生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

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生き抜くのに必死なんです。

出来たて、美味しい、石焼き芋はいかが?

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 商人からもらった芋の苗を早速レンタル畑に植えてみた。去年よりも量が多いのでその分作業は増えたが、私はこの上なく農作業を楽しんでいた。

 季節はあっという間に流れた。その間に4つ上のお姉ちゃんが結婚していき、我が家は4人家族になった。
 スラムの人口は未だに増え続けていた。領地の税金は高く、物価は上昇を続け、賃金は低いまま、平民たちは苦しい生活を強いられていた。何度か市民の代表が領主宅に訴えに向かったそうだが、あしらわれて終わってしまったのだという。

 状況は一向に良くならない。領内では捨て子や連れ拐いによる人身売買が横行していた。
 辛さを忘れるために密造酒に手を出す人間が増えたり、鬱憤晴らしに家族に暴力を振るう事件の話もあちこちで耳にした。
 今日食べるパンを買うために自分の髪を売る女性がいたり、靴磨きをして銭を稼ぐ少年がいたり…皆なんとか生きるために努力をしていたが、人々の表情はどんどん暗くなっていく。

 着々と平民たちは不満を抱き、領主一家に反発心を持つようになっていた。


□■□


 秋がやってきた。
 私の足元に敷かれた布の上でゴロンゴロンと転がるさつまいもたち。今年はたくさん収穫できた。冬を越す以上の量を育てられたんじゃなかろうか。

 早速味見をしようと思って、おき火の中に芋を入れる。じわじわぱちぱちとさつまいもが熱されていく。 
 私はそれを見て考え込んでいた。今年は量に余裕もあるし、さつまいもはお腹にたまる。これで商売できないかな? って。

 去年は農作物の不作でパンの値段が上がったけど、今年はどうも違うようなのだ。領主がお店側に税を課したとかなんとかで、パンの値段に税が上乗せさせられて高くなっていた。表の通りのパン屋さんの値段を見た時、思わず「どこの高級食パン?」と呟いてしまったわ。
 我が家ではもちろん贅沢品扱いになってしまった。この国では主食のはずなのにね。
 残飯漁りをしている幼馴染たちも最近パンを見つけることがないと言っていた。
 貧困の波は中流家庭にもじわじわ侵食しているようである。


 それでもなんとかやりくりして生き延びている家庭ならいい。
 だけどスラムはそんな事言っていられる状況じゃなかった。ガリガリに痩せ細った人間が空腹でフラフラして、その辺にいた虫とか草を食べている姿もある。
 私としては火で炙ったカエルをおすすめしたいのだが、彼らにはカエルを狩りに行く体力すら残されていないのだ。
 そんな人がひとり、またひとりとスラムに増えていく。そして餓死する人間が路上に転がる……
 見慣れた光景ではあるが、見ていて気持ちいいものではない。スラムの環境に慣れてしまった私ですら心が痛む。だけどいちいち肩入れしていたら今度は自分が苦しくなる。

 私にはなにもできない、そう思っていたけど、今ならできそうな気がするのだ。

 ……この残ったクズイモを使って、スラム向けに焼き芋を売り歩くのはどうだろうか。私も慈善活動する余裕はないから、代金は取る。そしたら我が家も潤う。
 そうと決めたら早かった。
 私はマフィアのおっちゃんたちに交渉して、スラム内での焼き芋の販売許可と、集会場内のかまどの一時使用の許可をとった。当然、おっちゃんたちにショバ代みたいなものを払う必要が出てくるが、売上が出てからでいいと待ってくれたのでまだまだ良心的である。
 このおっちゃんたちがスラムを取り仕切ってなければ、スラムは余計に荒れていた。そのための自警費をお支払いするようなものなので何ら不満はない。

 駅弁売りの人が使っているような、手作りの首掛けばんじゅうをさげて、私は焼きたて出来たてのお芋を携えていた。

「いしやきぃーいも、イモっイモっ」

 私が大声で集客すると、スラムの住民は変なものを見るような目でこちらを見てきた。なにしてんのあの子…とヒソヒソする声まで聞こえてくる。
 しかしここで恥ずかしがる私ではない。恥なんて概念、今の私の中には存在しないのだ!

