生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

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生き抜くのに必死なんです。

食料がないなら栽培してもいいのよ?

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 流れの商人に芋の苗と畑のレンタル権を譲渡された。こうなればありがたく頂くしかない。
 そんなわけで私は未経験の農作業を開始することになった。

 まずは暖かくなる前までに放棄された畑を整える必要があった。
 レンタルされた耕作放棄地は大きな石がゴロゴロ転がり、生えていた雑草が枯れ草化したものが生い茂っていた。
 翌日から私は狩りのついでにそこに立ち寄っては畑の掃除を開始した。植える前までに土を耕していい感じに混ぜ込んで畝を作っておいたほうがいいとあの商人に言われたのでなんとか間に合うように農作業に勤しんだ。

 財布を拾ってあげたらお礼に芋の苗をもらう。これなんてわらしべ長者。
 スラム育ちの私には芋の苗を購入して畑をレンタルする余裕なんてない。この与えられた機会を逃さずなんとか家族が困らない程度に芋が実ってほしいところである。

 栽培に適した気温は約25-35度。初夏~夏の間だけだ。暖かくなってから植え付けする。植えるのは日当たり良く風通しのいい場所。そして大事なのはやせた土地がいいのだという。
 植え方にも色々方法があるらしく、数多く芋が実ってほしいので水平に植えることにした。

 暖かくなってから、近くに畑を持つ農民に指導されながら芋の苗を整地した畑に植えた。これから暖かくなると、あちこち雑草が生い茂るからこまめに抜いていかなくては栽培物が駄目になると指導されてからは毎日のように畑に通った。とにかくこの芋は太陽の光が大事なのだという。
 農作業に夢中になっては土まみれで帰ってくるようになったので、家族からどこかでいじめられたのか? と心配そうに声をかけてくることもあったが、私は首を横に振るだけに納めた。
 芋を育ててる、と言っても良かったけど、失敗した時があれなのでうまく実ってから家族を畑に案内したかったのだ。

「リゼット、今日も森に行くのか?」

 朝早くから出かけようとする私を呼び止めてきたのはヴィックだ。
 朝から剣の練習をしていた彼は額から流れる汗を手の甲で拭っていた。太陽の光で髪がキラキラ輝いて眩しい男である。

「うん! 後で森にも行くよ!」
「…他にも行く場所があるのか?」

 ここ最近は畑作業を終わらせてから狩りに行くルーティンなのだ。今日も雑草抜き作業とか諸々を済ませた後に森へ狩りに行くぞ。
 私は彼からの問いに対してニカッと笑ってみせると「秘密!」と返事した。
 私がウキウキしながら歩いていく姿をヴィックが訝しんでいたが、このことは彼にも内緒なのだ。これは私のびっくりサプライズ計画なのだから!

 畑作業は思っていた以上に大変だ。だが、私が育てている芋の苗はそんなに数が多いわけじゃない。私一人で十分育てられる量なのだ。
 畑近くにも森があるのでそこで野うさぎを狩れるし、顔見知りになった農民さんがクズ野菜と言って分けてくれるようになり、我が家の栄養価も上がりはじめた。後日お礼と言って鴨を狩ってくると農民さんは喜んでいた。
 やっぱり一次産業は強いよな。町の中にいる平民よりも農家さんのほうが余程栄養状態がいいもの。私、スラムの住民やめて農家に就職しようかな。

 ぶちぶちと根っこから雑草を除去すると、作物の状態を見る。青々とした葉が広がり、とても美しい。これは絶対にぷりんとしたかわいいお芋ちゃんが実っているはずだぞ…!
 自分の中に農家要素があったとは驚きの発見である。

 芋の苗をもらった時は、えぇぇぇ…って心境だったが、案外私はお芋栽培をエンジョイしていた。
 毎日土濡れになり、日焼けして女子らしからぬ色になったりはしたけど、私は楽しかった。今まで私は食料をゴミ箱から漁ったり、恵んでもらったりすることばかりだったので、自分の手で作り出す喜びを見いだせたのである。


□■□


 それから約半年の月日が流れた。
 試行錯誤しながら栽培した芋の苗。初めての栽培だ。収穫量にはあまり期待していなかったが予想以上に実っていた。

「変わった形の芋だな」

 収穫を手伝ってくれた農家さんが実った芋を見て不思議そうに首を傾げていた。
 私はその芋を知っていた。

「…さつまいもだ……」

 赤紫色の皮、細長い楕円形のフォルム……それはどこからどう見てもさつまいもだったのだ。
 そうか、東の国……もしかしたら私が生きた日本と同じような文化を持った国がどこかに存在するのかもしれない……

 私はその芋をささっと水洗いすると、落ち葉や畑を整地した際に隅っこに寄せていた石ころを火事にならない安全地帯へ集め、おき火でじっくり一時間ほど焼いた。
 …前世でキャンプマニアが作っていた、原始的な焼き芋の作り方の動画を見た記憶を覚えておいてよかった。

