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第44話

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「おい、おまえ。何様のつもりでカリナを虐める?」
「婚約者なのに何も知らないの? カリナお嬢様は男爵家が抱える莫大な借金を返済するために高価な宝飾品を盗もうと目論んで王宮入りした。そして宝物庫の中で最も価値の高い秘宝を盗み出したんだ。因みにこのブローチのダイヤモンドも偽物だね」
 ネル君がブローチに息を吹きかけるとダイアモンドはたちまち曇る。本物のダイアモンドは息を吹きかけられるとすぐにもとの輝きを取り戻すはずなのに、ブローチのそれはなかなか戻らなかった。
 これは鉱物石などを採掘する炭鉱夫や取引する商人、それを収入源にしていたキュール侯爵家などの一部の人間でないと知らない、専門的な知識だ。
 子供が普通に暮らしていて知り得る情報ではない。フィリップ様はネル君の得体の知れなさ感じて口元を引き攣らせる。


「どうしてそんなことを子供のおまえが知っている? ただの小間使いじゃないな?」
 尋ねられたネル君が白い歯を見せる。
「国王陛下から直々に我が一族へ依頼があった。王家に代々伝わる秘宝――人魚の涙を見つけ出して欲しいとね」
「こんな子供に陛下が依頼を? まだ妄言を吐くのか?」
 胡散臭そうにフィリップ様がネル君を見下ろしていると、ネル君は再び聞いたこともない言葉を呟き始める。
 すると、その言葉に合わせて身体は途端に変化を始めた。短かった手足がスラリと伸びていき、顔つきも幼い少年から青年へと急激に変わっていく……。
 ふわふわとした少し癖のある白金色の髪に紺青色の切れ長の瞳、目鼻立ちは整ったとても華やかな顔立ちをしている。

 ネル君が女の子と見間違うくらい可愛らしい美少年だとしたら、こちらは絵本の中から出てきた王子様のように美青年だ。あまりの美しさにその場にいた招待客全員がが言葉を失っていた。
 けれど、その姿を見た私はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。だって、パティスリーを手伝いに来てくれる少年・ネル君が夕方に必ずお菓子を食べに来てくれる青年・アル様だったのだから。
「皆様はじめまして。僕は世界樹を守る魔法使いの一族が一人。アーネル・クストルスです」
 慇懃な礼とともに自己紹介をするアル様に対して、フィリップ様は顔色を失った。
「あ、あの小間使いが……クストルス一族……」

 クストルス一族とはこの世界の理である世界樹の世話をしている守り人だ。彼らが世界樹を妖魔から守ってくれているからこそ、すべての生けるものはこの世に再び生まれ出ることができる。
 フィリップ様はそれまでの態度を一変させて手を揉みながらアル様の方へ歩みでる。
「嗚呼、世界樹の魔法使い様。不遜な態度を取って失礼しました。改めて、俺はフィリップ・プラクトスと申します。お会いできて光栄です」
 アル様はフィリップ様を一瞥して苦々しい表情を浮かべた。
「伯爵は自分の中で他人の優劣を付ける癖があるね。自分より劣っていると判断した人にはとことん高圧的で、自分より優れていると判断した人には異常なまでに媚びへつらう。誰かの腰ぎんちゃくならまだしも、煮え切らない態度ばかり取るし、人によって態度を変える。……だからいつまでたっても宝物庫管理の職から抜けなせないんだよ」
「んなっ!」
 アル様に痛い所を突かれたフィリップ様は顔を真っ赤にさせる。


 誰も口にはしないけれど、宝物庫管理は別名窓際職とも言われている。その理由は模様替えや催し物が無い限り普段は暇を持て余している部署だからだ。
「俺が窓際職なわけないだろう!? 人望があるからに決まっている! 皆さん、そうでしょう?」
 問いかけられた招待客たちは気まずそうに目を泳がせた。ここに集まった彼らはただ建前として集まっているに過ぎないようで、特にフィリップ様と関わりのある同僚たちは鼻を掻きながら明後日の方向を見ている。
 お父様はフィリップ様の職務態度について一切教えてくれなかったけど、今アル様の話を聞いていて普段の仕事ぶりを垣間見た気がした。

 こんな人が上司や同僚にいたら絶対に一緒に仕事をしたくないし、関わりすら持ちたくない。私がフィリップ様と一緒に働く人たちに同情しているとアル様がカリナ様の前に立って腰に手を当てた。
「さて。話が脱線してしまったけどカリナ令嬢、一緒に王宮まで来ていただけるかな? 宰相に犯人が見つかったと報告をしないといけないんだ」
「わ、私は王家の秘宝なんて盗んでないわ! レプリカだって言っているでしょ?」
 あくまでも自分は犯人ではないと主張するカリナ様。本物の秘宝をこの目で見たことがある人はここにはいないし、レプリカだと言われてしまえばそれまでだ。
 まだ彼女を犯人だと裏付ける確固たる証拠がない。
 アル様は顎に手を当てて「なるほど」と呟くと指を鳴らした。
「なら、指輪が本物かどうか調べよう。鑑定士を呼んでおいたからすぐに見てもらえる」
「か、鑑定士?」

 カリナ様が聞き返していると突然会場入り口付近が騒がしくなった。続いて人垣がぱっと割れて道ができると、入り口からよく通る声が響いた。
「忙しいのに急に時間を空けておくよう言ってくるし、次は人を鑑定士呼ばわりするのだな。まったく人使いの荒い魔法使いだ」
 そう言って颯爽と現れたのはエードリヒ様だった。
 エードリヒ様は足早にこちらまでやって来るとアル様の手のひらにある指輪をじっと眺める。そして招待客たちに聞こえるようはっきりとした声で告げた。
「この指輪が本物の秘宝かどうかだが、これは我が王家に伝わる指輪で間違いない」
「王子殿下、恐れながら申し上げますが本物だとどうして分かるのですか?」
 カリナ様が遠慮がちに尋ねるとエードリヒ様が人差し指を立てた。

「肖像画には完璧なものとして描かれているが人魚の涙は象嵌されているイベリスの花の一部がわざと欠けている。これは王族の間でしか知られていない事実だから誰かが模造品を作ったとしても真似することはできないはずだ。だからこそ、これが本物の秘宝であると証明ができる」
 王族であるエードリヒ様が言うのだから説得力は充分にあった。今まで私に向けられていたはずの敵意が徐々にカリナ様へと集中していく。
 アル様とエードリヒ様の登場によって風向きが一気に変わり始める。
 焦ったカリナ様は尚も否定した。

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