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アイアンクローと告白【完】

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「逸見君! もしも空いてたらクリスマス、私と一緒にどこかへ行きませんか!!」

 自販機でコーヒーを買っている逸見君にそうお誘いすると、逸見君はコーヒーを取る体勢のまま固まっていた。
 ちんたらしていたらまた珠里亜に手を出される。そう危惧した私は翌日から活動を開始した。でもやっぱりデートのお誘いを人前でするのは恥ずかしいので、逸見君が一人になったタイミングを見計らって声をかけたんだけど、びっくりさせてしまったみたいだ。

「一緒にって…どこか行きたい場所でもあんの?」

 彼から冷静に返さえた私は返事に窮した。

「えぇと、えぇと…映画とか、イルミネーションとか、ご飯とか……」

 そんなにお金持ってないからお金のかかるデートは無理だし。大人なら高級ディナーしてホテルに行くんだろうけど、私達まだ付き合ってもいないから流石にそこまでは行けないな!

「好きな映画のジャンルは?」
「えっ!? ……し、少女漫画原作の映画とか、恋愛ものが好きかな…」

 素直に答えてふと我に返った。
 男の子はそういうのが苦手なんじゃないだろうか。ここはアクションやハードボイルドが好きだと答えておくべきだったか…! 少女漫画とか、男の子である逸見君が興味あるわけないのに。

「千沙ってそういうところ夢見る乙女みたいだよねぇ」

 降って湧いたようなその声にギクリとする。
 いつの間にか私達に迫っていた珠里亜はいつもの含み笑いを浮かべて立っていた。……どこから話を盗み聞きしていたんだろう。

「ねぇ逸見、珠里亜がデートしてあげようか? 珠里亜の彼氏、イブしか会えないらしいから、クリスマスは遊んであげられるよ?」

 急に、なんなのだ。
 なぜ急に横から乱入して私の邪魔をしようとするのか。

「ちょっとやめてよ!」
「何怒ってんの? 喋ってるだけじゃん」

 カッとなって珠里亜に文句を言うと、珠里亜はクスクスおかしそうに笑いながら、逸見君の腕に抱きついた。
 また…! 彼氏がいるくせになんで私の好きな人に粉かけようとするんだ!!
 ぐっと拳を握って震えていると、目の端で逸見君が珠里亜の手をほどいているのが見えた。
 焦りも戸惑いもなにもない淡々としたその動きに、私だけでなく珠里亜もぽかんとする。

「お前誰彼構わずベタベタすんなよ。だから長続きしねーんだよ」

 ズバッと言われた言葉に珠里亜はカッと目を見開く。
 あぁ、いつもの逸見君節だ……美少女にもなびかないドライな逸見君のこの安心感よ。

「はぁ!? なにそれ超失礼!」

 図星なんだけど、珠里亜にとっては聞き捨てならぬ一言だったようだ。顔を真っ赤にさせて怒るその姿は珍しいもので、私は目を見張った。
 いつだって珠里亜は余裕で、人を小馬鹿にして、笑顔でいることが多かったから。

「お前の目的は何。この間からよくわからんことばっかして…菊本いじめてそんなに楽しいか」

 逸見君には珠里亜が私をいじめているように映っているみたいだ。間違ってないけど。
 珠里亜の美貌に惑わされることなく冷静にしていられる逸見君の安定感よ。顔色ひとつ変えずに淡々と尋ねられた珠里亜は口をへの字にして、不貞腐れたようにそっぽ向いた。子どもか。

「……だって千沙は、男子にいじめられてよく泣いてたから、彼氏になる男がどんな男か珠里亜が調べとかなきゃ駄目だと思って」

 男子にいじめられてよく泣いていた……それはいつの話をしているのか。
 それと、なんだって? どんな男か調べとかなきゃ駄目だと思って、だと?

