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普通科の彼女と特進科の彼。
味加減はいかがでしょうか?
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家庭科室で試食会が開かれるとのことでそれに参加した。
一口分に盛られた料理を食べた私は鼻を通るハーブの強みに眉をしかめた。味は悪くはないが、日本人の口には八角の風味が気になるかもしれない…
「味どうよ?」
「味は美味しいよ。ただ八角の風味がかき消しちゃう感じがする」
「ならもっと分量減らすか…」
文化祭まであと僅か。うちのクラスでも着々と準備が進んでいる。校内では相変わらず温度差があるが、ソレはそれとして別に考えることにした。こっちに影響が出ない限りは。
「森宮さん!」
「うわぁ、いい匂い、何作ってるの?」
「おいしそう…」
他の料理の試食をして味の評価をしていると、家庭科室の開けっ放しになったままの扉からひょこっと顔を出してきた他クラスの女子生徒3名…特進科の3人娘じゃないか。
「お客さん困ります。企業秘密なんで…」
私が彼女たちを制して、奥に入らないように追い出すと、そのうちの一人がぽんと両手を叩いていた。
「あぁそうか!文化祭の出し物のメニュー作ってたんだ! 邪魔してごめんね!」
「森宮さんのクラスは台湾風カフェだったよね、私達食べに行くね!」
「当日はお姉さん遊びに来るの?」
3人が一気に喋りかけてくる。私は聖徳太子じゃないから一人ずつ話してほしい。
「お姉ちゃんは都合付けば来てくれるんじゃないかな。まだわかんないけど」
それにしても懐かれたものだ。
お姉ちゃんの秘伝の書、恐るべしである。
「そっちのクラスは準備終わったの?」
「あぁー…うん」
「だって、ねぇ?」
「準備とか一瞬だったし……授業終わるなり皆蜘蛛の子を散らすように帰っていったし…」
彼女たちは自分のクラスの出し物に不満がありそうな反応をしていた。…そう言えば彼女たちは悠木君たちと同じクラスだったな。
悠木君も似たようなこと言ってた。塾通いの人が多いから、簡単な出し物だって。
悠木君を思い出すと、その流れで桐生礼奈の冷たい眼差しを思い出してゾッとした。今までにあんな目を他人から向けられたことはあったであろうか……
「どうしたの森宮さん、寒気でもするの?」
私が武者震いしていると、3人娘の内の一人が不思議そうに問いかけてくる。そうか、彼女たちはあのいびつな三角関係を教室内で見ているんだ。実際のところはどうなのだろうか。
「うん、大丈夫。…あのさ、つかぬこと尋ねてもいいかな?」
──桐生さんのこと、どう思う?
私の質問に3人娘は同じような反応をする。目を丸くしてキョトンと間抜け面を晒していた。
「どうって…美人だよね」
一人が素直な感想を述べる。
そうね、私の目から見ても、桐生礼奈は美人だと思うよ。
「よくわからない……滅多に話さないから」
「特別感があって近寄りがたいと言うか。彼女って自分にも他人にも厳しいところがあるから…ちょっと怖いかな」
他の子達も口々に感想を言うが、同じクラスと言えどよく知らない相手みたいだ。
「…実際のところさぁ、あの三角関係の噂ってどうなの?」
「…あぁ…あれ、もしかして森宮さん…!」
「違う、違うから」
きゃーとか言ってはしゃがれそうになったので冷静に否定する。違う、そうじゃないんだ。
私はなぜあの時、桐生礼奈にあんなどぎつい眼差しで睨まれなきゃならなかったのかその理由が知りたいだけなのよ。
だって怖い。いつ何時あの女の地雷を踏んでしまっているのかわからないじゃない。面倒事はゴメンだ。三角関係はそのまま三角関係のままでいて、私を巻き込まないでほしいのだ。
「悠木君と桐生さんは中学から同じって話は聞いたことあるよ。ふたりともあの容姿だから意気投合したとかなんとか。その時から付き合ってるとかそんな噂は流れていたみたい」
3人娘の一人は噂に詳しいのか、ぺらぺらと話してくれた。
「酒谷君は高校で同じクラスになったんだって。人当たりが良くて、悠木君ともすぐに仲良くなったの」
眼鏡って軽いもんね。全然親しくない女子の手の甲にサインペンで名前書こうとするくらいの気安さだったもん。あれ油性だったから落とすの大変だったんだからな。
「…そう言えば酒谷君って……彼女が居るって噂じゃなかった? 女子校の可愛い子と一緒に制服デートしてたの、私見たことある」
新事実だ。眼鏡に彼女がいた。というと……?
