谷間の姫百合は黒薔薇を愛でる~愛しの黒薔薇のプリンス様を救済して、彼の愛する人と結ばせてやります~

スズキアカネ

文字の大きさ
上 下
4 / 12

あなたしかいない

しおりを挟む

 衛兵に追い払われたせいで見せ場を見逃してしまった私は3日位落ち込んでいた。見たかったのに…コスモとプリンス様の生のキスシーンが見たかったのに!!
 
 そういえばちょっと気にかかっていることがある。
 プリンセスコスモとの邂逅を果たした黒薔薇のプリンス様が心乱された様子がない。アニメの中でコスモに拒絶された彼は荒れに荒れて、自分の中に芽生えた感情にかき乱されている様子が流されていたのになぜなのだろうか。呪いによって愛を理解できない彼は自分の中の得体のしれない感情に戸惑う。心に新たな変化をもたらして更にコスモに執着するはずなのだが……その様子が全く見られないのである。
 実際に彼らがどんなやり取りをしたのかがわからないので、私も判断に困っている。

 首をひねりながらお城の廊下を歩いていると、バタバタとメイドさんたちが横を走り抜けていった。何が起きたんだろうと観察していると、何やら彼女たちはお城の地下に続く階段を出入りしている様子。
 このお城の地下にはまだ入ったことがないけど、確か地下には囚人を収容する地下牢があるとかなんとか……

「殿下が地下に…」
「瘴気が増幅して…」

 気になる単語を発していたので私は彼女たちについていく。すると地下への入り口であろうその場所から濃い瘴気が溢れ出てきていた。中から青ざめたメイドたちが足元覚束ない様子で出てくる。
 耐性がある人たちですら、その瘴気にあてられて参ってしまっているようだ。人を凶暴化するものとされるその瘴気だが、人によっては毒のように感じ取って体調を崩す人もいるようなのだ。
 これは一体……地下で何が起きているんだろう。

「殿下もおかわいそうに…こんなこと言っては不敬になってしまうかもしれないけれど、亡き母王妃さまの執念がこんな形で苦しめてくるなんてね…」

 そう呟いたのはベテランのメイドであろう。
 このお城には魔力が程々に強くて瘴気に耐性のある人が定着しているので、呪いを掛けられる前の黒薔薇のプリンス様のことを知っている人も少なくない。表では恐れられているプリンス様であるが、事情を知っている人は同情的だった。
 ただし、同情はしても救うことは出来ない。周りは遠巻きに同情するしかない。誰も助けてあげられないのだ。…それが余計に彼を孤独にさせていた。

 彼女らのその言い方だと、地下に黒薔薇のプリンス様がいるように聞こえるのだが…
 ズゴゴゴ…
 メイドの一人が壁横の水晶に手をかざす。スライド式のレンガの壁を動かして地下に繋がる道を封じた。その音が響いて全身に振動が伝わる。

「定期的に瘴気が制御できなくなるって災難ね」
「だけど殿下がこもってくださらないと瘴気が蔓延してしまうし仕方がないわ」

 彼女たちのささやき声を聞きながら、私は閉ざされた扉を呆然と見つめた。
 ……瘴気が制御できなくなっている。それは、コスモへの想いが抑えきれなくなったということであろうか…?
 黒薔薇のプリンス様は大変なところ申し訳ないが、私はドキドキしていた。あの地下で苦悶に満ちた表情を浮かべている彼もきっと麗しいに違いない!
 あぁここにコスモがいれば、罠にかけて餌としてプリンス様のおわす地下へ放り込むというのに……ニヤニヤ笑いながら考えていた私は妄想した。2人だけの世界…いいよね…あっ、でもそれじゃ女児アニメにふさわしくない展開になってしまうかもしれないな。

「兄上! 兄上はいないか! 城周りのこの瘴気の濃さは一体何事なのですか!」

 一人でニヤニヤしていると、玄関ホールで騒ぐ招かねざる客がお出ましした。…白百合の野郎である。瘴気が色濃くなったから様子を見に来たのであろうか。黒薔薇のプリンス様の腹違いの弟である白百合のナイトはこの城で産まれたので、正統な後継ぎでなくても顔パスでお城に入れてしまうのだ。
 今はプリンス様が大変な時だと言うのに本当に騒がしい男である。どれ、ちょっと脅して追い返してやろうかとそのへんに飾ってあったフェンシングの剣を手に取ると、私はお仕着せの裾を持ち上げて駆け出した。

 尋常にいざ勝負! と玄関ホールに出ていくと、そこに白百合のナイトはいた。そして、その斜め後ろには魔法のスティッキを両手で握りしめて、顔面蒼白になっているプリンセスコスモの姿──…私は一つの可能性を見つけた。

「コスモ! 丁度いいところに来た!」
「きゃあ!?」

 私は彼女の背後から抱きついた。そのまま地下まで引きずってコスモをプリンス様のもとへ連れてこうと歩を進めると、ガシッと肩を掴む無骨な男の手が私の行く手を阻む。

「何をするんだ、君は変態か!? コスモを離せ!」

 失礼な…! この間から私に対して失礼な口を利きすぎだぞ白百合のナイトめ……
 私はぎりぎりと歯噛みをすると、コスモから一旦手を離して、白百合のナイト目掛けてレイピアの剣先を突き出した。ぐさっと喉元を突き刺そうとしたのだが、相手は腐っても騎士である。素早く反応して避けてしまった。
 だが私もそこで諦めず、剣を持ったまま白百合のナイトへ斬りかかる。

「ちょっ…! 危な、やめないか!」
「ふはは、首を奪われたくなくばコスモを置いて立ち去るがいい!」

 私は逃げる白百合のナイトを追い回した。
 黒薔薇のプリンス様はいま呪いが悪化して寝込んでいるのだ。それすなわちコスモのヒロインパワーが必要だということ…! ここで遭遇したのもきっと運命、そうに違いない!
 私は最近会得した、人の影から影に移動する魔法を使って白百合のナイトを追い詰めると、奴を大理石の床に転ばせてマウントをとった。

「こ、コスモに何をするつもりだ…!」

 私に踏み潰されて痛みに顔を歪める白百合のプリンスが唸るように尋ねてきた。私はニヤリと笑うことでお返事してあげる。
 コスモにはこれからプリンス様と過ごしてもらって、彼の呪いを徐々に解いてもらう必要があるのだ。もちろん催眠術をかける必要はあるけどね。ただ、私まだ催眠術に関しては会得途中なんだよね…人に呪文をかけるのってなかなか難しいと言うか…

「…私は女には手を上げない主義なんだ」

 白百合のナイトの発言に私は眉を動かした。
 高尚な主義ではあるが、そんなこと言われても私はやめてやらない。
 白百合のナイトには悪いが、恋敵、正規ヒーローという肩書の彼は邪魔すぎた。この人さえいなければ、アニメでコスモとプリンス様は結ばれ、あの方が死ぬことはなかったんじゃないかって思うんだ。この人がしゃしゃり出てきたせいでプリンス様の呪いが悪化したような気がするんだもの。

「白百合のナイト、貴様の首をもらうぞ」

 手に持っていた剣先を白百合のナイトに向けると、それを振りおろそうとした。奴は剣先を凝視して固まっていた。
 
 私は邪魔者を消すためならなんだってする。
 黒薔薇のプリンス様のためなら、なんだって。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

処理中です...