っていたギャラリーが怪訝な顔をしていた。
 その学力テストでは、特進科と普通科の垣根を超えて個人の純粋な学力を推し量る。

「それで勝負する? 私が勝ったら「普通科の分際で」って言葉撤回してもらうから」

 二度と、その単語を口にするな。
 あんたらが私達を下に見るのは百歩譲って、私達普通科はあんたら特進科のサンドバッグじゃないんだからな。私達は下に見られてるのを自覚していて何も言わないけど、単純に我慢してるだけなんだぞ。何も思ってないわけじゃないんだからな!

「な、なんだよ、そんな」
「あぁ、勝つ自信がないんだぁー? 普通科の分際でって馬鹿にしていたくせに、特進科の君たちは私に勝てないって言うんだー?」

 へー? ほー? と相手の怒りを逆撫でするようにとぼけた表情を作ってみせた私は喧嘩を売った。そこまで言うんだ。私の挑戦状を受け取るよねえ?
 にやにやにやと笑ってみせると、相手はムッとしていた。

「やってやろうじゃん…!」
「3学期が楽しみだね?」

 普通科を下に見るってなら、同じ試験で白黒はっきりつけようじゃないか。
 あっちの気分が乗ったところで話を切り上げた。これで一旦話は終わり。決着は学力テストまで持ち越しである。
 私がふんと鼻を鳴らして踵を返すと、人の波を避けて自分のクラスまで戻っていった。あーぁ、昼休みの時間削れちゃった。仕方ないから机の上で少し仮眠とるかな…

「森宮さんっ」

 あくびを噛み殺していた私はパシッと掴まれた手首にビクッとした。振り返るとそこには特進科の3人娘の姿。

「同じ特進科の人がごめんねっ」
「あの人、成績が欄外に落ちたからそれで八つ当たりしてきたんだと思う!」
「森宮さんには関係ないのに本当ごめんね!」

 あれ、いたの。と言おうとしたが、彼女たちは私と目が合うなり口々に謝罪し始めた。
 ……何故あなた達が謝るの?

「…友達なの?」
「うぅん、隣のB組の人」
「なら別に謝らなくても良くない?」

 それこそ3人娘に関係ないでしょ。同じ所属科の人間のしたことだからって代理で謝ることないんだよ。
 目についた私に嫌味飛ばしたかっただけだろうし。言われたこっちとしてはたまったもんじゃないけど。

「大丈夫、今まで以上に頑張るから」

 彼女たちを安心させようとにっこり笑うと、何故か彼女たちは引きつった顔をしていた。

「これ以上頑張ったら森宮さんどうなるの…」
「わたし怖い…」
「きっと下剋上するんだ…」

 何故だ。
 何故彼女たちはそんなひいた顔をしているんだ。

「森宮さん」

 なにかに恐れる3人娘らをなんとも言えない気持ちで見つめていると、背後から呼びかけられた。その声に私はぎくりとする。振り返りたくないけど、無視するわけにも行くまい。私は錆びたブリキの人形みたいにぎぎぎとぎこちなく首を動かす。
 ──桐生礼奈。作られた完璧な笑顔を浮かべてこちらを見下ろしているではないか。

「さっき口論があったって夏生に聞いて…」

 ……だからなんだというのだ。
 私は口を開かず、遠い目を浮かべた。
 今度はどういう目的だ。悠木君に庇われてんじゃないわよ! って言いに来たの…?

「年明けの学力テストで勝負するんですってね。頑張ってね」

 その美貌はまさにパーフェクト。文化祭のミスコンでもぶっちぎり一位だった桐生さんの笑みに堕ちた男は少なくない。側で、しかも名指しされた上で笑顔を振りまかれた私はレアな体験をしているに違いない。
 だけど私は素直に喜べず、「へ…?」と引きつった顔をしてしまった。

 その言葉は本音なのか。
 それとも、嫌味なのか。
 桐生礼奈の意味深な発言に、私はゾッとして震えたのである。
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