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第25話
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パティスリーは身分の垣根を越えて人気のあるお店になりつつあった。
初期投資の回収も無事に済み、最近は売上利益の一割をキュール家の借金返済にあてている。
王宮長官として働くお父様の給金に加え、私の方から出るお金をあわせれば借金を返済していても暮らしは幾分か楽になった。
これまで支払いが滞っていた使用人たちにも充分な給金を支払うことができるようになったし、後回しにしていた屋敷の修繕や妹の社交界デビューに向けてのドレスや装身具にもお金を回せるようになった。
ここまでお金に余裕が出てきたのはカヌレをヒットさせることができたからだった。
カヌレは見た目が地味で華やかさに欠けるので首都では嫌煙されていたし、たいていのパティスリーでは売られてはいなかった。
認知度が低いことは分かりきっていたから、手始めにお菓子を買ってくださったお客様に一口サイズの可愛いカヌレをおまけだといってプレゼントした。
その際、一口サイズなので食事のマナーを気にする必要もない点や、マカロンと同じように数種類のフレーバーを用意してあることを説明すると、お客様は興味を示してくれた。
カヌレの一番の欠点は茶色い見た目――その表面にある。
どのフレーバーも茶色いので、おまけのカヌレをお渡しするときにレジ横にケーキスタンドを置いてカヌレの断面が見えるように展示しておいた。
こうすることで地味な見た目のカヌレの内には華やかさが秘められていることを一目で理解してもらえる。カヌレを知らない人には良い印象を与えることができるし、知っている人にもカヌレの意外な一面を見せることができる。
ただここまでは誰にでも思いつくことだし、他の有名パティスリーにだってできる。オリジナリティーを出すためには、もう一捻りしなくてはいけない。
カヌレを先駆けたお店になれたところで、模倣されてしまえばすぐに埋もれてしまう。
今回は一口サイズにしたのでトッピングを飾ることができない。他の有名なパティスリーに真似をされてカヌレを売られてしまったら、うちは歯が立たなくなってしまう。
そこで私が対抗策として打ち出したのがフォーチュン・カヌレという商品だ。
名前の通り占い式のカヌレで、占い結果の紙と一緒にいろんなフレーバーを十五個ほど袋詰めしている。
やり方は至って簡単。
一、袋の中からカヌレを一つ選んで食べる。
二、味から占いの紙を確認してメッセージを受け取る。
たったそれだけだけど、何個か食べてそれぞれのメッセージをくっつけられるように工夫もしているのでその時々によっていろんなパターンを楽しむことができる。
本格的な占いとは違うけれど、これだけでいつもとは違う楽しいお茶の時間を過ごすことができる。
これを思いついたきっかけは、フレーバーの見分けがつかなくて困っているとラナとネル君に相談されたからだった。作った私なら何のカヌレなのか雰囲気で見分けられるけれど、普通の人から見ればどれがどのフレーバーなのかなんて分からない。
そのことをアル様にも相談すると、仕事で赴いた東方の国で面白いお菓子があったことを教えてくれた。
その国では新年になると固いクッキーのようなお菓子に占い紙を入れて焼くという。一族が一同に集まった席で皆がそのクッキーを適当に選び、クッキーを割って中の占い紙からその年の運勢を読み解くらしい。
『カヌレはどれも同じ見た目をしているから東方のお菓子のように占いを楽しむことができれば流行るんじゃないかな?』
その話を聞いてこのアイディアは活用できると私の直感が働いた。
メルゼス国には水晶占いやタロット占いなどがあって、その中でも人気なのが紅茶占い。
紅茶占いのやり方はこうだ。
一、ティーポットに茶葉を入れてお湯を注ぎ暫し蒸らす。
二、占い用のカップにティーストレーナーを使わずにそのままお茶を注ぐ。
三、茶葉が沈んだら最後まで飲み干さずに少しだけ残しておく。
四、カップを回して均等に茶葉を行き渡らせたらカップをひっくり返し、ソーサーの上に伏せて数を十数える。
五、カップを再びひっくり返したら残っている茶葉の形から吉兆を占う。
どれくらい人気かというと紅茶占い専門店があるくらいだ。首都には数十件は存在していてどのお店も前を通ると老若男女問わず賑わっている。
紅茶占いが人気なら食べ物繋がりでカヌレの占いにも興味を持ってくれるかもしれない。
これなら一口サイズのカヌレを売り出すよりも強烈なインパクトだって与えることができる。
アル様の機知によって、私は占いのできるカヌレ作りに取り掛かった。
茶色くて地味な存在のカヌレ。周りが甘く見ているのなら出し抜いてやればいい。
そうして満を持して販売したフォーチュン・カヌレは常連のお客様から面白い取り組みだと言われてすぐに話題になった。
たちまちうちの定番商品になり、焼き菓子部門ではマカロンの次に人気のある商品にになった。
カヌレ成功の裏には今回もジャクリーン様が一役買って出てくれていた。
令嬢や夫人が大勢集まる絵画サロンでカヌレの宣伝をしてくれたのだ。サロンの茶菓にフォーチュン・カヌレが出てくると占い好きの令嬢や夫人はその面白さの虜になった。
占い師のところや占い専門店へ足を運ばずとも自宅で気軽にできるのが良かったらしい。
フォーチュン・カヌレの存在は貴族の間で急速に広まり、お茶会の定番菓子として出される機会が増えるようになった。
ある程度の収益が見込めるとは予想していたけれど、正直ここまで人気に火がつくとは思っていなかった。だから、この成功は私にとって、とても嬉しい。
「ここまで売り上げを伸ばすことができたのはアル様のアドバイスがあってこそよね」
アル様が南西地方に滞在してカヌレを食べた経験がなければ、さらに東方の国へ赴いて占い紙入りクッキーを知っていなければ、今頃フォーチュン・カヌレというお菓子はこの世に存在していなかっただろう。
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