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第30話

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 私はアル様の目の前に置かれている野菜のお菓子の説明を始める。
「来場した貴族の方たちが休憩スペースでお菓子を手軽に食べられるよう、手のひらサイズかつ、手が汚れないことを意識して作っています。どうぞ召し上がってください」
 私が作った野菜のお菓子はミニトマトのタルト、ホウレンソウのシフォンケーキ、そしてキャロットケーキだった。

 ミニトマトとホウレンソウのお菓子は私が考案したお菓子だ。
 コンポートしたミニトマトをタルトの上に飾りつけ、宝石のように美しく見えるようナパージュしている。
 ホウレンソウのシフォンケーキは断面の緑色が鮮やかで、生地の底にはアクセントに刻んだクルミをいれている。しっとりと弾力がある中に歯ごたえのあるクルミを加えることで食感が楽しめるように焼き上げた。
 最後のキャロットケーキはカップ型で焼成し、フロスティングにはあっさりとした口当たりになるようクリームチーズ、その上に刻んだピスタチオをのせている。

 ミニトマトのタルトとホウレンソウのシフォンケーキは素材本来の味を楽しんでもらえるよう、そして見た目で野菜だと分からないように工夫を凝らしたつもりだ。それでも受け入れてもらえなかった保険用に伝統菓子であるキャロットケーキも作っている。
 アル様は手始めにミニトマトのタルトを手に取ると一口囓った。
「んんっ?」
 突然唸り声を上げられたので私は驚いて肩を揺らしてしまう。
 もしかして口に合わなかったのだろうか。
 アル様の表情からどんな感想を抱いているのかが読み取れない。ただ無心でタルトを食べている。

 完食したアル様は次にホウレンソウのシフォンケーキへと手を伸ばした。ゆっくりと口を開けてふわふわなシフォンケーキを食べる。それが食べ終わると今度はキャロットケーキを食べる。
 最初に呻り声を上げてから、アル様は一言も発さなかった。
 そうしてキャロットケーキの最後の一切れを口の中に放り込んで食べ終えると、最後に一度だけ頷いた。
 アル様の反応を見る限り美味しかったのか、美味しくなかったのかやっぱり判断がつかない。期待と不安が入り混じる中、私の胸の鼓動はいつもより速く脈打っている。エプロンを握り締める手のひらだって汗ばんでいた。
 固唾をのんで見守っているとナプキンで口元を拭き終えたアル様が私を見て相好を崩した。

「野菜と聞かされていたから僕の中に変な先入観があったみたい。ミニトマトのタルトはトマト特有の青臭さも酸味も美味く消されている。ホウレンソウのシフォンケーキだってほんの少し苦みはあるけど大人の味だと思えば気にならないし、そもそもホウレンソウだと言われないと分からないレベルだ。……これは凄いものを作ったね」
 私はアル様の感想を聞いてぱっと顔を輝かせた。
「それは本当ですか?」
「きっとこれなら皆美味しく食べてくれると思うよ。あ、もちろんキャロットケーキもとっても美味しかった。クリームチーズのフロスティングはさっぱりしていてとても食べやすいね。あとは王妃殿下の判断が必要だと思うけど、僕はどれもバザーに出して問題ないと思うよ」

 アル様からこれ以上にない称賛をもらえたのでホッと胸をなで下ろす。
「嬉しいです。ありがとうございます! 早速エードリヒ様に報告しないと!」
 私が手をあわせながらエードリヒ様の喜ぶ姿を思い浮かべていると、突然アル様の笑顔がスーッと消えてしまう。続いて、真剣な声色で私に問い掛けた。
「エードリヒ様というのは王子殿下のことだよね? 王妃殿下からの依頼のはずだけどどうして彼の名前が出てくるの?」
「私に依頼の話をしてくださったのがエードリヒ様なんです。だからまずは彼に報告しないといけなくて」
 理由を説明したものの、アル様の表情は何故か強ばってしまっている。
 暫く黙り込んだ後、不意に彼は突拍子もない質問をしてきた。


「……シュゼット令嬢は王子殿下とどんな関係なの? 恋人、なのかな?」
 どうしてそんなことを尋ねられたのか分からないけれど、彼が冷やかしで言っているようには聞こえない。それよりも余裕のない表情を浮かべるアル様の方が気になってしまって仕方がなかった。
 誠実に答えないといけないような気がして私は背筋を伸ばしてからはっきりと口にした。
「エードリヒ様は、私の大切な人です」
 するとどこかショックを受けた様子のアル様の表情からは、みるみるうちに血の気が引いていく。
「その大切な人というのは一体、どういう意味?」
「え? ええと……」
 蚊の鳴くような、潤みを含んだ声に困惑しつつも、質問に真摯に答える。

「エードリヒ様は、私にとって頼りになるお兄様に近い存在です。彼は私の幼馴染みで、幼い頃はよく遊んでもらいました。昔の付き合いがあったお陰で未だにうちが没落し掛かっていても関わりを持ってくれています。今回みたいに少しでも再建のために力になってくれているんです」
「幼馴染み? それは本当かな?」
「本当です」
「ただの幼馴染みでお兄様のような存在なの?」
「ええ、そうです。醜聞騒ぎになるようなやましい関係ではありません」
 念には念を入れるようにアル様が尋ねてくるので私は何度もエードリヒ様のことは幼馴染みで兄のような存在だと説明する。

 三度目になって漸くアル様はホッとした表情を浮かべた。
 もしかしてエードリヒ様と私の間に変な噂がたたないか心配してくれているのだろうか。
 王宮の総務部で働いているから、もしかしたら王家の醜聞に関わる仕事をしているかもしれない。
 私がうんうんと頷いて納得しているとアル様が晴れやかな声で言った。
「しつこく訊いてしまってごめんね。いろいろとはっきりしたからとても安心したよ」
「それは良かったです。私も誤解されるのは困るので!」
 誤解されてエードリヒ様に迷惑を掛けてしまうのは非常に申し訳ない。それにアル様に私とエードリヒ様との関係を誤解されるのも嫌だった。
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