「やきたてーおいしい石焼き芋はいかがっすかー? いもー」

 石焼き芋屋さんの軽トラックから流れる音声のモノマネをしながらスラム内を練り歩く。この世界の人だれも知らないだろうけどね。

「リゼットまた変わったことしてんねー」
「商売はじめたの」
「あ、それリゼットの家の主食じゃん。甘くて美味しいんだよな」
「いくら?」

 そこに幼馴染ズが近寄ってきて、ばんじゅうの中身を覗き込んできた。
 お芋は重さで金額が異なる。大きさが不揃いだから仕方ないよね。

「今月あんまし余裕ないから、小さいのでいいや」
「これは15クローネ」
「やっす」

 そりゃあスラム向けなのでそんな高いものは売らないさ。
 安いからといって幼馴染たちは自分で働いて稼いだお金で焼き芋を購入してくれた。さっそくできたてホカホカの焼き芋を頬張ってホフホフしている。
 口々にうまいとか、あまいとか感想を述べてくれるものだからそれで興味が湧いた他のスラム住民が恐る恐る寄ってきた。

「あの、これひとつ貰える?」
「これはちょっと大きいので25クローネです」
「やすっ」

 そんなに安いかな。……今のパン屋でのバケット販売平均が800クローネだもんなぁ……もうちょっと金額設定上げたほうがいいかもしれないな。今回はオープン価格で安いことにしておこうか。

「本日初出品なので特別価格です! 今日を逃すと標準価格に戻りますので、焼き芋をご賞味されたい方はお早めにどうぞー!!」

 私の掛け声に、スラムの人間が寄ってきてあっという間に完売した。
 皆おいしいおいしいと焼き芋を食べていた。こんなたくさんの人の笑顔をこのスラムで見たのは久しぶりだったので、よかったなぁとほっこりしつつ、私は決意した。
 明日からは値段上げる。そう決めた。


 前世の記憶が初めて役に立った。それが焼き芋ってどうなんだろう…とは思ったけど、売れ行きいいし、まぁいっか。
 それから私の焼き芋販売は順調に続いた。
 狩りで多めに獲物が狩れた時は、焼き芋の付属品としてローストして塩を振ったお肉を添えて販売したりしてみた。評判はスラム中に広まり、売り歩こうとすればあっという間に売れてしまい、買えなかった人がとぼとぼ去っていく姿を目にすることも増えてきた。

「嬢ちゃん、なかなか売れてるみたいだな」
「ありがたいことで。異国の商人さんが芋の苗をくれたお陰ですよ」

 集会場のかまどで早朝から焼き芋量産をしていると、マフィアのおっちゃんが話しかけてきた。顔に大きな傷があるこのおじさんとは古くからの知り合いである。そのため、私のする行動に疑うこと無く、今回の焼き芋販売に関わる全てを許可してくれたのである。

「そう言えば最近あいつ見ないな」

 おっちゃんのつぶやきに私は首を傾げた。
 あいつとは?

「ほら、キレイな顔した坊主のこと」
「あぁ、ヴィックのことですね。…なんか引っ越してから同居人の仕事を手伝ってるとかなんとかで忙しいみたいですね。…たまに顔を見せに来ますよ?」

 確かに以前に比べて会う回数は減ったけど、たまに会いに来るとどこで購入したのかとても美味しいお菓子をくれる。
 ヴィックはちゃんと食べてるのかと尋ねると、「大丈夫だよ」と笑顔を向けてくる。痩せた様子もなく、成長期らしくぐんぐん背が伸びているヴィック。元気そうっちゃ元気そうである。
 彼の同居人が何をしているのかは知らないが、そこそこ金を持っているんだろうなぁ。多分、彼の出自に関わる縁者なんだろうと察しているが。

「よそ者だからワケアリとは思っていたが……もしかしたら、とんでもない火種を巻き起こすかもしれねぇなぁ」

 おっちゃんの言葉に私はあえてリアクションを起こさなかった。
 私もわかっていた。ヴィックがこの土地にしがみつく真の理由を。そっとおっちゃんから目をそらすと、かまどの中でじっくりおき火で熱されていく焼き芋を眺める。

 彼はもしかしたらこの国に変化をもたらそうとしているのかもしれない。
 …それがどう転ぶかわからない。もしかしたら私達にとって良くない結果かもしれない。

 でも、私も他の人達も今の現状からの変化を望んでいる。
 口には出さないけど、今の状況に納得しているわけもなく。

 彼がこの不平等すぎる世界を変えてくれるなら。
 そう、私は願ってしまったのだ。
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