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ピンクのそうめん、近づく珠里亜
しおりを挟む「マジマジ! このアイドルより珠里亜のほうがかわいいって!」
「珠里亜、アイドルになったら? 余裕で勝つだろ」
男子たちからの褒め言葉に彼女はふふっと得意げに笑っていた。
彼女が謙遜なんかするはずもない。その言葉を当然のことのように受け取っている。
「えぇー…? オタクに媚び売るのダルーい。珠里亜ああいうの柄じゃないんだ」
でしょうね。
アイドルもあんたもちやほやされてるのは変わらないけど、珠里亜は夢を売るアイドルという柄ではない。自分が一番で、ファンに興味なさそうだし、握手会とか嫌悪しそうな気がするわ。
「あの…グループワーク…」
「確かに! ドルオタって常軌逸してるのもいるもんな! クラスのオタクみたいに」
「それ悪口じゃん。いじめよくなーい」
私が脇からそれとなく声をかけたが、彼らには私の存在など無に等しいらしい。
アイドルから何故かクラスのオタク属性の生徒たちをけなす発言に変わり、それをいじめだと珠里亜が笑い飛ばしている。
……なんで、グループワーク、こいつらと組んでるんだろう私……
今現在、学校で勉強合宿が行われている。
期間中は学校に寝泊まりして、みっちり勉強する。名前通りの合宿だ。普段の授業さながらの講義が行われたり、リクリエーションとして生徒全員で何かをしたり、グループになって一つの議題を討論し合うという取り組みがあったりするのだが……。
私はなぜか、珠里亜と同じグループになってしまった。
いや、普通に自分と同じおとなしめの友達と組もうとしたんだよ。だけど人数に余りが出ちゃったから仕方なく私が外れたら、珠里亜に腕を引っ張られて……
さっきからずっと課題をせずに男たちとぺちゃくちゃおしゃべりしている珠里亜。進まない課題に私は焦りを隠せなくなっていた。勘弁してよ、これ成績に反映されるんだからね…!
もう嫌だー! と腹の中で怒りを溜め込んでいると、つんつんと肩を突かれた。
「?」
「こっちこいよ」
ちょいちょいと手招いてきたのは逸見君だ。
「でも」
「俺のグループのやつ、一人そっちにいるし、メンバー入れ替わればいいだけだろ」
そう言われたらそうだな。逸見君と同じグループにいた男子が課題もせずに珠里亜の側に立っている。
同じグループだった彼らをちらりと見ても、誰もこっちを意識していない。
……抜けるか。私はノートや筆箱を持ち上げてそっと席を立つと、逸見君たちのグループに混ぜてもらった。
「なになにヒロ、菊本混ぜてあげるん? やさしーじゃん」
「お前ら付き合ってんの?」
逸見君の友達が変な風に解釈して冷やかしてきた。にやにやとこちらを詮索するような目を向けてきて不快である。ちょっと親切にしただけなのに、なぜそう受け取るのか。
「そういうのこいつが困るからやめろよ。女子はそういうの気にするんだぞ。お前らの発言は無神経すぎる」
だけど逸見君は普段の彼らしく淡々と返して、さっさとグループワークに戻っていた。冷やかして面白がっていた男子たちも肩をすくめて、おとなしく課題に取り掛かろうとしていた。
…私はうつむいて、逸見君の説明を聞いていた。ていうか顔を上げられなかった。
フツメンのくせにイケメンな行動するよね逸見君って。
……私の目はどうかしているんじゃないのか。さっき、私を庇う発言したフツメン逸見君の周りにキラキラとエフェクトが掛かってめちゃくちゃかっこよく見えてしまった。心臓がドキドキしてうるさい。
逸見君はたまたま目についた私を誘ってくれたのだ。きっとそうだ。
それだけなんだけど、私は嬉しい。逸見君はわかってるのかな。男の子にそういうことされると女の子は意識しちゃうんだよ。
