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第34話
しおりを挟むアル様からお墨付きをもらった野菜のお菓子を、翌朝お忍びでやって来たエードリヒ様にも食べてもらった。結果は三種類とも彼の口から「美味」という言葉を引き出すことに成功した。
エードリヒ様はすぐに報告しなければと言って、いそいそと私が用意していた王妃殿下用のお菓子の詰め合わせとレシピを持って帰った。
あんなにはしゃいでいるエードリヒ様を見るのは初めてだ。
それくらい野菜のお菓子が口に合ったんだと思うと一生懸命作った甲斐があったなと感慨深い気持ちになる。
国内視察で巡行していたこともあり宮廷料理から地方の独特な伝統料理まで多岐にわたる料理を食べてきているはずだ。
その彼のはしゃぎっぷりを見ていると私も手応えを感じたし、当日来場する貴族たちにも受け入れられそうな気がして自信が持てる。
――だけどまずは最大の難関である王妃殿下ね。彼女に美味しいと思ってもらうことができれば良いのだけれど。
結果が届くのは早くても明日以降だと思って構えていると、驚くことに午後になってエードリヒ様が戻ってきた。
「母上からの返事を伝えに来た。どのお菓子も是非採用させて欲しいとのことだ」
「それは本当なの? 随分お返事が早いけど採用してもらって大丈夫かしら!?」
あまりにも早い結果に狼狽えていると、エードリヒ様が懐から一通の書簡を渡してくれる。それは王妃殿下専用の封蝋がされていて、中を開いてみると便箋三枚にわたって長々と野菜のお菓子に対する賛辞が並べ立てられていた。
簡単に要約すると私が作ったお菓子は野菜特有の青臭さや素材らしさが良い意味で消されているので野菜と知っていなければ気づかなかった。絶対にこれはバザーに出店させてもらうとのことだった。
即決してもらえるなんて予想もしていなかったので状況を整理するために私は何度も読み返した。
王妃殿下は普段穏やかでおっとりとした性格の方だけれど、自分が携わっている事業に関しては不正が起きないように堅実かつ峻厲に物事を判断して運営している。だから私のお菓子を食べても何らかの改善点を突きつけてくると身構えていたのに。
蓋を開けてみれば厳しい言葉は一切なく、絶賛の言葉ばかりだったので拍子抜けしてしまった。
私が呆けているとエードリヒ様が私の頭にぽんと手を置いて優しく撫でてくる。
「よく頑張ったなシュゼット。無理難題を出したにもかかわらず素晴らしいものを作ってくれた。美味しいお菓子を作ってくれたことに感謝する」
「私の方こそ依頼をいただけて光栄なのよ。……王妃殿下に喜んでいただけて嬉しい」
頬を染めてはにかんでいるとエードリヒ様が私から視線を逸らして小さく咳払いをする。
「さて。ここからは母上からの要望になるんだが……急な話で申し訳ないが明日の午後二時に王宮へ来てもらえないか? バザーが開催されるのは二週間後だが、それまでに君が作った味を料理人たちが正確に再現できるように指導してもらいたい」
バザー開催まで一ヶ月を切っている。当初は野菜を使ったお菓子を販売する予定はなかったから急ピッチで進めたいというのが王妃殿下の頭にはあるようだ。
私はその依頼に快諾した。
「分かったわ。丁度明日はお店がお休みだし大丈夫よ」
「そうだろうと思って提案させてもらった。それで料理人への指導が終わった後なんだが私と二人で……」
いつも朗らかな微笑みを絶やさないはずのエードリヒ様の表情が固くなっている。
「エードリヒ様?」
少し様子がおかしい彼が気になって、私が覗きもうようにして様子を窺っていると、厨房勝手口の扉が勢いよく開いてネル君が入ってきた。
「お嬢様、今日もお疲れ様です!」
溌剌と登場したネル君にエードリヒ様の表情から笑みが消える。
私はそれには気づかずに、エードリヒ様を横切ってネル君に駆け寄った。
「ネル君、今日は来てくれたのね!」
このところ手伝いに来てくれる日がめっきり減っている。
開店当初は毎日来てくれていたけれど暫くして二、三日に一回になり、近頃では一週間に一度来るか来ないかの頻度にまで下がってしまっている。
もともと雇用しているわけでもないし、給金を支払っているわけでもないから、毎日来なくても構わない。ネル君ファンのお客様にはその辺りの事情を説明しているので充分に理解してもらっている。
――だけどだけど、やっぱりネル君がこのパティスリーにいないのは寂しいわね。
少し感傷的になっていると怪訝そうにネル君が「お嬢様?」と首を傾げて尋ねてくる。
首を横に振って何でもないと伝えると、ネル君が小さな花束を差し出してきた。
「これは僕からのプレゼントです」
「あら。今日も持ってきてくれたの? ありがとう」
私は花束を受け取った。
ネル君はエードリヒ様がイベリスの花束を持ってきてくれて以降、私に花束をプレゼントしてくれるようになった。
花束は一貫してデイジーで、色は白や赤、ピンクなどいろんな種類を持ってきてくれる。デイジーの花には種類があって平べったい花びらのものやマカロンのようにまん丸で可愛らしいものまで多岐にわたる。
どれをとっても可愛らしい。それを贈ってくれるネル君もまた可愛すぎる。
私はネル君と花束を見て胸がキュンと心地良い締め付けにあうのを感じていた。
――はあ、ネル君もお花も可愛い。やっぱり可愛いは正義よね!?
身悶えながら結論に至っていると、ネル君が狼狽しながらこちらを見上げてくる。
「お、お嬢様。そんなに強く握りしめると花がしおれてしまいます!」
注意されて我に返った私は花束を握る手の力を緩める。
「やだ、ごめんなさい。折角の贈り物が台なしになっちゃうわね」
改めて花束に視線を落とすと、どこに花を飾るか思案する。
これまでもらったデイジーは店内のイートインスペースやレジ横、そして事務室に飾っている。厨房は食品を扱う場所だし、オーブンを常に稼働させているから熱気で長持ちはしない。
私が唸っていると腰に手をあてるエードリヒ様が口を開いた。
「デイジーの花がやたら飾られていると思えば……そういうことだったのか。私がこの間イベリスの花束を持ってきたから対抗心を燃やしているのか?」
にやりと口端を持ち上げるエードリヒ様に対してネル君が屈託のない笑みを浮かべる。
「もう。そんなわけないじゃないですかあ。これは僕の気持ちを表現しているだけです」
するとエードリヒ様がネル君に近づいて見下ろすような姿勢をとる。
「それならその誠実さをもっと全面に押し出すといい。その格好で花束を持ってくるなんて、私からすれば既に卑怯だと思うが?」
「卑怯じゃありません。夕方は綺麗で新鮮なお花が残っていないので昼間に買いに行っているだけです。それの何がいけないんですか?」
相変わらずネル君とエードリヒ様は顔を合わせると戯れあっている。
端から見るとネル君が警戒心丸出しの子猫で、エードリヒ様が泰然と構える大型犬のようだ。一見、仲が悪そうに見えるけれど二人ともいつも何かの話で盛り上がっている。
喧嘩するほど仲が良いという言葉が二人にはぴったりだ。
私が微笑ましく思っているとエードリヒ様が急にこちらに振り向いて、名残惜しそうに言った。
「――まだここにいたいところだが、私は次の公務があるので失礼する」
私の手を掬い取り、甲にキスをしたエードリヒ様は王宮へ帰っていった。
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