「じゃあ、三角関係は真っ赤なウソってこと?」
「うぅーん…どうなんだろう…言っちゃなんだけど、酒谷君って彼女と長続きしないらしくて……今も彼女居るのかわかんないんだ…」
あまり詳しくなくてごめんね、と謝られたが、別に彼女は何も悪くない。
……それってやっぱり三角関係のせいで、彼女に移り気がバレて破局に至ってるんじゃないでしょうか。
物事は更に泥沼に入りそうな感じだな。
眼鏡は悠木君に気後れして、他の女の子に目を向けようとしている、桐生礼奈は二人の男を手に入れたくて仕方ない。だから親しげに見えた私を敵対視するように見てきた。
そして悠木君は…謎。彼の気持ちがどこに向かっているのかが謎すぎてわからない。彼の行動自体が意味不明なんだもん。
願わくば、私の知らないところで泥沼三角関係劇場をしてくれたらいいな…私はそうお星さまに願ったのである。
□■□
台湾風カフェの接客担当はなんちゃってチャイナ服で接客する。試しに着用してみたら多少のぶかぶかさはあったが、特に問題はない。調節するほどの腕もないし、このままでいいだろう。
スカート裾のスリットは膝の関節付近までの切れ込み。この程度なら短いスパッツを穿くだけで十分だろう。
「ねぇねぇちょっと美玖…」
「せっかくだからちょっとイメチェンしようよ…」
着替えようかなと考えていると、背後から化粧ポーチを持った友人たちがにじり寄ってきた。
「…私は何もしなくていいよ……」
これに付き合うと大分時間を食うので、お断りしたのだが、彼女たちの辞書に断られるという単語はないようだ。
腕を引っ張られて椅子に座らされたと思ったら、前髪を後ろで留めているバレッタを外された。そして顔に化粧水を染み込ませたコットンをぺちぺち叩かれ、私は悟った。
床のキズ数えている間に終わるかなって。
わざわざ家から持参したらしいドライヤーで熱風攻撃を受け、顔には色んなものを塗りたくられた。
私は普段から完全有機栽培を目指しているので化粧はしない主義だ。塗るとしたら日焼け止めくらいである。
正直に言うと化粧に費やす時間があるなら寝ていたい本音である。
「出来た…!」
「我ながら…最高作品」
「美玖もいつもこうしていれば絶対にモテるのにー」
友人らに顔と髪をイジられること数十分。ようやく解放された。何やら達成感に満ちた面々は頬を紅潮させていた。
褒めてくれているのだろうが、私としては気疲れするだけだった。
「…ちょっと、トイレに行ってくる…」
新鮮な空気が吸いたくて理由をつけて教室を出ていく。
…まさか文化祭当日も朝からこんな事しないといけないの…? 誰得よ……友人らの熱意に負けた私はため息を吐き出した。
私が廊下を歩いていると、ちょうど特進科クラスの夕課外が終わった時間のようで、教室から生徒たちが流れるように出てきた。これから文化祭の準備というわけでもなく、まっすぐ下校するみたいであるが。
そんな彼らにはチャイナ服を来た私は文化祭に浮かれた風に見えたのだろう。視線がめっちゃ刺さってくる。
じろじろと見られて少々居心地が悪かったので、足早に立ち去ろうとした。
「あ」
たまたま教室の出入り口から出てきた見知った顔を見つけたので声を漏らすと、相手がその声に反応して振り返ってきた。
相手は一瞬私の顔を見て怪訝な顔をしていたが、すぐにハッとした。
「…森宮…?」
「そうだよ。衣装合わせしていたからいつもとちょっと雰囲気違うかもしれないけど」
その相手である悠木君はまじまじと私の顔を観察していた。
やっぱり前髪だろうか。
いつもはおでこを丸出しにしているのに、今日に限っては厚みをもたせて横に流しているのだ。印象も変わるだろう。私も違和感あるし。変かな。
「かわいいよ」
悠木君はナチュラル&ストレートに褒めてきた。恥ずかしげもなく褒める、さすが悠木君である。
「ホントだー。今日は珍しく化粧してるんだね」
そこににゅっと顔を突っ込んできたのはこの間ぶりの眼鏡である。このふたりが一緒ということは……眼鏡の斜め後ろに彼女は、いた。
彼女のことが徐々に苦手になりつつある私は自分の体がこわばることを抑えられなかった。もしかしたら顔にもそれが出ているかもしれない。
そうとも知らない眼鏡は私に顔を近づけて遠慮なく観察すると、にこりと笑ってきた。
