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第33話
しおりを挟む国王陛下は秘宝の行方や敵対する貴族たちからの非難に頭を悩ませており、心労が祟った結果、円形脱毛症になっている。王冠を被ってうまく誤魔化せてはいるが宰相の話によると脱毛範囲は尋常ではない速度で広がっている。
秘宝がこの国を守る秘宝であることを知っているのは王族とまほろば島の魔法使いだけだが、建国当初から王家の象徴として受け継がれてきた秘宝が盗まれたとあって王宮内は連日バケツをひっくり返したように大騒ぎしている。
「父上が箝口令を敷いて多少は静かにはなったが、国中に話が波及するのも時間の問題だ。それまでになんとかしてけりを付けて欲しい」
「一刻も早くこの件を終わらせてみせます」
アルは真顔になると拳を胸の上に置いてエードリヒの前で深々と頭を垂れる。これは魔法使いが王族に対して誠心誠意対応することを示す誓いの礼式だ。
エードリヒにもアルの誠実さが伝わったのだろう。彼は張り詰めていた空気を緩めるように瞼を閉じる。
程なくして再び瞼を開くと、エードリヒは立ち上がってアルと向き合う形を取った。
「正直なところを聞きたい。あとどのくらいでこの件は処理できる?」
「……一週間あれば、恐らく。ここ数日で子供の姿になる時間がどんどん短くなっているのでもうすぐ完全に僕は力を取り戻します」
「一週間か……。短いようで長いな」
エードリヒは顎に手をやると率直な感想を口にする。
現段階で秘宝を見つけ出し、犯人を捕まえることはネルにはできる。が、それを行えない理由があった。
――僕が今魔法を使ってしまったら、秘宝が秘宝としての機能を失ってしまう可能性がある。
やるなら万全を期して取り組みたい、というのがアルの本音だった。
それから念のため島長に連絡を取ってみると、まほろば島からアル以外の魔法使いがメルゼス国へ送り込まれる予定はないと言う返事が返ってきた。
早く力を取り戻してアル自ら問題解決しろというのが島長の考えだ。
――あの秘宝を手がけたのは僕だから。僕じゃないと探すのに時間が掛かってしまう。島長からすれば僕以外に適任者はいないってことなんだろうな。
アルが困った表情を浮かべて頬を掻いていると、黙考していたエードリヒが「話は変わるが」と前置きを口にした。
神妙な表情を浮かべているのでアルは首を傾げた。
「いつまでシュゼットを騙すつもりだ?」
力を取り戻しつつあるということは、真実をシュゼットに伝える時期が来ていることを示している。
「それはいずれ話しますのでご安心を。殿下は僕がネルだろうとアルだろうと、パティスリーへ通っていることをよく思っていませんよね?」
尋ねるとエードリヒが朗らかに笑ってみせる。が、その目は一切笑ってはいなかった。
隠していた覇気が露わになり、アルは思わず生唾を飲み込む。
「前にも言ったことだが……シュゼットに危害を加えたらただでは済ませない。彼女を悲しませる者は誰だろうと容赦しない」
普段の穏やかな声音とは打って変わってドスの利いた声が室内に響く。
片足を後ろへと下げてしまいそうになったアルは、ここで後退りしたら負けだと思い、足に力を入れて踏みとどまった。
「だったら、僕を揶揄うのはやめてください。いつも肝心な時にあなたに邪魔をされて迷惑しているんです」
「いつ君の恋路を揶揄って邪魔をしていると? 私はただシュゼットのことを心から深く――」
そこで丁度扉を叩く音が聞こえてきて、エードリヒが口を噤んだ。
「アル殿、少し聞きたいことがあって参りました。おや、エードリヒ殿下ではありませんか」
宰相がここで何をしているんですか? と怪訝な表情を浮かべるのでエードリヒはいつもの朗らかな表情を作って笑ってみせる。
「少し話したいことがあって寄っただけだ。もう終わったから私はこれで失礼する」
エードリヒはそう言って身を翻すと颯爽と執務室から出ていった。
アルはその背中をしげしげと見つめる。
――王子殿下はシュゼット令嬢のことが……。
その先を考えること自体が無粋な気がして、ネルは頭を振って思考を霧散させる。
「聞きたいこととは一体なんですか?」
再び視線を宰相に戻すと普段と変わらない調子で対応を始めるのだった。
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