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普通科の彼女と特進科の彼。

壁にミミあり、障子にメアリー

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 持ってきたノートパソコンの中にはレコーダー音声と、スマホ録画をつなげたデータが収まっている。
 生徒会長が準備してくれていたプロジェクター機材とノートパソコンを専用コードでつなげると、パソコンを起動させて操作する。

 体育館内ではざわざわと生徒たちがざわめいているが、これさえ観たらどちらが被害者か一目瞭然であろう。
 壇上壁ぎわに大きなスクリーンがあり、そこに動画データを保存しているソフトのロゴが映し出される。明るさや濃さを調整したあと、スピーカーをオンにする。

「さぁ…夜なべして作った証拠動画を見るがいい…!」

 私はニヤリと笑う。そしてターン…! といい音を立てて再生ボタンを押した。

『……今年の生徒会の推薦って顔で選んでんじゃねーの?』
『桐生礼奈に悠木夏生、あとは…あの眼鏡だっけ?)

 ガヤガヤと賑わう店内で、悪口を言う声が聞こえる。録音データにはあいにく音声と日付表示しか出ないが、その音声から流れる声が誰のものか、分かる人にはわかるんじゃなかろうか。

『あの生徒会長、何考えてるの……私達が一年間どれだけ頑張ってきたかわかってないの?』

 実際に、傍に控えていた生徒会長はそれが誰の声か気づいたようで、ちらりと声の主である、女子生徒へと視線を向けていた。
 見られていると気づいているその人物は動揺を隠せずに狼狽しているようであった。

『顔だけの推薦者に負けるとか笑えないよな』
『生徒会をアイドルグループと勘違いしてんのかな』
『まぁ有利にはなるんじゃね? 困ったことがあっても顔で解決できそうだし』
『いえてるー』

 面白おかしく悪口を交わす同席者達。
 まぁ悪口なんて人間誰だって、一度くらいは口にするもんだよね。この人達に限らずとも、周りの人みんな、悪口を平気な顔で口にしているはずだ。

『笑い事じゃないでしょ! ……生徒会活動した実績があれば、進学に有利だし、後々役に立つから頑張ってきたのに、やる気のなさそうな1年を推薦って…気持ちを踏みにじられたみたいじゃない!』

 ひときわ大きな怒鳴り声がスピーカーから流れると、前列に座っていた数名の生徒たちがぎくりと肩を揺らしていた。
 音声のバランス調整するの忘れてたわ。ごめんなさい。

『…お客様…申し訳ございませんが、他のお客様の御迷惑になりますので…』

 そこに店員としてその場に居合わせた私の声が聞こえる。レコーダー越しの自分の声って自分の声じゃないように聞こえる不思議。

『あ。すいません……おい、声落とせよ。怒られたじゃねーか』

 注意すると一旦は静かになったけど、彼らの悪巧みは終わらなかった。

『……あんなに顔がいいんだから、探せばいかがわしい情報が出てくるんじゃない?』

 その声。
 今まさに悠木君を公衆の面前で貶し、辞退に導こうとしていた育田さんの声がスピーカー越しに流れた。

『もともと推薦だもん。少し怖い思いすれば、自分から辞退申し出すでしょ──…』

 そこでぷつっと一旦録音が切れる。

「なにこれ、今の声って…」
「やば…生徒会に固執しすぎだろ」
「この声って、生徒会書記に立候補していた2年の声じゃない…? ほら、現職の…」
「こっわ…」

 ヒソヒソどころじゃない、どよどよと体育館内にいる生徒たちはどよめく。
 その声は先程まで演説していた人物の声だ。親しくなくても分かる人にはわかる。会話の内容からして、生徒会に縁がある人間が関わってるって察せるであろう。

「な、何よこれ! なんでこんなの!」

 新生徒会書記として立候補していた須和さんが顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。
 …まるで、“この声の主は私です”と自供しているみたいである。

「実は私、あのお店でバイトしてるんです。注意した店員、私だったんですよ。覚えてますか?」

 あの怒鳴り声大きかったし、証拠だけでなく証言も用意できるよ。あの日来店していた、顔見知りのお客さんに頼んだら証言してくれるかも。だけど彼らも忙しいのでなるべくそれはしたくないなぁ。

「と、盗聴なんてサイテー!」
「まぁまぁ。後もう一つあるんでそれを公表してから文句を受け付けますんで」
「ちょっと!」

 文句が言いたい須和さんに構わず私は次の再生ボタンをクリックする。
 画面が変わって次にスクリーンに映ったのは暗闇だ。

『…だけど、あいつマンション住まいなんだよね…一番いいのは戸建ての前で女達に騒いでもらう方法だったけど…仕方ないわ』

 不穏な内容に視聴者がみんな怪訝な表情を浮かべていた。
 音声だけじゃまだまだ証拠として薄いからね、実際に誰が話しているかを映像で確認してもらったほうが納得するのは早いと思うのだ。