「前髪があると印象変わるね。かわいいかわいい。今の森宮さんなら付き合いたいなぁ」
褒められてるんだろうが、嬉しくない。
私は口をへの字にして不満を浮かべた。
「回り回って失礼だぞ君。私にも選ぶ権利はある。誰が好んでサインペン痴漢なんかと付き合うものか」
そもそも上から目線がすぎるぞ眼鏡。何様のつもりだこの眼鏡が。サインペン痴漢の分際で。
「サインペン…?」
私と眼鏡のやり取りを不審に思った悠木君が少しばかり険しい表情をしていた。
「そうだ聞いてよ、悠木君。この間、この眼鏡ったらね、背後から抱きついてきて私の手に……」
私はそう言いかけて止まる。
なぜなら、桐生さんの氷のような眼差しにどきりとしたからだ。
「抱きついた!? 大輔お前そんな事したの!?」
「いや、これには深い訳があってな!?」
私が恐怖で固まったとは気づいていないのか、悠木君は自分のことのように眼鏡を叱り飛ばした。眼鏡はそれらしい言い訳をしているが、全然説得力がない。深い訳なんてどこにも存在しないだろうが。
私にはそれよりも、目の前の彼女である。
「…森宮さん、あの時のことほじくり返すなんて少々意地悪がすぎるんじゃないかな?」
彼女の声は高すぎず、低すぎない、よく通る声だ。お昼の放送で聞き慣れたその声は今日に限ってはピリピリ棘のある声だった。
桐生礼奈は私よりも10センチ以上背が高い。見下されるとものすごい威圧感がある。それに加えて顔が整った人間のそれはとてもとても恐ろしいのだ。
「大輔が付き合いたいって言ったのもただの軽口だし、本気にすることなんてないよ…ね? 大輔」
うわぁ…ウワァ…
こわぁぁ…!
桐生礼奈の問いかけに眼鏡は「あぁ。うん?」と返事としては頼りない返事を返していた。
こんなに怖いのに、男ふたりはこの女の圧力にまるで気づかない。
え、なんで私こんなビシバシ敵視されてるの?
一口分に盛られた料理を食べた私は鼻を通るハーブの強みに眉をしかめた。味は悪くはないが、日本人の口には八角の風味が気になるかもしれない…
「味どうよ?」
「味は美味しいよ。ただ八角の風味がかき消しちゃう感じがする」
「ならもっと分量減らすか…」
文化祭まであと僅か。うちのクラスでも着々と準備が進んでいる。校内では相変わらず温度差があるが、ソレはそれとして別に考えることにした。こっちに影響が出ない限りは。
「森宮さん!」
「うわぁ、いい匂い、何作ってるの?」
「おいしそう…」
他の料理の試食をして味の評価をしていると、家庭科室の開けっ放しになったままの扉からひょこっと顔を出してきた他クラスの女子生徒3名…特進科の3人娘じゃないか。
「お客さん困ります。企業秘密なんで…」
私が彼女たちを制して、奥に入らないように追い出すと、そのうちの一人がぽんと両手を叩いていた。
「あぁそうか!文化祭の出し物のメニュー作ってたんだ! 邪魔してごめんね!」
「森宮さんのクラスは台湾風カフェだったよね、私達食べに行くね!」
「当日はお姉さん遊びに来るの?」
3人が一気に喋りかけてくる。私は聖徳太子じゃないから一人ずつ話してほしい。
「お姉ちゃんは都合付けば来てくれるんじゃないかな。まだわかんないけど」
それにしても懐かれたものだ。
お姉ちゃんの秘伝の書、恐るべしである。
「そっちのクラスは準備終わったの?」
「あぁー…うん」
「だって、ねぇ?」
「準備とか一瞬だったし……授業終わるなり皆蜘蛛の子を散らすように帰っていったし…」
彼女たちは自分のクラスの出し物に不満がありそうな反応をしていた。…そう言えば彼女たちは悠木君たちと同じクラスだったな。
悠木君も似たようなこと言ってた。塾通いの人が多いから、簡単な出し物だって。
悠木君を思い出すと、その流れで桐生礼奈の冷たい眼差しを思い出してゾッとした。今までにあんな目を他人から向けられたことはあったであろうか……
「どうしたの森宮さん、寒気でもするの?」
私が武者震いしていると、3人娘の内の一人が不思議そうに問いかけてくる。そうか、彼女たちはあのいびつな三角関係を教室内で見ているんだ。実際のところはどうなのだろうか。
「うん、大丈夫。…あのさ、つかぬこと尋ねてもいいかな?」
──桐生さんのこと、どう思う?
