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56話
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その後、お開きとなって広場に集まっていた人たちは解散した。というか、アンソニー様のお付きの者たちによって強制的に広場から出された。
元恋人と司祭様は拘束ののち、馬車に乗せられて牢獄へ連れて行かれた。
集まっていた商業組合の人たちは一先ず家に帰されるようだが、今後一人一人から事情を聞くらしい。逃げたり、隠蔽工作したりした場合は厳罰を科すと強面補佐さんに釘を刺されていたので大人しくしているだろう。
帰って行く聴衆の列の中で、祝杯の酒目当てに来ていた人たちの、落胆して歩く姿が印象的だった。
アンソニー様は指示を出し終えると、ニコラと補佐さんを連れて私とシンティオの元にやって来た。
にっこりと笑う彼からはさっきまでの威厳は全く感じられない。一体どこへ引っ込んだのやら、今のアンソニー様は私の知っている気の良い親父に戻っていた。
それでも我が領を治める領主様であることは変わらないため、私はできる最大限の礼を取った。
シンティオは人間社会の知識はあっても立ち振る舞いが分からないのか、ぽかんと突っ立っている。どうしようかと狼狽えていると、アンソニー様が制してくれた。
「楽にしてくれていいんだよ。アンスの時と同じように接してくれると嬉しいな。今まで、いろいろと隠していてすまなかったね。あと協力してくれてありがとう」
「いいえ、殆ど協力なんてしていません。全てニコラが段取りをしてくれたおかげでここまで上手くいったんだと思います」
アンソニー様に続いてニコラと補佐さんもお礼を言ってくれた。
一領民である私が領主様やお役人から直々にお礼を言われるなんて、恐れ多いしなんだか面映ゆい。頬をかいていると、ニコラが改めて経緯を話してくれた。
今回アンソニー様が行方不明になったという情報は嘘で、司祭様を告発するために画策した内容の一部だったらしい。
司祭様は毎回法に触れない内容で私腹を肥やしていて、対処に困っていたんだとか。特に司教様が大司教様になられた後はそれが顕著になっていった。
そこから、上がいなければ派手に行動するんじゃないかと考えたアンソニー様は、司祭様を告発するために表向きは行方不明になった。
勿論本人は屋敷の宝物庫に隠れていただけ。仕事以外の時間を持て余したアンソニー様は宝物庫の整理を始めた。その時に黄金のリンゴや竜に関する文献を見つけ、少年心に火がついた。
世間では行方不明。いなくなっても別にそれが事実になるだけで、特に問題ないだろうという理由から、書き置きを残して姿を消したらしい。
事情を知って後半がぶっ飛んでいることがよく分かった。
そりゃニコラもあんなに怒るわけだ。
「ほら、敵を欺くにはまず味方からっていうだろう?」
「アホなこと言ってないできちんと反省してください。伝で怪しい薬まで作らせて、準備万端だったじゃないですか! あの高額費用は領主様の財布から出していただきますからね!」
「でもあの薬は、かの国のお妃様を救った凄腕薬師に作ってもらったんだよ? 竜は現れなかったけど、効果は凄まじかったとも。そりゃもう……ね」
当時の記憶が蘇ったのか、ぶるりと身震いして自身を抱き締めるアンソニー様。やだやだ、と記憶を消し去るように頭を振った。
サンおばさんは上流階級の人には容赦ないからきっと相当な金額だよ。
なんだか私がぼったくっているみたいで申し訳なくなった。
「まあ運良くことが収まったのはここにいる皆のおかげだ。ひと段落ついたら必ず礼はさせてもらうからね。――ところで、君の持っている黄金のリンゴを回収させてもらえないかな?」
アンソニー様はこちらに詰め寄ると声を潜めた。
「研究したいだけで他には何もしないと約束する。リンゴの木がどこに生えていたのかも訊かないし、それと――竜と関係があることも問い詰めない」
最期の発言に私の心臓が早鐘を打つ。
もしかして、シンティオが竜だってことバレてるの!? 威厳がなくなれば気の良い親父だと思っていたのに。飛んだ食わせ者だ。
背中に嫌な汗を掻いていると、透かさずシンティオが口を開く。
「分かったのだ。黙っていてくれるならば、こちらも竜に殺されずに済む。彼らの逆鱗に触れることだけは避けたいからな」
「理解してくれて助かるよ」
二人の会話からアンソニー様はシンティオが竜ではなく、竜と関係のある人間だと思っているらしい。不安気にシンティオに視線を向けると、彼は私を見て目を細めた。
なんとなく、大丈夫だと言われているような気がした。
やがて私は二人を交互に見たあと、しまっていた鞄の中から黄金のリンゴを取り出した。
「どうぞ、持って帰って下さい」
アンソニー様は頷いて黄金のリンゴに手を伸ばす。
しかしその手は払われ、別の人の手によって奪われた。
それは頭にすっぽりとスカーフを被った女人だった。彼女は走り去ろうとせず、距離を取った場所で立ち止まると高笑いをする。
「貴様は何者だ!!」
補佐さんが攻撃体勢を整えている。異変に気づいたお付きの者数人がこちらに駆け寄った。
アンソニー様が女人に危害を加えるな、と手で制する。
スカーフを取れば、艶のある美しいブルネットの髪が風によって靡く。
――ブルネット女は頬にかかる髪を耳に掛け、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「漸く手に入れたわ。これがあれば私の願いは叶えられる。これを食べれば私は本当の私になれるのよ」
うふふ、と嬉々とした声を上げる。それに噛みついたのはニコラだ。
「はあ? いつまでそんな夢見てるの? 義姉さんは昔からそう。自分のことしか頭にない利己主義者だ。婚約者が捕まったのに、駆けつけもしない。どうしてそんな態度が取れるの?」
「あらあ? 私の世話をさせてあげていたのに、いなくなった義弟じゃない。婚約者って誰のこと? 嗚呼、商業組合長の息子のことなら、あれはとは結婚しないわ。ただ利用してただけよ。この私を娶るに値するは、そこの白銀の貴公子だけ」
弾んだ声で喋るブルネット女の態度に、ニコラの怒りが露わになる。
「ふざけるな! どこまで脳内に花咲かせれば気が済むんだよ。いい加減、目を覚ませ! 義姉さんが組合長の息子の婚約者だって事実は変わらないよ。今回のことと無関係だなんて言い逃れできないんだから」
「煩いわね。黄金のリンゴが私のものになって妬ましいの? 今から私の願いが叶う様子を眺めさせてあげるんだから感謝すべきだわ。それからあなた」
そう言ってニコラからシンティオの方に視線を移す。
「横にいる貧相な女から解放してあげる。そうしたらやっとこの私と一緒になれるの。うふふ、私なしじゃ生きられなくしてあげるわ」
ブルネット女は望む未来を想像し、頰を上気させる。そして、手にしている黄金のリンゴを口に近づけた。
「ダメ、それを食べたらっ!!」
私の制止の声も虚しく、ブルネット女はリンゴを齧った。
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