生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

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番外編

美しいガラス石ですこと! ありがたくいただきますわ!

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『夜は部屋の外へ出られませんよう。──獣がうじゃうじゃいますから』

 宴の席を離れて、客室まで誘導してくれた王宮の召使いのひとりからそんな不穏な発言をされた。
 それは警告か。それとも裏の意味があるのか。
 夜になっても暑いのに、私は薄ら寒い思いがした。

 寝る支度を整えた私は自分に充てられた部屋で就寝することなく、ヴィックの部屋に潜り込んだのだが、彼に用意された部屋は想像以上に豪華であった。
 寝台は私のところの二倍以上の大きさがあるし、部屋も広い。飾られている調度品もグレードが違って見えた。まさに国賓扱いである。
 私の部屋も決して悪くはないけどやっぱりランク分けされている気がする。それにしても引き離されすぎな気もしないこともない。

 私が部屋にやってくるとわかっていたらしいヴィックは笑顔で出迎えてくれ、寝慣れない寝台に一緒に横になって眠った。
 だって結婚してから別々に寝ることなんてなかったから落ち着かなかったんだもん。私は神経図太いほうなので用意された部屋でも眠れるだろうけど、ひとりだと寂しいというか。

「おやすみ、リゼット」
「ん、おやすみ……」

 私はここに来るまで体力の消耗をしすぎていた。変に気を張っていたのでとても疲弊していたのだ。
 ヴィックからお休みのキスをされると、緊張が解けてすとんと瞼が落ちた。
 国から連れてきた信頼できる護衛さんが扉の外を守ってくれているし、ヴィックが隣にいる。
 その安心感で朝まで熟睡できた。



 朝はヴィックのお部屋で朝ご飯をいただいた。
 王宮召使いによると王族の方々はいつも昼ごろまで起きてこないと言っていた。なので別にいただいているのだ。
 昨晩はあまり遅くならないうちに宴から引き上げたつもりだったが、あの後彼らは夜更けまで飲み食いしていたらしい。ちょっと怠けているんじゃないだろうか。

 食事をとって支度をしたら、午前中からまた外に繰り出す。これから私たちは少し遠出をするのだ。
 行き先は鉱山。取引している鉱物の産地の視察に行くのである。
 例にもれず王族は誰一人として引率しないけど、この国に詳しい人間にガイドを任せているし、傭兵も新たに雇って守りは固めている。

 その前に寄り道して昨日出向いた市場へ足を運んだ。
 するとどこからともなく集まってきた子どもたちに囲まれた。
 あちこちから言葉が飛んできて聞き取りが難しいが、滅茶苦茶歓迎されている空気が伝わった。よっぽど昨日の焼き芋がおいしかったんだな。

『今日もさつまいもを持ってきました』

 一便だけと思うな。二便も用意しているのだ。
 おかわりが運び出されると、子どもたちがはしゃいでいた。

 私ができるのは一時的な食料援助だけだ。ただの偽善にしかなっていないかもしれないけど、罪のない人たちが空腹に喘ぐのを見ていられなかったのだ。
 この次どうすべきかを考えたいけど、ここは外国人である私には口出しする権利がない。それが口惜しい。

 昨日何度も焼き芋を作ったので、私の指導は必要ないみたいだ。モクモク焼き芋調理する大人たちの周りに子どもたちが群がっていた。生のさつまいもを運んでお手伝いしているのだ。偉いな。

『かまどは熱いから、大人に任せようね』

 かまどに近づこうとするちっちゃい子を抱き止めていると、にゅっと横から細い腕が突きだされた。腕の持ち主は握っていたこぶしをゆっくりと開いた。手のひらに乗ったのは綺麗な石。それもただの石ではないように見えた。

『昨日は…ありがと』
『ふふ、私にくれるの? ありがとう』

 誰かと思えば、昨日のスリ未遂少年だった。
 顔真っ赤にしてちいさくお礼を言ってくれたが、それは二重の意味がこもっているのだろう。

 可愛いなぁ、弟がいたらこんな感じかなと微笑ましく思った私は少年の頭を頭を撫でた。すると少年の顔はさらに真っ赤になり茹でだこみたいになってしまった。

「きれい……」

 少年がくれた石は直径4センチ位。
 まるでガラスみたい。花びらのようにヒラヒラ波打っていて、濃い緑色をしている。加工したらアクセサリーに使えそうだ。
 こんな綺麗なものをどこで……もしかして、この国には宝石が眠っているんだろうか。それなら新たにハイドラート国産業が生み出せるかも──