私の質問に3人娘は同じような反応をする。目を丸くしてキョトンと間抜け面を晒していた。
「どうって…美人だよね」
一人が素直な感想を述べる。
そうね、私の目から見ても、桐生礼奈は美人だと思うよ。
「よくわからない……滅多に話さないから」
「特別感があって近寄りがたいと言うか。彼女って自分にも他人にも厳しいところがあるから…ちょっと怖いかな」
他の子達も口々に感想を言うが、同じクラスと言えどよく知らない相手みたいだ。
「…実際のところさぁ、あの三角関係の噂ってどうなの?」
「…あぁ…あれ、もしかして森宮さん…!」
「違う、違うから」
きゃーとか言ってはしゃがれそうになったので冷静に否定する。違う、そうじゃないんだ。
私はなぜあの時、桐生礼奈にあんなどぎつい眼差しで睨まれなきゃならなかったのかその理由が知りたいだけなのよ。
だって怖い。いつ何時あの女の地雷を踏んでしまっているのかわからないじゃない。面倒事はゴメンだ。三角関係はそのまま三角関係のままでいて、私を巻き込まないでほしいのだ。
「悠木君と桐生さんは中学から同じって話は聞いたことあるよ。ふたりともあの容姿だから意気投合したとかなんとか。その時から付き合ってるとかそんな噂は流れていたみたい」
3人娘の一人は噂に詳しいのか、ぺらぺらと話してくれた。
「酒谷君は高校で同じクラスになったんだって。人当たりが良くて、悠木君ともすぐに仲良くなったの」
眼鏡って軽いもんね。全然親しくない女子の手の甲にサインペンで名前書こうとするくらいの気安さだったもん。あれ油性だったから落とすの大変だったんだからな。
「…そう言えば酒谷君って……彼女が居るって噂じゃなかった? 女子校の可愛い子と一緒に制服デートしてたの、私見たことある」
新事実だ。眼鏡に彼女がいた。というと……?
「じゃあ、三角関係は真っ赤なウソってこと?」
「うぅーん…どうなんだろう…言っちゃなんだけど、酒谷君って彼女と長続きしないらしくて……今も彼女居るのかわかんないんだ…」
あまり詳しくなくてごめんね、と謝られたが、別に彼女は何も悪くない。
……それってやっぱり三角関係のせいで、彼女に移り気がバレて破局に至ってるんじゃないでしょうか。
物事は更に泥沼に入りそうな感じだな。
眼鏡は悠木君に気後れして、他の女の子に目を向けようとしている、桐生礼奈は二人の男を手に入れたくて仕方ない。だから親しげに見えた私を敵対視するように見てきた。
そして悠木君は…謎。彼の気持ちがどこに向かっているのかが謎すぎてわからない。彼の行動自体が意味不明なんだもん。
願わくば、私の知らないところで泥沼三角関係劇場をしてくれたらいいな…私はそうお星さまに願ったのである。
□■□
台湾風カフェの接客担当はなんちゃってチャイナ服で接客する。試しに着用してみたら多少のぶかぶかさはあったが、特に問題はない。調節するほどの腕もないし、このままでいいだろう。
スカート裾のスリットは膝の関節付近までの切れ込み。この程度なら短いスパッツを穿くだけで十分だろう。
「ねぇねぇちょっと美玖…」
「せっかくだからちょっとイメチェンしようよ…」
着替えようかなと考えていると、背後から化粧ポーチを持った友人たちがにじり寄ってきた。
「…私は何もしなくていいよ……」
これに付き合うと大分時間を食うので、お断りしたのだが、彼女たちの辞書に断られるという単語はないようだ。
腕を引っ張られて椅子に座らされたと思ったら、前髪を後ろで留めているバレッタを外された。そして顔に化粧水を染み込ませたコットンをぺちぺち叩かれ、私は悟った。
床のキズ数えている間に終わるかなって。
わざわざ家から持参したらしいドライヤーで熱風攻撃を受け、顔には色んなものを塗りたくられた。
私は普段から完全有機栽培を目指しているので化粧はしない主義だ。塗るとしたら日焼け止めくらいである。
正直に言うと化粧に費やす時間があるなら寝ていたい本音である。
「出来た…!」
「我ながら…最高作品」
「美玖もいつもこうしていれば絶対にモテるのにー」
