生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

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公妃になるなんて無茶難題過ぎます。

レディの生足はタダじゃありませんのよ!

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「ぐあああああ!」

 いい感じに男の二の腕に刺さった護身用ナイフ。相手は痛みに悲鳴をあげ、私の首から手を離す。

「うっ…! げほっかはっ…」

 堰き止められていた酸素を吸い込んで私は咳き込む。あー苦しかった。死ぬかと思った。

『この、クソガキ…!』

 異国語で怒鳴られた私はすぐさま次のナイフを手にしようとネグリジェの裾をたくし上げた。一本だけだと思うな。まだまだあるぞ!

「リゼット!」

 バターンと乱暴に開け放たれた扉。私がビクリと肩を揺らすと、部屋の外には明かりのランプと剣を持ったヴィックが険しい顔で立っていた。──彼は部屋の中をランプで照らしてぎょっとした顔をしていた。多分私以外の侵入者の姿に驚いているのだろう。
 手に持っていたランプを後ろを追いかけてきた侍従に押し付けるなり、ヴィックは床を蹴りつけた。その動きは素早い。正面から行くのかと思えば、そんなことはない。相手の反撃を予測しながら懐に入っていき、鞘から抜き取った剣を振りかざした。

 暗い寝室内に白刃が走る。
 相手の腕を剣で斬りつけたヴィックは相手が怯んだタイミングを見逃さずに足蹴にして床へ引き倒した。ズダン! と倒れ込んだ不審者のマウントを取ったヴィックは今にも相手を殺してしまいそうなほど恐ろしい瞳で剣の刃を不審者の首に食い込ませていた。

「何者だ! 彼女が私の妃となる女性と知った上での狼藉か!」
「このぉ…!」

 優男だと称していたヴィックに一方的にやられたのが悔しいのか、自分の不利に気づかない男は悔しそうに声を漏らしていた。

「ヴィック! その男、ハイドラートからスパイ…えっと、エーゲシュトランドの富を狙ってこの国を牛耳ろうとしに来たんだって! 捕まえて取り調べしたほうがいいよ!」

 私の言葉にヴィックは目をすぅっと細めていた。

「ほぉう…? それで、なぜ私のリゼットの部屋に潜り込んだのだろうね……」

 体躯としては商人もどきの不審者のほうが筋肉質であるが、いつでも首を斬れる状況のヴィックのほうに分がある。いつもよりもひっくい声を出したヴィックは剣に力を込めて相手の首にめり込ませていた。

「いけませんヴィクトル様! それは取調べして洗いざらい吐き出させた後にしてください!」
「捕縛しますからそのまま抑えておいてください」

 不審者の首の皮膚が切れて血が出ているのを見て私はしょっぱい顔をしていた。あー痛い。見ているだけで首がヒリヒリしてくる……
 人の怪我をみて自分が痛い気持ちになっていると、私の身体を抱込む腕があった。むろん、この城でそんなことしてくるのはただ一人ではあるが。

「遅くなってごめん、リゼット。怪我はない?」
「うーん、ないとは言い切れないかな」

 首絞められたし、ナイフつきつけられた時ちょっと切ったみたいだから。それを正直に話すと、ヴィックの顔がまた怖くなった。

「やはりあの男はころ…」
「助けに来てくれてありがとう! 抵抗はしていたけど、あのまま誰も来なかったら私殺されてたよ!!」

 ヴィックがダークサイドに堕ちそうになっていたので、私は彼の胸に抱きついて大仰に感謝の言葉を告げる。私が捕まえておけば暴走しないだろう多分。相手は不審者だけど、簡単に命を摘み取るのは良くない! 正当な取り調べをした後に処遇を決めよう!
 私が抱きつくとヴィックの殺気は収まったけど、なんか不完全燃焼みたいな反応された。そんな顔しないでくれ。ヤンデレはいけない。私に見せるのはデレだけにしてくれないか。
 
「…リゼット、レディが人前で足を出したら駄目だ。ましてや男の前で」

 その言葉に私は目を丸くする。
 足? 出してないよ? 今も裾が地面に付きそうなくらい長いネグリジェだし……ヴィックの注意の意味がわからなくて考えていると、「あの男がリゼットの太ももを…」と彼は苛立たしげにブツクサつぶやいていた。
 あぁ、そっちかと合点がいった私だったが、あの状況では話が違うと思うの。

「でも命の前には私の足なんて安いものでしょ」
「駄目! リゼットの足は私だけが見れたらいいんだ!」

 足を見せたくないと恥らって殺されるよりマシじゃない? と言おうとしたけど、ヴィックの強めの否定に私は圧された。
 そんな。ヴィックは私が絞殺されて死んでも良かったと言いたいのか。抵抗しなければ息絶えていたかもしれないというのに…

「ヴィックはあのまま私が死んでも良かったんだ…」

 私がジト目でヴィックを非難の目でにらみつけると、ヴィックは「そういう意味じゃなくて! リゼットの足は私だけのものなんだよ!」と弁解していた。なんだそれ。私の足は私のものだよ。

