生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

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公妃になるなんて無茶難題過ぎます。

無駄遣いは好みませんわ!

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 あれこれ忙しくしている間に私は15歳になった。
 突然というわけでもないが、ヴィックから急かされてお城入りすることになり、家を出ることとなった。
 そこまで長く住んでいた家ではないけど家族の元を離れるのが寂しくて仕方なかった。しかし二度と会えないわけじゃない。寂しくなればまた帰ってくればいいのだから、私は「行ってきます」と家族に笑顔で挨拶して出ていった。

 国土同様に荒れていたエーゲシュトランド城も大々的な改修工事が行われ、今ではピカピカの立派なお城に様変わりした。
 お金はどこから…? と疑問に思っていたが、亡きエーゲシュトランド前大公名義の証券のような本人もしくは相続人じゃなきゃ扱えないものや、他国の銀行のようなところへ預けていた個人的な財産が丸々残っていたそうなのだ。それのおかげで色々助かっているのだという。
 盗まれていた金品財宝も間に入った周辺国の監査が終了して返還されたとのことで至るところに高そうな芸術品が飾られていて、壊したら大変な事になるのでそれらにはなるべく近づかないようにしてる。

 城に入った私に用意されたのは、歴代の公妃が使用していたという特別な部屋だった。さすがに気が引けたので、もっと狭くて格の低い部屋はないかとヴィックに問いかけたが返答は「NO」である。

「環境が変わって気が引けるんだろうけど、私の妻となるリゼットにはこれらに慣れてもらわなければならない」

 とのお言葉を投げかけられ、「わかりました」と素直にお返事してしまった。
 今生スラム生まれ、前世普通の中流階級の女子大生だった私にはブルジョワ過ぎて落ち着かないんだが、いつまでもスラム気分を引きずっていたらヴィックの奥さんにはなれないってことですね、わかりました。

 スラム出身の娘が城に入ってきたら嫌な顔されるんじゃないかなぁと思ったけど、そこはヴィックと側近さんが厳選した使用人ばかりでそういう雰囲気を微塵たりとも出さない優秀な人達ばかり。
 しかも無知で育ちの悪い私に根気強く付き合ってくれる家庭教師とメイドさんが側にいてくれるので、なんとかお城生活を頑張れていた。…正直、自分が着るとは思わなかったお姫様ドレスが息苦しいが。コルセットがねぇ…

「リゼット様は物覚えがお早くて教えるのが楽しいですわ」
「えっそうですか?」

 そんなこと初めて言われたな。言われる環境じゃなかったからとも言えるけど。
 前世では勉強する機会はたくさんあったけど、こっちではまったくないと言ってもいい。久々の勉強に私はワクワクして仕方なかった。わかるようになると楽しいし、自分の身に付いてるなと実感すると嬉しくなるし自信にもなる。難しい単語が理解できるようになれば、辞書を片手に本を読む余裕も生まれた。たとえ躓いたとしても側について根気よく教えてくれる家庭教師の先生には感謝しかない。

 この先生はもともと海の向こうにある隣国の下位貴族夫人だった人で死別か離別かの何らかの理由で路頭に迷い、自分の食い扶持を稼ぐために仕事を探していたところでこの家庭教師の求人を発見したのだそう。
 ずっと貴族として暮らしていたのに驕った部分のない人である。ヴィックはいい先生を選んでくれたと思う。

「リゼットお嬢様、お召し替えのお時間です」

 先生とおしゃべりをしていると、そこに割って入ってくるお仕着せの女性たち。

「えっ? 朝着替えたばかりですけど…」
「この後ヴィクトル様とのお茶のお時間が設けられております。お着替えするのは先日購入した桃色のドレスにいたしましょう」

 貴族の女性は一日に何度も着替えるそうで、例にもれず私も巻き込まれている。メイドさんはやたらしきたりや外聞を気にする感じではあるが、悪い人たちではない。でも一日に何度も何度も着替える必要はないと思うのだ。
 やんわりお断りしても強制的にお着替えさせられるので、もう半分諦めている。

「あら、ドレスのサイズが小さくなったようですね」

 メイドさんの一声に私は自分の体を見下ろした。…そうかな。全然なんともないけど。

「え? まだ着れますけど」
「いいえ、お胸元が…」

 そう言われて自分の胸元を注目すると、なるほど、収まりきれなかった胸の肉がドレスからはみ出て潰れている。
 どうやら移住して生活環境向上されて、あばらが浮き出ていた身体にも女性らしく肉がつくようになったようなのだ。ヴィックとしてはもっと私を太らせたいみたいでコックさんに高カロリーなものを食べさせるように指示しているのを聞いた気がする。

 今では私もひもじいという感覚を忘れ去ってしまっている。むしろ体重が気になり始めたのだが、ヴィックは笑顔でもっと食べろとすすめてくる。
 ……体重が増えて複雑な乙女心は理解してくれないみたいだ。

「大丈夫です、この程度」

 スラムではこんなの気にしている暇はなかった。このドレスも新しいのにまた作ってもらうのはもったいない。だから平気だと言ったのだが、メイドさんたちは「いけません」と首を横に降った。

「リゼット様は成長期ですから、服が合わなくなるのは仕方のないことです。むしろ合わないものを着続けていたら体の形が崩れてしまいますから」
「そうですよ、今度なじみの衣装屋を呼んでもらうようにヴィクトル様にお願いしておきます」