友人らに顔と髪をイジられること数十分。ようやく解放された。何やら達成感に満ちた面々は頬を紅潮させていた。
褒めてくれているのだろうが、私としては気疲れするだけだった。
「…ちょっと、トイレに行ってくる…」
新鮮な空気が吸いたくて理由をつけて教室を出ていく。
…まさか文化祭当日も朝からこんな事しないといけないの…? 誰得よ……友人らの熱意に負けた私はため息を吐き出した。
私が廊下を歩いていると、ちょうど特進科クラスの夕課外が終わった時間のようで、教室から生徒たちが流れるように出てきた。これから文化祭の準備というわけでもなく、まっすぐ下校するみたいであるが。
そんな彼らにはチャイナ服を来た私は文化祭に浮かれた風に見えたのだろう。視線がめっちゃ刺さってくる。
じろじろと見られて少々居心地が悪かったので、足早に立ち去ろうとした。
「あ」
たまたま教室の出入り口から出てきた見知った顔を見つけたので声を漏らすと、相手がその声に反応して振り返ってきた。
相手は一瞬私の顔を見て怪訝な顔をしていたが、すぐにハッとした。
「…森宮…?」
「そうだよ。衣装合わせしていたからいつもとちょっと雰囲気違うかもしれないけど」
その相手である悠木君はまじまじと私の顔を観察していた。
やっぱり前髪だろうか。
いつもはおでこを丸出しにしているのに、今日に限っては厚みをもたせて横に流しているのだ。印象も変わるだろう。私も違和感あるし。変かな。
「かわいいよ」
悠木君はナチュラル&ストレートに褒めてきた。恥ずかしげもなく褒める、さすが悠木君である。
「ホントだー。今日は珍しく化粧してるんだね」
そこににゅっと顔を突っ込んできたのはこの間ぶりの眼鏡である。このふたりが一緒ということは……眼鏡の斜め後ろに彼女は、いた。
彼女のことが徐々に苦手になりつつある私は自分の体がこわばることを抑えられなかった。もしかしたら顔にもそれが出ているかもしれない。
そうとも知らない眼鏡は私に顔を近づけて遠慮なく観察すると、にこりと笑ってきた。
「前髪があると印象変わるね。かわいいかわいい。今の森宮さんなら付き合いたいなぁ」
褒められてるんだろうが、嬉しくない。
私は口をへの字にして不満を浮かべた。
「回り回って失礼だぞ君。私にも選ぶ権利はある。誰が好んでサインペン痴漢なんかと付き合うものか」
そもそも上から目線がすぎるぞ眼鏡。何様のつもりだこの眼鏡が。サインペン痴漢の分際で。
「サインペン…?」
私と眼鏡のやり取りを不審に思った悠木君が少しばかり険しい表情をしていた。
「そうだ聞いてよ、悠木君。この間、この眼鏡ったらね、背後から抱きついてきて私の手に……」
私はそう言いかけて止まる。
なぜなら、桐生さんの氷のような眼差しにどきりとしたからだ。
「抱きついた!? 大輔お前そんな事したの!?」
「いや、これには深い訳があってな!?」
私が恐怖で固まったとは気づいていないのか、悠木君は自分のことのように眼鏡を叱り飛ばした。眼鏡はそれらしい言い訳をしているが、全然説得力がない。深い訳なんてどこにも存在しないだろうが。
私にはそれよりも、目の前の彼女である。
「…森宮さん、あの時のことほじくり返すなんて少々意地悪がすぎるんじゃないかな?」
彼女の声は高すぎず、低すぎない、よく通る声だ。お昼の放送で聞き慣れたその声は今日に限ってはピリピリ棘のある声だった。
桐生礼奈は私よりも10センチ以上背が高い。見下されるとものすごい威圧感がある。それに加えて顔が整った人間のそれはとてもとても恐ろしいのだ。
「大輔が付き合いたいって言ったのもただの軽口だし、本気にすることなんてないよ…ね? 大輔」
うわぁ…ウワァ…
こわぁぁ…!
桐生礼奈の問いかけに眼鏡は「あぁ。うん?」と返事としては頼りない返事を返していた。
こんなに怖いのに、男ふたりはこの女の圧力にまるで気づかない。
え、なんで私こんなビシバシ敵視されてるの?
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