「あーうぉっほん!」

 わざとらしい咳払いに私とヴィックは顔を見合わせる。

「ヴィクトル様……そういった本音は公の場でおっしゃいませんよう…」

 咳払いしたのはヴィックの側近さん。
 あの革命の日もこうしてキスを止められたなと思い出していると、私の身体に腕が巻き付いてぎゅっと抱きしめられた。

「リゼット、私は君のことが何よりも大切なんだ。死んで良かったなんて思うわけがないだろう?」
「…それはわかってるけど」
「さっきのは私の独占欲と嫉妬だ。君を傷つけるつもりはなかったんだよ」

 側近さんが止めたのに、ヴィックは私から離れるどころか更にくっついてきた。斜め横で呆れたようなため息と、撤収する使用人たちがぞろぞろと退出していく気配がした。
 気を使って二人きりにしてくれたのか、それとも呆れてさっさと寝ようと解散したのか…どっちだ。

 寝るときはコルセットをしていないため、抱き合うとヴィックが近くにいると感じる。日中は香水のいい匂いがするヴィック。今は石鹸の優しい匂いがする。こっちもいい匂いだ。

「いい匂いがするね」
「アロマオイルの匂いかな。マッサージしてもらったから」

 今日のアロマオイルはこのへんでは流通してないものだからヴィックも嗅いだことがないものかもしれない。私も初めて嗅いだので不思議な匂いだなとは感じたが、悪くはないよ。

「熟睡効果があるんだって」
「そう…でもリゼット今晩は怖いことがあったから眠れないんじゃないかな」
「うーん、そうかな」

 不審者がいないとわかればすぐにでも眠れそうな気がするけどどうだろう。私が首を傾げていると、つむじにキスが落とされた。
 そっとヴィックの胸に耳をつけるとなんだか鼓動が早い気がする。
 それに……なんかさっきから腰を撫でられているような。コルセットがない今はそれが妙に生々しくて恥ずかしくなる。

「今夜は私と一緒に寝ようか?」
「え…」

 顔をあげると、ヴィックの瞳とかち合う。
 いつもは優しい薄水色の瞳がぎらりと輝き、私はどきりとした。

「ヴィック、」

 私の声を飲み込むように口づけされ、私の弱い意志は簡単に陥落した。腰を撫でていたヴィックの手が下に降り、お尻を撫でてきた。

「いけません。それならばわたくしが寝ずの番しますわ」

 このまま流されて、背後の寝台に押し倒されるんだと覚悟をしていると、そこににゅっと割って入ってきた先生。……いたの、先生……
 私とヴィックは彼女によって引き離されてしまった。

「ではヴィクトル様、おやすみなさいませ」

 部屋の外に追い出したヴィックにお休みの挨拶をした彼女は扉を閉ざしてそして、私の方へとゆっくり振り返った。

「リゼット様、公妃教育の前に淑女教育の強化をしたほうがよろしいかもしれませんわね」

 そう言った彼女の目は笑っていなかったのである。


□■□


 侵入者の名前はダーギル・ハイドラート。ハイドラート王国の第23王子で、取り調べの中で語られた話は私と対峙していたときに話していたことといくつかかぶっていた。
 他国の王子ではあるが、このままただで放免するのは危険すぎるということで、ハイドラートには第23王子解放と引き換えの取引を持ちかけた。

 実はつい先日、エーゲシュトランドは食料品の輸出入に関して、人道支援も兼ねてハイドラート側へ特別価格で流通させるという協定を締結した。その直後のこれである。ここであちらが人質取引の話を断れば安く取引できるはずであった食料品を値上げされる、それはまずいということで、ハイドラート側から第23王子は好きに扱っていいという返事が返ってきた。
 しかしヴィックが望んでいたのはそんな返事ではない。彼が望んでいるのは、あちらの国で眠る鉱石である。あの国の人間はその鉱石の価値を知らないらしいが、ヴィックのお父さんはその価値に気づいて長年定期購入してきたそうだ。そしてエーゲシュトランド公国内の事業で活用してきたとか。
 そんなわけでヴィックが持ちかけたのは鉱石を特別安く仕入れる契約であった。それに先方が頷いたのを確認すると、さっさと契約を済ませ、危険な第23王子を返品した。今度入ってきたら問答無用で首を斬ると脅して。

 取り調べでどんなことをしたのかは知らないが、不審者もといハイドラート第23王子はヴィックに恐れを抱いているように思えた。私の知らないところで一体何があったのだ。関係者に聞いても誰も教えてくれないし…ヤンデレのヤンの部分を見せちゃったのか、ヴィックよ。
 もともと23番目の王子ということでスペアにもならない地位にいた彼はきっと国でも窓際に追いやられてしまうんだろうなぁと私は勝手に想像していた。国を憂うその心と国を変えようとするガッツがあるならなにかできそうなのに、やり方がおかしいと言うか、どこか抜けてるよなぁ。この王子も。
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