生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

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公妃になるなんて無茶難題過ぎます。

そんな甘言で気が引けるとお思いなの?

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「おやすみなさいませ、リゼット様」
「おやすみなさい」

 お風呂で一日の汗を流してマッサージケアフルコースを受けると、ものすごく睡魔に襲われる。今晩はイハーブさんが持ってきてくれた、リラックス効果がある異国のアロマが配合されたマッサージオイルで全身くまなくもみほぐされた。自分はただされるがままなのになぜこんなに疲れるのだろうか…
 お世話をしてくれたメイドさんが扉を締めたのを確認するなり、ひらひらしたネグリジェに包まれた私はベッドに潜り込む。ふかふかの布団に横になると今日も一日色々あったなぁ…と今日のことを思い返した。結局ハイドラート商人は見つからなかったらしいが、あの人今どこにいるんだろう。眠かったはずの私ではあるが、そのことを思い出すと目が冴えてきた。
 2番目に豪華な部屋だと言われるこの部屋。使用人が立ち去ったあとはひっそりとして静かなものだ。私が寝返りを打つ音がやけに大きい。

 ──カタリ、
 だからだろうか。自分以外が発する音にも敏感に察知できたのは。
 今の音はなんだ。ベッドの下から聞こえてきたような……
 ぎくりと警戒に身をこわばらせた私は暗闇に目を凝らす。昼間にあんなことがあったので、お城は一斉捜索が行われたはずなのだ。よもやこの部屋に潜んでいるとか考えるものか。

「──ご寵姫様」

 その声に私はビクリとした。へりくだった呼び方のくせに、内々からにじみ出る偉そうな声音には憶えがある。昼間に一度対面したっきりのよくわからない身元の男がなぜ寝室に潜り込んでいる理由は知らないが。

「怯えていらっしゃるのですね。怖がらせて申し訳ありません…どうかお話だけでも聞いていただきたいのです」

 私が怯えて声も出ないと思っているのだろうか。ベッドの下から出てきた男は安物の芝居のように演技じみた声で話し始めた。

「初めてあなたを目にした瞬間、まるで城に閉じ込められた籠の鳥に見えた。あなたはこのような閉塞的な場所に閉じ込められる存在ではない……あなたに世界をお見せしたい……私と外の国に行ってみませんか?」

 ……いやー結構外出しているし、閉じ込められているわけじゃないけどね。外の国ねぇ……相手の目的はわからんが、あまりいい意味ではなさそうだな。

「外の、国?」
「えぇ、私と共に参りましょう。今宵あなたには自由を差し上げましょう」

 そんなんでうなずく女とかいるのかな。あんたタダの不審者で侵入者なだけですけど。

「んな話に乗るわけないだろー! この痴漢変態強盗狼藉ものー!!」

 私は大声で叫ぶと、ベッドから跳ね起きた。そして私の大声に目を丸くしている商人もどきめがけて枕をぶん投げた。
 そんな甘言を信じてホイホイついていったら、異国で売り飛ばされるか殺されるかの二択だろうが! 誰が着いていくか!

「誰かー! 部屋に侵入者がー! 殺されるー!」

 騒いでいれば誰かが異変を感じて駆けつけてくれるはずだ。私は腹の底から声を出して騒いでいたのだが、慌てた男が私の口元を手のひらで覆い隠し、ベッドの上に押し倒してきた。

「チッ…! 下層出身の娘と聞いたから簡単におびき寄せられると思ったのに…!」
「むごごご!!」
「おっと、動くんじゃねぇぞ」

 ピタリと首元に押し付けられたのは小型のナイフだ。だがそれで頸動脈を一突きされたらひとたまりもないだろう。
 胡散臭い商人もどきはやっぱり胡散臭かった。私の野生の勘も馬鹿にできないな。

「あんな若造が国を建て直すとかそんな話を聞いたときは無理だろうと思っていたが…想像以上に復興が進んでて驚いたぜ」

 商人もどきは妬みが混じっていそうな声でそう言った。

「ハイドラートはな、年がら年中乾いた土地なんだ。昔であれば雨季と乾季で季節が別れていたんだが、ここ20年はずっと乾きっぱなしだ。作物が実らないから食料がない。子どもが生まれてもすぐに栄養不足で死んじまう。上の方では富と権力を狙って殺し合うのは日常だ。金目になるものを他国に売りさばくけど、足元見られて端金にしかならねぇ。周りの国に見下された国。それが俺のハイドラートだ」