 私は石を見つめてしばし考え、そばにいたヴィックに何かを言おうとしたが、それは叶わなかった。
 なぜなら、他の子どもたちが小石を持って私の周りに群がっていたからである。

「!?」
『石好きなの? これあげる』
『この石も綺麗だよ』
『沢山持ってきた!』

 少年にもらった石を喜んで受け取っている姿を見た他の子どもたちもその辺の小石をくれた。両手いっぱいに積みあがる小石。これをどうしろと。
 まさか私が石好きだと思われてる……?

『あ、ありがとう……』

 彼らから小石を受け取ると、私はむりやり笑顔を作った。完全なる厚意だから無下にはできない。
 目の前で捨てるのもあれなので今はカバンにしまっておく。
 申し訳ないが、なんの変哲もない小石類はどっかで処分しよう。

 もう一度ヴィックに宝石の産地がこの国にある可能性を話そうと思って彼に視線を送ると、ヴィックは私に背を向けてある人物を観察していた。
 民と難しい顔で話す見知った顔。

「あっ」

 思わず私は声を漏らす。
 なぜなら相手は私を殺しかけた前科犯だったから。

 視線に気づいた本人は私たちに視線を向けると、嫌そうに顔をしかめて目をそらした。話していた住民に何か言うとそのまま足早に立ち去っていく。まるで私たちから逃げるみたいに。
 あんなことをしでかしたんだ。本人も気まずいと思っているんだろう。

『……彼は何を?』

 ヴィックがそばにいた付き添いの王宮召使いである下男に問いかけると、彼は少し暗い表情になっていた。

『……ダーギル様はこの町の人口の確認にいらしたのだと思います。この国ではずっと飢餓が蔓延しているので、人口の増減が激しいのです』

 その言葉にヴィックの色素の薄い眉がぎゅっと顰められた。

『……私はこれまでも破格で人道支援を施してきたつもりだが、それでも足りないと?』
『いいえ! 大公殿下のご厚意は充分受け取りました。感謝しております。……ですが、いただけたものは民には分配されないでしょう』
『それはどういう意味だ?』

 ヴィックが聞き返すと、召使いさんは一瞬言い淀んでいた。
 しかしここで隠してもどうにもならないと白状したのか素直に発言した。

「毎回ご支援頂いた食料は限られた人間にだけ行き渡った後、残りは他国に向けて高額で転売されています。ハイドラート以外にも食糧難に喘いでいる国はたくさんありますので』
『…恩を仇で返された気分だな』

 まさかの真実である。
 ヴィックは嘲笑するように鼻で笑っていた。
 だけど驚いた様子がないってことはうすうす勘付いていたのか。それともこの国に来てそうなんじゃないかと思い始めたのかもしれない。

『その事をダーギル様は憂いていらっしゃいまして……自分達に充てられた食料を子どもたちへ優先的に分配したり、他国と取引をして食料確保に奔走されていますが……』

 下男は言葉を濁していたが、あまり芳しくないと言いたいのだと判断する。おそらくダーギル王子ひとりだけで出来ることには限界があるのだろう。

 第23王子・ダーギルが商人に扮してエーゲシュトランド城にやってきて、私の部屋に潜入&襲撃したとき、エーゲシュトランドの豊かさを妬み、自国の未来を憂いているような発言をしていたな。だから国を何とかしたいと言っていた気がする。

「口だけじゃなかったんだ」

 援助してくれている国相手に喧嘩を売るような真似をしたのは誉められないし擁護もできないけど、彼は彼なりに国をよくしようと、ひとりで悩んで空回っていたのだろう。

 この国は昨日の宴会の時も感じたけど、沢山夫人や兄弟姉妹がいるのに、なんかどこかピリピリしている気配もあったし、貧しい国の割に派手な服装の人もいた。他の王族は民たちの暮らしなんてどうでもよさそうに見える。
 上の者は養分を吸い取り、下の者が苦しむ。まさに私の生まれ育った旧サザランドで行われたことと似た現象である。