だけどそんなこと知られるのは恥ずかしいから、顔に出さないように頑張る。
「菊本? 聞いてる?」
「聞いてる!」
私の様子を不審に思った逸見君に声をかけられたので、食い気味に返事すると、逸見君は引いた顔をしていた。
意識しすぎている自分がおかしく感じて、私は余計に恥ずかしくなってしまった。
私だけが意識しているみたいでなんだかおかしい。
□■□
勉強合宿中は一日10時間くらいみっちり勉強する。
大変だけど、家ではそこまで本格的に勉強しないのでいい機会なのかなとは思う。しかし朝から晩まで勉強というのはしんどいので、ちょいちょい息抜きタイムが用意されている。
今日のお昼は流しそうめんをするとのことで、長さ約15メートルの竹筒のそうめん流し台が校庭のど真ん中に設置された。生徒たちがその周りに群がり、流れてくるそうめんを箸でキャッチしようと奮闘している。
私もお箸で麺をキャッチして、めんつゆにつけて食していた。
「ほい」
ぽちゃん、とめんつゆの入った容器に麺を投入された。
隣の人物を見上げると、そこには逸見君の姿。
「女子ってこういうの好きだろ」
「こういうの…?」
その言葉の意味がわからず、めんつゆに沈んだ麺を箸ですくってみると、白いそうめんの中にピンクのそうめんが混じっている。
「…こ、子どもじゃないんだから」
嫌いじゃないけど…扱いが子供扱いすぎないか…?
頂いたものは食すけども。
「あー! いいなぁ千沙!」
文句を言いつつもそうめんをすすっていると、私と逸見君の間ににゅっと顔を出してきた珠里亜。
「ねぇ逸見、珠里亜にもピンクのそうめんとってよ!」
その言葉に逸見君は「無茶言うなや。それ見つけたの偶然なんだから」と困った顔をしている。珠里亜は頬をふくらませると、自然な仕草で逸見君に近づき、流れてくるそうめんを見て、言った。
「流れが早くてそうめんが取れない」
「下手くそか」
逸見君は流れるそうめんの川に箸をつけると、麺をすくう。そして珠里亜の持つ器に入れてあげていた。
「ありがとー! 逸見ってばやさしー!」
珠里亜がとびっきりの笑顔でお礼を言う。
嫌な予感がしたのはきっと気のせいじゃない。
これはいつもと同じ流れ。
私が男の子と仲良くしていたら決まって珠里亜が寄ってくる。
そして、男の子はもれなく珠里亜に惹かれていくのだ。
□■□
あらぬ方向へ跳んでいくソフトボールに私は遠い目をした。
学校で球技大会が行われるので球技種目ごとに練習していたのだが、私は自分の下手くそ加減にげんなりしていた。うまく出来たと思っても変な方向に飛んでいくのだもの。
試合当日に顰蹙買ってしまいそう…。
そんな事になったら私は間違いなく泣く。
「はぁ…」
どっかに飛んでいったボールを追いかけてとぼとぼと歩いていた私は、このままサボってしまおうかという誘惑に引っかかっていた。
どんなに練習してもうまくいくはずがない。下手くそがチームにいるだけでクラスメイトの練習の邪魔になるわけだし私はいないほうがいいのでは…
行方不明のボールを探すのを諦めた私は花壇の土留に座り、ため息をつく。
そもそも体育自体が苦手なので、球技大会とか最も苦手とするものだ。
苦手になったはじまりはそうだな…小学5・6年のときだろうか。当時の担任はえこひいきの激しい教師だった。人それぞれに得意不得意があると思うんだ。好き嫌いだってある。
だけどそれをやる気が無いと決めつけて叱りつけてくるような教師だった。
ただでさええこひいきする人間なのに、私はその教師に嫌われ、理不尽なことで怒られた。そんなの大目に見ろよってことまで、全員の前で叱られて……それを会社でやったら今はパワハラだって問題になるようなこと。
それが、生徒のためだって言う人もいるかも知れないが、私は恐怖を感じ、萎縮していた。苦手意識やトラウマを産み付けられて、今の私の役に立ってないと思う。
