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第45話

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「これはただの偶然です、私は盗んでませんっ……」
 持ち主である王族のエードリヒ様が本物だと証言しているのに、カリナ様は自分が犯人だと認めない。
 エードリヒ様が困ったな、と苦笑するとアル様が小さく息を吐く。
「仕方がないからもう一つのとっておきを教えてあげる。秘宝は王家の人間でしか指にはめることができない。他の人間がはめようとしてもはまらないようになっているんだ」
 アル様はフィリップ様に近づくと指輪を差し出して指にはめよう促した。

 受け取ったフィリップ様が指にはめようと試みるが、説明されたとおりどの指にも指輪がはまることはなかった。
「次は私の番のようだな」
 エードリヒ様がフィリップ様からひょいと指輪を取り上げると人差し指へと指輪を通す。
 指輪は王族であるフィリップ様の指に綺麗に収まった。
 もうこれ以上、カリナ様が言い逃れることはできない。
「さて、これでもまだ自分が犯人ではないと?」
 いつの間にか、会場には複数の近衛騎士が待機していて、盗みを働いたカリナ様が逃げられないよう出入り口を塞いでいる。
 言い逃れも逃亡もできないと悟ったカリナ様は顔を手で覆い俯くとその場に崩れ落ちた。


 くぐもった呻き声が聞こえてくるので誰もが泣いているのだと想像していると、彼女は顔を上げて渇いた声で笑いを始めた。
「あはははは。まさか婚約パーティーの日に捕まるなんて。今日が幸せの一日になると思っていたのにとんだ最悪な一日になってしまったわ。そうよ。私が盗んだの。男爵家が運営する銀行の資産が空になってしまったから、お父様に何とかしろって指示されて行動したのよ」
 すると、招待客の一人が血相を変えてカリナ様に近づき、唾が飛ぶ勢いで問いただす。
「それはどういうことだ? 私はライオット男爵の銀行に資産の半分以上を預けているんだぞ?」
「あらご愁傷様。残念だけどそのお金が戻ってくることは一生ないわ。だって、お客から預かったお金はお父様とお母様がぜーんぶ賭博に使い込んでしまったんだから」
 カリナ様によると近年勢いがあると言われているライオット男爵家の投資話はすべて嘘だった。お金を十年預けるだけで金額が三倍になるという嘘の謳い文句とともに、出資者を募り、彼らからお金をだまし取っていたのだ。
 そのお金は運用されるどころか毎日男爵の遊びの金として湯水の如く消費されていた。

 真実を告白された男爵夫妻は慌てて逃げだそうとするも、すぐに待機していた近衛騎士に捕らえられてしまう。男爵は怒りをカリナ様にぶつけた。
「カリナ! おまえ、実の父親になんて仕打ちをするんだ。この親不孝者が!」
「そうよ、この役立たずのろくでなし!!」
 夫妻から責められるカリナ様はグッと下唇を噛みしめてからキッと二人を睨んだ。
「それならあなたたちは完全に毒親じゃない。私を惨めで不幸にした元凶のくせに自分たちだけ助かるとでも思った? そんなの絶対許さない。許されるわけがない。私が捕まるならあなたたちを道連れにしてやる。……なのに、一人だけ道連れにできない人がいる。それはシュゼット・キュール、あなたよ!」
「え?」
 突然名指しされて私は戸惑った。どうして私の名前が挙がったのか理解できない。
 目を白黒させていると恐ろしいまでに顔を歪めるカリナ様がその理由を語った。


「ライオット家は男爵といっても数年前まで貧乏で余裕がない生活を送っていたわ。修道院へ行って頭を下げてパンを分けてもらったことだってあるし、近所の貴族の屋敷へ行って使用人に残り物を分けてもらえないか頼み込んだことだってある。そうしてでも食べ物を持って帰らないと、お父様からは嫌味を言われ、お母様からは折檻される。……同じ貴族の子たちは毎日煌びやかに着飾って裕福な暮らしをしているのに、どうして私はこんなに惨めなの? もっと裕福になりたい。お金があれば幸せになれるのにって毎日嘆いたわ」
 ライオット男爵家は金融業で成功を収めて裕福な生活を送っていると思っていたけれど、それまでは苦労が絶えなかったようだ。
 自分も貧乏な暮らしをしてきているのでいろんな側面での苦労は容易に想像できてしまった。幼少期のカリナ様に胸が痛む。

「……そんな時、同じく貧乏で余裕のない生活をしているあなたの存在を知ったの」
 カリナ様はここではないどこか遠くを見つめながら話を続けた。
「同じ境遇の人がいると知った時は嬉しかった。あなたなら惨めな私の気持ちに寄り添ってもらえると思ったから。だから私はあなたに会いに行った。……なのにあなたは、私と違ってとっても幸せそうだった」
 カリナ様は恨めしそうに唇を噛みしめる。強く噛みしめた唇は切れ、血が滲んでいる。
「仲の良い家族に愛されているところを見て悔しくなったし、貧乏なのに婚約者もいて王子様とも幼馴染み。同じ貧乏でもあなたと私では持っているものに雲泥の差があった。そのせいでこっちは余計に惨めな気分になったわ。だから私と同じ地獄のような苦しみを味わわせてやりたくなった。正直フィリップ様のことなんて興味はないし、どうでもいい。婚約者を奪われてあなたがどんな顔をするのかが見たかっただけ。……なのに、あなたは何ごともなかったかのようにケロッとしてて、あろうことかお店まで始めて人生を謳歌している! どうして!? 私と同じだったはずなのに一体何が違うの!!」
「カリナ様……」

 正直いうと私はカリナ様が思っているほど真っ当な人間じゃない。彼女のように貧乏なことを嘆きもしたし、お母様を失って悲しみにも暮れた。フィリップ様に婚約破棄されてそれなりに辛かった。
 私も誰かを呪わずにはいられなかった状況はいくつもあった。
 だけど、最終的にそうならなかったのは私を想ってくれるたくさんの人がいることに気づかされたから。
 お店を始めたいと言い出した時、お父様は私を否定せずに温かく見守ってくれた。婚約破棄されたと知ってラナは私の代わりにたくさん怒ってくれた。
 お店を始めてからはアル様やエードリヒ様が陰ながら支えてくれた。皆の存在に気づいていたからこそ、私は俯かないで前を向いて歩くことができた。

 カリナ様にも想ってくれる人が側にいることを知って欲しい。その人に目を向けて欲しい。
 私はカリナ様に近づくと彼女の両手を掴んだ。
「カリナ様、貧乏という境遇は似ていたのかもしれないけど初めから私とあなたには同じ部分なんて何もなかったの。人生を悲観するあまり周りが見えなくなってしまったようだけど、あなたにもあなたを想ってくれている人が側にいるのよ」
「そんな人……いるわけない」
「いいえ、いるの。あなたが気づかないだけで彼はずっとあなたを見守っている」
 カリナ様へ非難が集中していく中、唯一変わらない眼差しを向ける人がこの会場に一人だけいる。

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