 その中でも焦りを見せているのがあの第23王子で、彼なりに必死に民たちのために奔走している。だから民たちの支持が厚いんだな。

 それにしても国民に行き渡らないなら、何のための人道支援なのか。
 エーゲシュトランドを舐めてるからそんなことをするのか、ばれなきゃいいと思ってそんなことをしているんだろうか。

 ヴィックはその場で何かを発言することはなく、ひとり黙り込んで何かを考え込んでいるようだった。


◇◆◇


 目的地の鉱山までは砂漠を通過する必要があるので、ラクダで移動する。
 一日や二日じゃ日差しの強さに慣れることはないけど、遊びでやってきたのではないので我慢である。適度に休憩を挟みながらの移動だったので、日が暮れた後は移動を中断してそこに簡易テントを張って野宿することになった。
 砂漠の暑さにも耐えられる携帯食は味気もなくぼそぼそしていたけど、スラムで残飯を食べていた時に比べたらごちそうである。しっかり噛んで完食した。

 砂漠は夜になると冷える。隣のテントから寝返りの音が聞こえてくるくらい静かだった。
 夜になると夜行性の肉食獣が徘徊することもあるそうだが、そこは砂漠に詳しいガイドさんが獣除けのお香を焚いて、見張りを立ててくれたので安心して眠れた。
 砂の上に布を敷いているだけなので寝心地がいいとはいえない場所だったけど、ヴィックとくっついて眠ったから不思議と怖くはなかった。

 休憩と野宿を重ねて到着したのは目的地の鉱山。
 砂漠の旅をしていると、日に日にこの土地の気候に順応しているような錯覚がしてきた。実際のところはわからないけど。

 ガイドさんが鉱山関係者に責任者を呼ぶように告げると、現場監督らしきおじさんが転がり出てきた。
 お得意様である公国の大公が自ら出向いてきたのだ。そりゃあそんな反応になるであろう。

 ハイドラート王宮のある街から離れた、砂漠に囲まれた鉱山。ここには鉱物がたくさん眠っている。あの第23王子のやらかし以降、慰謝料としてここの鉱物を安値で取引しているのだ。

 ここにあるのは燃料となる鉱物だ。エーゲシュトランドの主要産業でよく使うものなのでいくつあっても足りないもの。
 言い方が悪いが、文明が途中で止まったままのハイドラートでは使用することのないものなので、この国の人はこの鉱物の真の能力を理解していないのだ。

 エーゲシュトランド公国内の産業は数種類あるが、宝石が眠る鉱山の発掘・加工・販売なども重要な産業である。
 ちなみに私のお父さんとお兄ちゃんはその国営企業で働いている。ヴィックが推薦で紹介してくれた職場なんだ。

 エーゲシュトランドの宝石はそのままでも美しいが、熱加工するとさらに透明度を増して美しくなる。採掘した宝石の熱加工作業でここの鉱物が使用されるというわけだ。
 質の高い鉱物のおかげで、色鮮やかな美しい宝石が完成し、高値でいろんな場所で売買されている。

 輸入コストを抑えられている分、エーゲシュトランドはかなり潤っている。
 それもこれも第23王子のおかげだ。絞殺されかけたのは絶対に許さないけど。

 鉱山で働く人たちにヴィックが話を聞く。
 ちょっと難しい単語が飛び出してきたので、専門的な話を聞いているのだろう。
 私の付け焼刃なそれとは違ってヴィックは語学堪能である。

 私はぐるりと鉱山内を見渡す。
 作業する光景を眺めながら思い出す。少年にもらったあのガラスっぽい緑の石を。

『あの、こういう石ってこの国でたくさん見つかりますか?』

 待機していたガイドさんにカバンから取り出した石を見せて話しかけると、彼は首をかしげた。

『いえ……初めて見ますね。少なくともこの鉱山の鉱石とは違うと思いますし』
『そうですか……』

 じゃあたまたま見つけただけなんだろうか。
 もしかしてと期待していたけど、肩透かしを食らった気分になった。
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