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何その驚いた顔。僕から逃げられると思ってたんだ。

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 きらびやかなパーティ会場。そこに参加した私はぽつんと壁の花をしていた。

 一人で参加したわけじゃないけど、同伴したオリバー様はどこぞのお偉いさんに連れさらわれてしまった。
 私はといえば、彼からその場から絶対に動くなと念押しされたので目下任務遂行中である。

「あの方よ……」
「まぁ、よくも格式高いこのパーティに顔を出せますこと」
「厚かましい人ですわね」

 くすくすと笑う声が聞こえてきた。こちらを見ながら話す貴族令嬢の団体が発信源だ。
 それが自分のことであり、わざと聞こえるように話されているのだとわかると胃が重くなって来る。

 わかってる、私もそう思う。
 パーティに参加するのはお仕事なのだ。私には家を継ぐ義務が課せられているのだから。

 我慢我慢。彼女たちの言葉に反応はしないように努める。反応したところで私が勝てる試しはないのだから。
 
「あぁ平民臭くて、気が滅入って来そうですわ」
「流行を取り入れていても野暮ったさは抜けてないですわね」

 とにかく私を貶したくて仕方がないようだが、平民臭いってどういう意味だ。自分が貴族っぽくないのは自覚しているけど、なんかグサッときたぞ。
 
「おかわいそうなオリバー様。あれだけの方が平民と結婚することになるなんて……」 
「政略結婚ですもの。愛なんかありませんわ。すぐに嫌気が差すに決まっています」
「子爵位を手に入れるための手段とは言え、平民なんかと結婚するなんて私なら耐えられません。修道院へ入った方がマシよ」

 うわぁ、ひどい言われよう。
 それなら私もかわいそうな立場だと思うんだけど……
 私なんか選択肢がないに等しかったのに。修道院に行くほど嫌ってわけじゃないけど、望んだ結婚ではないのは私だって同じなのに。
 私がせがんだみたいな言い方されても困る……

「すぐに別居しますわよ。きっと彼も真実の愛に目覚めるはずですわ」

 それは前々から承知している。
 だから前もってオリバー様にも愛人の囲い方などの話を持ち掛けようとしたけど、いつも怒られて終わる。どうやら彼は女にそういうことを指図されたくないタイプらしい。

「レイア、待たせたね」
「!」

 うむむと一人唸っていると、肩に手が回ってきた。それに驚いて振り返ると、目が笑っていない作り笑顔のオリバー様がいた。
 彼の登場にご令嬢達がきゃあと一瞬黄色い声をあげたが、オリバー様はそれが聞こえていないように振る舞っていた。

「行くよ、ここは空気が悪い」

 有無を言わさずぐいぐいと背中を押して来るもんだから私は押し出されるように移動させられた。
 その際、オリバー様は先ほどから私の悪口を言っていた令嬢達に視線をじろりと向けていたが、その視線は冷たく、鋭い。令嬢達は黙り込んで静かになった。
 

 先ほどの令嬢達から離れた場所に移動し、私が連れて来られたのは会場に接するバルコニーだった。
 ぱたんと扉を閉めると、パーティの喧騒が少し遠ざかる。なんだか外の冷たい空気が美味しく感じる。

 私はまじまじと隣のオリバー様を見上げた。
 さっきのことが驚きだったというかなんというか。

「何その驚いた顔」
「……さっきのお嬢様方はオリバー様に同情なさっていたので……まさか私をかばってくださるとは思わなくて」

 馬鹿正直にいうと、オリバー様は鼻で笑っていた。

「婚約者を守るのは当然のことだろう、そもそも他所から変な影響を受けると後が面倒だから、君はああいうのに近づかないこと」
「はい……ありがとうございました」

 それが義理なのか本心なのかはわからないが、行動に移してくれたのは素直にうれしい。
 お礼を告げると、オリバー様はじっと静かに私を見下ろした。
 真っすぐな視線を向けられた私は心臓が騒ぐのに気づいて、そわそわする。

「……君から見て僕はどう見える?」

 急な問い掛けに私は目を丸くする。
 どうって……

「とても、素敵な方かと」

 女性受けする感じの。
 私の回答にオリバー様は頷いた。照れも否定もなく受け入れた。
 そりゃそうか。これだけの美形が自分の容姿を褒めたたえられて謙遜したりしないか。

「そう。子爵家の3男という微妙な立場の僕だけど、容姿にはわりと恵まれているからね。──自分は夫を持って、その影で僕を愛人にしようと考えている女どもがあちこちにいるんだ」

 彼の発言に私はしょっぱい顔をしてしまった。
 彼に愛人を作るなら……と条件を出したこともあり、自分は虎の尾を踏んでしまったのではないかと罪悪感に苛まれたのだ。その言い方からすると、誘われるのは日常茶飯事っぽいし。
 自分が愛人扱いされそうになったことに嫌悪感があるのに、未来の嫁に愛人どうのと言われたらそりゃあキレるか。
 なんかごめんなさい……

「君との婚約だけど、最初は僕の2番目の兄宛てに来ていた縁談なんだ」
「えっそうだったんですか?」

 話の方向転換とその内容に私は二重に驚いた。完全に蚊帳の外で何も知らなかった。
 じゃあ、私は彼のお兄さんと結婚していたかもしれないのか。オリバー様のお兄さんってどんな方だろう……まだ会ったことないなそういえば。

「3男だからと後回しにされないよう、兄を出し抜いて僕は君の夫になる権利を得た。……君は知らないだろうけど、僕は君の婚約者になるべく努力したんだよ」

 オリバー様の真剣な声音に私も神妙になる。

「そうですよね、貴族の次男以下はツテがない限り、その未来の保障はありませんものね」

 平民家庭でも幼い頃は可愛がって、成人したら用無しと放り出すご家庭もある。家にとって重要なのは長男なのだ。その他の人間は自分で食い扶持を探さなくてはならない。

 そうならないよう、オリバー様は頑張ったのだろう。

 ……ん?
 ってことは自分から望んで婚約話に乗ったということ?
 嫌々ではなく?

 この話に違和感を持ったので、口元に手をやって考え込んでいると、その手を私よりも大きな手がつかみ取った。

「……それとも僕から逃げられると思ってる? 君が僕との結婚を不満に思っていても、絶対に逃がさないから」

 別に何も言ってないのに脅された。
 なんかいまだに信用してもらえていない気がするのは気のせいだろうか。私が逃げたら子爵の道が遠ざかるって意味ですよね。わかってますよ。

 とどのつまり、運命共同体として道連れってことね。
 今更ここに来て、逃亡とか婚約破棄とかしない。私はそこまでする度胸も権力もありませんから。

「政略結婚ですけど、お互いを尊重した夫婦になりましょうね!」

 握られた手を握り返してそう言うと、オリバー様は「余計な一言が一部混じっているけど、その話乗ってあげる」と皮肉な笑みを浮かべていた。
 余計な一言とは? はて、どの部分だろう。
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