 それなのに王族は危機感を抱かず日々享楽に溺れる。これじゃ駄目だと思った商人もどきは一人で国を出て行ったと語った。考えに考えた答えが、このエーゲシュトランドの富を奪い取り、根っこから操作することだという。
 ……土地的にどうしても貧しくなってしまう国はあるのは知っている。私にはこの人の苦しみがわからない。その逆で私がこれまでサバイバルしながら苦労してきたことをこの人は理解できないだろう。私だってぬくぬく育ったわけじゃなく、泥水すすりながら生きてきた過去があるんだ。生まれ育ちが悲惨だからと決して同情はできない。

「なぜ、この国はそうはならない? 奪われ、潰されたのになぜ再度蘇った? あまりにも不公平すぎないか? ……だから俺はこの国を乗っ取ってこの国の富を利用してやろうと思ったんだ」

 黙って聞いていれば…!
 大声を出させぬよう抑え込んでいた相手の手を剥がすと私は言い返した。

「そんなのただの逆恨みじゃないか! あんたの国が貧しいのとヴィックの国が豊かなのは全くの別問題でしょ!」

 ヴィックがどんな思いでここまでたどり着けたと思っているのか! 実際なにも知らないんだろう! この国がどんな目に遭ってきたかその前提を知らないからそんな独りよがりなことが言えるんだ!
 そもそもあんたの国とこのエーゲシュトランド公国の豊かさの差は全くの別問題なのに、なぜヴィックが悪いみたいな言い方してんのさ! 恨む場所が間違っているし、やり方も間違っている!
 本気で変えたいならヴィックのように命を懸けて、自国で革命でも何でも起こせばよかろうに!

「ヴィックは14歳で国を追われて、スラムに流れ着いてきたの。それまでずっと坊っちゃん育ちだった彼がすぐに馴染むと思う!? それはそれは苦労して、生きる努力をしたんだよ!」

 私はずっとスラム育ちだったからまだいいけど、それでも前世日本で生まれ育った記憶があったためそれと比べて悔し泣きをしたことだってある。生きるために必死だったとはいえ、辛くなかったといえば嘘になる。
 でも嘆いたって食事は出てこない。足掻かないと生きていけない。ヴィックもスラムでそれを学んだんだ。

「鴨や野うさぎを仕留めるのにも躊躇いを見せる優しい人だったのに、ヴィックはご両親と国の仇をとるためにその命を懸けて戦ったの! 私に安心して暮らせる世界を作ってあげるって言ってくれたの! それに比べてあんたはなに!? 一回り以上年下であろう子どもに色仕掛けっぽいことして自分が情けないと思わないの!?」

 身勝手な言い分を述べる不審者に腹を立てた私は一気にまくし立てた。好き勝手にヴィックのこと侮って悪く言いやがって! ああ見えてヴィックは男らしいし、頭は切れるし、むちゃくちゃすごい人なんだ! ヴィックは決して愚鈍ではないし、頼りになる側近さんもいるんだ。再び危機が訪れようと何度でもよみがえるはずだ!

 私の反論に相手はグワッと表情を険しくさせた。文字通り鬼の形相。男の手から小型ナイフが離れてベッドに落ちたと思えば、太い指が私の首に巻き付いた。

「黙れ小娘…!」
「ぐぅっ…!」

 憤怒の表情で私の首を絞めてきた男の手には躊躇いなどない。首の骨まで折ってしまいそうな力で締め上げてきたではないか。
 
「あんな女みたいな優男。坊っちゃん育ちの大公なんて簡単に傀儡にできる。だから手始めにお前を利用することにしたが…やめた」

 そのために私と接触しようとしたと言う。私を大切にしているヴィックの弱みを握り、私から情報を引き出させようとしたらしいが、方向性を変えたらしい。

「お前を切り裂いてあの男の前に引きずり出してやろう…!」
「う゛ぅぅっ!!」

 冗談じゃない! こんなタイミングで殺されてたまるか!
 私は相手の手を引っ掻いたりしているが、不審者は痛みを感じていないのか、イッた目で私の首を絞めるのを楽しんでいた。
 苦しさにバタバタと暴れていた私はもがいて苦しむ虫のような心境で死への恐怖に怯えていたが、ふとあるものの存在を思い出した。

 ここに移住してきた元傭兵のおっちゃんもといサバイバルの師である彼から、小型の護身用ナイフを貰ったのだ。なにかと狙われることもあるだろうから身につけておくようにと言われたそれが早速役に立ちそうである。

 太ももに取り付けたベルトに仕込んでいたナイフ。ネグリジェを捲くりあげて手に取ると、私は相手の腕にそれを力いっぱい突き刺したのである。
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