『決定的瞬間を撮影してそれを学校SNSに拡散する。そしたらあいつも言い逃れできない。あんたも選挙で有利になる。そうでしょ?』
『…まぁ、それは、ねぇ』
『噂が出回れば意気消沈して辞退するんじゃない?』

 そこでようやくスクリーン上にこの会話をしている人物たちの顔が現れた。こっそりスマホカメラで撮影した決定的瞬間。高校入って新しいスマホ買ってもらったけど、最新スマホのカメラ機能めちゃくちゃ画質いいよね。中学の時はお父さんのお古を使っていたのでそれと比べると天と地の差である。
 はっきりくっきり、悪巧みをする人間たちの顔はスクリーンに映し出されていた。──その時点でみんなの意識は悠木くんではなく、首謀者2名に降り注ぐことになる。

『でもさ育田……なんで悠木夏生だけ狙ってんの? 他にも1年は…』

 育田さんは意地悪な顔でニヤニヤ嘲笑っていたのに、その指摘を受けて瞬時に真顔に変貌する。
 その切り替わりの早さに「こわっ」と声を漏らす男子の声がこちらまで聞こえてきた。

『……まさか全員私にやれっていうの? 汚い仕事は私にすべて任せて、自分は身軽なまま望みを叶えようとか考えてるわけ?』
『いや、そんなわけじゃ』
『じゃああんたも自分でやりなよ。あの桐生って女は適当に噂流したり、男をけしかけたらいいし……眼鏡は目立たないから放置しておけばいいでしょ』

 スクリーンの中の彼女たちの間で、仲間割れかという空気が流れる。
 怯える須和さんと、睨みつける育田さんの姿が浮かび上がる。
 
『…気に入らないのよ、ちょっと顔がいいからって…!』

 憎々しげにつぶやかれた言葉はきっと、壇上の上で呆然としている悠木君に向けられた言葉なのであろう。
 …事情は知らないが、この育田という女は、悠木君に対してなにか個人的な恨みを持っていそうだ。…知らんけど。

 ──キーンコーンカーンコーン……スクリーンの中でチャイムが鳴ると、彼女たちははっとする。

『あ、予鈴…』
『とにかく、あんたも続投したいなら、行動しなきゃだめだよ。私任せにしないで』
『わかったよ…』

 そこで動画は終わった。

 体育館内の生徒たちの非難の視線は、悠木君ではなく、動画に映っていた2人の女子生徒に向けられていた。

「この証拠動画をご覧いただき、ここ最近の悠木夏生君にまつわる不名誉な噂が、悪意を持つ者による印象操作であるとご理解いただけたかと思います」

 大きな声で生徒たちに訴えかけると、私は一歩前に進む。上靴が地面と擦れてきゅっきゅっと音を鳴らす。

「悠木君の印象を悪くするために女子をけしかけた犯人はこいつらだ! この録音開始直前に彼女たちは、学校データベースにアクセスして彼の住所を調べたと話していた! 調べれば余罪はまだまだあるはずですよ!」

 すべてゲロっちゃいな!
 私が育田さんに向けて人差し指を向けて大声で叫ぶと、育田さんはぐっと息を呑みこんだ。

「こ、こんなの! だいたい盗撮しておいて何を偉そうに!」
「恨むなら、わかり易い場所で悪巧みする抜けた自分の行動を恨むんですね! 壁に耳あり障子に目ありですよ!」

 盗撮と言うな! これはもしものために取っておいた切り札である! 現に今私は正義のために悠木君の無実を証明しているではないか!

「…須和さん、これは一体どういうことだ?」

 こんな証拠映像を見せられたら確認せずにはいられないのだろう。須和さんは現生徒会長、副会長その他諸々から冷たい眼差しを浴びせられていた。
 彼女たちは自分たちが不利な立場に立っているとようやく気づいたようである。

「えぇ…お前らアレまじでやってたの?」
「あ、あんた達だって乗り気だったじゃないのよ!」

 ファーストフード店に居合わせていた男子生徒にドン引きの眼差しを向けられた育田さんはつばを飛ばす勢いだった。
 多分、その時その場の悪口に合わせただけで、他の人達は実際に選挙妨害する気はなかったのだろう。
 私が彼らを凝視していると、お仲間の一人である2年男子と目があったので、にこりと笑いかけると素早く目をそらされる。
 なぜ目をそらす。笑ってあげたのに。

「あんたらのやったこと、名誉毀損だよ。悠木君が訴えれば捕まるんだよ。それわかってる?」

 先輩に対する敬意などもう存在していなかった。こんな卑怯者、タメ語で十分である。
 私は壇上で棒立ちになって固まる立候補者・須和さんにも問いかけてみた。しかし彼女は顔を青ざめさせて何も返してこない。さっきまで文句言いたげだったのにその勢いはどうしたんだ?


 …生徒会なんて無料奉仕もいいところなのになぁ。こんなことやらかしてまでようやろうと思うよね。
 私は絶対に嫌だ。
 その奉仕精神、180度回って尊敬しちゃう私。
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