 えぇ…
 今お金はとても貴重なんだ。復興に集中するために華美な贅沢は控えるべきだというのにドレスなんて無駄な出費とか……私の体がどのくらい発達するかは可能性無限大だが、それなら成長期が終わるまで作り直さずに済むように工夫すればいいんじゃないか?
 湯水のように自分に注がれるお金の量に貧乏性が抜けない私は恐ろしくなってしまい、お茶の席についたヴィックに衣服について相談した。

「サイズが合わなくなったからドレスを作り直そうってメイドさんに言われたけど、もったいないから作り変えなくてもいい。何なら成長期が終わるまでゆったりした安物のワンピースで過ごしたい」

 ぶっちゃけワンピースの方が楽だし、丈が短くなれば自分で繕える。
 とにかく流れていってしまうお金が心配なので私はどうにかしたかったのだが、ヴィックはそうは思わなかったみたいである。

「ドレスには慣れてもらわないといけないから、そうは行かないよ。確かにお金はかかるけど、この国の職人や布問屋に代金が支払われることで経済が回る。大丈夫、君は無駄遣いをしているわけじゃないから」

 世の王侯貴族の婦人や令嬢は毎月毎月バカスカ買い換えるそうで、私は逆にお金を使わなさすぎだから何も心配しなくていいと言われた。そんなこと言われたら何も言い返せない。

 うなだれた私が落ち込んだのに気づいたのか、対面のソファに腰掛けるヴィックが立ち上がった気配がした。絨毯を歩く足音が近づいて来たと思えば、私の座るソファに座ってきたようで重さが増えたことでソファが小さく揺れる。

「とはいえ、リゼットは今まで物を大事に使って生活していたから慣れないか……じゃあ譲歩として、持っているドレスが小さくなったら繕い直してもらうってのはどうかな?」

 『ドレスの形によるけど、お直しできるものは再利用しよう、でもドレスを定期的に買い換える必要はあるからね』
 そうヴィックは言ってくれた。バザーで出品してもいいけど、ドレスは流行り廃りがあるし、一般市民が気軽に着て出歩くようなものじゃないのでそれは無しになった。
 そこまで心を砕いてくれたのだ。私は黙って頷くしかない。

「…成長が止まれば一番いいんだけどなぁ」

 そしたら頻繁に作り直さずに済むのに。
 私は胸元に手をやって、盛り上がっている胸の肉をぎゅっと服の中に押し込む。だけどすぐにむにょっと戻ってしまう。この肉が、この肉のせいで大金が飛び去っていくのだ…!

「……私としてはもっと成長してくれなきゃ安心できないんだけどね」

 掠れたような低い声に私が顔を上げると、いつの間にか至近距離まで彼の顔が近づいていた。間を置かずに唇を重ねられて喰まれたと思いきや、半開きになっていたそれに熱い舌が差し込まれた。

「んん…!」

 にゅるりと動き回る舌が腔内の粘膜を擦りあげると、びびびと小さな電気が体中を走って力が抜けてしまう。酸素を求めて口を離してもらおうとしても、ヴィックはそれを許してくれない。角度を変えて更に深く口づけをしてくる。
 あ、あの、貴族様の中で結婚前のアレコレって決まってるんじゃないですかね。結婚までは性行為が許されない感じでしょう? それなのにこんなキスとかしていいんですか?
 口の端からお互いの唾液がこぼれ落ち、顎を伝っていく。ヴィックはそれを追いかけるようにして舌をなぞらせてきたもんだから、ビックリした私は小さく声を漏らしてしまった。

「もう無理…」

 心臓バクバクで恥ずかしくて保ちそうにありません。
 新鮮な空気を取り込みながら、私はヴィックの胸を押し返した。もう無理。これ以上したら、意識無くしそう。
 キスで腰砕けになった私はギブアップを申し出た。

「無理じゃないでしょ」

 だけどヴィックは胸を押し返していた私の手を取ると、覆いかぶさってきた。

「あ、待って」
「待たない」

 更にキスされた私はソファの背もたれに押し付けられた。口元から発生する濡れた音とお互いの息遣いが部屋に大きく響いて恥ずかしい。
 チュ、とリップ音を立てられて解放されたときには、私はぐったりしていた。私のだらしない姿をヴィックは愛おしそうに甘く見つめると、乱れた髪を指でそっと元に戻しながら囁いた。

「可愛いね、リゼット」

 耳に口付けられ、私はビクリと震えた。何だ今の。なんかゾクンと変な感じしたぞ。

「早く慣れてもらわないと。私はいつまでも待ってあげられないよ?」

 ヴィックは優しく微笑んでいるが、私には油断したところで隙を突いてぺろりと食べられてしまいそうな笑顔に見えた。
 胸元に違和感を覚えたので下に視線を向けるとデコルテを指でなぞられていた。はみ出た胸の肉の形を確かめるようになぞられ、私は恥ずかしくなって「やっ!」と抵抗を示したが、ヴィックは構わずデコルテに唇を寄せて胸の膨らみに吸い付いてきた。

「あっ」

 吸われたところには赤い花のような痕が残された。想像以上の急展開に私は思考停止状態である。

「他の男の前でさっきみたいに胸を押し込むような姿を見せては駄目だよ? …私にも独占欲があるし、我慢の限界ってものがあるんだ」

 顔を近づけられて低く告げられた言葉は脅しである。だが、それには色事を含めた意味合いがあった。脅されてるはずなのに私はしばらくそんな彼に見惚れていた。

 ひぃ、ヴィックが色仕掛けしてくるよぉ。
 私に求婚する前辺りからヴィックはお色気全開で私に迫ってくる。私の知っているヴィックはもっとシャイボーイなイメージだったのだが、どこでこんな色気をつけてきたのだろうか。
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