 木の枝で上に盛っていた枯れ葉を取り除き、さつまいもに突き刺すとぷすりと奥の方まで刺さった。
 手に取ると当然ながら熱い。手のひらで転がしながら、ぱっくりと半分こに割ってみる。
 もわぁ…と蒸気が上がる。芋の中身は黄金色。それに恐る恐る口をつけた。当然ながら火傷する口内。あちあちと口のなかで転がしながら冷ましながら味わうと、なんだか涙が出てきた。

 前世の私が小さかった頃、おじいちゃんが買ってくれた石焼き芋屋さんのお芋を思い出して、懐かしくて寂しくて泣けてしまった。
 ──寒い冬の日、鼻を赤くしたおじいちゃんが半分こに割ったお芋を私に差し出してくれたあの記憶。熱くて甘くて、夕飯前におじいちゃんと二人で内緒で食べた焼き芋はとても美味しかった。
 前世のことは切り離したつもりだったけど、私はまだまだ前世とは決別できていないんだなぁ。
 どんなに願ってもあの場所にはもう戻れないのに。

「…おいしいなぁ」

 こんな場所でまさかさつまいもと出会うことになるとは思わなかった。
 もう彼らの声も顔もおぼろげにしか憶えていないけれど……あぁ、会いたいなぁ。

 ──私はリゼットとしてここに生きている。
 もう日本の家族に会えないんだなと思うと切なくて泣けてしまった。




 ──しばらくノスタルジーな気分に浸っていたが、帰りが遅くなると家族が心配する。焼いた芋を布袋に包む。みんなに食べさせてびっくりさせよう。
 今日分の夕飯である皮をむいた野うさぎの足を紐で縛ったものを肩に担いで、布袋を持つと、駆け足でスラム街にある家まで帰っていった。

 今日も今日とて土濡れで帰ってきた私を家族は「おかえり、リゼット」とあたたかく出迎えてくれた。
 そう、今の私はリゼット。彼らが大切な家族なのには変わりない。前世の家族も、今の家族も、両方とも私にとって大切な人達なのは変わりないのだ。

「ただいま! 今日は重大発表があります!」

 私が元気よく告げると、皆が不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。
 私はふふふ…と笑いながら布袋に手を突っ込む。そして中から出てきた皮が焼けて黒くなった赤紫色の物体をテーブルの上に並べる。

「……なに、これ…」

 4歳上のお姉ちゃんが不気味なものを見るかのように息を呑む。
 そんな目で見ないでおくれよ。決して怪しいものではないんだよ。

「私が育てたお芋だよ! 遠い国で食べられているさつまいもっていう甘いお芋! ちょっと前にね、町で財布を拾ってあげた商人がお礼にって芋の苗をくれたの!」

 それからずっと借りている畑で密かに栽培していたのだと説明すると、お父さんがなるほど、と頷いていた。

「半年前からリゼットの様子がおかしかったのはこれを育てていたからか?」

 お父さんからの問いかけに私は笑顔で頷く。土濡れで帰ってくる私を、どこかでいじめられたんじゃとみんな心配していたもんね。その時は否定したけど、毎日土をつけて帰ってくるのだもの。怪しさ倍増だったに違いない。

「うまく育つかわからなかったから、出来上がってから公表しようと思って。ごめんね、心配掛けて」

 さぁ食べてみてと皆にすすめると、皆恐々した様子で焼き芋を手に取る。
 お姉ちゃんなんかは皮の色に毒々しさを覚えたのか、口をつけるのをためらっている様子だった。
 一方で労働の後で空腹マックスなお兄ちゃんは皮ごと行った。

「!」

 そしてカッと目を見開くと、無言でもぐもぐ食べ進めていた。彼の口に合ったようである。良かった。
 他の皆はそれを見て恐る恐る口をつけ、お兄ちゃんと同じ反応をしていた。こっちの人には馴染みない味だけど、嫌いじゃないと思うよ。

「収穫分は冬の食料の足しになると思う。残りは畑そばで干して保存してるから、今度全部持って帰るね」

 狩ってきた野うさぎをちゃっちゃと調理しようと、臭み消しのハーブと家にあった塩をふりかけていると、「もしかして」とお母さんが呟く。

「クズ野菜だと言って持って帰ってきた野菜は…」
「あ、それは借りている畑近くの農家さんがご厚意でくれたものだよ。売り物にならないからって。お返しにお肉獲って渡したから大丈夫」

 私が狩ってきた肉と農家さんに頂いたクズ野菜のお陰でここ最近は以前よりも栄養状態が良くなった我が家。
 ローストした野うさぎ肉と野菜の付け合せ、そしてさつまいもを食卓に並べると、皆でいただきますをした。量があるので、明日仕事に向かう父兄の昼食分にも包んであげられそうだ。
 代わり映えのないメニューではあるが、家族がお腹いっぱい食べられるようになった。笑顔が増え、余裕も生まれた。

 だけど、それは我が家だけの話。
 うちは家族全員が一丸となって家族のために働いて生活しているからなんとかなっただけ。私も運良くわらしべ長者みたいにお芋の苗ゲットできたから、こうして食料を手にすることが出来た。
 うちはたまたま運が良かったのだ。
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