「…こいつが振られまくってたのはお前の余計なお世話のせいか!」

 珠里亜の言っている言葉の意味がわからずフリーズしている私の前では、逸見君による珠里亜アイアンクローの刑がお披露目されていた。
 一応、珠里亜は女子なので加減はしているみたいだけど、珠里亜はキャーキャー騒いでいる。

「いやー! いたーい!」

 突然のアイアンクローに私は見ているしか出来ない。
 ひとしきりお仕置きアイアンクローを施された珠里亜はこめかみ付近を撫で擦り痛がっていた。

「ありえなーい! この暴力男!」
「お前のありがた迷惑な行いのせいでコイツ泣いてたんだぞ!」

 だいたい見極めるのに、菊本と親しい男を片っ端から奪う必要ないだろ! そう怒鳴った逸見君の言葉で合点がいった。
 つまり珠里亜は私が男に騙されぬよう、泣かされぬように、私の周りをチョロチョロしてたという。珠里亜なりの思いやりのつもりだったらしい。完全に私を傷つける方にシフトしていたので彼女の思いやりは余計なものだったんだけど。

「ごめんねぇ。でも珠里亜、今までの男の子たちにデートしようとか付き合おうとか言ったことないんだよぉ」

 『ちょっと甘い言葉言っただけでころりと鞍替えするんだもん。ドン引きー。どっちにしろそのうち千沙のこと裏切ってたと思うなぁ』とのたまう珠里亜はあんまし反省してなさげである。
 あんた自分の容姿がどれだけ恵まれてるか自覚してんだろ。あんたがそこにいるだけで男の目が向かうんだよ。
 アイアンクローされて涙目になっていた珠里亜はようやく痛みが引いたのか、ピッと逸見君を指差した。

「逸見なら合格ぅ。珠里亜、太鼓判押しちゃう」

 今までの事が私のためだとしても、やっぱり信用できない。私は逸見君を守るように壁となる。
 彼を渡したくない。絶対に珠里亜には絶対に渡さないから!

 鼻息荒く珠里亜を睨んでいると、後ろから肩を叩かれる。

「大丈夫、煉みたいに奔放なタイプは苦手だから」

 逸見君の言葉に私はホッとする。

「失礼だなぁ! 珠里亜だって逸見みたいな冷たい男興味ないよ! 珠里亜の顔を見て鬱陶しそうに顔しかめるってホントありえない!」

 珠里亜は逸見君の淡々とした態度にご立腹らしいが、少しくらいは反省すべきだと思う。
 プンスカ怒りながら、「千沙のこと泣かせたら珠里亜許さないからねー!」と捨て台詞を吐き捨てながら珠里亜は去っていった。まさにお前が言うな、である。


 自販機前に残された私と逸見君の間では不思議な空気感が漂っていた。
 ここまで来たらなんかもう私の想いとかその他諸々バレバレと言うか。私も隠してなかったし、もうはっきりしてしまったほうがいいのかもしれない。
 くるりと逸見君に向き直ると、パッチリ目が合った。胸がどきどきしてやかましくなったが、私は勇気を振り絞る。

「私、逸見君が好きなの!」

 いい感じになってきた男の子にこうして何度も告白したり、付き合おうと誘ってきた。その度に玉砕して泣いてきたけど、今回の恋は絶対に諦めたくない!
 
 私の気迫を感じ取った逸見君は口元を手で隠し、そっと目を逸らした。
 私はその仕草に不安を感じたけども、彼の顔がうっすら赤くなっていることに気がついた。

「……うん、俺も素直で真っ直ぐな菊本が好きだよ」

 照れくさそうに、モジモジしながら返された返事は私と同じ気持ちであるという言葉。
 そこで照れちゃうのか。カワイイ…!
 逸見君の気持ちを知れた私は舞い上がった。

「カッコいいのにカワイイなんてずるい! 好き!」

 感情を押し殺せなくなったので、私から抱きつくと逸見君を自販機に押し付ける形になってしまった。
 私を受け止めた逸見君が小さく笑う。

「そんな事言うの菊本くらいだよ」

 そう言って私をギュッと抱きしめ返してくれた。
 抱きついたのは私からなのに、今では私のほうが心臓をギュンギュン鳴らしてる気がする。
 低音ボイスで囁くのやめて。
 そういうところだよ、フツメンのくせにカッコいい逸見君。大好き!

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