当時の私は学校にも行きたくないし、早く小学校を卒業したかった。卒業の時に先生に寄せ書きしようとか言われたときとかものすごく嫌だったもん。
そんな教師のお気に入りはやっぱり珠里亜。
可愛い珠里亜はクラスの中心的人物。
生徒の名前は普通に名字で呼ぶその担任は珠里亜だけは名前呼びしてかわいがっていた。
珠里亜が私と同じことしたら大目に見るくせに、私がしたら叱り飛ばす。体育の時間は特に顕著だった。本当に体調悪くて体育を休んでいても、サボりだと決めつけるし、あの頃から私は世の中の不条理に悩まされているような気がする……
流石に高校になると、先生も生徒任せな部分があるので、そこまで追い詰められないけど。うちの高校は体育会系じゃないし。…それでも、未だに体育の出来ないやつダサいってことで、運動神経の悪い人への風当たりは強い。
この時期になるといつも思う。
骨折して、物理的に出場できなくなればいいのになぁって。
「菊本、お前どこまでボール探しに行ってんだよ」
遠い過去の暗い部分を思いだして沈んでいると、バットを持ったままの逸見君がやってきた。
「こんなところに座り込んで、体調が悪いのか?」
心配そうに私の顔色を伺う逸見君。
ただソフトボールしたくないからサボっていただけですとは言えない。
私は首を横に振って否定する。
「なら戻ろうぜ。クラスの奴らも心配してるぞ」
そう言って逸見君が手を差し伸べてきたが、私はその手をとることが出来なかった。
「……私、下手でしょ」
「ん?」
「…私、本当運動できなくてさ。真面目にやってるけど、やる気が無いように見えるみたいでよく叱られるんだ」
だから私は競技に参加しないで補欠として待機していたほうがいいと思う。
いざとなれば当日休むとか……
「…球技嫌いか?」
「……嫌い。運動全般嫌い」
子供の頃は友達と駆け回るのが楽しかったけど、成長するにつれて運動が嫌いになった。それはだいたい体育の授業のせいだと私も認識している。
どう頑張っても上達しない。笑いものになる。罵倒される……そんな状況で好きになれって方が難しいだろう。
逸見君と私の間に沈黙が走る。
なんか気まずくなってきた。
不真面目な奴めと怒られるかもしれない。
「…俺、見てて思ってたんだけどさ、菊本は遠くへ飛ばそうという気持ちが空回りして、肩の力だけで力いっぱい投げ過ぎなんだよ」
「え…?」
「ソフトボールって全身の力を使って投げるもんなんだよ。あんまり気張ると肩壊すぞ」
逸見君は未だに私に手を差し出している。
私はその手と彼の顔を見比べた。
──そんなこと、言われたって。結局下手なのは変わらないじゃん。
「教えてやるから。大丈夫、きっとできる」
いつもの卑屈な私ならそんな言葉に反発してもおかしくないのに、逸見君が言うなら私にもできそうな気がした。
逸見君に投球の指導を受けるようになった。
最初はうまく行かなかったけれど、徐々に捕手へのパスがうまくいき始めた。投球がマシになった、ただそれだけなのだが自分がものすごく上達したみたいで嬉しくなった。
大嫌いなはずの運動だけど、逸見君に教えてもらえるってわかれば、練習時間が楽しみになり始めた。
「菊本上達したじゃん」
「えへへ…」
逸見君のおかげだよ。
褒められると嬉しくて、頬が勝手に緩んだ。
「千沙ばかりずるーい! 珠里亜にも教えてー」
「お前出来るくせに出来ないふりすんなし」
「つめたーい」
そこに割って入ってくる珠里亜に逸見君はドライに返す。
ほんとそれ。難なくプレイできるくせに、なぜ逸見君に教えてもらおうとするのか……
私にはわかっている。
逸見君は珠里亜の次の標的になったのだ。
私が気になる男の子はいつも珠里亜がかっさらって行くのだから。
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